AZECで広がる脱炭素ビジネス:ASEAN・インドの最新動向CCUS法制定で動き出すマレーシアのCCUS市場
2026年4月9日
急速な経済成長を背景に、ASEANは化石燃料依存が続いている。2025年時点でも、一次エネルギー供給の約76%を化石燃料が占める見通しだ。国際エネルギー機関(IEA)の調査によると、ASEAN域内におけるエネルギー起源の二酸化炭素(CO2)排出量は、2023年に2,000MtCO2を超え、その後も増加基調だ。国別では、インドネシアが935MtCO2と最大で、マレーシアは252MtCO2とASEAN域内で第3位に位置している。既存の産業構造を維持しつつ、CO2排出削減を進める、現実的な手段の確立が急務となっている。
本レポートでは、こうした背景の下で、2025年に制定・施行されたCCUS法(注1)を起点とする、マレーシアにおけるCCUSの制度整備の進展を整理するとともに、事業視点から見たCCUSの工程と構造、国営企業主導の大規模案件の動向、日系企業が参画するバリューチェーンの広がりの可能性を概観する。あわせて、連邦・州間の制度差や国際ルールとの関係といった、CCUS事業でマレーシアに進出する企業が今後の事業展開にあたって留意すべき課題についても考察する。
法制定で動き出すマレーシアのCCUS
マレーシアの国家エネルギー転換ロードマップ(NETR)
(19.5MB)は、2050年までの温室効果ガス排出量のネットゼロを達成するための長期戦略であり、低炭素・持続可能なエネルギーシステムへ移行する道筋を示している。NETRでは、再生可能エネルギーやエネルギー効率の向上、グリーンモビリティー推進など、6つの重点分野(「エネルギー転換レバー」)を定め、その1つとしてCCUSを位置付けている。特に「産業向けCCS」は国家の旗艦プロジェクトに指定されている。特に鉄鋼、石油・ガス、化学など排出削減が難しい分野において、産業競争力を維持しながら、温室効果ガス排出量を削減する重要な手段として、その役割が強調されている。
NETRでは、2030年までにCCUSハブを3カ所(マレー半島部に2カ所、東マレーシアのサラワク州に1カ所)整備し、最大で15MtCO2/年の貯留能力を確保することを目標としている。さらに2050年に向けて、上記の主要3ハブにおいて、40~80MtCO2/年規模への貯留能力拡大が見込まれている。また、CCUSは単なる排出削減技術にとどまらず、雇用創出、GDP成長、産業競争力の強化にも寄与する成長産業として位置付けられており、その実装を支える制度整備が国家レベルで進められている。
こうした国家戦略を具体化する上で、大きな転換点となったのが、2025年にCCUS法2025(Act870)(以下、CCUS法)が制定・施行されたことだ。本法は、CO2の回収、輸送・輸入、恒久的貯留までの一連のプロセスを包括的に規律する、マレーシア初の連邦レベルのCCUS法制度だ。これにより、これまで不透明であった規制枠組みが明確化され、CCUS分野での投資環境の整備が大きく前進した。
同法は2025年3月に可決され、同年8月1日に施行された。ただ、同法の適用範囲はマレー半島部および連邦直轄領ラブアンに限定され、サバ州およびサラワク州には適用されない。これらの州では、それぞれの自治権に基づき、独自の法的枠組みの下でCCUS制度が構築されている点が特徴だ。
CCUS法の実効性を担保するため、マレーシアCCUS庁の設立が予定されている。同庁は、CCUSバリューチェーン全体にわたる監督・規制および促進を担う中核機関として位置付けられている。主な役割は、(1)プロジェクト施行に向けた許認可の発給、(2)資源・資金メカニズムの管理、(3)政府への政策助言、(4)法令順守の確保だ。
また、高度な専門性が求められる技術分野については、外部の専門機関を助言機関として任命できる仕組みが設けられており、制度運用における専門性の確保と柔軟な対応が可能となっている。
CCUS工程別の法規制枠組み
CCUSは、大きく(1)CO2の分離・回収、(2)輸送、(3)輸入、(4)利用、(5)貯留の各工程で構成される。排出源で分離・回収されたCO2は、パイプラインや船舶などにより輸送され、産業用途で利用されるか、あるいは陸上または海上の貯留サイトにおいて恒久的に貯留される。マレーシアでは、これら一連のプロセスについて、CCUS法により、工程ごとに必要な要件や許認可が定められ、段階的に規律されている。
回収工程では、CO2回収設備が適切に設置・運用されていることが求められ、事業者には所定の登録が義務付けられている。輸送工程では、船舶、鉄道、水路、パイプラインなど多様な輸送が認められており、所定の安全基準を満たすことが要件となる。国内で回収されたCO2に加え、国外からのCO2輸入も認められているが、その場合には個別の許可取得と受け入れ基準への適合が求められる。
利用工程では、国内で回収されたCO2の利用が認められる一方、輸入されたCO2を恒久貯蓄以外で使用することは認められていない。貯留工程については、陸上または海上の指定サイトにおける恒久的な貯留が想定されており、事業者には貯留評価ライセンスおよび貯留ライセンスの取得が義務付けられている。特に海上貯留では、CO2の注入量に応じた賦課金の支払いが求められるなど、厳格な監督・管理を前提にした制度設計となっている。
| 工程 | 項目 | 内容 |
|---|---|---|
| 回収 | CO2の取り扱い | 国内におけるCO2回収活動 |
| 要件 | CO2回収設備を保有または運営していること | |
| 必要な申請 | 登録 | |
| 必要な手数料 | なし | |
| 輸送 | CO2の取り扱い | 道路、鉄道、水路、パイプライン、その他の手段による輸送 |
| 要件 |
|
|
| 必要な申請 | 登録 | |
| 必要な手数料 | なし | |
| 輸入 | CO2の取り扱い |
|
| 要件 |
|
|
| 必要な申請 | 輸入許可 | |
| 必要な手数料 | 輸入許可に係る手数料 | |
| 利用 | CO2の取り扱い |
|
| 要件 | なし | |
| 必要な申請 | 登録 | |
| 必要な手数料 | なし | |
| 貯留 | CO2の取り扱い | 海上または陸上の貯留サイト |
| 要件 |
|
|
| 必要な申請 | 貯留評価許可および貯留ライセンス | |
| 必要な手数料 |
|
出所:ASEANエネルギーセンター「Bridging Ambition and Action: Malaysia's CCUS Journey」
国営主導の大規模案件と日系企業が支えるCCUSバリューチェーンの全体像
マレーシアにおけるCCS/CCUS事業の大きな特徴は、国営石油会社であるペトロナスが中核的な役割を担い、主にオフショアの油ガス田を対象に事業が進められている点にある。既存の石油・ガス開発で培われた技術力、インフラ、操業経験を活用することで、CCSの大規模導入を現実的かつ実行可能な事業として推進している。
代表的な案件として、サラワク沖で進められているKasawariプロジェクトがある。これはペトロナスが単独で実施する、マレーシア初の本格的かつ商業規模のCCS事業であり、年間約3.3MtCO2の回収を計画している。2025年の稼働開始が予定されていた(注2)。また、Lang Lebahプロジェクトは、ペトロナスに加え、タイ国営石油公社PTT傘下の石油・天然ガス開発会社(PTTEP)、クウェート国営石油会社KPC傘下の海外資源開発会社(KUFPEC)が参画する超大型ガス田を対象としたCCS案件であり、最終投資判断を経て2027~28年以降の稼働が見込まれている。一方、半島マレーシア沖で検討されているBIGSTは、ペトロナスとエネオスが複数のガス田を統合して開発する構想であり、半島部における初のCCS案件として、今後の制度運用や事業化の試金石となることが期待されている。
| プロジェクト名 | Kasawari | Lang Lebah | BIGST |
|---|---|---|---|
| 地域 | サラワク沖 | サラワク沖 | 半島マレーシア沖 |
| 実施企業 | ペトロナス |
|
|
| 対象 | 単一巨大ガス田 | 超大型ガス田 | 複数ガス田群 |
| 事業段階 | 建設完了・操業前 | 最終投資判断待ち | 構想/初期検討 |
| 稼働時期 | 2025年 | 2027-28年以降 | 未定 |
| 備考 |
|
|
|
出所:ASEANエネルギーセンター「Bridging Ambition and Action: Malaysia's CCUS Journey」
これら国営企業主導の大規模CCS/CCUS案件を下支えするかたちで、ジェトロが発行する脱炭素カタログには、CCS/CCUSの各工程に強みを持つ日系企業の事例が掲載されている。
代表的な事例を挙げるとIHIは、CO2回収と利用を組み合わせ、回収したCO2と水素からメタンを製造する一体型ソリューションを提供している。三菱重工業は、回収から圧縮・輸送・貯留までを含む統合型CCUSソリューションに加え、CO2流通を可視化するデジタル技術を展開している。輸送分野では、川崎汽船がLNG輸送で培った知見を活かし、CO2輸送を含むCCSバリューチェーン構築に参画している。
さらに、三井物産は事業開発の立場から、ペトロナスと連携したマレー半島でのCCS事業検討を進めているほか、Asuene APACは国際基準対応を通じて排出削減効果の可視化を支援し、GREEN CARBONはCO2吸収・クレジット創出といった補完的分野を担っている。
| 企業名 | 主な工程 | 事業内容 |
|---|---|---|
| IHI | 回収、利用 | 工場・発電所の排ガスからCO2を分離・回収し、回収したCO2と水素を合成してメタンを製造。CO₂回収装置とメタネーション装置を組み合わせ、回収から利用までを一体で提供。 |
| 三菱重工業 | 回収、輸送、貯蓄、利用 | 化学吸収法によるCO2回収設備を中心に、圧縮・液化・輸送・貯留までを含むCCUSバリューチェーン全体の最適化を提供。CO2流通を可視化するデジタルプラットフォームの開発も実施。 |
| 川崎汽船 | 輸送 | LNG輸送で培った安全運航・船隊運用の知見を活かし、CO2輸送を含むCCSバリューチェーン構築に参画。日本-マレーシア間やサラワク沖のCCS案件に関与。 |
| 三井物産 | 事業開発 | 排出源の特定からCO2回収・液化・輸送・貯留までを一気通貫で設計。ペトロナスなどと連携し、マレー半島南部を中心としたCCSバリューチェーンの事業開発・FS・投資を実施。 |
| Asuene APAC Pte | 測定・報告 | スコープ1–3の温室効果ガス排出量を算定・可視化し、TCFD、SBTi、CSRD、ISOなど各種国際基準への対応を支援。CCUS導入前後の排出削減効果を定量的に把握可能。 |
| GREEN CARBON | その他 | 農業由来のCO2吸収プロジェクトを開発し、カーボンクレジットを創出・販売。 |
出所:ジェトロ「マレーシアで脱炭素化に貢献する日系企業の製品・サービスカタログ(2025年10月版)」
制度整備の進展と残された課題
報告書(ASEANエネルギーセンター公表)
では、CCUS事業の実施にあたり、制度面でいくつか留意すべき課題があると指摘する。国際的には、マレーシアが海上輸送によるCO2輸送や海底貯留に関する国際ルールである「ロンドン議定書」に加盟していないため、海外からCO2を受け入れる事業の法的な位置付けが必ずしも明確ではない。このため、越境型のCCUS事業を検討する場合には、相手国との個別協議や追加的なルール整備が必要となり、事業化までに一定の時間を要する可能性がある。
また、マレーシア国内に目を向けると、CCUSに関する制度は全国で一律に適用されているわけではなく、マレー半島部では連邦法、サラワク州およびサバ州では州独自の制度が適用されるダブルスタンダードとなっている。特にサラワク州では、州政府主導の下でCCUS制度が整備されており、2022年土地法(炭素貯留)規則および2023年環境(温室効果ガス排出削減)条例によって、陸上・海上双方の炭素貯留サイトの開発・管理、ライセンス制度、排出削減手段としての炭素貯留の位置付けが定められている。
ジェトロ中小企業海外展開現地支援プラットフォームのコーディネーター重平寿光氏は、制度整備の意義について、「CCUSに関するルールが整備されたことで、投資の予見性が高まり、新たなビジネスが生まれる基盤が整備された」と評価する。一方で、制度運用における政治・制度面のリスクとして、「州の自治権侵害に強く反発するサバ・サラワクとの関係には留意が必要である」と言及するほか、「これまでもペトロナスと、サラワク州営エネルギー会社で同州のCO2貯留権管理者であるペトロスとの確執などが問題となってきた」と指摘する。その上で、構造的なリスクとして、「連邦と州の視点の相違が法的安定性を損なう可能性がある。法的に管轄が分けられたとはいえ、実務上の調整や権限の境界線において、今後も同様の確執関係が続く可能性は高い」と分析する。
このように、主要なCCUS案件は州政府主導の法規制が整備されているサラワク州に集中していることから、企業が事業を検討する際には、進出先の地域ごとに異なる制度や許認可の仕組みを正確に把握することが不可欠だ。他方、マレーシア側において、連邦政府と州政府の役割分担をより明確化するとともに、国際ルールとの整合性を高めながら、制度整備と事業実装の両面でCCUSを段階的に展開していくことが、マレーシアにおけるCCUS事業の持続的な発展に向けた重要な課題となる。
- 執筆者紹介
-
ジェトロ・クアラルンプール事務所
近藤 皐平(こんどう こうへい) -
2018年、TOKAIコミュニケーションズ入社。
2024年からジェトロに出向。調査部アジア大洋州課を経て、2025年4月から現職。





閉じる




