AZECで広がる脱炭素ビジネス:ASEAN・インドの最新動向インドのカーボンクレジット市場の勃興

2026年2月19日

インドは2022年8月に発表したパリ協定に基づく国が決定する貢献(NDC)の改訂版で、温室効果ガス(以下、GHG)のGDP当たり排出原単位を2030年までに2005年比で45%削減することを主要目標に掲げている。同じく2030年までに累積電力設備容量の半分を再生可能エネルギー(以下、再エネ)や原子力などの非化石エネルギーへ転換することも掲げている。また、長期的な目標として2070年までにネットゼロを宣言している。

目標の達成に向けては、領域別の国家戦略の策定、脱炭素に資する技術の生産促進、技術普及のための補助金などの施策といった政府主導による取り組みがこれまで行われてきた。また、2025年10月にはアルミニウム、セメント、クロルアルカリ、パルプ・製紙の4分野で法的拘束力のあるGHG排出削減目標の通達があり、排出削減に向けた奨励策だけでなく罰則も導入された(2025年10月21日付ビジネス短信参照)。

本稿では、政府主導による新たな動きとして、施行間近のカーボンクレジット市場について整理し、インドの民間セクターである大規模財閥の脱炭素に係る取り組み事例を紹介する。

2026年半ばに整備されるカーボンクレジット市場

インドは2022年のエネルギー保全法改正により、法的枠組みを整備し2023年6月にカーボンクレジット取引スキーム(Carbon Credit Trading Scheme、以下CCTS)を発効した。同スキームは、電力省と環境・森林・気候変動省が主要省庁として政策の方向性を調整・決定し、両省の事務次官が共同議長を務めるインド炭素市場国家運営委員会(National Steering Committee for Indian Carbon Market)が監督している。また、電力省のエネルギー効率局が、同委員会の事務局として制度の実質的な運営を行い、各セクターの削減目標の具体化や、炭素クレジット証明書(以下、CCC)の発行を行っている。一方、中央電力規制委員会(注1)は、市場の規制機関として取引活動を監視する役割を持つ。さらに、エネルギー効率局から認定を受けた独立第三者機関である認定炭素検証機関が、企業から申請されたプロジェクトの検証、カーボンクレジットの発行、譲渡を行っている。また、取引などを記録する中央データベースは、インド・グリッド・コントローラーが運営している。

CCTSはコンプライアンス・メカニズムとオフセット・メカニズムの2本の柱から構成され、それぞれ2024年7月、2025年3月に制度の詳細な運用の手引を公開した。コンプライアンス・メカニズムでは、毎年、特定の対象企業にGHG排出枠が定められており、目標より多く削減できればカーボンクレジットが発行される。目標未達による不足分は、クレジットを購入することで補填(ほてん)する仕組みだ。アルミニウム、セメント、肥料、鉄鋼、石油精製、パルプ・紙、繊維、クロルアルカリ、石油化学の9業種の事業体が対象となっている。これらの義務付け対象企業は、GHG排出量について、測定、報告、第三者による検証を行う必要がある。一方、オフセット・メカニズムでは、上記の義務付けられた企業以外も、GHG排出削減、回避、または吸収につながる活動を登録し、カーボンクレジット証明書の発行を受けることができる。カーボンクレジットは、下表の10領域で承認された方法論を用いたプロジェクトから生み出される。具体的には、(1)方法論が導入されなかった場合(ベースライン)との比較、(2)カーボンクレジットがなければ、当該活動が実施されなかったかどうか(追加性)、(3)認定された方法論に基づき、排出削減量の計算や測定・報告・検証が実施されているかなどの評価枠組みに基づき、認められたプロジェクトについて、カーボンクレジットが発行される。2025年1月時点では12の方法論が承認されているが、今後も随時追加される予定だ(表参照)。

表:オフセット・メカニズムの対象領域、認可済みおよび検討中の方法論 (ーは記載なし)
領域 サブ領域 認可済みの方法論 検討中の方法論
エネルギー エネルギー産業(再生可能・非再生可能)、流通、需要
  • 再生可能エネルギー源による系統連系発電
  • 水の電気分解による水素製造
圧縮バイオガス
産業 製造業、化学工業、鉱業・鉱物生産、金属生産
  • 産業施設におけるエネルギー効率化および燃料転換対策
  • バイオガスから抽出されたメタンを用いた水素製造
  • 熱・電力用バイオマス利用
  • 調理用ストーブ
廃棄物処理と処分
  • 埋め立てメタンの回収
  • 埋め立てガスのフレアリングまたは利用
農業
  • 家畜および家畜糞尿(ふんにょう)管理からのメタン回収(家庭および小規模農場)
  • バイオ燃料の製造
  • バイオ炭
  • 農地管理
  • 稲作からのメタン排出削減
  • 持続可能な草地管理
林業 造林と再植林
  • 劣化したマングローブ生息地の植林および再植林
  • 湿地を除く土地の植林および再植林
運輸
  • 貨物輸送におけるモーダルシフト(道路輸送から水運・鉄道輸送への転換)
  • 電気自動車およびハイブリッド車による排出量削減
  • 大量高速輸送(旅客)
  • 船舶向け電力供給
建設
漏洩(ろうえい)排出 燃料(固体、石油、ガス)からの排出、工業用ガス(ハロカーボンおよび六フッ化硫黄)からの排出
溶剤使用
CCUS 二酸化炭素およびその他の除去物質の炭素回収・利用・貯留  炭素回収・貯留

出所:エネルギー効率局の資料などに基づきジェトロ作成

なお、現時点ではインド政府が主導するCCTSは、民間企業や他国が提供するカーボンクレジットプラットフォームとは連携しておらず、またコンプライアンス・メカニズムとオフセット・メカニズム間の相互性も明示されていない。

CCTSはエネルギー保全法に基づき、2012年に施行した省エネ証書取引制度(Perform Achieve Trade: PAT)を進化させるかたちで、移行・導入される予定だ。同制度はエネルギー集約型産業を対象に、エネルギー消費基準の削減目標を3年サイクルで課し、目標を上回る削減分については、エネルギー節約証書として発行・売買できるようにする仕組みだ。同制度では、3年サイクルのプロジェクトがこれまでに6回履行され、累計で1,073の事業体が、石油換算で約2,600万トンのエネルギーを節約、7,000万トン以上の二酸化炭素の削減が達成された。しかし、目標設定値が低く、既存の操業体制のままでは達成できるケースが少なくなかったこと、エネルギー節約証書の需給不均衡と価格低迷、監視・報告・検証(MRV)の透明性不足やコンプライアンス不履行の増加などの批判もあり、制度の実効性が弱まっていた。今後は、どれほどエネルギー消費量を節約できたかではなく、(1)GHG排出量に基づく厳格な目標設定、(2)クレジットの価格設定や過剰供給を防ぐ市場安定化措置の導入、(3)環境補償という明確なペナルティーの運用、(4)市場管理やMRVが強化される設計の導入、(5)透明性の高いデータ基盤の整備が成功の鍵となる。

需給を内製化、大規模かつ早期での商用利用を実現

CCTSの運用は今年中に開始される予定だが、インドではこれに先立ち、省エネ証書取引制度や各種脱炭素政策を活用し、大手財閥がグループ内で脱炭素に関する技術実証から商用利用まで進めた多くのケースがある。以下では、コンプライアンス・メカニズムの対象領域である、鉄鋼産業に携わるJSWスチールの事例を紹介する。同社は、2025年11月から、隣接するJSWエナジーで製造されたグリーン水素の供給を受けている。この供給体制は、カルナータカ州ヴィジャヤナガルに所在するプラント内で、直接還元設備と直結させる方式だ。両社は、7年間のオフテイク契約を締結しており、これに基づき、JSWエナジーは年間3,800トンのグリーン水素と3万トンのグリーン酸素をJSWスチールに供給する予定だ。加えて、両社は2025年11月に覚書を締結しており、2030年までに年間8万5,000〜9万トンのグリーン水素および 72万トンのグリーン酸素の供給に向け、生産量を段階的に拡大する計画だ。JSWエナジーのプラシャント・ジェイン共同常務取締役兼最高経営責任者は、「JSWスチールとの連携は、産業の脱炭素化を推進し、インドのグリーン水素エコシステムを強化するJSWグループ内での相乗効果をもたらす」と述べている。さらに、「本プロジェクトは、排出削減が最も困難な分野の1つである鉄鋼生産の脱炭素化においても重要な役割を果たす」と評価している。

これらの計画は、グリーン水素移行プログラム(Strategic Interventions for Green Hydrogen Transition:SIGHT)(注2)により割り当てられた、年間6,800トンのグリーン水素生産枠内で進められる。同プログラムでは、大規模なグリーン水素の利用促進や、技術効率が高い企業ほど、低い補助額で応札が可能となるリバース・オークション制度を採用しており、水素のコスト低減を目指す。商用導入から間もない技術でも、JSWグループのように、需要と供給を内製化し、政府のインセンティブを活用することで、オフテイクを確保している。適正な市場価格を模索しながら、同時にCCTSの目標達成やカーボンクレジットの取得を目指す先行事例といえる。

インド市場でビジネスチャンスとなり得る日印JCM

CCTSの制度整備が進み、運用が開始される2026年は、日本企業がインドへの市場参入を検討する上で、1つの節目といえる。加えて、2025年8月には、日印両政府が、二国間クレジット制度(JCM)の構築に向けた協力覚書を締結した。さらに、同年9月には日印間のJCM第1回合同委員会で、JCM早期実施に向けた規則の迅速な採択を目的に、事業構想書の提出を受け付けることなどが決定された(2025年9月30日付ビジネス短信参照)。今後、具体的な認証手続き、JCMクレジットの配分ルールや、MRVの詳細などが検討されることになっている。インド国内では、CCTSの運用開始に合わせて、脱炭素技術や関連ビジネスの機運が一段と高まることが予想される。


注1:
同国の電力セクターを規制する中央政府レベルの独立機関。本文に戻る
注2:
国家グリーン水素ミッションに基づき、グリーン水素や電解装置の生産量に応じて事業者へインセンティブを支払う戦略的介入。本文に戻る
執筆者紹介
ジェトロ・ベンガルール事務所
大野 真奈(おおの まな)
2017年、ジェトロ入構。ものづくり産業部環境・インフラ課、福島事務所を経て2023年1月から現職。