欧州市場に見るチャンス、中堅・中小企業の取り組みネットワーク、品質、地域で欧州開拓へ(岡山県・日本綿布、クロキ)
2026年6月11日
広島県との県境に位置する人口約3万5,000人(2026年2月時点)の岡山県井原(いばら)市は、デニム生地の工場やジーンズの縫製・加工工場などが集まり、「デニムの聖地」と言われる。現地では、ビジネスの場でもデニムが正装とされるほど、地域に深く根付いた産業だ。
井原には、世界的な知名度を誇るデニム生地製造企業も存在する。地域産業を牽引する日本綿布とクロキの両社および井原商工会議所に、海外取引の経緯や、地元を巻き込んだ特産品の付加価値向上、海外への情報発信について聞いた。加えてこれらインタビューを踏まえ、日本産繊維製品の欧州市場参入の魅力や、課題を乗り越えるヒントについても考察する。
日本で生産されているデニム生地は、ほぼ全て岡山県と広島県産だ。生産地は、従来、綿布の製造が盛んだった備中・備後地区で、江戸時代に藍染めが広まり、デニム生地生産の基盤となった。井原は良質な水に恵まれた土地で、伏流水を使った日本酒は評価が高い。布の染色にもこの水が欠かせず、独特の深みを持つ藍色は、この土地ならではの色合いだ。欧州の硬水では出せない色だと、日本綿布の武智ちえみ営業部次長は言う。
地元企業とのつながりから、米国の取引先を開拓
創業100年を超える老舗織布メーカーの日本綿布は、伝統と高い技術力、進取の気性を兼ね備える企業だ。製造の核である伝統的なシャトル織機は、現場の職人が溶接や部品作りも行い、修理しながら使い続けている。大量生産は難しいが、サステナブルな技法である泥染め(どろぞめ)や、1点1点表情が異なり、時を経るごとに色合いが変わる柿渋染めなどにも意欲的に取り組んでいる。
同社が海外と取引を始めたのは、地元企業とのつながりがきっかけだ。20年ほど前、隣接している広島県福山市の縫製メーカーから誘われ、ロサンゼルスの小規模な生地の展示会に参加した。米国ではデニムが日常着として根付いており、以後、同国のアパレル企業をはじめとする取引先と、長年にわたる継続的な取引関係を築いている。
2020年には、サステナビリティーへの意識が高い層を顧客に持つ米国の取引先からの要請で、ベターコットンイニシアチブ(BCI)を取得した。BCIは持続可能な綿花産業の実現を目指す世界最大規模のサステナビリティー・プログラムで、環境負荷の軽減や栽培農家の労働環境改善などの基準を設けている。また、BCIでは、上流から下流までサプライチェーン全体のトレーサビリティーの確保が必要とされる。同社では、糸を紡績企業や商社など複数のサプライヤーから仕入れているが、BCIの取得にあたって、各サプライヤーの原料調達先である綿花栽培農家に関するデータも取り寄せた。煩雑な作業ではあるが、サプライチェーンのトレーサビリティー確保への要求が高まっていることもあり、サプライヤーからの協力は得られている。
欧州では、パリのテキスタイル見本市「プルミエールヴィジョン(PV)」に過去15年以上連続して出展し、ノルウェーのバイヤーなど、現在も取引が続くパートナーを開拓した。現時点では需要が生産能力を超えているため、取引先をこれ以上増やすことが難しい状況だが、SNSを通じた引き合いも多く、引く手あまたの状態だ。
しかし同社は、「取引先」を一過性のビジネスパートナーではなく、「長く手を組む相手」「仲間」と捉えている。実際に商品を携えて足を運び、他企業と面談する「ワーク」を大切にしている。欧州の顧客は納期が短いことが多く対応が難しいが、将来的には欧州とのつながりもあらためて増やしたいという意向がある。

LVMHとのパートナーシップ締結で世界のお墨付きを獲得
またクロキも、井原に拠点を構える世界的知名度を誇るデニム生地製造企業だ。
2015年、フランスのルイ・ヴィトン・モエ・ヘネシー(LVMH)グループは、匠(たくみ)の技を持つ企業の技術の保護・継承などを目的にLVMHメティエダールを設立した。2023年には、クロキはLVMHメティエダールとパートナーシップを締結し、卓越した品質は世界から正式に評価された。LVMHメティエダールとパートナーシップを締結した企業は、日本ではクロキが初となる(注1)。同パートナーシップ締結にあたって義務はなく、支援内容も画一的ではなく、各社の状況に応じて提供される。パートナー企業同士の交流もあり、そこから新たなコラボレーションが生まれることもある。黒木立志代表取締役社長は、「つながりができたLVMHと、今までにないようなクリエーティブな商品を作りたい」と語った。
同社の欧州進出は、2006年にOEKO-TEX®(エコテックス)認証(注2)を取得し、同年にPVに参加したことから始まった。現在では、名だたる有名ブランドを顧客に抱え、業界内では「クロキ」はデニムの代名詞的存在となっている。そのため海外では「クロキ」のロゴが広く知られるようになり、約20年前から中国、韓国、インドネシア、タイ、シンガポール、米国、カナダなどで商標登録を進めてきた。約10年前からは、商標登録の際に岡山県からの補助金も活用している。
黒木代表取締役社長の経営ポリシーは、「利益を上げてしっかり蓄積」「経費は少なく利益は最大」「地域においては雇用が全て」といった、極めて堅実なものだ。さらに同氏は、「商売は勝ち負けではなく、自分が納得するものを作り、納得して買ってもらうことが大切。そのためにベストを尽くしている」と語り、常に現実を見据えた姿勢を貫いている。

地域団体商標や条例で地元挙げてのPR活動を展開
世界的にも高い評価を受ける企業を擁する井原市では、2017年に市役所職員を中心に、「井原デニム」を残していくための地域ブランド化に着手した。2019年には井原商工会議所が、「井原デニム」を特許庁管轄の地域団体商標に登録した。
地域団体商標制度(2025年7月29日付ビジネス短信参照)は、地域の産品などについて事業者の信用維持を図り、地域ブランドの保護による地域経済の活性化を目的として2006年に導入された。「夕張メロン」や「今治タオル」などの先行成功例はあるものの、登録することによるメリットが明確ではない点もあり、当初は井原市内の地元企業の反応も薄かった。

ところが、地域団体商標に登録すると、同会議所には外部から数多くの問い合わせが寄せられ、その反響の大きさに呼応するように、地元企業からもPRのアイデアが集まるようになり、状況は一変した。2023年には井原デニム推進委員会を設置し、「井原デニム」のブランド化を確固たるものとするため、関係者を集めた定期的な会議が開催されている。特に、子どもたちを主役にしたPRは大きな反響を呼び、メディアに取り上げられた。子どもたちがPRに参加することで、自然とその保護者の協力も得られたという。さらに、井原市議会の発議により2021年に「デニム条例」を制定。同条例の制定により、市を挙げたPR活動が進められ、地元全体を巻き込んだ取り組みが展開されている。
地域の“産業ブランド化”による海外展開で課題を克服、特に欧州での評価は他国・地域で波及効果も
しかし、繊維製品の国内市場は先細り傾向にあり、繊維産業の発展に向けた課題は山積している。海外展開の観点では、国内だけでなく海外への発信強化と、海外展開に慎重になりがちな中小企業の意欲を高めることが求められる。日本全国共通の課題だ。井原市でも、2019年に中小企業庁の「JAPANブランド育成事業」(注3)に参加し、海外向けのパンフレットや地域ブランドPRカードを作成した。とはいえ、現時点では海外への発信はまだ十分とは言えない状況だ。また、繊維業界に多い家族経営企業には、海外展開に消極的で尻込みする企業も多いという。
そうした日本産繊維製品の共通課題を乗り越えるヒントの1つが、“産業ブランド化”への取り組みだ。例えば、100年以上の歴史を誇る「和歌山ニット」は地域団体商標こそ取得していないものの、和歌山県北部に国内最大級の丸編みニット(カットソー)(注4)産地を形成している。
県北部の和歌山市を中心に周辺地域から企業が集まる和歌山ニット工業組合は、地域のモノづくりの魅力を海外に発信し、和歌山製繊維製品の普及を目指している。同組合は、ドローンで撮影した産地の風景や生産現場などをVR(仮想現実)で体験できる企画を展開。PVやミラノのテキスタイル見本市「ミラノウニカ」にも持ち込み、地域の風土や現場をVRで紹介した後に実物を見て手に触れてもらう手法が海外でも好評を得ている。
製品単体ではなく、地域の魅力と掛け合わせて産業をブランド化する試みが進んでいる。地域の企業が協働し、地域性を前面に出してモノづくりの魅力を海外へ発信し、産業をブランド化することにより、単独では海外展開が難しい中小企業でも地域産業ブランドの名の下で成長が期待できる。1社の成長は、その地域産業全体の活性化にもつながる。海外展開先は世界に広がるが、同組合の関係者は「特に欧州で評価されると、他地域にも波及しやすい」とし、これが欧州市場参入の大きな魅力だと話す。
もちろん欧州展開には商流の違いや言語の壁など多くの困難がある。それでも、日本綿布やクロキのように独自のネットワークや品質追求を武器に欧州へ進出している例もある。地域ぐるみの産業ブランド化が欧州展開につながる可能性もあり、欧州市場には困難を超えて挑戦する価値が十分にある。
(同地域の欧州販路開拓の取り組みについては、2024年4月12日付地域・分析レポートも参照)。
- 注1:
-
その後、クロキに続き京都西陣織の老舗・細尾もパートナーシップを締結した。
- 注2:
-
有害化学物質の含有を検査対象とし、繊維製品の安全性を保証する認証(2026年3月2日付地域・分析レポート参照)。
- 注3:
-
令和4年度まで実施。中小企業の海外展開に向けた市場調査やブランディング費用の一部を国が補助する事業。
- 注4:
-
ニット生地を裁断・縫合して作る服の総称で、製法を指す。Tシャツ、ポロシャツ、スウェット、ジャケットなどが該当。
- 執筆者紹介
-
ジェトロ調査部欧州課
冨岡 亜矢子(とみおか あやこ) - フランス民間企業、国際NGO勤務を経て、2024年から現職。





閉じる





