アフリカと日本の未来切り拓く、日系スタートアップの挑戦総論:アフリカと日本の未来切り拓く、日系スタートアップの挑戦

2025年6月4日

ジェトロは2023年11月、「ジャパンテック・アフリカチャレンジ事業(JTAC)」をスタートした。世界で躍進する日系スタートアップのアフリカ市場開拓を支援するのが狙いだ。第1期企業として日系スタートアップ5社を支援(ジェトロお知らせ・記者発表参照)。2024年10月には、第2期としてさらに5社を選出した(ジェトロお知らせ・記者発表参照)。現在、計10社がアフリカ市場に挑戦している。

従来の発展段階を一足飛びに越えて、技術が急速に広がる「リープ・フロッグ」として世界のスタートアップ企業が注目するアフリカ市場だが、日系スタートアップの目には実際どのように映っているのか、本稿ではそのビジネスの可能性と課題など、事業を通じて得た考察をまとめる。

アフリカの社会課題に商機

国連の予測では、アフリカの人口は急激に増加し、現在の約13億人から2030年には約17億人、2050年には約25億人に達することが見込まれている。「ネクスト・フロンティア」として注目される一方で、急激な人口増加はアフリカに様々な社会課題をもたらし、農村から都市への人口流入、学校や病院の不足、道路や鉄道などの交通・物流インフラ、水、食料の不足、若年層の失業問題といった数多くの課題が、成長の足かせとなっている。各国政府はこれらの解決に取り組むも、汚職や深刻な財政難、援助への依存から対策は遅々として進まない。

一方、これらの課題解決に自ら取り組むスタートアップ企業が近年、アフリカ各国で次々と生まれている。社会課題の解決をむしろビジネス機会として捉え、急速な成長を見せている。こうしたトレンドを受け、JTAC事業はアフリカの社会課題の解決に資する技術・製品・サービスを有する日系スタートアップを発掘し、現地の有力アクセラレーターと協力して、そのアフリカ市場開拓を支援すべく開始された。

第1期、第2期ともに、募集枠を大きく上回る応募があり、日系スタートアップのアフリカ市場に対する高い関心の存在が確認できた。応募企業には、大きく2通りあった。既に先進国や他の途上国で取り組み実績を有しアフリカへの横展開を目指す企業と、アフリカ固有の社会課題に対応し、まずアフリカ市場に取り組みたいという企業だ。

このうち多かったのは、まずアフリカ市場に取り組みたいという企業だった。他の途上国でも共通する社会課題は多い。とはいえ、日系スタートアップが横展開するトレンドの波はアフリカにまだ到達していない。いまだ多くがインドや東南アジアにとどまり、アフリカは遠い「彼の地」だ。

JTAC事業では、アフリカの社会課題に対応し、(1)グリーン(クリーンテック、エネルギー、アグリテック、モビリティなど)、(2)ヘルスケア(医療機器、デジタル・ヘルステック、ベビーテック、ファーマテックなど)、(3)ユース&ジェンダー(教育、娯楽、美容など)の3分野を募集した。第1期では(2)、第2期では(1)の応募が最も多かった。

日系スタートアップはなぜアフリカを目指すのか

アジアや南米と比べてもアフリカの医療環境の遅れや問題の大きさはより深刻だ。例えばTBA外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますなど感染症検査技術を擁する企業にしてみると、日本でほぼ皆無の熱帯感染症は取り組みがいのある課題だ。またMITAS Medical外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますにとっては、眼科医が数人しかいないような環境がビジネスチャンスになりうる。SORA Technology外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(以下、SORA)も世界最大のマラリア感染地域であるアフリカは自社の技術を生かせる最適地という。アフリカのヘルスケア市場は、日系スタートアップにとって、日本や先進国、医療環境が比較的整ったアジア諸国で活用できない埋もれた技術を生かせる「オンリーワン」の市場ともいえる。

一方、グリーン分野のスタートアップは、Do・Change外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますのように環境対策の未整備さに着目する企業もあれば、アフリカの優れた点やポテンシャルに着目する企業も多く参加した。TYPICA外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますにとっては、アフリカは世界有数のスペシャリティコーヒーの産地で、事業のポートフォリオ上なくてはならない地域だ。Teraform(注)は日本とはスケールの違うアフリカの広大な農地に可能性を見いだしている。Peel Lab外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(Peelラボ)は、繊維原料の調達地として、そして、アフリカで作り、アフリカで売ることを目指している。ARK外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますも爆発する人口を養うために、安価なタンパク源として魚の陸上養殖を進めたいとしている。既に土地不足で拡大が難しい欧州と比較してアフリカに大きな可能性を見いだしているという。

ユース&ジェンダー分野は、急増するアフリカの若年層人口に関する課題解決を問題意識として設定したものだ。アフリカの平均年齢(中央値)は19.3歳と世界で最も若く、アフリカ市場の将来を考えるうえで、若年層を中心に考えていく必要がある。しかし、若年層の失業率は深刻で、例えば南アフリカ共和国では、15~34歳の失業率が45.5%に及ぶ。雇用創出はまさに急務だ。Progummy外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますはオンライン上でビジュアル・コーディングのプログラミングを学べる教材を開発している。製造業が期待通りに伸びず、それにもかかわらず農業が雇用を吸収しきれず、農村から都市への人口流入が進むアフリカでは、プログラマーなどデジタル産業に雇用創出や貧困脱出への期待が集まっている。また、Anique外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますも面白い。世界的な日本のコンテンツ人気はアフリカの若年層にも例外ではないが、日本企業はそのポテンシャルを生かしきれていない。未開のブルーオーシャンが開けている。

最後に、なぜ大企業ではなく、スタートアップ企業がアフリカを目指すのか。Do・Changeが「やれば、変わる」と言っているように、スタートアップ企業は、前例に縛られやすい大企業より機動性が高く、アフリカのリスクより、中長期的なポテンシャルを高く評価できる。そして、アフリカ市場はその特性として、大企業による既得権益が少なく、競争環境や規制環境が緩やかであることも大きな魅力になっている。アフリカがイノベーションの実験場として、多くのスタートアップ企業を引きつけているゆえんである。

ニーズは高いが、ビジネスモデルに課題

JTAC事業では、主にジェトロの在アフリカ事務所や現地アクセラレーターによるメンタリングをもとに、アフリカ各国の有識者やパートナー候補などとの面談を通じて、自社の製品・技術・サービスをどのようにアフリカ市場に展開させていくか、ニーズを確認しビジネスモデルを磨くことを重点に支援してきた。

アフリカでの取り組み実績よりも、製品・技術・サービスのアフリカ市場での有望性を重視して支援企業の選考を行ったため、支援企業の多くがアフリカについて、ほとんど知識のない状況でのスタートとなった。スタートアップが活用できる政府補助金は数多くある。しかし、その大半で具体的な計画の提出を求めてくる。活用しようにも、アフリカの情報は日本でほぼ皆無で、「鶏と卵」の関係になっている。本事業は、その隙間を埋めることを目指したものだ。

多くの現地の有識者やパートナー候補らとの面談では、日系スタートアップの持つ技術はほぼすべて高い関心をもって迎えられた。しかし、アフリカ側が概念実証(POC)の実施を望んでも、日本側が慎重な姿勢をとってしまったり、アフリカ側に現在の事業に加えてさらに先へ進めるキャパシティがなかったり、秘密保持契約(NDA)締結まで行ってもそのまま立ち消えとなったケースも多く発生した。POCを進めるためには許認可や製品の輸入許可を取得しなければならないなど、実際には事業を進めるうえで規制の壁が存在することがわかり、双方が一歩踏み出すことができなかったといったこともあった。

また、日系スタートアップと現地パートナー候補との間の、コミュニケーションギャップも課題となった。多くの支援企業が指摘しているとおり、アフリカでは物事が進むのに時間がかかることから、忍耐強さや柔軟さが必要で、長期的な視野で取り組んでいく必要がある。Peel Labのジム・ファン氏が指摘しているとおり、アフリカ人たちに心を開き、信用していく必要があるし、Do・Changeの岸本暉博氏が指摘するとおり、周囲を巻き込んでウィン・ウィンの関係を創っていく必要がある。SORAやPeel Labはアフリカ人インターンや現地人材を活用することで、コミュニケーションギャップの課題を乗り越えようと取り組んでいる。これも有効だろう。

現地アクセラレーターのジョナス・テスフ氏が言及しているとおり、日系スタートアップの有する技術はアフリカで大きな可能性がある。一方で、ビジネスモデルの未熟さも指摘しており、いかに社会課題の解決とビジネスを両立していくかが大きな課題だ。SORAが指摘するとおり、現地政府に対するビジネス(BtoG)は事業のスピードの遅さや資金回収の面で難しい。また、Do・Changeのように自社とパートナー企業がどのように利益を分け合い、事業をサステイナブルにしていくかは大切だ。Typicaも生産国の様々なステークホルダーの理解を丁寧に得ていく必要がある。多くの企業が言及しているとおり、アフリカではサプライチェーンを一から構築していく覚悟も必要になる。

現地パートナーからは技術的な強みに加えて、最後は冷静な損得勘定で判断されることから、ビジネスモデルをさらに磨いていくことが求められる。

日本のテックはアフリカで通用するのか

JTAC事業では、2024年5月にモロッコで開催されたGITEX AFRICAと、2025年2月のアフリカ・テックサミットにパビリオンを設置し、参加した(2024年6月12日付ビジネス短信参照)。欧米の類似イベントと異なり、開催国やアフリカ域内のスタートアップの参加が多く、海外のスタートアップがまとまって参加したことで大きな注目を集めた。GITEXではピッチに参加したSORAがファイナルまで残るなど、日本の技術がアフリカで通用することは既に証明されている。

しかし、アフリカを含め、世界で誕生するユニコーンの多くはフィンテックやEコマース関連企業が多い。社会課題に寄り添った事業をスケールするのがいかに難しいかは一目瞭然だ。

こうした壁を突破して、SORAは2025年4月9日、プレシリーズAラウンドで6億7,000万円の資金調達を達成したと発表した。今後、事業拡大や現地での運用体制の強化に取り組んでいくという。アフリカに挑戦する多くの日系スタートアップを勇気づけるニュースだ。

引き続き、日本のテックのアフリカ挑戦に期待していきたい。


注:
JTAC採択時点では、株式会社YAXIE外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます。2025年4月に、農業分野に特化したTeraformを設立した。
執筆者紹介
ジェトロ・ナイロビ事務所長
佐藤 丈治(さとう じょうじ)
2001年、ジェトロ入構。展示事業部、ジェトロ・ヨハネスブルク事務所、企画部企画課、ジェトロ・ラゴス事務所、ジェトロ・ロンドン事務所、展示事業部、調査部中東アフリカ課を経て、2023年5月から現職。