特集:現地発!アジア・オセアニア進出日系企業の今通貨ルピー安と調達コスト増が経営の打撃に(パキスタン)

2019年4月26日

ジェトロが2018年10~11月に実施した「2018年度アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」によると、パキスタン進出日系企業の経営において、通貨パキスタン・ルピー安、調達コスト増などの問題が急速に顕在化していることが浮き彫りとなった。前年調査では、今後1~2年の事業拡大意欲が調査対象国・地域で最も高くなるなど勢いがあったが、今回は営業利益見通しや景況感が悪化しており、事業拡大にも先行き不透明感がみられる。

2018年の営業利益見込みの「改善」が縮小

ジェトロの調べでは、パキスタンの進出日系企業数は2018年11月時点で74社になっている(注)。最近の日本企業の投資事例では、スズキの現地法人パック・スズキが2017年9月に自動車向けガラス製造の合弁会社テクノ・オート・グラスの設立を発表したほか、双日が2018年6月に現代自動車の組み立て事業を発表するなど、自動車関連の案件がみられる。消費市場を狙った動きでは、高砂香料工業が2017年12月に現地法人の設立を発表し、フレーバー・フレグランスの販売体制の拡充を決定している。

今回の調査では進出日系企業60社を対象にし、43社から回答を得た(回答率71.7%)。回答企業の構成は表1のとおりで、卸売り/小売り/商社が8社、輸送用機器が6社、メーカーの販売会社が4社と比較的多い。

表1:在パキスタン日系企業の回答企業概要
業種 企業数
製造業 19社
階層レベル2の項目 輸送用機器 6社
階層レベル2の項目 化学品/石油製品 3社
階層レベル2の項目 食品/農水産加工品 2社
階層レベル2の項目 鉄鋼(鋳鍛造品を含む) 2社
階層レベル2の項目 その他製造業 6社
非製造業 24社
階層レベル2の項目 卸売り/小売り/商社 8社
階層レベル2の項目 販売会社 4社
階層レベル2の項目 その他サービス業 3社
階層レベル2の項目 運輸/倉庫 2社
階層レベル2の項目 建設/プラント 2社
階層レベル2の項目 その他 5社

注:回答企業数:43社。(日本の親会社の企業規模 大企業:38社、中小企業:5社)
出所:「2018年度アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」(ジェトロ)

2018年度の調査結果では、総じて景況感に低下がみられる。2018年(1~12月)の営業利益見込み(有効回答34社)については、70.6%が黒字と回答し、前年(71.9%)とほぼ同水準であった。しかし、2017年実績と比べた場合の営業利益見込みが「改善」すると回答した企業は44.1%にとどまり、前年(62.5%)から大幅に縮小した。

一方、「悪化」すると回答した企業は35.3%と、前年(12.5%)から増大した。2018年の営業利益見込みが悪化する理由(複数回答、有効回答12社)は「為替変動」が91.7%と最も高く、「調達コストの上昇」(58.3%)、「その他支出(管理費、光熱費、燃料費)の増加」(58.3%)を挙げる企業も多かった。

為替変動は、日系企業の経営に多大な影響を及ぼしている。パキスタン・ルピーは2017年12月時点で1ドル=105ルピー前後であったが、急激に通貨安が進行し、2019年3月末時点では1ドル=140.52ルピーまで下がっている。通貨安による輸入部材コストの上昇により、日系企業においては販売価格の引き上げを実施しており、これが販売減につながっている。また、石油などのエネルギーの輸入価格も上昇しており、光熱費や燃料費も増大している。

翌年(2019年)の営業利益に対する見通し(有効回答34社)も陰りがみられる。2019年の営業利益見通しが2018年に比べて「改善」すると回答した企業は50.0%と、前回(68.8%)に比べて20ポイント近く縮小した。「悪化」するとした企業は26.5%で、前回(15.6%)から10.9ポイント増えた。2019年の営業利益が改善する理由(有効回答17社)としては「現地売り上げの増加」が76.5%と多いが、悪化する理由(有効回答9社)としては「為替の変動」が55.6%と最も大きい。

こうした先行きの不透明感に伴い、前回調査において突出していた事業拡大意欲にも減退がみられた。「今後1~2年の事業展開の方向性」(有効回答42社)において「拡大」するとした企業の割合は66.7%と、前回(81.3%)から後退した。それでも、同割合は20カ国・地域中で5番目に高く、拡大する機能(有効回答28社)としては「販売機能」が82.1%と大部分を占めた。

為替変動と調達コスト上昇が経営上の問題に

経営上の問題点に関する設問(複数回答)においても、為替変動を挙げる企業が圧倒的に多く、「現地通貨の対ドル為替レートの変動」は76.2%に達した(表2参照)。同値は2017年調査に比べて27.8ポイント増えている。

表2.経営上の問題点
上位項目 第1位 第2位 第3位
財務・金融・為替面での問題点
(43社)
現地通貨の対ドル為替レートの変動
(76.2%)
対外送金に関わる規制
(57.1%)
税務の負担
(42.9%)
【製造業のみ】生産面での問題点
(18社)
調達コストの上昇
(72.2%)
原材料・部品の現地調達の難しさ
(50.0%)
品質管理の難しさ
(38.9%)
貿易制度面での問題点
(33社)
輸入関税が高い
(57.6%)
通関に時間を要す
(54.6%)
通関など諸手続きが煩雑
(39.4%)
販売・営業面での問題点
(33社)
競合相手の台頭(コスト面で競合)
(48.5%)
主要取引先からの値下げ要請
(39.4%)
現地市場への安価な輸入品の流入
(36.4%)
雇用・労働面での問題点
(42社)
従業員の賃金上昇
(40.5%)
従業員の質
(38.1%)
人材(中間管理職)の採用難
(26.2%)

注:カッコ内は有効回答数、または回答比率を表す。
出所:「2018年度アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」(ジェトロ)

続いて、「調達コストの上昇」が72.2%と高く、前年より55.5ポイント増になった。同項目の回答率は調査対象20カ国・地域中で、最も高かった。別途、質問している「製造・サービスコストの上昇が事業活動に与えるマイナスの影響」(有効回答42社)について、「大いにある」「多少ある」と回答した企業の割合は合わせて92.8%に上り、調査対象国・地域の中で最大であった。「コスト上昇に対する対応策」(有効回答39社)として、74.4%の企業が「製品・サービス価格の引き上げ」を実施(検討)していると答えた。

経営上の問題点で、「輸入関税が高い」の回答比率は57.6%と前年(48.4%)に引き続き高く、「対外送金に関わる規制」については57.1%と前年(41.9%)からの増加幅が多かった。パキスタン中央銀行は2018年7月に輸入代金の前払い送金を原則禁止した(2018年7月27日付ビジネス短信参照)ほか、複数の日系企業のロイヤルティー送金が遅延する事例が確認されており、日系企業の間で懸念が高まっている。こうした対外送金規制の原因には経常赤字の深刻化や外貨準備の縮小があり、今後の動向が特に注視されている。

パキスタンの最大の魅力は市場規模と成長性

今回の調査結果により、各種の問題が顕在化している実態が浮き彫りとなったが、パキスタン最大の魅力である人口2億人の市場と、その潜在性について疑う企業は少ない。投資環境上のメリットを問う設問(有効回答41社)では、「市場規模/成長性」が92.7%と圧倒的に高かった。

一方、治安が比較的安定しているとは言え、リスクについては「不安定な政治・社会情勢」が92.7%と、引き続き高い。「インフラの未整備」(75.6%)、「現地政府の不透明な政策運営(産業政策、エネルギー政策、外資規制など)」(73.2%)などが上位項目に挙がっており、こうした項目は前年調査と変わりがない。

インフラについては、「電力」がリスクだとする企業が92.6%に達するが、中国・パキスタン経済回廊(CPEC)計画の一環で、発電容量自体は増加している。送配電網が整備されれば、十分に電力供給されていく可能性はある。政策運営についても、イムラン・カーン政権が、2019年3月に可決された第2次補正予算で、日系企業のボトルネックとなっていた税制を改善する(2019年3月28日付ビジネス短信参照)などの取り組みがみられている。今後、こうした投資環境上のリスクの回答比率が、徐々に下がっていくことが期待されている。


注:
日本企業が出資している現地法人、日本企業の支店・駐在員事務所、渡航した日本人が起業した現地法人などを含む。業務提携、販売代理店、フランチャイズなどは含まず。
執筆者紹介
ジェトロ・カラチ事務所長
久木 治(ひさき おさむ)
2005年、ジェトロ入構。ジェトロ大阪、ジェトロ・バンガロール事務所、ジェトロ・チェンナイ事務所、生活文化・サービス産業部を経て、2014年6月より現職。
執筆者紹介
ジェトロ・カラチ事務所
サーディア・マンズール
2002年、ジェトロ入構。ジェトロ・カラチ事務所での総務・経理担当を経て、現在、同事務所にて調査・事業(ビジネス開発)を率いる。

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