特集:総点検!アジアの非関税措置世界5位の人口大国で直面する独特な輸入制限や準関税(パキスタン)

2019年3月15日

人口が2億人を超え、世界第5位の人口大国であるパキスタン。1人当たりGDPは1,541ドル(IMF、2017年)とまだ低いものの、同国に進出する日系企業は今後成長する国内市場に期待する。治安などの問題から進出日系企業は74社(2018年11月時点、ジェトロ調べ)といまだ限られてはいるが、特に自動車・同部品、鉄鋼、食品などの分野で国内市場向けの製造・販売のために、原材料・部品、完成品を輸入する企業が多い。こうした企業が直面する同国での課題について、非関税措置を中心に現地ヒアリング結果も交えながら報告する。

約半数の日系企業が非関税措置に直面

ジェトロが実施した「2018年度 アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」によると、パキスタンにおいてビジネスを阻害する非関税措置が「ある」と回答した在パキスタン日系企業は、25社(有効回答数)のうち12社(48.0%)と同調査対象国18カ国中で4番目に高かった。中でも、「輸入制限」と「セーフガード、アンチダンピング課税」について6社ずつ、「現地調達(ローカルコンテント)要求、国産品優先補助金など」について3社が指摘している(表参照)。

表:パキスタンにおいてビジネスを阻害する非関税措置(複数回答)(-は値なし)
項目 総数(n=25) 製造業
(n=13)
非製造業
(n=12)
回答数 割合
輸入制限(輸入者登録義務、輸入ライセンス制度、数量規制、輸入課徴金など) 6 24.0 4 2
セーフガード、アンチダンピング課税 6 24.0 4 2
現地調達(ローカルコンテント)要求、国産品優先補助金など 3 12.0 2 1
輸出制限(未加工資源の輸出禁止、輸出税など) 2 8.0 1 1
知的財産の侵害(水際での模倣品差し止め措置ができない) 2 8.0 2 -
基準・認証制度(強制規格など) 1 4.0 1 -
外資規制(サービス貿易の阻害) 1 4.0 - 1
差別的な税制(関税以外) 1 4.0 1 -
その他 2 8.0 2 -

出所:「2018年度アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」(ジェトロ)

まず、「輸入制限」として、現地で問題視されている一例が「グルタミン酸ナトリウム(MSG)の輸入禁止措置」だ。これは、2018年3月に最高裁判所が突如、職権(スオ・モト、注1)によってMSGの輸入と国内販売の禁止を布告したことに始まる。同年12月に日本で開催された第6回日本・パキスタン官民合同経済対話では、進出日系企業から「科学的根拠がない措置」として、本件の改善要望が出されている(2018年12月14日記事参照)。パキスタンの食品業界関係者によれば、MSGを添加物として利用している同国食品メーカーは多く、代替品利用によるコスト増などの課題に直面しているため、同業界としても最高裁判所に撤回を求めて嘆願書を提出しているという。

また、「セーフガード・アンチダンピング課税」で指摘されている措置は、関税以外に輸入時に賦課される調整関税(Regulatory Duty)とみられる。同税は、特定の物品をパキスタンへ輸入する際、関税(Customs Duty)に加えて、追加で賦課される間接税の一種(注2)で、準関税措置といえる。同税は不定的に改定されているが、例えば、2017年10月16日にぜいたく品を中心に333品目に関わる税率が引き上げられたことがある(2017年10月30日記事参照)。調整関税による影響は様々な業種に及ぶが、例えば、日本機械輸出組合が事務局を務める貿易・投資円滑化協議会の2018年版報告書PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(21KB) では、2015年12月1日付で同税率の改定が行われた際に、一部鉄鋼製品に関わる税率が引き上げられたことが、課題の1つに挙げられた。鉄鋼製品は、他産業の部材に使われるため影響が大きく、2019年2月11日付で、自動車産業に用いられる場合には調整関税は免除されるとの法定規制令(SRO)が発出された(2019年2月25日記事参照)。パキスタンの地場自動車部品メーカーは、同税の撤廃を「長らく訴えてきたことが受け入れられた」と歓迎する。

国内産業保護や現地調達促進に起因した措置が課題に

「現地調達(ローカルコンテント)要求、国産品優先補助金など」については、自動車産業における事例が挙げられる。パキスタンでは自動車産業の現地調達を促すために、完成車製造に必要な組み立て部品が「現地調達可能なもの」か「そうでないか」で関税率を分けている。具体的には、現地調達されていない組立部品(未現地化部品)を輸入する場合は30%だが、同国のいずれかの会社で現地調達が可能となった部品(現地化済み部品)と同じ分類の部品を輸入する場合は(A-maxとして知られる)懲罰的な高関税として46%が課税される。関税措置を活用した国内産業保護、現地調達促進のための施策ではあるが、同国進出の日系自動車メーカーは、例えば、旧型のヘッドライトを他社が現地調達できている場合、最新型モデルのヘッドライトを輸入しようとすると懲罰関税が課されることについて憤る。また、パキスタン政府は2016年に新たな自動車メーカー誘致のための投資優遇策(自動車開発政策、ADP)として、新規参入メーカーが5年間、未現地化部品を10%、現地化済み部品を25%の優遇税率で輸入できる措置を発表した。その後、現代自動車、起亜自動車などが新規参入を表明しているが、いまだ現地調達が限定的な環境において、既存の日系自動車メーカーは、コスト面で不利な競争環境に置かれようとしている。

ここで指摘した関税措置や、準関税措置などによる輸入時の税負担の背景の1つには、パキスタンがが抱える貿易上の構造的な問題がありそうだ。パキスタンの2017年の貿易構造をみると、輸入が輸出を2倍以上も上回る状況で、極端な貿易赤字と外貨不足、通貨安に陥っている。外貨不足は、ロイヤルティーなどの外国送金遅延など、他のビジネス環境上の課題にもつながる。また、慢性的な税収不足という課題もあり、輸入抑制と歳入増を同時に達成できる関税・準関税率の引き上げは、政府にとって(短期的にみれば)魅力的な措置といえる。パキスタンではすぐに解決できない構造的課題が多いが、2018年8月に発足したイムラン・カーン政権に対しては「産業界の声に耳を傾け、鉄鋼製品輸入に関わる免税措置のように徐々に対応してくれている」との評価の声も聞かれる。同政権の今後の対応に期待しつつも、同国でビジネスを行う場合は、本稿で指摘した課題や税負担などを考慮に入れた事業計画、経営が必要となるだろう。


注1:
「Suo Moto/Suo Motu」はon its own motionを意味するラテン語。裁判所が原告ないし被告からの申し立てではなく、自らの発意により(職権にて)、訴訟を開始したり、調査を行ったりすることを指して、南アジア諸国では頻繁に使われている(佐藤創『パキスタン政治の混迷と司法』アジア経済研究所、2010年外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます )。
注2:
パキスタンでは、輸入時に複数の諸税が課される(ジェトロ「関税以外の諸税」参照)。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部アジア大洋州課長
小島 英太郎(こじま えいたろう)
1997年、ジェトロ入構。ジェトロ・ヤンゴン事務所長(2007~2011年)、海外調査部アジア大洋州課(ミャンマー、メコン担当:2011~2014年)、ジェトロ・シンガポール事務所次長(2014~2018年)を経て現職。 編著に「ASEAN・南西アジアのビジネス環境」(ジェトロ、2014年)がある。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部アジア大洋州課 リサーチ・マネージャー
北見 創(きたみ そう)
2009年、ジェトロ入構。海外調査部アジア大洋州課(2009~2012年)、ジェトロ大阪本部ビジネス情報サービス課(2012~2014年)、ジェトロ・カラチ事務所(2015~2017年)を経て現職。