高リスクが常態化する時代に、踏みとどまる自由貿易体制地政学が塗り替えるFDI地図
選別される世界投資(1)
2026年8月6日
国連貿易開発会議(UNCTAD)が2026年7月に公表した「World Investment Report 2026」は、2025年の世界の直接投資が回復に転じた一方、その回復は一部の国・地域や産業に集中しており、投資の恩恵は広く及んでいないと指摘している。世界の投資地図は、市場規模や生産コストだけでなく、地政学、産業政策、デジタルインフラ、経済安全保障によって左右される時代に入っている。本稿では、前半で国・地域別、後半で産業別の動向に焦点を当て、地政学リスクやデジタル化の進展が世界の直接投資に与える変化を捉える。
回復する世界の対内直接投資、投資先の集中進む
2025年の世界の対内直接投資額(国際収支ベース、ネット、フロー)は、国連貿易開発会議(UNCTAD)(注1)によると、前年から6.0%増加し、1兆6,243億ドルとなった。先進国・地域向け投資は前年比11.5%増と好調だった一方、新興・途上国・地域向け投資は2.1%増にとどまった(表1参照)。UNCTADは、世界の対内直接投資流入額の8割超が上位20カ国・地域に集中したと指摘しており、投資の集中傾向は一段と強まっている。
ただし、スイスやアイルランドなど、導管(conduit)と呼ばれる国・地域(注2)を経由した資金の動きが全体を400億ドル超押し下げた。もっとも、その押し下げ幅は2024年の700億ドルから縮小した。こうした影響を除くと、世界の対内直接投資額は前年比4%増にとどまる。それでも、導管国・地域向けを除いた実態ベースでは、2年連続の減少から増加に転じたことが2025年の特徴といえる。
背景には、人工知能(AI)、デジタルインフラ、半導体など戦略分野への大型投資が相次いだことがある。一方で、UNCTADは今回の回復を「狭く脆弱(ぜいじゃく)」なものと位置付けている。実際、投資増加の多くは少数の国・地域や資本・技術集約型分野に集中しており、多くの新興・途上国は十分な恩恵を受けられていない。また、各国政府による補助金や投資優遇策は、投資を呼び込める国とそうでない国との格差を広げる一因となっている。
国・地域別に見ると、欧州では、英国(前年比4.6倍)やドイツ(3.6倍)が前年からの反動や大型クロスボーダーM&Aを背景に大幅に増加した。一方、ルクセンブルクやオランダでは導管国としての資本流入が減少し、EU全体では前年比28.9%減となった。
米国は2.3%減の2,770億ドルとわずかに減少に転じたが、技術集約型産業への投資や大規模プロジェクトの受け入れは引き続き堅調で、世界最大の投資受け入れ国の地位を維持した。
中南米での対内直接投資は14.2%増となった。ブラジルは再エネや資源分野への投資拡大を背景に22.9%増となり、同地域の投資拡大を牽引した。メキシコもサービス・製造業への継続的な投資に支えられ、7.7%増だった。
北東アジア・ASEAN(前年比2.4%減)は小幅な減少となった。タイ(30.3%増)、マレーシア(50.8%増)への投資が好調だったが、3年連続で減少した中国(10.0%減)や香港(15.6%減)での減少が響いた。一方、前年に減少へ転じたインドは、サービス部門で堅調さを維持し、43.6%増と回復した。アジアの新興・途上国・地域(注3)が引き続き最大の投資受け入れ地域である一方、地域内では東アジアが減少し、東南アジアが最大の受け入れ地域となった。
中東では、サウジアラビア(52.9%増)を中心に投資流入が好調だった。湾岸諸国では、経済多角化政策や政府系ファンドを通じた産業育成が進み、エネルギー依存からの脱却を見据えた投資誘致が続いている。一方、アフリカは26.3%減となった。2024年にエジプトの都市開発案件向け投資により過去最高の受け入れ額を記録した反動が出たが、2025年のアフリカ向け投資は2010~2024年平均をなお3割超上回る高水準を維持した。
対中投資減速と供給網再編
世界の投資地図が変化する中で、特に注目されるのが米国と中国を巡る投資動向だ。過去20年間、世界の製造業投資は中国向けと米国向けを中心に拡大してきた。しかし近年は、両国間の投資の流れが変化しつつある。企業は依然として両市場を重視しているものの、地政学リスクや産業政策、安全保障規制への対応を迫られ、投資のあり方を見直している。
2003年以降の対中グリーンフィールド投資件数(発表ベース)の推移を見ると、長期的に低下傾向にある。近年の減少は必ずしも米中間の緊張の高まりだけで説明できるものではなく、中国国内の景気減速や競争激化などを背景に、米国を含む世界全体で対中投資のシェアが低下している(注4)(図1参照)。
注:2026年6月11日時点。
出所:fDi Markets(Financial Times)からジェトロ作成
一方、米国向けグリーンフィールド投資件数(発表ベース)を長期で見ると、2021年以降、中国企業による対米投資シェアは低下基調にある一方、中国以外の世界の企業による対米投資シェアは拡大傾向にある。米国の巨大市場や産業政策が投資を呼び込む一方、中国の資本規制強化や、米国の中国企業に対する対内投資審査の厳格化が、中国企業による対米投資を抑制しているとみられる。
仏コンサルティング会社のキャップジェミニが欧米企業向けに2026年1月に実施した調査(注5)でも、こうした「中国一極集中からの分散」の動きが確認できる。欧米企業が今後3年間に対外事業を拡大する先として、インド、ベトナム、メキシコが上位に挙げられた(図2参照)。一方、中国については64%の企業が「投資拡大」または「維持」と回答しており、依然として重要市場との認識は強い。ただし、33%の企業が「投資縮小」と回答しており、中国への依存を抑制しながら複数地域に供給網を分散させる戦略が主流となりつつある。もっとも、中国市場の魅力そのものが失われたわけではない。中国は依然として主要な直接投資受け入れ国で、2025年の受け入れ額は米国、シンガポール、香港に次ぐ第4位だった。3年連続で減少したものの、中国への直接投資流入の減少ペースは鈍化しており、安定化の兆しがみられる。
注1:数値は小数点以下を四捨五入しているため、内訳の合計は必ずしも100%と一致しない。
注2:その他東南アジアは、インドネシア、マレーシア、タイ、フィリピンなどを指す。
出所:キャップジェミニ“Reindustrialization strategies in Europe and the US, 2026 ”からジェトロ作成
近年は米中両政府にも関係安定化を模索する動きがみられる。2025年10月末の米中首脳会談を受け、同年11月には米国が対中追加関税の一部撤廃、中国が一部輸出管理の停止を打ち出すなど、両国間の通商関係には一時的な緩和の動きがみられた。2026年5月の首脳会談では、投資委員会を設立し、双方の投資分野における懸念事項について協議することに合意した(2026年5月19日付ビジネス短信参照)。
ただし、こうした関係改善が直ちに投資フローの回復につながるとは限らない。2026年5月のスコット・ベッセント米財務長官のコメントによると、投資委員会では、小売業など安全保障上の懸念を生まない分野の案件を扱う見込みだ(注6)。また、米調査会社のロジウム・グループは、中国の対米直接投資が2016年のピークから大きく落ち込み、過去5年間にわたり低水準で推移しているとした上で、米中間の関係改善がみられたとしても、中国からの対米投資が大幅に回復する可能性は低いと指摘する(注7)。
効率性から強靱性へ、変わる投資判断
企業の投資判断において、英フィナンシャル・タイムズは、効率性重視から強靱(きょうじん)性確保へと軸足が移り、地政学は海外直接投資(FDI)の背景要因から資本の流れを左右する要因へ変化していると分析する(注8)。経営コンサルティング会社のカーニーによると、投資家は今後1年間について、地政学的緊張の高まり、一次産品価格の上昇、先進国・地域における政治的不安定化をより懸念している。
同社が発表した2026年FDI信頼度指数(注9)を見ると、米国は14年連続で首位を維持したものの、FDI信頼度指数と経済見通しに関する楽観度スコアはいずれも低下した(表2参照)。長期化した政府閉鎖や関税を巡る政策の不確実性が、投資家心理の重しとなった。
カナダ、日本が次点となり、シンガポール(15位から8位)が順位を上げ、サウジアラビアがトップ10に初めてランクインした。日本は技術革新や半導体、ライフサイエンスなどの重点分野へのインセンティブが投資家の意欲を後押しした。また、新興国・地域では、タイとマレーシアが指数を大きく改善した。チャイナ+1のサプライチェーン多元化が続く中、ミドルパワー(注10)の投資先としての魅力が高まっている。
もっとも、現在の国際投資再編は単に国・地域間の競争として理解するだけでは不十分だ。投資集中の傾向は特定国に限らず、デジタルインフラ、半導体、クリーンエネルギー、重要鉱物といった戦略産業にも及んでいる。後半では、こうした直接投資の変化を産業の観点から整理し、世界の投資マネーがどの分野へ向かっているのかを見ていく。
- 注1:
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UNCTAD “World Investment Report 2026
”(2026年7月7日)。 - 注2:
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多国籍企業が税負担の軽減などを目的として海外直接投資を行う際、優遇税制を有する国・地域を介在させるケースがあり、これらの国・地域は導管(conduit)国・地域と呼ばれる。
- 注3:
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アジアの新興・途上国・地域には、中東も含む。
- 注4:
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DHL“Global Connectedness Report 2026
”(2026年3月)。 - 注5:
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キャップジェミニ“Reindustrialization strategies in Europe and the US, 2026
”(2026年4月)。年商10億ドル超の米国、ドイツ、英国、フランス、イタリア、オランダ、北欧、スペインの製造業を中心とした13業種の企業の幹部1,208人を対象にした業界調査。2026年1月2日~2月3日に実施。 - 注6:
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ポリティコ “Bessent discusses investment board, expanding US-China trade with Trump in Beijing
”(2026年5月14日付)。 - 注7:
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ロジウム・グループ“Why Chinese FDI in the US Won’t Rebound
”(2026年4月30日)。 - 注8:
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fDi Intelligence (Financial Times) “The fDi Report 2026
”(2026年5月)。 - 注9:
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世界30カ国のリーディング企業の経営幹部507人に、2026年1月に実施した調査。信頼度指数は、今後3年間の投資先として有望と考えられる国・地域(25カ国・地域)を高・中・低で評価し、加重平均した結果。
- 注10:
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ミドルパワーに対する単一の定義は存在しないものの、カーネギー国際平和財団によると、大国でも小国でもないにもかかわらず、国際政治において有意義な影響力を行使し、概して国際的なルールや規範を順守している国々とされる。原則としてG20の米国、中国を除く加盟国の大半を包含し得るが、カーニーや豪シンクタンクのローウィ国際政策研究所はシンガポールもミドルパワーに分類している。
選別される世界投資
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- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部国際経済課
馬場 安里紗(ばば ありさ) - 2016年、ジェトロ入構。ビジネス展開支援部ビジネス展開支援課/途上国ビジネス開発課、ビジネス展開・人材支援部新興国ビジネス開発課、海外調査部中東アフリカ課、ジェトロ・ラゴス事務所を経て、2024年10月から現職。





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