特集:日本とロシアの中小企業協力の未来と課題脆弱な中小企業、連邦・地方政府がてこ入れ
経済構造の変革に向け2030年までの目標設定

2018年9月6日

ロシア政府は未熟な中小企業の経済活動を後押しすべく、2016年に2030年までの中小企業の発展に向けた戦略を打ち出し、情報提供や金融支援、ビジネス環境整備など総合的な中小企業支援を強化している。本稿では、ロシアの中小企業の現状、政府の戦略の方向性やその進捗(しんちょく)について報告する。

中心はサービス業、高い小規模企業の比率

ロシアでは企業の99%以上が中小企業だ。中小企業は年間売上高20億ルーブル(約34億円、1ルーブル=約1.7円)、従業員数250人以下と規定される。さらに売上高や従業員数により「中企業」「小企業」「マイクロ企業」の3つに分類される(表1参照)。加えて、国・地方自治体や関連機関・基金などの出資分が25%以下であること、大企業や外国企業の出資分が49%以下(注1)であることなどの条件がある。連邦税務局によると、2018年7月10日時点の中小企業数は626万9,150社(個人事業主を含む)で、全体の約95%はマイクロ企業、半数以上が個人事業主だ。企業数に占める中小企業数の割合は日本と大きく変わらない一方、ロシアの方がより零細な企業が多く脆弱(ぜいじゃく)といえる(マイクロ企業に相当する日本の小規模企業は中小企業の約85%)。ロシアの中小企業の主な業種は小売り・卸売業などのサービス産業で、日本の製造業に相当する加工業の割合は10%に満たないのも特徴だ。また、中小企業の経済活動は主要都市が所在する地域に集中している。中小企業の売上高の50%以上、投資額の40%近くをモスクワ市やサンクトペテルブルク市、モスクワ州、沿ボルガ地域など上位10の連邦構成体が占める。

表1:ロシアにおける中小企業の定義(注1)と数
分類 定義 企業数(注2)
従業員数 売上高 合計 法人 個人事業主
マイクロ企業 15人以下 1億2,000万ルーブル以下 5,986,652 2,697,966 3,288,686
小企業 16~100人 8億ルーブル以下 262,576 235,350 27,226
中企業 101~250人 20億ルーブル以下 19,922 19,577 345
合計 6,269,150 2,952,893 3,316,257
注1:
定義については、この他に、国・地方自治体、同機関・基金などの資本が25%以下であること、外国資本が49%以下であることなどの条件がある。
注2:
企業数は2018年7月10日時点。
出所:
2007年7月24日付連邦法第209-FZ号、2016年4月4日付連邦政府決定第265号、連邦税務局ウェブサイトなどから作成

「GDPの中小企業比率40%」を目指す

連邦税務局によると、2018年4月時点の中小企業数は2012年4月比30.7%増の約612万社、就業者数は6.6%増の約1,900万人となった。しかし、経済活動に中小企業が貢献する度合いは他国に比べて低い。政府が2016年6月に発表した「2030年までのロシア連邦における中小企業発展戦略(以下、「戦略」)」によると、GDPに占める中小企業活動の割合は約20%でしかない(2016年のEU平均は約57%)。中小企業の就業者数は全労働者数の約25%(約67%)にすぎず、輸出総額に占める割合も6%で、OECD諸国(25~35%)や中国(50%以上)に劣る。「戦略」では中小企業の労働生産性を米国やEU、日本の水準まで引き上げる必要があるとし、中小企業発展のためのビジネス環境整備に向け、(a.)複雑な規制や行政による過剰な取り締まりの緩和、(b.)高い税負担の軽減、(c.)資金調達、(d.)輸出を含めた販路拡大、などの支援が重要としている。

政府は2000年代後半以降、中小企業振興に力を入れている。ロシアでの中小企業支援策の根幹は、連邦法第209-FZ号「ロシア連邦における中小企業の発展について」(2007年7月24日付)だ。中小企業育成をロシア全体の社会・経済発展政策の一部として位置付け、連邦・地方レベルの各機関が法律、経済、情報、教育など多方面にわたる総合的な支援を行うことを明記している。その後、小企業のビジネス環境の整備や競争力強化、国内外への販路拡大、起業家数の増加などに向けて同法の改正や関連法令を導入。中小企業支援策を継続しているが、経済構造に大きく変化を与えるほどの成果は出ていない。

「戦略」では、2030年までにGDPに占める中小企業活動の割合を40%まで引き上げるべく、数値目標(表2参照)を設定した。具体的には、2014年実績をベースに2030年までに、中小企業の売上高を2.5倍、中小企業に占める製造業の割合を20%、輸出総額に占める中小企業の割合を2倍にするなどの目標を掲げる。

表2:2030年までの中小企業発展戦略における主な数値目標
項目(単位) 2014 2015 2018 2020 2025 2030
中小企業の売上高(%)※注 100 98 118 134 185 250
中小企業に占める製造業の割合(%) 11.8 12.2 13.5 14.4 17 20
労働人口に占める中小企業雇用者数の割合(%) 25.2 25.6 27.3 28.4 31.5 35
特定法人による中小企業の製品・役務・サービス調達契約件数に占める割合(%) 18以上 25以上 25以上 25以上 25以上
特定法人による中小企業の製品・役務・サービス調達契約額に占める割合(%) 10以上 15以上 15以上 15以上 15以上
輸出総額に占める中小企業の割合(%) 6 6.5 7 7.5 9 12
法人・個人向け融資総額に占める中小企業の割合(%) 18.4 17.3 19 20 22 23
企業数1,000件当たりの起業件数(件) 14.1 15 16.5 17.5 20 22.5
中小企業登記数が増加する連邦構成体数(カ所) 45 47 50以上 55以上 55以上 55以上
国家金融支援に占める単一企業城下町の中小企業向けの割合(%) 1.6 2.6 5以上 10以上 10以上 10以上
注:
2014年を100とする。
出所:
「2030年までのロシア連邦における中小企業発展戦略」(2016年6月2日付連邦政府指示第1083-r号)

求められる金融支援の充実

中小企業振興に向けた具体的な施策は表3のとおり。中小企業振興の中核となる中小企業発展公社(以下、公社)は2015年に設立され、連邦・地方レベルで起業支援や金融支援、販路拡大、人材教育などの総合的な中小企業支援を実施している(本特集「連邦・地方で中小企業支援機関の設立相次ぐ」)。地方政府が創設する中小企業支援機関の拡充も進む。相談などの情報提供支援を行う起業家支援センターや信用保証機関、輸出支援センターなど連邦全域で約700の支援機関が設立された(表4参照)。

表3:「戦略」の方向性と施策
項目 具体策
総合的な中小企業支援
  • 『中小企業発展公社』による金融、インフラ、情報提供面での総合支援
  • 『中小企業発展公社』と連邦・地方政府機関の連携
中小企業製品への需要拡大、 地域市場での競争力強化
  • 公共調達、国有企業などの大企業の調達への参入支援、環境整備
  • 通信販売、遠隔地取引、eコマースの発展
  • 自主検査基準、認証制定・取得を通じた品質向上
労働生産性向上のための条件整備
  • 地方レベルでの研究開発拠点の設立
  • ハイテク分野での中小企業と大企業との協力促進
  • 輸出促進のための総合支援
金融支援の拡大
  • ITの活用を含む中小企業向け金融システムの適正化
  • マイクロファイナンス、信用保証システムの確立
  • 長期融資、リース、ファクタリングの整備
税務政策の改善
  • 透明性、予見性の向上
  • 税負担の軽減、課税猶予の導入
  • 税務政策立案への企業側の関与
行政手続きの適正化
  • 検査・監督業務の簡素化、行政機関への報告業務の簡素化
  • 検査・監督業務における関連行政機関の連携・情報共有
  • 不動産および上下水道など公共インフラ敷設の簡素化
地方での中小企業発展
  • 地方の特色を考慮した連邦構成体、自治体レベルでの政策立案
  • 単一企業城下町(モノゴロド)の振興
人材・起業ポテンシャルの強化
  • 人材教育プログラムの作成
  • eラーニングなどによる遠隔地教育の強化
  • 若者や女性の起業支援
出所:
「2030年までのロシア連邦における中小企業発展戦略」(2016年6月2日付連邦政府指示第1083-r号)
表4:ロシアにおける主要な中小企業支援策と担当機関、支援内容
主な支援事項 担当機関(注1) 具体的な支援策内容(主なもの)(注2)
情報・コンサルティング支援 起業家支援センター 企業登記、税務・会計、事業計画作成、コンサルティング、マーケティング・販売・広告支援、起業家の権利保護、国による支援プログラム、国家調達などに関するコンサルティング支援、研修支援
社会分野イノベーションセンター 社会的テーマを扱ったセミナー、ワークショップ、講義・実習プログラムの実施、社会起業家への情報分析・法律支援、各種コンサルティング支援など
マイクロファイナンス支援 地域信用保証機関 優遇利率でのマイクロクレジット、信用保証の提供など
イノベーション発展に向けたインフラ整備 クラスター発展センター クラスター参加企業に対するマーケティング・広告支援、人材育成・研修支援、セミナー・カンファレンス・展示会などの開催、国内外展示会出展支援、各種情報支援、税務・会計・労務コンサルティング、ビジネスプラン作成支援など
地域エンジニアリングセンター ビジネスプラン・事業可能性に関するコンサルティング、技術評価、製品開発・エンジニアリング・デザインソリューションの提供、近代化支援、人材育成・研修、設計・文書作成支援、財務・経営監査、技術監査など
プロトタイプセンター 3Dプリンター、3Dスキャナーを用いたプロトタイプ製品の生産支援など
証明書・標準化センター 各種の証明書取得、標準化対応への支援など
起業家向けインフラ提供 ビジネスインキュベーター 低額でのオフィス貸与、各種情報・コンサルティング・公的文書作成支援、マーケティング・広報支援など
インダストリアルパーク 生産活動のための土地・工場施設・オフィスの貸与・販売、水道・ガス・電気の提供、その他、生産活動に必要なインフラ設備の提供など
テクノパーク ハイテク技術関連の研究・開発を目的としたラボやオフィスの貸与、その他、研究・開発に必要なインフラ設備の提供など
輸出促進支援 ロシア輸出センター 地域輸出支援センター 国際展示会出展支援、カンファレンス、セミナー、ラウンドテーブルの開催、ミッション派遣・受け入れ、輸出事業者カタログ作成、マーケティング調査の実施、貿易に係る相談・コンサルティングなど
注1:
担当機関名は一般名称であり、固有名詞ではない。各連邦構成体により名称は異なる。
注2:
支援内容は連邦構成体によって異なる。
出所:
経済発展省作成資料、各連邦構成体支援機関ウェブサイトなどから作成

資金調達環境の改善も起業を後押ししている。公社やその傘下の中小企業支援銀行などが貸付金利の補助や信用保証のプログラムを提供(本特集「中小企業向け融資に新たなアプローチの芽」)しているのがそれだ。経済発展省の中小企業に関する報告書(2017年3月)によると、起業家が事業継続を断念した要因として財政的な理由が2013年では40%以上を占めていたが、2016年には約8%まで減少しており、資金調達の環境が改善していることが分かる。2017年の財政支援プログラムを活用した資金調達は前年比53.3%増の2,530億ルーブルとなった。この影響もあり、労働人口における創業初期の起業家の割合(注2)は2014年の4.7%から2016年は6.3%に上昇した。それでも、他のBRICS諸国(例えば中国は10.3%)に比べると低い水準にあり、中小企業向けの金融支援の継続と拡充は引き続いての課題といえる。

輸出やハイテク産業支援を強化

政府は中小企業の販路拡大支援にも取り組む。公社が国有企業・大企業による調達への中小企業のアクセス対策、ロシア輸出センターの創設(2015年4月)などがそれだ。輸出センターは、輸出先の輸入規制や輸送に関する相談、取引先候補の調査や商談アレンジ、海外見本市出展支援など、輸出支援に関するワンストップセンターの役割を担う。一部の連邦構成体には同センターの地方拠点が設置されている。また、中小企業を含む世界的な競争力を持つロシア製品に対して「メード・イン・ロシア」という認証を付与し、カタログ作成やウェブ上でのプロモーション支援を行っている。

行政上の障壁低減に向けた取り組みも行われている。当局による定期的な検査をはじめとする行政対応の負荷が、企業の活動を阻害する要因と指摘されてきた。それらの負荷の軽減策として、検査の削減や行政違反基準の緩和、簡易課税制度などが導入された。経済発展省によると、2017年上半期には検査当局の立ち入りが前年同期比で4万5,000件減少し、また罰金対象となる行政違反件数も23%減少しているという。

労働生産性向上に向けた中小企業におけるイノベーション活動の振興にも力を入れる。その環境整備として、ロシア版シリコンバレーといわれるスタートアップ拠点スコルコボがハイテク分野の企業の創出・育成を行う。地方レベルでもテクノパークやインキュベーションセンターなどの研究開発・スタートアップ拠点の整備が進められている(本特集「スコルコボを中心に成長するロシアのスタートアップ」)。また、中小企業の活動が特に乏しい遠隔地のビジネス環境整備や金融支援にも力を入れている(本特集「モノゴロドで中小企業ビジネスの起業を支援」)。

外国政府・企業との連携を模索

政府は中小企業の発展に向けて、外国企業との連携も重要だとしており、外国投資を呼び込むための投資環境整備にも力をいれる。 投資環境の指標として、政府は世界銀行の「Doing Business」ランキングでの評価向上に努めている。ロシアは同ランキングで2011年版の123位から、2018年版では35位にまで大幅に順位を上げた。ただ、建設許可や貿易などの個別項目では100位台のところもあり、引き続き投資環境の改善に向けた取り組みは必要だ。「Doing Business」のロシアでの調査対象地はモスクワとサンクトペテルブルクのみだが、それ以外の地方も投資環境改善に取り組んでいる。戦略イニシアチブ庁(ASI)は、2015年から連邦構成体別のビジネス環境ランキングを発表している。ビジネス環境改善に関する地方間の競争を促すことが連邦政府の狙いで、それが功を奏し、2018年の結果では全連邦構成体のうち78の地域で投資環境の改善がみられたとしている。

外国企業との連携・交流促進に向けて外国政府との協力も進める。例えば、フィンランド、オーストリア、イタリアなどと中小企業の産業・技術の交流促進を目的とした政府間のワーキンググループを形成している。日本政府は「8項目の協力プラン」の1つとして両国間の中小企業交流の拡大を掲げているほか、2016年9月に経済産業省とロシア経済発展省が中堅・中小企業分野における協力のためのプラットフォーム創設に関する覚書を交換した。双方の中堅・中小企業による投資および輸出を促進するため、セミナーや商談会などのイベントの開催、金融や情報提供面での協力が進められている。

ロシアの中小企業支援策が強化され、中小企業分野での国際交流の環境も整いつつある。「戦略」に基づく支援により、特に製造業やハイテク産業分野で中小企業が台頭してくれば状況は変化する。まさに今、この分野での日本企業のビジネスチャンスが芽生えるかどうかを見極める時期に来ているといえそうだ。


注1:
2018年8月3日付の法改正(連邦法等313-FZ号)により、2018年12月1日からは、ロシアの中小企業の定義を満たす外国企業は49%規制の対象外となる。
注2:
起業家活動の国際調査機関「Global Entrepreneurship Monitor」による調査。18歳から64歳の人口に占める起業後3年半未満の起業家の割合。2016年は中国10.3%のほか、ブラジル19.6%、インド10.6%、南アフリカ共和国6.9%。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部欧州ロシアCIS課
戎 佑一郎(えびす ゆういちろう)
2012年、ジェトロ入構。関東事務所、京都事務所を経て、2017年より現職。
執筆者紹介
ジェトロ・モスクワ事務所
齋藤 寛(さいとう ひろし)
2007年、ジェトロ入構。海外調査部欧州ロシアCIS課、ジェトロ神戸を経て、2014年6月より現職。ジェトロ・モスクワ事務所では調査業務、進出日系企業支援業務(知的財産保護、通関問題)などを担当。編著にて「ロシア経済の基礎知識」(ジェトロ、2012年7月発行)を上梓。