アフリカと日本の未来切り拓く、日系スタートアップの挑戦ARK、どこでも・だれでも水産物養殖を可能に(アフリカ)

2025年6月4日

国連の報告書によると、紛争の拡大や干ばつなどにより、2024年時点で新たにアフリカ10カ国が食糧危機に陥り、アフリカ合計16カ国が深刻な食糧危機にあるという(2024年11月11日付ビジネス短信参照)。さらに、人口増加が進むアフリカでは、タンパク源となる魚の需要の急増が見込まれる。こうした中、アフリカでは魚の養殖に注目が集まっている。水産の陸上養殖システムの海外展開を行うARK外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます は、アフリカ市場に取り組んでいる。同社のアフリカでの挑戦について、グローバル代表の栗原洋介氏に話を聞いた(取材日:2025年4月8日)。


ARKグローバル代表の栗原氏(同社提供)
質問:
御社の概要は。
答え:
ARKは2020年設立の研究開発型スタートアップだ。「LET THE OCEAN REST, CREATE YOUR OWN(海を休ませるために、陸に海をつくる)」というコンセプトの下、どこでも・だれでも⽔産物⽣産の担い⼿になれる仕組みと文化を築くために、⼩型・分散型の閉鎖循環式陸上養殖システムなどを開発・製造・販売している。
軽量・高断熱・高気密水槽「ARK ZERO」シリーズをはじめ、陸上養殖・水産事業者向けの製品や、黒潮海流域に生息する海洋生物を中心とした養殖技術などを提供する。魚種では、ハタ類などの養殖が得意分野だ。改良の結果、20フィートコンテナに収まる大きさになり、汎用度が上がり、グローバル展開がしやすくなった。
詳細は同社ウェブサイトの商品情報ページ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます参照。

ARKの陸上養殖機材の写真(同社提供)
質問:
起業のきっかけは。
答え:
もともと、IT業界出身の創業者3人で立ち上げた。私(栗原氏)は、前職で英国のスコットランドにて、大きな生け簀(いけす)で大量の餌を投入するサーモンの大型養殖など、水産のDX(デジタル化)に携わった。
世界では、たんぱく質を必要としている人々がいる。養殖が重要な解決策の1つになるが、既に世界的に海面養殖はスペースが限られている。数パーセントしかないそのスペースが、欧州などではほとんどサーモンの養殖で埋まってしまっている。よって、陸しかないと考えていた。欧州での陸上養殖は、先行業者がおり、また、大規模な養殖には何百億円の設備投資や大量の水が必要になる。このため、陸上養殖の産業の裾野を拡げるためには小規模・中規模にやれる仕組みが必要だと考え、小型分散型の養殖装置を開発した。
質問:
アフリカに取り組む理由は。
答え:
アフリカが新しい産業発展における人類のホープだ、と感じているからだ。個人的な接点としては、旅行でケニアに行った際に、マサイ族がスマートフォンで電子決済を利用していることに驚いた。それを見た時に、過去のレガシーがないことは大事だと感じた。
過去からの蓄積、レガシーはいいこともあるが、邪魔になるケースもある。小型分散型の養殖が「当たり前」という環境は、むしろアフリカの方がつくりやすいと考えた。何か新しいことをやるにはアフリカも重要な選択肢であると考えている。
人類や地域の課題解決にも貢献したい。少なくとも我々ができることはどこでも、だれでも、魚を養殖できるような仕組みと文化を提供することなので、そういうミッションに資するプロジェクトをアフリカでやりたい、と考えている。
質問:
アフリカではどのような可能性があると考えるか。
答え:
今のスタンダードがないから、サステナブルに、かつ規模の経済を追求する二律背反を、アフリカであれば実現できる可能性があるのではないか、と考えている。
アフリカは人口が増加し、これから経済発展もする地域だ。水産物の養殖産業にもチャンスがあると考える。このような中、ARKは、地球や海にできるだけ負担をかけないようにサステナブルな陸上養殖をやっていきたい。
アフリカでは独自の嗜好(しこう)があると考えており、ティラピアなど地域の嗜好や環境にあった魚種の養殖は普及しやすいと考える。我々の装置では多様な魚種への対応が可能だ。将来、作った魚が現地の料理に使われて、現地の人においしく食べてもらえるように事業を進めていきたい。
質問:
今後の取り組みの方向性は。
答え:
ケニアやエジプトなどでの展開を考えているが、現地事情について調査中だ。どのような魚種を育てるかが肝になると考えている。アフリカではティラピアが多いと聞いたが、今後、ニーズや養殖環境、調理方法、調達可能な材料などを調査し、可能性のある魚種を特定する。また、稚魚を生産できる企業などを探している。寿司(すし)など日本食向けの魚の可能性も模索していくが、現地に根ざした魚の養殖を念頭に置いている。
さらに、養殖装置の販売のほか、自社の陸上養殖ファームを日本と英国で立ち上げている。地球にとって、「第8の海」となる水槽ネットワーク「ARK SEA」によって独自の水産経済圏を築いていく、という意気込みだ。その一環として、アフリカでの展開も追及する。
質問:
アフリカでの課題とその対処方法は。
答え:
一言でいえば、リスクだ。わからないことがまだまだ多いので、何がリスクかわからないのがリスクだ。当社として、情報量と現場感がまだまだ乏しい。あとは、陸上の水産養殖の産業や事業の基盤となるものが整っていない国・地域も多いので、そこから作っていかなければならないのが大変そうだ。稚魚や塩など必要な原料の調達、実際の運用、販売先開拓なども含めて、サプライチェーンを一から作り上げていく必要がある。事業を立ち上げるスピードにも関係するところだ。
他方で、アフリカに限らずどの国に行っても、陸上養殖は新たな取り組みのため、どの国でも同じようなハードルは覚悟している。なお、既に養殖が進んでいる国での水産利権などの問題は、アフリカでは少ない可能性がある。
様々な課題の解決や、リスクを回避するためには、属人的なネットワーク、コネクションも大事だ。アフリカと日本との関係は独特に長くて太いと考えている。日本が長いことやってきた援助は感謝されているので、それをうまく経済に転用できるように絆を事業に生かしていきたい。
質問:
最後に、意気込みは。
答え:
水産養殖業界のトヨタ、を目指している。我々の養殖装置がトヨタのランドクルーザーのように、アフリカに広まってほしい。アフリカの誰もが「ARKの魚」を食べたことがある、ということを実現したい。アフリカで感謝されるような企業になりたい。
執筆者紹介
ジェトロ調査部中東アフリカ課 課長代理
井澤 壌士(いざわ じょうじ)
2010年、ジェトロ入構。農林水産・食品部農林水産企画課、ジェトロ北海道、ジェトロ・カイロ事務所を経て、現職。中東・アフリカ地域の調査・情報提供を担当。