アフリカと日本の未来切り拓く、日系スタートアップの挑戦MITAS Medical、遠隔治療で失明のない世界を目指す(アフリカ)
日本の離島・山間部、アジアからアフリカへ
2025年6月4日
アフリカにとって、医療は大きな社会課題の1つだ。目にまつわる病気も例外ではない。世界保健機関(WHO)が2019年に発表した「視力に関する世界報告書(World report on vision)」は、アフリカでは訓練を受けた眼科医の数が非常に少なく、特に農村部では眼科の医療施設へのアクセスが困難だと指摘している。また、目の病気に関する予防と治療が適切に行われないケースが多く、本来であれば予防できたはずの理由で失明する人が多いとしている。失明や視力障害は日々の生活に大きな影響を与える。視力に問題を抱える人への社会支援も日本ほど十分でないことから、失明や視力障害を抱えるアフリカ人にとって、勉強や外出、仕事には大きな困難が伴うだろう。 東京都港区に本社を置くMITAS Medical
は、こうした眼科へのアクセスに関する社会課題に着目したメディテック系スタートアップだ。同社代表取締役の北直史氏と永井亮宇氏にアフリカへの挑戦について話を聞いた(取材日:2025年4月11日)。

同社代表取締役の北直史氏(右)とビジネス・ディベロップメントの永井亮宇氏(中央)、
セールス&マーケティングのカジ・モザヘル・ホセイン氏(左)(同社提供)
- 質問:
- 御社の概要について。
- 答え:
- 「医療が届かないところに医療を届ける」をミッションに、2017年に創業した。どこにいても適切な眼科医療を受けられる世界を目指して、眼科の遠隔相談サービスを展開している。具体的には、モバイル医療機器をスマートフォンに取り付けて目の状態を撮影し、専用のスマートフォンアプリを連動させることで、遠隔地の眼科医のいない場所から、眼科医に目の状態を共有し、相談できるサービスを提供している。モバイル医療機器は、眼科の医療知識がない人でも誰でも取り扱うことができるように、医療機器メーカーと共同開発した。眼科医の数が少ない地域や、眼科医が偏在している地域など、眼科治療を受けられる医療施設が限られている場所から眼科へのアクセスを向上することで、世界から失明を減らすのに貢献したい。
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モバイル医療機器のイメージ(同社提供) - 質問:
- ビジネスを始めたきっかけは。
- 答え:
- 北海道で眼科の勤務医として働いていた際の経験がきっかけだ。少し離れた山間の村からお年寄りの女性が目の痛みを訴えて来院したが、既に急性緑内障発作で失明している状態だった。痛みが出た初日に村の診療所を訪ねていたそうだが、医師からは「痛みが続くようであれば、眼科を受診したほうが良い」とのアドバイスにとどまり、足腰も悪かったことから帰宅し、そのまま痛みを我慢していたそうだ。恐らく、専門器具や知識の不足などから、診療所の医師も判断が難しかったのだと思う。この時、医療が進んでいると言われる日本でも、眼科へのアクセスが悪ければ、簡単に失明してしまうのだと思い、救急車に乗ってでも眼科に来てほしかった、と悔しさを感じた。自分のような眼科医であれば、目の動画や画像があればすぐに病態を判定できるので、「眼科医と、眼科以外の医者を簡単につなぐことができたら」と考え、ビジネスを始めた。
- 質問:
- 海外展開の状況はどうか。
- 答え:
- 日本でも離島や山間部では眼科の専門知識を持った医師が限られており、眼科へのアクセスに課題があるが、途上国も同様だ。既にバングラデシュとインドネシアでもビジネスに取り組んでおり、PoC(概念実証)を済ませた。実際にサービスを使ってもらっている段階にあり、マネタイズに向けて取り組みを進めている。現在は東京から出張ベースで進めているが、将来的には現地に拠点を作りたい。
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バングラデシュで眼科スクリーニングサービスを実施している様子(同社提供) - 質問:
- アフリカに取り組もうと思った理由は。
- 答え:
- アフリカでは、眼科医の数が限られ、中には1つの国に数人しかいないような国もある。また、データがない国もあるが、失明者が多い国もあると聞いている。われわれが取り組んでいかないといけない地域だと考えている。現在はまず、ビジネスを発展させるために比較的参入しやすいアジアで取り組んでいるが、将来的には、眼科医療に関する社会課題がより深刻で、われわれが提供できる価値も大きいアフリカを目指していきたいと考えている。
- 質問:
- 実際にアフリカに取り組んでみて感じた期待は。
- 答え:
- これまで、ジェトロの支援も受けつつ、現地の眼科医などに対するヒアリングを行ってきた。現地の生の声を聞くことはなかなか難しいが、ヒアリングを通して自社サービスに対するニーズの大きさを確かめることができた。各国の医療従事者から見ても、眼科へのアクセスは難しく、それに伴う失明のリスクが大きいことが分かり、関心を持ってもらえた。一方で、ビジネスに取り組みやすい国と、ニーズが大きい国は違うことも分かってきた。今後、データを集めてどういった国に注力していくべきか、しっかり見極めていきたい。
- 質問:
- ビジネスを進めていく上での課題は。
- 答え:
- 眼科医へのアクセスに対する課題の大きさや、自社サービスへのニーズの大きさを確認できた一方で、眼科や遠隔診療に関する領域で持続可能なビジネスモデルを確立した例は世界全体を見てもまだ少ない。われわれのサービスが必要とされるところにどうやってビジネスを届け、世界中に拡大していくかが課題だ。
- アフリカ特有の課題で言えば、レスポンスの遅さは感じているところだ。自分たちのサービスをありがたいと思ってくれる人がどんな人たちなのか、見つけていくことが大事だと考えている。ヒアリングを通してどんな人たちに刺さるか分かってきたので、ビジネスをうまく進めていくための仮説をブラッシュアップしている。
- また、法や規制に関しても、少し課題が見え始めている。ケニアでは、日本やアジア、北米や欧州など他の地域では聞いたことのないような規制があると聞いており、丁寧に進めていきたいと思っている。アジアと比較すると、デスクトップ調査でデータや資料を見つけることが難しいため、現地パートナーを頼らなければならない場面も多くなるだろうと感じている。いい現地パートナーを見つけていきたい。
- 質問:
- アフリカへの意気込みは。
- 答え:
- 目指しているのは、どこにいても当たり前のように医療が受けられる世界だ。アフリカの中でも、特に農村部など遠隔地で自社のサービスを広げていきたい。現在は目の前方部分にフォーカスしたサービスを行っているが、眼科では目の後方部分も検査する。将来的には、目の後方部分も含めた包括的なサービスを、当たり前に利用できるように展開したい。どこにいても眼科医療が受けられるようにし、アフリカの人々が健康を享受できるように貢献していきたい。
- 注:
- 日本とアフリカの閣僚会合が、第9回アフリカ開発会議(TICAD9)に向けて、2024年8月24~25日に東京で開催された。閣僚会合の「経済」セッションでは、スタートアップを中心に、アフリカで事業に取り組む24社がブースを構え、閣僚会合参加者とのネットワーキングが行われた(2024年9月3日付ビジネス短信参照)。なお、TICAD9は2025年8月20~22日に横浜で開催予定だ。

- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部中東アフリカ課
坂根 咲花(さかね さきか) - 2024年、ジェトロ入構。中東アフリカ課で主にアフリカ関係の調査を担当。