エジプトの本格派日本食レストラン、新型コロナ禍でさまざまな工夫
9月以降は外食店に客足が戻りつつある状況

2020年11月12日

新型コロナウイルスの発生以降、世界各国で外食産業への影響が大きい。エジプトも例外ではなく、新型コロナ対策として2020年3月25日以降、飲食店は終日の営業停止となった。宅配、持ち帰り、宿泊者向け料理提供など一部の例外を除き、6月26日まで飲食店の営業停止が続いた。6月27日以降は席数25%まで、7月26日以降は50%まで飲食店の営業は再開となり、徐々に規制が緩和された。消毒やマスクなど衛生対策の取り組みは継続するが、現地の飲食店に客足は徐々に戻り、人気のローカル飲食店やカフェ、ローカル市場などにはコロナ禍以前のように多くの人が集まるようになった。今回、エジプトで数少ない伝統的な日本食レストラン「牧野」の総責任者兼シェフに、コロナ禍での外食産業の事情と、今後の日本食普及の可能性について話を聞いた(10月29日)。牧野は2012年にカイロで営業を開始し、現在、日本人シェフ1人と20人程度の現地スタッフで運営する。日本から遠いアフリカ大陸に位置するエジプトでも、牧野は伝統的な日本食を提供している。


牧野の店内(ジェトロ撮影)
質問:
新型コロナ感染拡大前後の状況は。
答え:
新型コロナ発生以降は客足が激減した。3月以前は、利用者は観光客や出張者も多かったが、3月に国際線が止まったことで利用が減った。特に5月以降、エジプトで新型コロナが感染拡大期に入ってからは、現地の在住外国人やエジプト人も外食しなくなり、客足はかなり少ない状況となった。制限緩和してからも、保健・人口省の指導により、個室が利用不可、椅子と机の数は半数にするなどの感染防止策が必要となった。平日では、多い時でも10人程度の時もあった。弁当の配達や持ち帰りも行い、多い日には1日に数十食提供できた日もあったが、昨年と比べると売り上げは激減した。
7月以降は、政府公表の感染者数は減少し、市民の心理的な抵抗感も薄れて、9月に入ると外食の利用客が増えた。昨年よりも売り上げは減っているが、以前の規制の際ほどではなくなった。現在は夜間の営業も可能となり、12時から23時まで営業し、なるべく売り上げを上げるように試みている。
質問:
衛生対策などはどのように実施したか。
答え:
マスク着用、調理器具とドアなど取っ手、椅子や机などの消毒など、細かな掃除が必要となった。売り上げは落ちる一方で、消毒など手間は増えるという状況だった。少しでもお客様が来ていただきやすいよう、消毒作業の様子をインスタグラムやフェイスブックに写真や動画を上げて、衛生管理をPRした。
新型コロナをスタッフが怖がった時期があり、勤務シフトなど調整したこともあった。売り上げが厳しくても20人程度のスタッフをこちらから解雇することなく、お客の来ない時期はスタッフの教育の時間にあてた。最近は、エジプトでは全体的にコロナは気にしない風潮で、外食店の利用客も多い。スタッフにも再度、注意を促しているが、欧州のように第2波の可能性もあるので、注意が必要だ。
質問:
コロナ禍で苦労した点は。
答え:
日本から買っていた調味料関係の食材が、一時期、調達できなくなった。調味料を現地で調達できるもので作るなど、苦労があった。一方、現地で作れることもわかり、新たな発見となった。焼酎など酒の調達も難しく、輸入など通常より時間がかかった。エジプト人はイスラム教徒が9割でほとんど酒は飲まないが、外国人や日本人のお客様に対しては、料理で魅力的なメニューを考えようと頭をひねった。コロナとは別だが、大根の水分が少ないなど、日本とは野菜の特徴が違うので、2019年にシェフとしてカイロに来た時は苦労した。日本と異なり、スタッフの衛生観念が薄いことも苦労したことの1つだ。
質問:
どのようにコロナ禍を乗り切るか。
答え:
新型コロナにより時間の余裕が増え、店の戦略や食材の見直し、メニュー、調理方法なども一部改善を行った。また、調理スタッフに対し指導を行った。これまで試食の機会がほとんどなく、調理方法を伝えても、なぜそうするか理解できなかったスタッフも、試食を交えて丁寧に教育し、意識が異なるようになったと感じる。より質の高い料理を提供できれば、と考えている。また、接客スタッフに対し、挨拶など接客の心構えなど日本式のサービスも指導できた。スタッフとは指導の中でコミュニケーションも増え、以前より深く関係を構築できた。
新たな取り組みとして、弁当の配達(11月現在は持ち帰りのみ)のほかに、エジプトのウナギを加工したレトルトのウナギかば焼き、ハンバーグのレトルトなどを開発した。味付けの調整方法などを試行錯誤し、店頭で販売開始した。パックの空気を抜く機械を現地ローカル市場まで行って探したり、レトルト用のビニールパックはエジプトで入手できず、イタリアから輸入品を入手したり、と苦労があった。小売販売は200エジプト・ポンド(約1,320円、1ポンド=約6.6円)程度で、店内でのうな丼と同じくらいの価格で販売する。今後、フェイスブックなどで販売促進や作り方の説明もしていく予定だ。
SNSはこれまでかなり掲載していた時期もあり、それを見て来てくださる方も多いようだったので、売り上げ確保のために、さまざまな方法を考えたい。カイロでは、地中海に面したアレクサンドリアや、紅海に面した都市から新鮮な魚が手に入ることもある。今後は、魚メニューも開拓したい。他方で、現地でよく食べられる羊肉などを日本食に活用できないかなど、色々と挑戦と試行錯誤している。

持ち帰り用弁当(ジェトロ撮影)

レトルトかば焼きウナギ(ジェトロ撮影)
質問:
日本食の可能性は。
答え:
寿司(すし)にマヨネーズをかけて食べるなど、現在はいわゆる「なんちゃって日本食」が多い。現地の人には、刺し身、寿司など既に知名度の高いメニューの人気がある。来店客にはラーメンも人気で、寿司、刺し身もこれまでマグロ、サーモンの注文が多かったが、最近は他の魚にも関心が出てきたように感じる。スエズやアレクサンドリアで鮮度の高い魚が手に入ることもある。牛肉など、肉も食べるようになってきたと聞く。エジプト人は食に対して保守的で、生魚は食べない人も多く、自国料理を好んで食べるが、若者は色々と挑戦して食べるようだ。
高価格帯にはなるが、伝統的な日本食の普及の可能性は余地がある、と考える。また、エジプトは若者の人口が増え、マーケットは広がっていく。日本食に関する知識も増えてきているのではないか。食材については、高級レストランを除き、タイ産、中国産などの日本食関連食材が利用される。(日本産の食材の普及については)今後、エジプトの所得の向上する時期を見極める必要がある。
※筆者注:高級ホテルには、高価格帯の日本食レストランも出店している。ローカルアレンジを加えた寿司チェーンの「Mori Sushi」は、エジプト国内で20店舗ほど展開する。そのほか、日本食を提供するレストランが数十店舗エジプトにあると言われるが、伝統的な日本食を扱う店は一握りである。食材としては、2019年にはサバが約28億9,000万円 (2万5,867トン)日本から輸出されている。
質問:
今後の方針は。
答え:
新型コロナの制限期間中にスタッフに教育する時間ができて、伝統的な本物の日本食をエジプト人に伝えたいという気持ちが強くなった。日本食料理人として、伝統的な日本食の普及に貢献したい。日本食レストランで働きたい、というスタッフが増えていくことを願っている。牧野の責任者としては、今回お伝えした通り、新型コロナに負けずに、試行錯誤していく。

牧野で提供する寿司(ジェトロ撮影)
執筆者紹介
ジェトロ・カイロ事務所
井澤 壌士(いざわ じょうじ)
2010年、ジェトロ入構。農林水産・食品部農林水産企画課(2010年~2013年)、ジェトロ北海道(2013~2017年)を経て現職。貿易投資促進事業、調査・情報提供を担当。