特集:アフリカにおける日本食ビジネスの可能性フランスのトレンドに敏感なチュニジア、寿司から多様な日本食へと展開
2013年頃から日本食ブーム、レストランは現在40軒以上

2021年5月12日

地中海に面したチュニジアでは、地中海料理として魚介類を多く食べる習慣があり、多くのレストランで焼き魚や魚介類のフライなどを食べることができる。一方で、チュニジア人にはなじみのない生魚や海藻類が中心の日本料理がどのように広がっていったのか。2009年に現地ですしレストランを開業した先駆的な存在であるチュニジア人のカレッド・アルール氏、現地の新しい日本料理のトレンドを感じ取り、2017年に手打ち麺の専門店、次いでビーガンフレンドリーな日本カレー専門店を2019年に開店した経営者の安野史和氏に、チュニジアの日本食レストラン事情、食材調達、今後の展望などについてインタビューした(2021年3月11、12日)。

アルール氏に聞く:すしに加えて焼き鳥やオリジナルメニューも

質問:
起業のきっかけと店舗の展開は。
答え:
農業工学博士の学位を持っており、カナダ留学時代に日本食、特にすしに興味を持った。現地での日本食ブームを見て、チュニジアでの日本レストラン開業を考えた。いったん帰国し、大学で教壇に立った後、再びカナダに渡り、すしづくりの研修を受けて、2009年にチュニス郊外のアリアナ地区に1号店(70席)を開店した。まずはすしレストランとして開業したが、生魚と海藻類(のり)になじみのないチュニジア人客にはすしを食べない客もおり、メニューに焼き鳥やてんぷら、麺類などを加えた。
2011年に2号店「オリガミ」(20席)をチュニス北部郊外の高級住宅地でトレンドの発信地であるラ・マルサにオープンした。デリバリーサービスやパーティー、会合などでの調理サービス「すしコーナー」も開始した。
2016年にはチェーン展開を視野に入れ、下ごしらえを一手に担い、新メニューの開発も行うセントラルキッチンを国際基準ISO22000のもとに開設、スタッフ数は全社で35人になった。しかし、チュニジアの経済不振やそれに続く新型コロナウイルス禍の影響を受け、2020年3月15日に1号店を閉店し、そのまま閉業した。
質問:
現地スタッフの教育などは。
答え:
現在はデリバリーに力を入れ、スタッフは2号店で12人、セントラルキッチンで3人を雇用しており、全員チュニジア人だ。日本の規則正しさ、衛生観念を重んじ、緻密な作業に慣れた菓子作り職人を優先的に雇用した。
質問:
価格帯は。
答え:
価格帯は他のすしレストランより高めだが、新鮮度やオリジナリティーが認められ、クオリティー重視の顧客がついている。

レストラン「オリガミ」の外観(アルール氏提供)

レストラン「オリガミ」の内装(アルール氏提供)
質問:
人気メニューは。
答え:
チュニジア人に人気のメニューは、オーソドックスなすしではサーモンの握りと巻き。オリジナルメニューでは、揚げ物やスパイシーソースなどをあしらった「フュージョン・巻きずし」が人気だ。焼き鳥や焼きそばといった料理も好まれる。

人気のフュージョン・巻きずし
(アルール氏提供)

全メニュー(アルール氏提供)

すし職人の指導も行う先駆的な日本食レストラン

質問:
チュニジアでの日本食の動向は。
答え:
チュニジアの日本食レストラン1号店は、2008年に開店したモロッコのフランチャイズ「Kyotori」だろう。その後、すし握り用の機械を導入した職人なしのレストランチェーンが立ち上がったが、2014年に全て閉店したようだ。
すし職人を育てるレストランの経営では、当店がパイオニア的存在だ。当初は自らすし職人を指導したが、2016年に日本人調理師を6カ月雇用し、より本格的な日本料理作りに貢献してもらった。
2013年ごろから日本食レストランの数が増え始め、現在はチュニスで30軒以上、うち20軒以上が外国人駐在員や富裕層が住むチュニス北郊の高級住宅地ラ・マルサに集中している。地中海に面した地方都市スファックスとスースにもそれぞれ2、3軒ずつ存在する(文末「チュニジアの日本レストランおよび食材店」を参照)。「オリガミ」で働き、技術を身に付けたチュニジア人が開いたすし店も多数ある。
質問:
食材入手の工夫や実態は。
答え:
日本食向け食材の輸入経路は欧州からだが、食材の確保には苦労する。かつお節を自ら作ろうと、農業工学博士としての知識と研究機関とのつながりから、チュニジア産かつお節プロジェクトを立ち上げたこともある。チュニジア人の味覚に合わせてチュニジアの調味料も利用し、よりスパイシーにメニューをアレンジする。
質問:
ビジネス上の課題や今後の展開は。
答え:
チュニジアは経済不振にあえぎ、コロナ禍で状況はさらに厳しくなっている。食材を輸入に頼る部分が大きい日本料理は、通貨ディナール安が価格に響くため、一般のチュニジア人に広がるのはまだ難しい。輸入に頼る割合が特に大きいすしレストランから、国内の食材を主に利用して工夫するメニューの日本食レストランへ移行するのではないか、と予想している。一方、隣国リビアが政治的に安定しつつあり、新たな日本食の市場が広がる可能性もあるだろう。私のもとには、リビアからすし職人養成の依頼が寄せられている。

安野氏に聞く:フランスのトレンドをチュニジアでアレンジ

質問:
起業のきっかけと店舗の展開は。
答え:
JICA(国際協力機構)の青年海外協力隊員として2012~14年までチュニジアに滞在し、その間、日本食がブームになりつつあることを知って、現地での起業を決めた。日本に一度帰国して築地ですし職人養成校に通った後、2016年にチュニジアに戻り、すしのケータリングサービスを始めたが、すしレストランはすでに多く存在していた。フランスの日本食レストラン事情をインターネットでリサーチしたところ、ラーメン店が流行し始めていることを知り、フランスのトレンドは数年後にチュニジアでも必ず流行するという確信から、当時チュニジアには存在しなかった麺料理店へと方向転換、2017年2月に手打ち麺専門店「ビストロ・ニッポン」(30席)をオープンした。
続いて、食に対する健康志向の高まりを感じ、2019年6月に、ビーガンフレンドリーのカレー専門店「Japanese Curry Kitano」(10席)をオープンした。2店舗とも(アルール氏のレストランと同様に)外国人駐在員が多く住むラ・マルサにある。
質問:
客層や価格帯、人気メニューは。
答え:
客層は欧州やアジア諸国の駐在員や比較的裕福なチュニジア人で、25~35歳の年齢層が主流だ。客単価は日本円にして1,500円程度で、チュニジア人にとっては高めの価格帯だ。麺類は担々麺や焼きそば、ご飯ものではかつ丼や焼き肉丼、一品ものではギョーザが人気だ。日本の漫画の影響も大きいようだ。また、健康志向の高まりからか、わかめを好む客が増えてきている印象がある。
質問:
スタッフの構成や教育などは。
答え:
スタッフは日本人が3人、チュニジア人5人、コートジボワール人3人の計11人。スタッフ教育に関しては、当初、日本式の規律(時間厳守、あいさつ、仕事への姿勢)を求めた結果、スタッフとぶつかり、辞めていくケースが多かった。現在は日本の当たり前は海外では当たり前ではない、ということを理解し、チュニジアでのハイレベルを目指して、スタッフの雇用の際は、面接に時間をかけている。正確さが求められる要の作業は日本人スタッフに任せている。

安野史和氏(安野氏提供)

手打ち麺のスープ(安野氏提供)

ビーガンフレンドリーな
特製カレー(安野氏提供)

手打ち麺のビストロ・ニッポン全景(安野氏提供)

Japanese Curry Kitano全景(安野氏提供)

困難な日本食材の入手

質問:
食材の入手の実態や課題は。
答え:
日本食材の入手は、日本食ビジネスで最も難しい課題だ。不法輸入による闇市場が横行しており、トレーサビリティーや特に冷凍食品のコールドチェーンの問題が大きい。取引業者の話によると、通関に数週間~数カ月かかることもあるという。輸入の不安定さからストック管理には注意を払っている。3年ほど前からイタリア人経営の卸業者「Sushi Tunisie」が開業し、日本食材輸入事業者JFCのイタリア支店からコメ、酢、しょうゆ、のりなどを輸入している。また、1年ほど前から中国人経営のアジア食材店「チャイナ・タウン」がオープンし、アジア系の調味料が一通りそろうようになった。
輸入食材の安定的かつ手頃な価格での入手が困難なことから、輸入品はしょうゆ、だし、みりん、のりなどの基本食材に限り、各種たれなどは自家製で、現地で入手できる食材をできるだけ利用している。チュニジア人の味覚に合わせて、スパイシーにアレンジしている。
日本食材はカルフールなどの大型スーパーでしょうゆなどの調味料が並んでいるが、高価なため、一般のチュニジア人に浸透しているとはまだいえない。

今後の日本食ビジネスの展望

質問:
ビジネス上の課題や今後の展開は。
答え:
コロナの影響で、感染拡大直後は売り上げ7割減となったが、テークアウトと日系企業へのランチ弁当提供に力を入れて危機をしのいでいる。
すしから他の日本料理への広がりが見られるチュニジアでは、Eコマース展開や、現地ではまだ知られていない、日本人が普段食べている料理に可能性を見いだしている。

チュニジアの日本食レストラン・日本食材取扱店

(1)チュニスおよび周辺地域の日本食レストラン
レストラン名 料理 住所 特徴・一品の価格帯
Sushiwan すし、刺し身、揚げ物、 Pres de Voie Express Tunis Gammarth, La Marsa 2070外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 回転ずしコーナーあり。座敷あり。5€ ~ 9€
Bistro Nippon 手打ち麺のラーメン、うどん、ギョーザなど。おにぎり、各種家庭料理 29 Rue Tahar Ben Achour, La Marsa 2070外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 日本人経営。
Japanese Curry Kitano 各種カレー料理、ギョーザなど一品料理 39 Rue Salem Bou Hajeb,, La Marsa 2070外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 日本人経営(Bistro Nipponの経営者)。5€ ~ 10€
Sakura Pasta すしとイタリア料理 1, Rue Mami, La Marsa 2070外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます  
Le Bambou すし、アジア料理 Avenue Hedi Nouira Enassr2 Residence Syrine RG2, Ariana 1002外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 5€ ~ 10€
Hachi 日本家庭料理(お好み焼き、焼きそば、ギョーザなど)、刺し身 1 Rue Sidi Abdelaziz, La Marsa 2070外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 日本人経営。
Go Sushi すし、アジア料理 Avenue Youssef Rouissi Manar 2 college, Soula Colosseum - Manar 2, Tunis外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます チュニス市内
Saiko No すし 6 Rue du Bigaradier, La Marsa 2070外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます  
Yabani 海鮮料理、すし Avenue Taieb Mhiri, Gammarth 2078  チュニス北郊のリゾート地ガマルト。6€ ~ 12€
Meraki Sushi すし Residence Assawer bloc B RDC magasin 5 -Ain Zaghouan Nord -Tunis, Tunis 2035 チュニス市内
Origami sushi express La Marsa すし、丼、焼きそば、焼き鳥 28, Av. Habib Bourguiba - Marsa Ville, La Marsa 2070 外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 8€ ~ 14€
(2)地方都市にある日本食レストラン
レストラン名 料理 住所 特徴・一品の価格帯
Sendai すし、鉄板焼き Movenpick Resort & Marine Spa Sousse Boulevard du 14 Janvier, Sousse 4000外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます スース市内5つ星リゾートホテル「モべンピック」内。アルコールを出す数少ない日本食レストラン。鉄板焼きを客に披露。
TAO Sushi Bar すし、刺し身、焼き鳥、焼きそば Derriere le Casino Caraîbe Résidence Le Monaco, Sousse 4000 外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます スース市内リゾート地
Kayu Sushi すし、焼き鳥 Rue Abdelaziz Thâalbi Sfax 3020 チュニジア第2の経済都市スファックスのすしレストラン1号。テークアウト、デリバリーあり
(3)日本食材を取り扱う食材店
店名 料理 住所 特徴・一品の価格帯
China Town Store 日本食用の基本的調味料、わかめ、のりなど 1 Rue Ibn Mandhour El Gafsi,Sidi daoud Tunis 2046 チュニスにある中国人経営のアジア食材店。小売り・卸売りあり。

注:2021年3月31日時点。
出所:公開情報を基にジェトロ作成

執筆者紹介
ジェトロ ・パリ事務所
渡辺レスパード智子(わたなべ・レスパード・ともこ)
ジェトロ・パリ事務所に2000年から勤務。アフリカデスク調査担当としてフランス及びフランス語圏アフリカ・マグレブ諸国に関する各種調査・情報発信を行う。