高リスクが常態化する時代に、踏みとどまる自由貿易体制経済の武器化による分断の中、再強化される自由貿易網と連携(世界)
2026年8月6日
米中対立などに端を発する「経済の武器化」が顕在化し、世界の通商環境は一段と不透明さを増している。各国・地域で保護主義的な政策は増加し、2025年には貿易・投資を阻害する政策介入措置が過去最高水準に達した。他方、CPTPPとEUの連携、UAEやインドなど世界貿易で存在感を高める国・地域による新規FTAネットワークの拡大といった自由貿易を再強化する動きも活発になっている。世界の通商秩序は「分断」が進む一方、「自由貿易ネットワークの再編・拡大」という側面も強めている。
こうした変化は、日本企業に新たなリスクと機会の双方をもたらしている。ただし、米中両国はグローバル・バリューチェーン上で世界各国・地域と深くつながっている。両国を完全に除外するかたちでのビジネスは困難であり、引き続きリスク低減を図りつつ、取引関係を維持・強化するのが実際的だろう。本稿では、7月28日に発表された「2026年版ジェトロ世界貿易投資報告」の第III章「世界の通商秩序を巡る動向」の内容を基に、世界の通商政策の潮流を概観しつつ、企業に求められる対応の方向性について考察する。
貿易・投資阻害措置の導入が加速
世界の通商制限は過去最高水準に達している。世界貿易や投資に影響を及ぼす政策介入措置を監視・報告する「グローバルトレードアラート(GTA)
」のデータベース(注1)によれば、2025年に世界全体で導入された通商面での新たな政策介入のうち、貿易や投資に悪影響を与える阻害措置 (Harmful measures) の件数は前年比7.7%増の3,822件に上った(図1参照)。2024年に高止まりの気配を見せたが、2025年は件数の増加率が上昇し、阻害措置の増加ペースは再び加速した。
注1:国境を越えた商品やサービス、資本の流れを妨げ、相手国に悪影響を及ぼす阻害措置(Harmful measures)の件数。
注2:輸出補助金は、補助金の項目には含まれず、輸出関連措置に含まれる。
注3:2025年1~5月、2026年1~5月については、カットオフデートを5月31日に設定している(暦年は12月31日)。
注4:2026年6月3日時点の情報に基づく。
出所:グローバルトレードアラートからジェトロ作成
2025年に導入された阻害措置の内訳では、「補助金」(注2)が1,781件と全体の半数弱を占めて最多で、次いで「輸出関連措置」(注3)が523件、「関税措置」が353件、「資本管理措置」(注4)が275件だった。特に増加した措置としては、「関税措置」が前年比2.3倍、「資本管理措置」が77.4%増、「条件付貿易保護措置」(注5)が前年比2.4倍となった。これら3つの措置は、主に米国やEUで導入が増えている。
2025年中に阻害措置を導入した国・地域のうち、件数(延べ数)(注6)の上位5カ国は、米国(552件)、中国(352件)、インド(343件)、ドイツ(287件)、ブラジル(264件)の順であった。他方、阻害措置の影響を受けた上位5カ国は、中国(1,285件)、ドイツ(1,063件)、米国(1,061件)、イタリア(944件)、フランス(924件)の順だった。
2026年1~5月に導入された世界全体の阻害措置を見ると、前年同期比22.4%増の1,910件と、件数増のペースはさらに加速している。関税措置は前年同期より減少傾向にあるが、補助金、輸出関連措置、資本管理措置、政府調達制限などは増加している。2026年も引き続き、貿易・投資を阻害する政策介入の多発が見込まれる。このため、日本企業には新たな規制導入の情報を迅速に把握し、自社への影響を分析した上で、対応策を検討する取り組みが重要となる。
米中対立は小康状態、両首脳の対話機会によるデタントに期待
こうした阻害措置の増加を牽引しているのが、米中対立を背景とする政策対応だ。前述のとおり、貿易・投資を阻害する新たな政策介入は、導入する側も影響を被る側も、米国と中国が中心となっている。2025年も米中対立と、それに端を発した政策措置によって、日本企業は事業活動への影響を余儀なくされた。ジェトロが2025年度に実施した日本本社向けのアンケート(注7)では、地政学リスクの影響を受けた(懸念がある)2,400社を対象に、「事業影響が懸念されるリスク」を聞いたところ、68.3%が「米中関係、米中対立」と回答し、リスク項目で1位となった。
2025年1月から2026年6月までの米中間での輸出管理措置などの応酬を見ると、第2次トランプ政権の発足以降、米国側は貿易赤字の解消や合成麻薬フェンタニルの流入対策などを理由に追加関税措置を相次いで発動し、とりわけ中国に対して厳しい対応を採った。一方、中国は2025年2月にタングステンやモリブデンなどの輸出管理を強化し、同年4月にはサマリウム、ジスプロシウムなど7種のレアアースに係る輸出管理を強化した。その結果、5月には米国の自動車工場が生産停止に追い込まれるなど、米国ではサプライチェーンへの悪影響が顕在化した。ロンドンやストックホルムでの貿易協議を通じて、両国は輸出管理の緩和や関税適用停止期限の延期などについて協議した(表1参照)。
2025年9月に米国商務省産業安全保障局(BIS)は、輸出管理規則(EAR)の適用範囲を拡大する「関連事業体(アフィリエイト)ルール」を公表した。一方、中国商務部は10月にレアアース輸出管理の関連規制を強化し、中国原産のレアアースが0.1%以上含まれる(価値の割合)品目について、中国商務部からの輸出許可の取得を義務付けた。これらのルールには域外適用が含まれており、米中以外の第三国にも広範囲に影響を及ぼす懸念がある。2025年10月に経済貿易協議(クアラルンプール)と米中首脳会談(釜山)が実施された。その結果、米国の関連事業体ルールや中国の0.1%ルールについては、2026年11月10日まで適用が見送られることとなった。期限付きではあるが、輸出管理措置などの応酬は、いったん小康状態となった。
2026年5月に米中首脳会談が北京で行われた。両国の発表によれば、「建設的な戦略的安定関係の構築」で合意した。首脳会談の結果について、日本企業からは関税や輸出管理に関する改善を期待する声もあったが、想定を上回る進展はなかったため、引き続き米中交渉を注視する構えだ(注8)。ただ、中国商務部米州大洋州司の責任者は首脳会談後の記者会見で、クアラルンプール経済貿易協議での共同取り決め(注9)の延長について、「関連措置の延長を推進することは両国の行動利益に合致する」「双方の経済貿易チームは(中略)共同取り決めの延長を推進する」と述べており、これは明るい材料といえるだろう(注10)。また、9月には習近平国家主席が訪米する予定だ。さらに、11月には深センでAPEC首脳会議、12月にはマイアミでG20サミットが開催される見通しであり、両国首脳による複数の対話機会が見込まれる。輸出管理など通商面での米中間のデタント(緊張緩和)が期待される。
UAEやインドが積極的にFTAネットワークを拡大
保護主義的な措置が増える一方、自由貿易ネットワークの拡大も続いている。過去に世界の通商秩序の構築を主導していた米国が、最恵国待遇などWTOルールに基づく貿易を否定し、貿易戦争をエスカレートさせる中、世界の自由貿易をリードし得る存在として、CPTPPやEUの動向に注目が集まっている。CPTPPには世界貿易の2%以上を占める中堅国が5カ国含まれ、世界貿易の17.6%を占めるなど存在感は大きい(図2参照)。2025年11月、CPTPP締約国とEUはメルボルンで第1回CPTPP・EU貿易投資対話(対話)を開催した。共同声明では、WTOを中核とするルールに基づく多角的貿易体制の強化に向けたコミットメントが示された。
注:財の輸出総額と輸入総額の合計。2026年6月1日時点で取得したデータに基づく。
出所:UNCTADからジェトロ作成
世界貿易において一定のシェアを有するアラブ首長国連邦(UAE)、韓国、インド、スイス、メルコスールなどは、今後の世界貿易をリードする存在といえる。これらの国・地域では、FTA交渉・締結に積極的な姿勢がみられる。日本を含むこうした国・地域がどのような連携・協力関係を構築していくかが、ルールに基づく世界貿易の行方を見る上でのポイントとなろう。
ジェトロの調べでは、2026年7月1日時点で、世界の発効済みFTAは424件となった。2025年には14協定が新たに発効し、2026年1~6月には7協定の発効が確認された。これらの協定のうち、半数超はUAEによる包括的経済連携協定(CEPA)だ。UAEは、2025年にコスタリカ、モーリシャス、ヨルダン、セルビア、ニュージーランド、オーストラリア、マレーシア、チリ、2026年にベトナム、アゼルバイジャン、韓国との間でCEPAを発効した。同国は石油依存から脱却し、貿易・物流・金融のハブ国家となることを目指して、CEPAネットワークを拡充している。非石油産業の拡大、グローバル物流ハブ機能の強化、外国直接投資の誘致といった狙いがあるとみられる。
インドも積極的にFTA交渉を進めている。2025年10月に欧州自由貿易連合(EFTA)(注11)との貿易経済連携協定(TEPA)、2026年6月にはオマーンとのCEPAが発効した。また、2025年7月には英国、2026年4月にはニュージーランドとのFTAに署名した。EUとのFTA交渉は2026年1月に妥結し、インド・EU双方にとって人口・経済規模の面で最大級のFTA実現に向けて道筋が立った。さらにインドは、カナダ、イスラエル、ユーラシア経済連合(EAEU)、モルディブとの間で交渉を開始(再開)した。インドは過去、RCEP協定から離脱するなど、必ずしもFTAに積極的ではなかった。しかし、コロナ禍以降は製造業育成や輸出拡大、サプライチェーン誘致を目指し、FTAネットワークを拡充している。
米中との関与を前提としたリスク対応が重要
ここまで述べてきたとおり、「経済の武器化」とみられる措置が多発する情勢下においても、同志国連携や新規FTAネットワーク構築といった動きがあり、日本企業には新規受注の獲得や調達の多元化いった機会も生まれている。ただし、世界のバリューチェーンを俯瞰(ふかん)すると、多くの国・地域は、米中で生み出される付加価値、または米中で消費される付加価値と密接につながっている(依存している)点は留意が必要だ。
表2は、OECDが推計した付加価値貿易(TiVA)2025年版のデータを基に作成した「付加価値の世界フロー」を示した表だ。本表は、猪俣[2023](注12)を参考に、「❚」マークが多いほど、最終需要地に対する付加価値(第三国に輸出して加工される中間財も含める)額が大きいことを示している。表2を見ると、付加価値のフローで見た場合、原産地としても需要地としても、米国・中国の存在感は際立って大きいことが分かる。
例えば、日本企業A社の部品がタイに輸出されているとしても、タイで加工された最終製品の需要地は米国であるケースは少なくない。この場合、日本の付加価値は米国で最終消費される。あるいは、日本企業B社が衣類をベトナムから輸入しているとして、その布地やボタンなどが中国で生産された部材であるとする。この場合、中国の付加価値が日本で最終消費されていることになる。このように、企業が直接取引していない国・地域であっても、サプライチェーンの上流・下流を通じて事業に影響が及ぶケースは少なくない。リスク管理では、自社の直接取引先だけでなく、付加価値の流れを含めたサプライチェーン全体を把握する視点が重要となる。
表2を見る限り、ビジネスの観点からは、調達ネットワークや販売ネットワークにおいて、米中を除いたかたちを目指すのは現実的ではなさそうだ。両国と深くつながった国際ビジネス環境を認識し、自社のサプライチェーンや輸出先、エンドユーザーを再点検した上で、どのように事業活動を展開していくかが重要な論点となる。特にバリューチェーン上で米中とのつながりが深い業種では、両国の輸出管理をはじめとする通商政策の変更に警戒が必要だ。
それでは、どういった業種で留意すべきだろうか。一例として、中国から主要原材料・部品を調達する傾向のある業種では、対応が進んでいる。前述したジェトロの本社アンケートによると、(A)主要原材料・部品の海外調達先として「中国」を選択した割合が高い業種と、(B)新規調達先を選ぶ上で重視する要素として「地政学リスクが相対的に低い(安定性の高さ)」を選択する割合との間には、正の相関関係がみられる(相関係数:0.66)(注13)。「情報通信機械/電子部品」「自動車/同部品/輸送機器」「電気機械」「医療品・化粧品」といった業種では、地政学リスクや経済安全保障上のリスクが意識される傾向にある(図3参照)。
「地政学リスクの低さ」を重要視する企業の割合(業種別)
注:無回答を除く有効回答数15社以上の業種のみ。新規調達設問の有効回答数は1,102社(地政学リスクが調達に影響している・懸念があると回答した企業が対象)。海外調達先に関する設問は「主要原材料・部品・仕入品の海外調達はしていない」を選択した企業を除く2,114社。
出所:ジェトロ「第24回 日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」(2026年3月)
2026年1月、中国商務部は日本に対する両用(デュアルユース)品目に対する輸出管理を強化する方針を発表した。同年2月には計40の日本企業・組織を輸出管理コントロールリストと注視リストに掲載し、両用品目の輸出を禁止、または審査を厳格化した。こうした輸出管理強化への対応に加え、中東情勢の悪化により石油・同関連製品のサプライチェーンが寸断され、日本企業や海外現地法人では調達に関する課題が顕在化している。2026年は、地政学リスクや経済安全保障が事業活動に及ぼす影響について、あらためて企業の認識が高まる年となった。
こうしたリスクに係る日本企業の対応として、予見性や対応力を高めるための情報収集に加え、企業インテリジェンス活動やサプライチェーンの強靱(きょうじん)化を進める企業も増えている。経済安全保障で変化する通商政策やビジネス環境に対応するため、迅速な情報収集と意思決定を可能とする体制の整備が求められる。
以上をまとめると、「世界経済の分断」が聞かれる昨今においても、企業に求められるのは、米中いずれかを調達先や販売先から排除することではなく、変化する通商環境を的確に捉えながらリスクを管理し、機会を取り込むことではないだろうか。そのためには、企業インテリジェンス機能の強化やサプライチェーンの可視化・多元化を進め、リスクと機会の変化に柔軟に対応できるレジリエントでしなやかな体制の整備が重要となるだろう。
- 注1:
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スイスの非営利団体、ザンクトガレン貿易繁栄基金によって運営されている。
- 注2:
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輸出補助金を除く。
- 注3:
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輸出制限や輸出補助金などを含む。
- 注4:
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制裁などによる投資・商業取引の規制や、資金引き揚げの規制が含まれる。
- 注5:
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アンチダンピング措置、補助金相殺措置、セーフガード措置が含まれる。
- 注6:
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措置1件につき複数国・地域に影響を及ぼすものや、複数国・地域によって実施されるものがあるため、国・地域別の措置数の合計は前述の全体件数と一致しない。特定国による阻害措置の導入が複数の相手国に影響を及ぼすケースが多く、延べ件数では被害件数が導入件数を上回る傾向にある。
- 注7:
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ジェトロ「2025年度 第24回 日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」(2026年3月)、55ページ参照。
- 注8:
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2026年6月12日に実施した日本企業10社へのヒアリングで得られた情報に基づく。
- 注9:
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前述のアフィリエイトルールや、中国が2025年10月に発表した各種の輸出管理強化措置などについて、2026年11月10日まで適用を延期する取り決め。
- 注10:
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安全保障貿易情報センター(CISTEC)「米中首脳会談の概要(2026年5月14日~15日)(再改訂版)
(832KB)」(2026年5月21日)。 - 注11:
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EFTA構成国はスイス、アイスランド、ノルウェー、リヒテンシュタインの4カ国。
- 注12:
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猪俣哲史著[2023]『グローバル・バリューチェーンの地政学』日本経済新聞出版、61~66ページ参照。
- 注13:
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相関係数は、2つの数量データの関連の程度を表す。値はマイナス1から1までの範囲をとり、絶対値が大きいほど関連性が強いことを意味する。一般に、相関係数が±0.5~0.7の場合は強い相関関係があるとされる。相関係数が正の値であれば、一方の数値が増加すると、もう一方も増加する「正の相関関係」を示す。
- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部国際経済課 課長代理
北見 創(きたみ そう) - 2009年、ジェトロ入構。海外調査部アジア大洋州課、大阪本部、カラチ事務所、アジア大洋州課リサーチ・マネージャーを経て、2020年11月からジェトロ・バンコク事務所で広域調査員(アジア)として勤務。2024年10月から現職。





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