欧州市場に見るチャンス、中堅・中小企業の取り組み防ぎえるがん死ゼロに挑む。内視鏡シミュレータの欧州展開
鳥取県・R0(アールゼロ)

2026年6月24日

98万8,900例、1,997万6,499例。これは、前者が日本で2021年に新たに診断されたがんの症例数、後者が世界全体で2022年に新たにがんと診断された症例数だ。厚生労働省の「令和6年人口動態統計」によると、日本における死因順位のトップは「悪性新生物(腫瘍)」、すなわち、がんである。世界全体で見ても、がんは主要な死因の1つであり、世界保健機関(WHO)によると、2020年にがんで死亡した人は約1,000万人で、全死亡者の6人に1人となった。日本では、一生のうちにがんと診断される確率は男女ともに5割以上であり、2人に1人が罹患(りかん)するとされる。

このように、がんは極めて身近な病気であるが、早期発見・早期治療により、死亡リスクの低減が期待できる。ジェトロは、「防ぎえる癌死をゼロにする社会」の実現を目指し、医師の目線で社会・人類の課題解決に資する製品・サービスの研究開発を行う鳥取大学発のベンチャー企業R0(アールゼロ、藤井政至代表取締役兼最高経営責任者〔CEO〕)を訪問し、欧州展開についてヒアリングを実施した(取材日:2026年3月25日)。本稿では、ヒアリング結果を基に、欧州市場参入時の課題やその克服事例、さらに欧州市場の魅力について紹介する。

短期間で内視鏡手技習得を可能にする次世代医療シミュレータ

R0(本社:鳥取県米子市)は、2020年に鳥取大学医学部附属病院の医師が中心となり設立された鳥取大学発のベンチャー企業だ。社名のアールゼロとは、医学用語の「R0 resection(R0切除)」に由来するという。R0切除とは、治療において肉眼はおろか顕微鏡で確認しても腫瘍が取り除かれた状態のことで、完全切除や治癒切除とも言う。この社名が表すように、同社は全ての人が、がんの完全切除が可能な医療技術・予防医療、検診医療などにアクセスできる社会を目指しており、医療システムや医学教育ツールの開発、行政との連携による社会医療システムの構築などに取り組んでいる。その中でも、同社の中核事業であり海外展開も果たしているのが「次世代医療シミュレータ事業」だ。

同社が展開する次世代医療シミュレータとは、「mikoto」と名付けられた内視鏡シミュレータだ。「mikoto」とは「命(いのち)」の意味であり、「命を吹き込んだようなリアルなシミュレータ」という思いが込められている。「mikoto」は、医師の内視鏡手技評価を行うシステムを搭載し、内視鏡手技を短期間で効率的に習得できる製品だ。現在、大腸内視鏡モデル、上部消化管内視鏡モデル、および胆管(たんかん)や膵管(すいかん)の検査・治療法であるERCP(内視鏡的逆行性胆管膵管造影)モデルを展開している。

今回話を聞いたR0の木村勝典最高技術責任者(CTO)によると、消化器がんは増加傾向にある一方、世界的には内視鏡医が不足しているのが現状だ。他方、日本ではステージ1での発見率が高く、消化器がんの生存率は世界で最も高い水準にある。この背景要因の1つとして、日本では人口当たりの内視鏡医数が極めて多い点が挙げられる。オリンパスの「統合レポート2025」によると、日本における人口10万人当たりの内視鏡医数は27.7人と世界最多の水準だ。木村氏は、他国においても内視鏡医が増え、日本と同様に早期発見率が高まれば、救える確率、助かる確率の向上につながると指摘する。このような背景を踏まえ、世界的な内視鏡医の増加と内視鏡の普及による消化器がんの早期発見・早期治療の実現を目指し、「mikoto」の海外展開を進めている。

次世代医療シミュレータmikoto。大腸内視鏡トレーニングモデル、2023年販売。上部消化管内視鏡トレーニングモデル、2024年販売。膵・胆道内視鏡(ERCP)トレーニングモデル、2026年販売。
次世代医療シミュレータ「mikoto」(同社提供)

欧州輸出の難しさは「規制への対応」

「mikoto」は世界で30カ国以上、600台以上が販売されている(契約ベース、予約を含む)。海外展開は、2024年にドイツへEU向けの大腸内視鏡モデルを輸出したことを皮切りに、本格的にスタートした。欧州消化器内視鏡学会(ESGE)で「mikoto」を披露したところ、現地の医師らから高い関心が寄せられたことから、欧州進出を決めたという。内視鏡シミュレータは、医療教育に関心の高いEU諸国を中心に、消化器がん罹患率の増加や、それに伴う各国政府の医療費負担増といった課題の解決に資すると同社は判断した。しかし、輸出にあたっては各国で規制が異なるため、何をどのように進めてよいか分からない状態だったという。特に、EUの「無線機器指令」(Radio Equipment Directive (RED)、Directive 2014/53/EU)への対応が最も難しかったと木村氏は振り返る。


木村勝典最高技術責任者(CTO)(同社提供)

無線機器指令とは、EU域内で販売される無線機器について、安全と健康、電磁両立性(注1)、無線スペクトルの効率的利用に関する必須要件を定める製品規制だ。これらの必須要件により、EUにおける無線機器の単一市場が確保されている。本指令は、テレビやラジオ、携帯電話、Wi-Fi・Bluetooth搭載機器など、幅広い無線機器製品に適用される。該当製品を販売するためには、要件への適合を示すため、技術文書とEU適合宣言書の作成、およびCEマーキングの表示が必要となる(注2)

「mikoto」は販売開始当時、システムのアップデートやトレーニングデータ収集を目的とするインターネット接続用の無線機器を搭載していたため、本指令への対応が必要だった。対応にあたっては、製品がどのカテゴリーに属するかの整理が必要となる。テレビやパソコンであれば明確だが、同社の場合は「mikoto」がどのカテゴリーに該当するかの判断が難しく、明確になるまで1~2カ月程度要したそうだ。

このように、欧州市場への展開では規制や規格への対応が課題となったが、ジェトロの海外展開フェーズに即したハンズオン支援や個別課題に対応するスポット支援(〔基準・認証〕〔商品パッケージデザイン戦略〕)も活用し、無線機器指令のほか電波法などの規制をクリア、CEマーキングの自己宣言も実施して、ドイツへの輸出に至った。現在は、同指令の対象外となるよう欧州向けには無線機器を取り外し、同社ウェブサイトからデータをダウンロードしてUSB経由でシステム更新が可能な仕様に変更している。また、データ収集については、「mikoto ID」というシステムを開発し対応している。前述のとおり、「mikoto」は内視鏡手技を評価するシステムを搭載しており、「mikoto ID」に登録すると「mikoto」本体と連携し、トレーニング結果に基づく点数に応じてユーザーのランキングが表示される仕様となっている。この仕組みにより、練習する医師と指導する医師の双方の意欲向上につながっている。同社の規制対応の事例からは、製品機能の必要性と規制対応の負担を精査し、負担が大きい場合には機能を削減するなど、欧州向けに仕様を調整することも有効な対応策の1つといえる。

波状的に輸出展開先が広がる点が欧州の魅力

今回のヒアリングにより、欧州市場への展開では規制対応がハードルとして存在することがあらためて確認された。しかし、同社はドイツへの輸出を皮切りに、フランス、スペイン、オランダ、イタリアなど欧州各国へと輸出を広げている。欧州の各種規制は厳格かつ複雑とされるが、同社の事例からは、欧州市場の魅力として、規制に一つ一つ着実に対応すれば、輸出展開が複数国に波状的に広がる可能性があることが見いだせる。木村氏は欧州に進出してよかった点について、「輸出展開が広がる国数が多いため、良いスタートが切れた。市場参入時のハードルは高いが、扉の先は広がっている」と述べた。

他地域への展開の足掛かりとなる欧州

同社は欧州を足掛かりに「mikoto」の展開をアフリカへ広げ、アジア大洋州地域にも市場を拡大している。木村氏は、欧州での販売がなければアフリカへの展開はなかったと語る。「mikoto」は前述の手技評価機能に加え、コンパクトで持ち運びが可能で、電源を確保すればどこでも使用できるという特徴を持つ。加えて、文字と音声の双方で22の言語に対応しており、開発途上地域も含め今後さらなる展開が期待される。

実臨床に肉薄したリアリティーにも注目だ。同社が独自開発した臓器モデルは精巧に再現され、空気で伸縮するため、実際の人体に近い感覚でトレーニングができる設計だ。指導医がいる臨床現場が最も上達が見込まれるが、特に海外では内視鏡を扱える医師の不足もあり、現実的には難しい。人体との類似性という観点では、ブタを用いるトレーニング方法もあるが、ブタの確保などの問題がある。さらに、一度動物に使用した内視鏡は人に再利用できないため、リスクとコストが高いと言われる。このように、従来のトレーニング方法は高コストで非効率とも指摘され、国や地域によっては実施が困難な場合もあり得る。これに対し、「mikoto」は優れた機動性、運用性、リアリティーの高さにより、世界中で高度な内視鏡トレーニングを提供できる。また、医師の育成を早める点にも注目される。一般的に、十分な技術習得には大腸内視鏡で約3年、上部消化管で約3カ月を要するとされるが、「mikoto」でトレーニングを積むと、前者は約3カ月、後者は解剖学的知見があれば1日で習得も可能とされる。養成期間を大幅に短縮できる点は、内視鏡医不足の解消に寄与することが期待される。

規制をクリアし、ドイツへの輸出を皮切りに、内視鏡シミュレータ「mikoto」の海外展開を欧州、さらには世界各地で成功させたR0。「防ぎえる癌死をゼロにする」という目標の実現に向け、同社の今後の事業展開が注目される。


注1:
電子機器が他の電子機器に影響を与えず、かつ他の電子機器からの電磁ノイズの影響を受けずに正常に動作すること。 本文に戻る
注2:
CEマーキングについては調査レポート「自己宣言のためのCEマーキング適合対策実務ガイドブック」を参照。 本文に戻る
執筆者紹介
ジェトロ調査部欧州課
近藤 慶太郎(こんどう けいたろう)
2024年、ジェトロ入構。同年4月から現職。