AZECで広がる脱炭素ビジネス:ASEAN・インドの最新動向中小企業の環境報告作成をテックで解決、シンガポール発Gprnt

2026年2月19日

グリーンプリント(以下、Gprnt)は、主に中小企業を対象に、水道光熱費などの公共データを基に、温室効果ガスの排出量を計算し、環境報告書を自動作成するデータインフラを開発している。同社は、2020年にシンガポール通貨金融庁(MAS、中央銀行に相当)のプロジェクトとして発足し、2023年にスピンアウトした異色のスタートアップだ。脱炭素をはじめとする中小企業のサステナビリティー課題に対し、テクノロジーを活用してどのように取り組んでいるのか、Gprntのライオネル・ウォン最高経営責任者(CEO)に話を聞いた(インタビュー日:2026年1月12日)。


Gprntのライオネル・ウォンCEO(同社提供)

2025年から民間スタートアップとして本格事業展開

質問:
MASからスピンアウトしたスタートアップだが、そもそも環境課題に取り組むことになった理由は。
答え:
Gprntの設立は、MASが推進した「プロジェクト・グリーンプリント」に端を発する。これは、持続可能な金融を支えるため、ESGに係るデータ基盤を公的主導で構築する取り組みだ。MASによるサステナビリティー対応の強化と並行して始まった。シンガポールでは、2015年に「第1回シンガポール・フィンテック・フェスティバル(SFF)」が開催されたのを起点に、フィンテック企業の集積が進んだ。その流れの中でMASのラビ・メノン長官(当時、現在は気候変動対応担当大使)は、金融分野における環境領域への対応能力をMASとして高める必要があると判断した。その結果、MAS内にサステナビリティー部門が新設され、民間企業から、最高持続可能性責任者(CSO)を採用した。
ただ、資金を持続可能なプロジェクトへ振り向けることは容易だが、何を根拠に、どのように環境へのインパクトを測るのかという難題があった。そこで、MASのフィンテック部門が、民間の金融機関や、企業、業界団体などに、テクノロジーを活用して解決可能な環境分野の課題は何かを問いかけた。その時に返ってきた答えは、ほぼ一致して「データ」だった。測定できなければ、管理もできないということだ。
質問:
シンガポールは、スマート国家構想(注1)を推進しており、公的データの連携は比較的容易だという印象がある。実際はどうだったか。
答え:
シンガポールは、国家としてデジタル基盤の構築に多く投資しているが、データ連携は必ずしも簡単だったわけではない。企業の同意の下でデータを引き出し、それを継続的に使えるかたちにするには、各関係機関との調整が必要だった。具体的には、2022年末から2023年初まで、政府テクノロジー庁(GovTech)やスマート国家デジタル事務局(SNDGO)、水道料金や光熱費などのデータを所管する公共事業庁(PUB)、エネルギー市場監督庁(EMA)と話し合いを重ねた。これらの政府機関との調整、実装に約1年半から2年間を要した。
質問:
MASからスピンアウトして、民間のスタートアップとなった経緯は。
答え:
プロジェクト・グリーンプリントの下で、MASはいくつもの実証実験を行った。例えば、検証済みの企業のESG関連データを分散型台帳(ブロックチェーン)で管理する「ESGレジストリ」や、異なるデータを統合して評価や企業の資金供給につなげる「データオーケストレーション」などだ。
しかし、実証は実証のままで終わってはいけない。そこで、MASがSFFの運営部門をスピンアウトさせて設立したGFTN(旧エレバンディ)と同様に、事業を企業として組織化する道を選んだ。その結果、2023年11月のSFFで、MASからのスピンアウトを正式に発表した。2025年初めまでに完全に独立した企業として事業を開始し、シードラウンド(創業段階)の資金調達を完了した。

中小企業の環境報告書作成支援に焦点

質問:
なぜ、Gprntは中小企業をターゲットとしているのか。
答え:
一般的に、大企業の温室効果ガスの排出量の平均70~80%は、スコープ3(調達・物流・製品使用・廃棄など、自社の直接管理外で発生する排出)からといわれる。すなわち、サプライチェーンの先は、サプライヤーを含めた中小企業に行き着くといえよう。しかし、中小企業に一次データがなければ、推計値に頼るしかない。Gprntの使命は、中小企業が、正確で検証可能な一次データを提供できるよう支援することだ。そうすることで、取引先や金融機関、さらには政府機関にとっても、より信頼性の高いデータに基づいた排出量測定や金融判断が可能になる。
質問:
中小企業が環境報告書を作成する上で、具体的な課題とその解決策は。
答え:
Gprntによるサステナビリティー調査(2025年11月12日発表)(注2)によると、中小企業が環境報告書を作成する上での主な課題は時間、資金、スキルの不足だ。そもそも、持続可能性とは何か、どこから取り組むのかといった基本的な点で悩む企業も多い。これは、シンガポールだけでなく、世界の中小企業に共通してみられる課題だ。
実務では、取引先や金融機関からスコープ1~2の排出項目に関する長大な質問票を受け取ることが多いが、それ自体が中小企業にとって大きな心理的障壁となっている。そこで、Gprntは、公共機関など信頼できる情報源から、企業の同意の下でデータを取り込み、自動的にスコープ1~2の排出量を算定し、基本的な環境報告書を最小限の作業で作成できるデータインフラを開発した。
中小企業が環境報告書を作成する際の最初の障壁を低くするため、基本的な報告書の作成は無料で提供している。しかし、無料であっても、いかに使いやすいインフラであっても、報告書作成に明確な動機がなければ利用されない。そのため、われわれは、報告書を作成することによって、具体的な経済機会を創出することに注力している。例えば、融資における低金利適用やグリーン調達への参加といった機会を提供できるようにしたい。
質問:
Gprntは中小企業と持続可能性分野のソリューション企業、金融機関が参加するマーケットプレースも運営しているが、その役割と利用状況は。
答え:
現在、Gprntのマーケットプレースは、約1,000社の中小企業が利用しており、約100社のソリューション提供事業者が登録している。
中小企業が、排出量などの基本的な環境データを生成した後、IoTや再生可能エネルギー、研修、省エネ設備などを提供する事業者とつなぐ役割を担っている。ただし、中小企業が、一方的に第三者からソリューションを購入する場にしたくはない。中小企業とソリューション提供事業者の双方にとって、利益を生む仕組みを目指している。

MUFGやアント・インターナショナルが出資、近隣諸国への展開も視野

質問:
地場銀行最大手のDBSなど金融機関がGprntと連携する狙いは、より精度の高いデータを得ることで、グリーンファイナンスを容易にすることか。
答え:
そのとおりだ。金融機関が(精度の高い環境報告書を得ることで)、省エネ投資向けのグリーンローンや、サステナビリティー・リンク・ローン(注3)など、融資商品の幅を広げることができる。また、Gprntの強みは、年1回の報告にとどまらず、月次ベースで継続的に使用可能なプラットフォームである点にもある。
質問:
Gprntに出資した三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)と、中国のアリババグループ傘下のフィンテック事業者アント・インターナショナルとは、今後どのように連携していくのか。
答え:
MUFGとアント・インターナショナルはいずれも戦略投資家だ。単なる財務リターンではなく、自社の顧客基盤への実装を目指している。
MUFGの顧客は主に、大企業や中堅企業だ。これらの企業の多くは既に環境報告書を開示し、外部評価も受けている。ただ、サプライチェーン全体を巻き込んだ脱炭素化は、これからの段階にある。MUFGはASEAN域内に、提携銀行のネットワークを持っている。中小企業を顧客に持つ現地銀行と連携することで、サプライヤーである中小企業の、排出量把握や報告といった基礎的な対応能力の強化、さらには金融支援につながる可能性がある。
また、アント・インターナショナルは、電子ウォレット「アリペイプラス(Alipay+)」のネットワークを通じて、多くの小規模加盟店との接点を持つ。一方の課題は、事業者に対して、いかに環境への取り組みを過度なコストをかけることなく幅広く浸透させることができるかだ。Gprntは、その第1歩を提供できる場だと考えている。まずは加盟店での導入や使いやすさを検証した上で、次の展開につなげたい。
質問:
Gprntは今後、シンガポール国外への展開を計画しているのか。
答え:
短期的には、シンガポールに専念する方針だ。なぜなら、MASの下で始まった国家プログラムとして、まずは国内での定着を重視しているからである。国内で一定の利用実績を獲得できれば、ASEAN、さらにアジア全体へと展開していきたい。
中小企業が抱える課題は世界共通だが、国ごとに異なるのは、政策上の優先度やインフラ整備の度合いだ。Gprntは、米国のマイクロソフトとも連携しており、国外展開に必要なシステム面でも対応ができる。
質問:
日系企業がGprntと連携するメリットは何か。また日本に期待することは。
答え:
CO2排出量の見える化を支援するアスエネ(本社:東京都港区)のように、既に一部の日系のソリューション提供企業が、われわれのマーケットプレースに参画している。マーケットプレースの利用は基本的に無料だ。我々としては、エコシステムを拡大するためにも、参加のための障壁を低く設定している。
また、投資面では、シードラウンドの資金調達を終えたが、現在は、次のシリーズAの資金調達に向けた準備を進める段階にある。もし、日本の投資家がGprntへの投資に関心をもっていただけるのであれば、ぜひ協議したい。
さらに、日本政府のグリーントランスフォーメーション(GX)戦略に注目している。GX債の発行や、イノベーションへの資金投入、ディープテックを重視する姿勢は、政策と市場を結びつける強いリーダーシップの好例だと思う。今後、GXを地域レベルでどのように拡大できるか、官民連携も含めて、より緊密な協力を模索したい。

注1:
スマート国家構想とは、シンガポール政府が2014年から開始した、最新のデジタル技術を活用して、経済活性化と豊かな暮らしを目指す国を挙げての取り組み(2024年10月7日付ビジネス短信参照)。 本文に戻る
注2:
Gprntと会計事務所PwCシンガポールの共同調査「中小企業持続可能性バロメーター(SME Sustainability Barometer)」。詳細はGprnt報道発表参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます本文に戻る
注3:
サステナビリティー・リンク・ローンとは、スコープ1~2の削減目標の達成度合いに応じて金利条件が変動する融資。 本文に戻る
執筆者紹介
ジェトロ・シンガポール事務所 調査担当
本田 智津絵(ほんだ ちづえ)
総合流通グループ、通信社を経て、2007年にジェトロ・シンガポール事務所入構。共同著書に『マレーシア語辞典』(2007年)、『シンガポールを知るための65章』(2013年)、『シンガポール謎解き散歩』(2014年)がある。