特集:総点検!アジアの非関税措置製造業振興がもたらす変化(インド)

2019年3月15日

近年、日系企業は13億人の巨大市場インドを攻略しようとビジネスを拡大しており、進出企業の数は1,400社を突破した。政府は「メイク・イン・インディア」のスローガンの下、投資環境の整備を急ピッチで進める一方で、国産化を進めるため輸入品には高関税を課し、さらに非関税措置として認識され得る規制の導入も少なくない。日系企業へのヒアリング調査結果などを基にその実態に迫る。

投資環境は大きく改善したが

2018年10月現在の日系企業の数は1,441社を数え、各社は13億人を超えるインド市場を攻略しようと躍起になっている。インドを輸出拠点として活用しようとする動きも本格化する。インドでビジネスする企業にとって、無視できないのがインドの投資環境だ。モディ政権は2014年5月の発足以降、製造業振興策「メイク・イン・インディア」のスローガンを掲げて投資環境の改善に取り組んでおり、高額2紙幣の無効化や破産倒産法、物品サービス税(GST)の導入など、矢継ぎ早に経済改革を実行している。不透明でかつ煩雑と言われていた数多くの政府の許認可申請も、その多くがオンライン化した。日系企業も一様に政府のこうした取り組みを評価しており、日系商社は「モディ政権によってデジタル・インディアが推し進められたことは、インドに大きな変革をもたらした」とした。実際、世界銀行の「Doing Business」でも、5年間で60位以上のランクアップを見せた。10年前には想像し得なかった速いスピードで、投資環境は改善している。

他方で、政府は「メイク・イン・インディア」の名の下に国産化要求を強めており、自動車やその部品、食品、玩具、携帯電話などのIT製品に対して高関税を課しているほか、輸入ライセンスやインド工業規格(BIS)の適用範囲拡大、電子機器の国産化要求といった措置も講じている。こうした状況の中、インドでの現地生産を始める企業もあるが、設備投資が巨額になるケースや、既に中国やASEANに基幹工場があるなど、必ずしも現地生産に踏み切れないことも多い。

「非関税措置あり」は4割強、輸入制限が最大の懸念

ジェトロが実施した「2018年度アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」で、インドに進出する日系企業(回答数:348社)に「ビジネスを阻害する非関税措置の有無」について尋ねたところ、「ある」と回答した企業は41.7%(145社)で、調査対象国・地域の平均値(40.5%)を上回り、インドネシアやミャンマー、ラオスなどに続いて6番目に高い水準となった。非関税措置が「ある」と回答した企業に対し、ビジネスを阻害する非関税措置の内容について尋ねたところ、「輸入制限」が18.4%で最多となった(図参照)。これに「基準・認証制度」が15.5%、「現地調達要求、国産品優先補助金など」が14.7%、「セーフガード、アンチダンピング課税」が11.5%と続いた。

図:インドにおけるビジネスを阻害する非関税措置
輸入制限が18.4%でトップとなった。次いで基準・認証制度が15.5%で2位、現地調達要求等が14.7%で第3位となった。これに、セーフガード・アンチダンピング課税、外資規制(サービス貿易の阻害)が続く。

出所:「2018年度 アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」(ジェトロ)

「輸入制限」について、インドでは輸出入を行う者に対して「2015~2020年外国貿易政策(項目1.11)」において、輸入業者・輸出業者コード(IEC)の取得を義務付けている。加えて、動植物、種子、化学品、テレビ・ラジオ放送用トランスミッターなどの通信機器をはじめとした428品目(HSコードベース)に及ぶ輸入制限品目があり、個別にライセンス取得が必要だ。さらに、包装された製品を輸入する場合には、品目を問わず、2009年度量衡法に基づくパッケージ規制として、輸入者名や連絡先などの基礎情報の記載に加えて、消費者保護を目的とした最高小売価格(MRP)の添付も義務付けられている。売り手は、MRP以上の値段で商品を販売することは許されない。ジェトロがヒアリングした日系コンサルティング会社は「(輸出国でMRPを添付できない場合は)輸入貨物を一度インドの保税倉庫へ運搬し、ラベルを貼付した後に輸入通関し、自社倉庫へ輸送している企業もある」とした。加工食品輸入時の手続きは一層厳しく、2011年食品安全基準施行規則に基づき、全ての事業者は食品安全基準管理局(FSSAI)が発行するライセンスを取得し、FSSAIが指定する規格にのっとった製品で、かつ栄養成分表示や賞味期限などを直接、製品本体に英語またはヒンディー語で印字するラベル規制に従う必要がある。

次いで指摘割合が高かった項目が「基準・認証制度」だ。インドには、日本工業規格(JIS)に相当するインド工業規格(BIS)がBIS法によって定められている。食品原料、加工食品、セメント、鉄鋼製品、タイヤなど約140品目は強制認証品目とされ、BISの品質規格にのっとって製造することが義務付けられており、当局による工場査察もある。商工省の「輸入政策に対する一般的な注釈」にもBISについて記載があり、強制認証などの規制対象品目であれば、輸入品に対してもこのルールが適用される。強制認証品目のうち、インドが国産化を進める鉄鋼製品については、粗悪品の海外からの流入を防ぐ目的で、近年、品目の追加が断続的に行われている。ある鉄鋼会社は「BISの申請手続きに時間はかかるが、規制自体は理屈としては素晴らしいもの」と認める。しかし、ユーザー側である自動車部品会社は「取扱製品の鉄鋼部品が急にBISの規制対象となるケースもあり、もしロットが少ない場合は、鉄鋼会社はコストをかけた対応を検討してくれない」と漏らす。近年では、パソコンや液晶モニター、LEDなど44品目の電子機器にもBISの規制が及んでおり、安全基準などに基づいた事前の登録と表示が必要になっている。

電子機器などに国産化の要求

「現地調達要求、国産品優先補助金など」は3番目に指摘が多かった非関税措置だ。電子機器の政府調達における国産品優遇措置がその一例といえる。日本の経済産業省が産業界からの情報収集などを基にまとめた「2018年版不公正貿易白書」によると、この措置はインド電気通信規制庁が2011年にまとめた電気通信機器製造業の育成と競争力強化を図るための政策提言書に端を発し、2012年には通信IT省が電子機器の国内製造製品優遇に関する通知(PMA)を出したことで、対象が電子機器全般に拡大された。加えて、2017年には商工省がメイク・イン・インディア指令を発出し、品目を問わず、政府調達および公共調達において、国内生産50%以上のサプライヤーをローカルサプライヤーとみなして優先調達する制度が導入されており、今後もPMAを含めた制度全般の改定や対象拡大が見込まれる。

4番目に指摘が多かった項目が「セーフガード・アンチダンピング課税」だ。WTOの統計によると、インドはアンチダンピングの調査発動件数が近年、世界最多であり、粗悪品の海外からの流入を防ぎたい政府の強い姿勢が透けて見える。業種としては化学工業品関連が最多で、これにプラスチック・ゴム製品などが続く。「インドは鉄鋼分野でもアンチダンピング措置を頻発している」(鉄鋼会社)という声もあった。

小売業では厳しい外資規制も

政府は年々、外資規制の緩和を進めており、一部例外を除く全ての業種で100%まで外資の出資が可能だが、「外資規制(サービス貿易の阻害)」を非関税措置であるとする声もあった。商工省が管轄する外国直接投資政策の中で、国内産業保護などを目的に出資制限が残る主な業種としては、小売業、銀行・保険業、防衛機器産業などがある。この中でも、外国政府や企業から規制緩和を望む声が強い業種が小売業だ。各国企業は13億人を抱える小売市場の全面開放を待ち望む。現状として、インドの小売り規制は2つに分類される。1つが単一ブランド小売業で、30%の現地調達義務などの条件付きながら2012年に100%まで外資に開放された。ザラやギャップなどグローバルブランドのほか、日本勢では無印良品が2016年に進出済みで、ユニクロも2019年秋までに1号店をニューデリーにオープンする予定だ。他方、コンビニエンスストアやスーパーマーケットなどが該当するのが複数ブランド小売業で、2012 年に51%まで外資出資が可能になった。ただし、最低投資額1 億ドル、3 年以内にバックエンド・インフラに投資額の50%以上を投資すること、調達額の3割は小規模企業から行うことなど、非常に厳しい条件が付いた。現実は、さらに複雑だ。実は、現政権与党のインド人民党(BJP)は、2014年にモディ政権が誕生する前から現在に至るまで、複数ブランド小売業の外資開放には一貫して断固反対の姿勢だ。現状として、インドには外資系のスーパーマーケットは存在していない。

他方で、直接の外資規制ではないが、日系の金融機関は「優先業種貸出規制」の存在が障壁だとした。インド準備銀行(RBI)のガイドラインによると、規制自体は地場銀行にも課せられている制限だが、「例えば10億円の貸し出しをしたとすると、優先業種(農業、住宅など)に4割を貸し出さなければならず、外資系の銀行にとってはリスクコントロールが難しい」としている。加えて、外国銀行の支店開設には制限があり、店舗数の4分の1は人口1万人以下の農村部に出さねばならないという規制もあり、実質的に外資系の銀行の活動範囲を抑制している。

投資環境を一層魅力的なものとするために

インドの投資環境は、10年前には想像もできなかったスピードで目覚ましい進展を遂げている。国内外の企業や政府が、これを高く評価している。しかし、政府はメイク・イン・インディアという大義名分の下、鉄鋼分野へのBIS規制の対象品目拡大や、電子機器の国産化要求など、非関税措置として指摘され得る動きをとっているのも事実だ。今後、インドの投資環境をより一層魅力的なものとするためにも、こうした極端な非関税措置の導入はできる限り避けるべきであるといえる。

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部アジア大洋州課 課長代理
西澤 知史(にしざわ ともふみ)
2004年、ジェトロ入構。展示事業部、ジェトロ山形、ジェトロ静岡などを経て、2011~2015年、ジェトロ・ニューデリー事務所勤務。2015年8月より海外調査部アジア大洋州課勤務。