特集:アフリカにおける日本食ビジネスの可能性日本食の普及、まずは調味料から(エチオピア)
現地日本食レストラン「サクラ」のオーナーに聞く

2021年5月12日

エチオピア人の主食は、イネ科の穀物テフから作るインジェラが中心だ。南部では「偽バナナ」とも呼ばれるエンセーテの茎の塊から作るコチョがよく食べられている。いずれも発酵過程による酸味があり、世界でもエチオピアでしか主食にされていない独特な味だ。1億人を超える人口の1人当たりGDPが1,000ドル程度と、一般世帯の所得水準はまだ低いため、外食は多くない。首都アディスアベバの人口は300~500万人と推計されており、アフリカ連合(AU)本部をはじめ、国連諸機関や各国大使館、援助機関などが拠点を構える。これらの機関に勤める外国籍人材やエチオピア人の富裕層・中間層の存在のため、それなりの数のレストランはあるが、それでも隣国ケニアの首都ナイロビと比べると、その数や多様性は見劣りする。こうした外食事情の中で、2017年5月に開店し、間もなく4周年を迎える日本食レストラン「サクラ」のオーナー、古賀美夕紀氏に経営状況や日本食普及の可能性について聞いた(2021年3月8日)。


日本食レストラン「サクラ」の外観(ジェトロ撮影)

「サクラ」のテラス席(ジェトロ撮影)

レストラン経営で女性の雇用創出

質問:
起業のきっかけは。
答え:
もともと、国連機関で働いていた当時からレストランが少ないと思っていた。今でこそ中華料理店も多く、韓国料理も3~4店舗あるが、2008年時点では、それぞれ1店舗ぐらいしかなかった。既に閉店したがタイ料理店も1店舗あり、それらのレストランが繁盛しているのは知っていた。また、富裕層も意外に多く、高い税金がかかる高級車や高額な住宅が売れていた様子もみていたので、これは日本食レストランをやれば繁盛するのではないかと考えた。縁あって、西洋料理人としての基礎を有し、⽇本企業駐在員の料理人としての勤務経験もある才能高きエチオピア⼈を料理⻑に採⽤でき、夫のビジネスパートナーの後押しも受け、構想から開店までに時間はかかったが、2017年に開店にこぎ着けた。従業員は20人以上で、守衛など一部を除いてそのほとんどが女性だ。もともと、孤児院の運営などにも関心があったが、事業としての自立性や継続可能性を考えると、ビジネスとしての売り上げがないと続けることはできない。今は従業員が生き生きと働いてくれていることにやりがいを感じている。

うどんを仕込み中の現地従業員(ジェトロ撮影)

新型コロナ禍を契機に、配送サービスを通じた注文増加

質問:
新型コロナウイルスによる売り上げなどへの影響は。
答え:
新型コロナがエチオピア国内で初めて確認された2020年3月以降の売り上げは大きく落ち込んだ。最初の月は従来の5%以下になったが、店舗は夫の所有物件だったため、家賃支払いの繰り延べなど柔軟にできたのが幸いした。新型コロナ拡大とともに、コロナ以前から契約していた配送サービスの注文も徐々に増え、少しずつ持ち直してきた。2020年9月ごろまで、売り上げは従来の25%の水準が続いていたが、秋以降は店舗への来客数も徐々に回復しつつあり、配送サービスの注文も好調で、今では配送サービスが3~4割を占めている。売り上げは約1年でコロナ以前の90%の水準まで戻ってきているものの、利益はまだ回復していない。この1年は材料費が高騰し、レストランはどこも値上げを余儀なくされている中、サクラでは価格を据え置いて営業している。今は雇用を守ることで、従業員に働ける喜びを感じてもらうのが大事だと考えている。

利用者の6割がエチオピア人、人気はやはり、すしと天ぷら

質問:
客層や人気のメニュー、工夫していることは。
答え:
顧客の6割がエチオピア人で、海外移住先からエチオピアに戻ってきた方や企業幹部、いわゆるセレブと称されるような方々の来店も多い。メニューで人気なのは、やはりすしや天ぷらだ。すしは知っていても日本には行ったことがない人にとっては、すしといえばカリフォルニアロールが定番だったりする。こうした期待に応えられるように、握りずし以外の巻き物も提供している。ギョーザも前菜として人気で、欧米人にはクリームコロッケやみそ汁も好まれている。クリームコロッケは家庭で作るには少し大変なので、在留邦人にも人気のメニューだ。エチオピア正教では、特定の日や期間に肉・乳製品を食べないため、焼きそばなどは野菜を基本として肉はトッピングにするなど工夫している。価格は慎重に決めており、基本は食材費と調理の手間を考えて価格を決定している。仕入れ原価が決まっている飲料は価格をあまり上乗せしたくないが、他方、飲料のみ注文する来店客で店の回転率が落ちるのも避けなければならない。また、富裕層はある程度の出費をして食事を楽しむことに満足感を得る要素もあり、あまり安いと、かえって利用されない。

人気メニューの天ぷら(左)と、羽根つきギョーザ(ともに、ジェトロ撮影)

基本具材は野菜の焼きそば(ジェトロ撮影)

日本での研修で料理長の自信育む

質問:
従業員への教育は。
答え:
開店の準備には1年ほどかけ、OJT (on the job training)として⽇本に料理⻑を送って、知り合いのすし職⼈に教えを請うなどをした。食材はなるべく現地調達しているため、日本と同じように提供できるわけではない。しかし、料理長が「日本で本物の職人に実際に習った。本場のやり方を知っている」というのは、本人の自信にもなっている。料理長以外の従業員を採用するに当たり、飲食店での経験は重視していない。ほかで学んだやり方に固執してしまうからだ。従業員の中には、余った食材などで料理を練習して、未経験から料理長補助にまでなっている従業員もおり、本人たちのやる気次第だと感じている。衛生面には特に注意しており、新型コロナウイルス感染対策を取りながら営業するため、換気と十分な距離の確保、座席やメニュー表も含めて毎回の消毒を徹底し、飲料を直接注いで提供する行為もやめている。

日本食の普及、まずは調味料から

質問:
輸入したい日本産食材や日本食普及の可能性について。
答え:
魚はやはり日本から調達できたらよいと思う。また、普及する可能性がありそうな食材は、しょうゆやみそなどの調味料だろう。エチオピアでも中国産や現地企業が作るしょうゆは販売されるようになってはいるが、日本ブランドはまだ入手できない。これら調味料は、主⾷のインジェラと⼀緒に⾷されるシチューのような料理や肉炒めへの隠し味や、エチオピア⼈が好んで⾷べる⽣⾁などにもよく合うので、可能性があるかもしれない。

オーナーの古賀氏(ジェトロ撮影)
執筆者紹介
ジェトロ・アディスアベバ事務所 事務所長
関 隆夫(せき たかお)
2003年、ジェトロ入構。中東アフリカ課、ジェトロ・ナイロビ事務所、ジェトロ名古屋などを経て、2016年3月から現職として事務所立ち上げに従事。事業、調査、事務所運営全般からの学びを日本企業に還元している。