特集:日本とロシアの中小企業協力の未来と課題ロシア極東でも中小企業の起業・事業拡大に追い風

2018年9月6日

連邦政府が社会経済振興に力を入れるロシア極東。政府はさまざまな政策ツールを使用して、企業活動の活発化や投資誘致を図ろうとしている。政策の基本は優遇税制。これに歴史的低金利による金融環境の改善が加わり、起業と事業規模拡大を後押しする。極東の中心都市であるウラジオストクでも中小企業数が大きく伸びている。中小企業の起業・設備需要に、日本企業が入り込めるかが中小ビジネスのカギだ。

極東振興政策の2つの柱、税負担軽減による支援が中心

ロシア極東の地域振興の必要性がプーチン大統領はじめ政府幹部に認識されたのは、アジア太平洋経済協力(APEC)サミットが開催された2012年だ。それ以前は「極東ザバイカル経済発展プログラム」などの政府支援策(補助金措置)は存在したが、いずれも中央政府による本格的なてこ入れとはほど遠かった。プーチン大統領は2013年、大統領年次教書で「ロシアの太平洋への転換」に言及。極東の発展が政府の戦略的目標に設定された。2014年に政府内で政策の骨格作りが行われ、2015年から本格的に開始された。柱となる振興政策は2つ。「優先的社会経済発展区域(TOR)」と「ウラジオストク自由港(以下、自由港)」制度だ。TORは2015年3月に創設され、運用を開始。50万ルーブル(約85万円、1ルーブル=約1.7円)以上の投資を予定する企業に企業利潤税(法人税)や資産税、付加価値税などの優遇措置を提供する。2015年10月には自由港がスタート。500万ルーブルの投資を予定する企業に企業利潤税や資産税優遇のほか、通関や外国人の雇用、外国人へのビザ発給簡略化などで便宜を図るものだ。2016年にはTORの対象地域がサハリン州などに拡大し、自由港もサハリン州やカムチャッカ地方などに拡大された(調査レポート【ロシア】極東特区への企業進出進む(2017年8月)参照)。

ウラジオストクの中小企業は自由港に多く登録

ロシア連邦税務局によると、2018年6月時点でロシア極東に中小企業(個人事業主を含む)は約26万7,000万社存在している。そのうち約3分の1の9万1,000社はウラジオストクを中心とした沿海地方に所在し、ハバロフスク地方が5万5,000社、サハ共和国(ヤクーチヤ)が2万4,000社と続く。政府による2つの振興策(TORと自由港)のうち、ロシア極東で最大の中小企業の集積地であるウラジオストクの企業にとって、親和性が高いのが自由港であることは間違いない。2018年7月時点でTORの入居企業は204社(2018年までの総投資額は2兆1,750億ルーブル)。一方、自由港認定企業は791社(2017年までの総投資額は3,660億ルーブル)で、うち85%(670社程度)は沿海地方の企業だ。自由港の認定条件の1つである最低投資額500万ルーブルはTORの10倍(TORは50万ルーブル)だが、ウラジオストク市街が対象区域となる自由港は中小企業にとっては既存のインフラを利用できる点で利用しやすい。なお、TORの入居企業数はカムチャッカ地方のTOR「カムチャッカ」が61社と最多で、沿海地方のナデジンスカヤは46社、ミハイロフスキーは13社にとどまる。自由港制度が認知され、利用する企業数も増えている。日本企業がウラジオストク企業と取引を行う(もしくは進出する)場合、自由港による税負担軽減の恩恵を先方(もしくは自社)が受けることを考慮した事業展開の検討が可能となり、以前よりも日本企業にとっては事業の採算性が上がったといえるだろう。

銀行間の競争激化、保証条件改善で融資額も増加

TORや自由港での減免制度による中央政府のてこ入れに加え、歴史的水準となる低いインフレ率や中小企業への低利融資政策などで資金調達コストが低下したことも、中小企業・個人事業主にとって事業拡大に向けた追い風となっている。ロシア極東で中小企業の起業や事業拡大の際に金融面で登場するのは主に、(a.)市中の金融機関、(b.)保証基金、(c.)連邦構成体・市政府、(d.)起業・企業支援団体、の4つの組織だ。ウラジオストクの金融関係者によると、ズベルバンク、外国貿易銀行(VTB)など大手銀行は政策金利の引き下げに伴い積極的な融資を展開し、優良顧客の囲い込みを狙い、銀行間の競争が激化している。中小企業支援の政府機関「中小企業発展公社」の子会社「中小企業支援銀行」も、2017年に中小企業向け直接貸付業務へ参入。ウラジオストク、ユジノサハリンスクには2017年末に現地事務所を開設し、2018年初から本格的に業務を開始した。同行のウラジオストク代表はジェトロのインタビューに対し、「当地中小企業への知名度が課題」と述べ、大手銀行に対抗して積極的な営業を行い、融資実績を増やしていく意欲をみせている。

銀行から融資を受ける際に、借り手となる中小企業の担保提供による負担を軽減するのが保証基金だ。保証基金は日本の信用保証協会に当たる。ロシアでは市中銀行は通常、貸出額の100%の担保を求めるため、中小企業側の負担が大きい。保証基金は担保の一部(通常は70%程度)を肩代わりする。保証基金は連邦構成体ごとにあり、通常は連邦構成体政府が出資者になっている(沿海地方やサハリン州など、ムルマンスク州などは職業組合・企業家団体なども出資者になっている)。保証基金は市中銀行と提携し(沿海地方では35行、サハリン州で8行)、提携先銀行が審査・融資を決定した案件に対して保証を行う。保証基金は融資を受ける中小企業からコミッションを受け取る(沿海地方の場合は保証金額の年0.5%~2%)。沿海地方の保証基金は市中銀行の融資案件への保証に業務を限定しているが、サハリン州の保証基金は銀行融資保証のみならず、5~300万ルーブルの範囲で2~3年(目的により額と期間が異なる)の少額融資(マイクロファイナンス)も行っている。

沿海地方の保証基金の担当者はジェトロのインタビューに対し、「基金による保証額は毎年増加している。ここ数年の金利低下の影響が大きい」と指摘する。2009年の設立から2018年3月末までに総額43億7,165万ルーブルの融資保証を行い、同保証の下に総融資額は92億9,772万ルーブルが実行された。サハリン州の保証基金担当者も、景気回復傾向に加え、連邦政府(経済発展省)が新たに創設した「6.5%プログラム」(本特集「中小企業向け融資に新たなアプローチも」参照。中小企業への融資の際の貸出利率について6.5%を超える部分を中央銀行が負担するプログラム)により融資のニーズが一層高まり、今後の保証・融資額はさらに伸びるだろう、と予測している。低い貸出金利、銀行間の競争、政策プログラムの後押しなどが中小企業経営者・個人事業主と関係者に起業・事業拡大の判断に意欲的・楽観的な見方を与えている。

連邦構成体・市政府は補助金を支援

地方政府や市町村レベルの自治体は、直接、あるいは関係する起業・企業支援団体を通じで、返還義務のない補助金を交付することで中小企業の活動を支援している。ウラジオストクでは市政府が設立・運営する「起業発展センター」が、サハリンでは州政府(州経済発展省)が企業に対し補助金を交付する。ウラジオストクの起業発展センターの主な活動は、(a.)相談対応、(b.)教育事業、(c.)中小企業向けイベント開催、(d.)拡販と投資支援、(e. )補助金の支給、(f. )年間の最優秀企業家の選出、(g. )市場情報分析、(h.)起業希望者や失業者への支援など。企業への補助金は12種類あり、(a. )リース料支払い、(b. )不動産の送電網への接続、(c. )生産での省エネ、(d. )法人(個人事業主)登記、(e. )イノベーション製品製造、(f. )企業ウェブサイト作成、(g. )展示会への参加、(h. )労働条件の第三者評価、(i. )強制認証の取得費用、(j. )社会起業、(k. )生産拡大に向けた設備購入(l. )建設・設備(購入)の融資の利息の支払い、などの費用が対象だ。

同センターと、サハリン州経済発展省政策担当者はともにジェトロに対し「補助金への需要は高まっている」と述べている。ただし、補助金の総額は限られており、全ての応募企業に給付はできないことから、補助金交付に漏れた企業には低利融資制度やマイクロファイナンスを勧めているという。

中小企業数は急激に増加、製造業にも需要あり

現在のロシア極東の中小企業の姿は、銀行融資や補助金の支給、起業支援センターの支援実績から見えてくる。沿海地方保証基金の保証の下で中小企業向けに行われた銀行融資の総額は92億9,772万ルーブル。分野別では、卸売りがシェア29.8%を占め、建設14.6%、小売り12.9%、製造12.4%、運輸6.4%と続く(表1参照)。ウラジオストクがあるため卸売り・小売り・建設の割合が多い一方、製造分野にも一定の融資需要がある。融資額別では2,000万ルーブル以上の大型融資が4割強を占める(表2参照)。また、500万ルーブルから1,000万ルーブルの融資額が2割で、2,000万ルーブル未満では一番シェアが大きくなっている。500万ルーブルは自由港の認定条件となる最低投資金額であり、自由港の優遇を受けるための条件は銀行融資を受ける中小企業にとって「無理のない額」に設定されているといえ、企業の投資意欲を促進させる効果もあるだろう。

表1:沿海地方保証基金の保証により実行された融資の産業別内訳 (単位:1,000ルーブル、%)
産業 金額 シェア
製造 1,152,967 12.4
イノベーション 0 0
小売り 1,195,937 12.9
卸売り 2,770,764 29.8
建設 1,356,079 14.6
農業 204,371 2.2
日常サービス 239,760 2.6
輸送サービス 312,459 3.4
運輸 594,704 6.4
不動産 353,275 3.8
その他 1,117,405 12.0
出所:
沿海地方保証基金
表2:保証基金の保証により実行された融資の金額別内訳 (単位:1,000ルーブル、%)
区分 金額 シェア
100万ルーブル未満 15,153 0.2
100万ルーブル以上300万ルーブル未満 536,283 5.8
300万ルーブル以上500万ルーブル未満 843,179 9.1
500万ルーブル以上1,000万ルーブル未満 1,872,324 20.1
1,000万ルーブル以上1,500万ルーブル未満 1,241,548 13.4
1,500万ルーブル以上2,000万ルーブル未満 957,971 10.3
2,000万ルーブル以上 3,831,266 41.2
出所:
沿海地方保証協会

沿海地方保証基金のオフィス(ジェトロ撮影)

一方、ウラジオストクの起業発展センターが2017年にウラジオストクの中小企業に交付した補助金の総額は1,690万ルーブルで、42企業が対象。内訳は23件がリースのため先払い費用、9件が設備購入費用、4件が展示会出展費用などとなっている。産業分野では製造が17件で最も多く補助金が支給され、次に貨物輸送・サービスが9件となっている。同センターによると、2018年1月1日時点のウラジオストクの中小企業数(個人事業者を含む)は前年比6.0%増の4万8,603社[2016年は4万5,835社で前年(2015年)比で23.6%増]となり、マイクロ企業(定義については本特集「脆弱な中小企業、連邦・地方政府がてこ入れ」参照)が4万5,784社でシェア94.2%と大部分を占め、小企業は2,625社(5.4%)、中企業は194社(0.4%)。中小企業による雇用は約11万人で同市の就労人口の40.85%を占め、中小企業による売上高は2017年で8,308億9,000万ルーブルと沿海地方全体の約50%になる。ウラジオストク市の2017年末時点の中小企業数の産業分野ごとの割合は表3のとおりで、卸売り・小売り・輸送機器・家電修理が半数近く(43.9%)を占め、サービス、不動産取引が13.5%、輸送・通信が12.0%と続く。また、2018年初から5月末までの中小企業数の増加(表4参照)をみると、5カ月間で2,870社増加している。前年同期の2倍以上の勢いで増加しているほか、レストラン・ホテル、教育、農業、サービスなど、産業全体のシェア自体はまだ大きくないが、新たな業種で最近企業数が伸びているものもある。

表3:ウラジオストク市の中小企業の産業別割合 (単位:%)
産業 シェア
卸・小売り、輸送機器・家電修理 43.9
サービス、不動産取引 13.5
輸送・通信 12.0
建設 7.6
加工製造 4.7
住居サービス 4.1
公務関係 3.8
ホテル・レストラン 2.6
保健サービス 1.3
金融 1.1
農業 0.8
教育 0.7
漁業 0.6
水、ガス、電気の配分・生産 0.4
鉱物資源産出 0.1
出所:
ウラジオストク起業発展センター
表4:2018年1月1日から6月1日までのウラジオストク市での中小企業数の増加 (単位:%、社)
産業 シェア 増加企業数
卸・小売り、輸送機器・家電修理 11.3 324
建設 9.7 278
ホテル・レストラン 9.0 258
輸送・通信 8.0 230
教育 7.6 218
農業 7.1 204
住居サービス 6.6 189
金融 6.4 184
公務関係 6.3 187
サービス、不動産取引 6.3 175
鉱物資源産出 6.1 175
加工製造 5.7 164
保健サービス 1.2 34
水、ガス、電気の配分・生産 4.2 121
漁業 4.5 129
合計 100 2870
出所:
ウラジオストク起業発展センター

一方、サハリン州経済発展省によると、2017年末時点で同州全体の中小企業数は2万7,995社で前年比0.7%と微増。同省は2018年末の中小企業数を0.6%増の2万8,151社と見込む。同省が拠出した補助金は2017年が合計2億3,040万ルーブル(前年比38.9%増)で、784社に交付された。同省のガリーナ・モイセンコ課長は、設備購入のための補助金申請が多かった分野として農業、輸送・物流、水産加工分野などを挙げた。同氏は、主に景気の回復で商機が拡大していることが補助金応募数の増加につながっている、と分析している。

ウィンウィンの関係を構築しやすい環境に

長年、ロシア極東と日本との経済交流は中小企業が主体で行われてきた。これまではロシア側は常に事業資金が不足しており、日本側に資金と技術(ノウハウ)の全てを求めるのが通例だった。しかし最近では、マクロ経済の好転、政策金利の引き下げや銀行間の競争による銀行の貸出金利の低下、減税などの政府の中小企業支援政策といった総合的な追い風が、ロシア極東の中小企業に吹いている。活動に必要な資金も徐々に循環し、中小企業数も急速に増えている。個別案件の金額は小さいが、起業や事業拡大に向けた設備、ノウハウへの需要は確実に増加している。さまざまな支援機関を通じてロシア極東の中小企業と緊密にコンタクトを取り、ロシア側の起業・事業拡大の時機をうまく捉えることが重要だ。ロシア極東と日本の中小企業は、一層ウィンウィンな相手として事業ができる環境になりつつある。

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部欧州ロシアCIS課ロシアCIS班 課長代理
髙橋 淳(たかはし じゅん)
1998年、ジェトロ入構。2005年から2007年まで海外調査部ロシア極東担当。2009年から2012年までジェトロ・モスクワ事務所駐在。2012年から2014年までジェトロ・サンクトペテルブルク事務所長。ジェトロ諏訪支所長を経て2017年7月より現職。

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