特集:日本とロシアの中小企業協力の未来と課題中小企業向け融資に新たなアプローチも
金融機能を強化し資金繰り改善

2018年9月6日

ロシアにおける中小企業の育成・発展の障害要因の1つとして、中小企業向け金融機能の脆弱(ぜいじゃく)性が挙げられる。ジェトロが2017年12月~2018年2月に実施したロシア中小企業へのインタビューにおいても、銀行融資を活用している企業はごく一部で、高金利など融資条件が悪いことを理由に多くの企業が自己資金で経営を行っていた。本稿では、昨今の商業銀行による中小企業向け融資の状況と課題、展望について報告する。

中小企業向け融資額は増加傾向も短期資金が中心

ロシアにおいて中小企業向け融資の脆弱(ぜいじゃく)さはこれまでも指摘されてきた。ロシア中央銀行によると、2017年末時点で、ロシアにおける融資総額のうち中小企業向けは16%にすぎず、日本の70%に比べても著しく低い。全ロシア中小企業団体「オポラ・ロシア」は中小企業が銀行融資を受ける困難さの理由として、金利や担保・保証要件の厳しさを挙げている。他方、融資を行う銀行側は、ロシアの中小企業の財務的脆弱(ぜいじゃく)性(利益率の低さ、隠れ損失の存在、資本基盤の薄さ)、企業構造・経営の不透明性(幅広い関連企業の存在、オーナーが有する別のビジネスとの結びつき)、担保不足、事業計画文書の質の低さなどを指摘している。また、中小企業向け融資は、個人向けローンや大企業向け融資に比べ不良債権発生率が高いことも障害の1つとなっている。

このような中、景気回復や政府による中小企業向け金融支援により、ロシアにおける中小企業向け融資額は増加の兆しを見せている。ロシア中央銀行によると、2017年の中小企業向け融資額(外貨・貴金属建て含む)は前年比15.2%増の6兆1,172億ルーブル(約10兆3,990億円、1ルーブル=約1.7円)で3年ぶりに増加に転じた(図1参照)。増加理由については、(a.)金利の低下[長期金利(1年以上)が年率14.2%から10.9%に、短期金利(1年未満)は14.8%から12.4%に低下]、(b.)政府による中小企業向けの金利補助プログラムの導入、(c.)景気回復による資金需要の増加などが挙げられる。他方、2017年末時点の中小企業向け融資残高は前年比6.7%減の4兆1,699億ルーブルと4年連続で減少。資金繰りが厳しい中小企業による短期資金の借り入れが大半を占め、新規事業や設備投資に向けた長期融資が少ないため、融資額より残高が少ないという状況が続いているとみられる。

図1:ロシアにおける中小企業向け融資額などの推移
まずは融資額の推移。2009年3兆29億ルーブル、2010年4兆7,047億ルーブル、2011年6兆557億ルーブル、2012年6兆9,425億ルーブル、2013年8兆648億ルーブル、7兆6,106億ルーブル、2015年5兆4,603億ルーブル、2016年5兆3,026億ルーブル、2017年6兆1,172億ルーブル。 次に融資残高。2009年2兆6,480億ルーブル、2010年3兆2,276億ルーブル、2011年3兆8,435億ルーブル、2012年4兆4,942億ルーブル、2013年5兆1,606億ルーブル、2014年5兆1,168億ルーブル、2015年4兆8,853億ルーブル、2016年4兆4,689億ルーブル、2017年4兆1,699億ルーブル。
出所:
ロシア中央銀行

ロシア国内銀行最大手のズベルバンクによると、2017年末時点の産業分野別の中小企業向け貸付額の割合は商業が39.0%で最も多く、サービス業(9.4%)、水産業(5.7%)、建設業(5.2%)、農業・畜産(4.5%)が続く(図2参照)。商業が多い理由は、中小企業に占める割合が高いことに加え、運転資金需要が高いためだ。他方、製造業の割合は2.9%にすぎない。製造業は生産・投資向けに資金が必要だが、一般的に資金繰りが安定せず、企業側が融資を受けられる状況にないことが多い。

図2:産業分野別の中小企業向け貸付額割合(単位:%)
商業39.0%、サービス9.4%、水産5.7%、建設5.2%、農業・畜産4.5%、製造業2.9%、その他33.3%。
出所:
ズベルバンク

融資額相当額の担保などが障壁に

融資現場の事例を紹介する。中小企業向けの融資拡大に力を入れているフランスのソシエテジェネラル銀行傘下のロスバンクは中小企業向けに融資、銀行保証、リース、ファクタリングサービスを提供している。商品としては(a.)投資資金(ビジネス拡大、生産近代化向け)、(b.)運転資金(現状のビジネス継続向け)、(c.)当座貸し越し[口座上の資金不足の補填(ほてん)]、(d.)リファイナンス(優遇金利への借り換え)、(e.)商業不動産ローン(商業不動産購入のため)、(f.)法人向けオートローン(自動車・建機購入向け)などを提供しているが、一番需要があるのは運転資金という。資金繰りが厳しい企業が多いためだ。

融資審査手順は2段階あり、まず、各支店が融資申請企業に出向き、社長、財務・会計責任者と面談を行う。融資申請企業に経営状況やビジネスプラン、財務情報を提出させ、銀行側で市場状況、取引先のビジネス状況、契約内容、当該企業の立地先地域・都市の状況などを分析する。その後、本社に連絡し、最終的には本社が審査の上、融資承認を行う。支店での審査に要する時間は約20日間、本社まで含めると約24日間が平均的な所要日数だという。融資決定後、貸付先には毎年、報告書の提出義務を課すほか、定期的に面談している。

融資を受ける際の問題として多くの中小企業は担保を挙げる。ロスバンクは貸し倒れリスク回避のため、原則、融資希望額と同額の担保を要求しているが、その条件を満たせない企業が多い。返済能力によっては、融資先あるいは関係先に個人保証を要求する場合もある。

返済遅延・不良債権が発生した場合、ロスバンクとしては、延滞期間が半年を過ぎた場合は訴訟を起こして担保の差し押さえや、債権回収会社などに債権を売却することもある。他方、季節的に資金がショートするような場合には事情を勘案するように努めているという。

金利補助で融資返済の負担軽減を図る

中小企業が銀行から融資を受けにくい状況を緩和するため、政府は中小企業向けに信用保証や金利補助といった金融支援を行っている。2016年から連邦中小企業発展公社が「プログラム6.5」という金利補助プログラムを開始した。これは、中小企業が6.5%の金利で融資を受けられるよう、中企業向けには年率9.6%を、小企業には10.6%を上限として、金利差分を補助するもの。同プログラムの対象分野は、農業、製造業(農産品・食品加工、輸入代替・非資源輸出拡大に寄与するものを含む)、電気・ガス・水道、建設、国内観光、輸送、ヘルスケア、廃棄物処理・リサイクル、通信、ハイテクとなっている。企業側としては四半期に1度の報告が義務付けられるなど手間が増えるが、審査は民間銀行が通常行う方法と変わらず、また金利負担が減るメリットが大きいため、利用者が増えている。

スマートクレジットなど新たなアプローチを導入

中小企業にとって銀行から融資を受けるハードルは高いが、大企業向け融資に比べ競争が少なくポテンシャルのある市場として、各銀行は中小企業が利用しやすい金融商品の導入や返済リスク低減に向けた新しい取り組みを進めている。例えば、少額・短期返済などを条件に無担保の融資や当座貸し越しを提供する銀行も出始めた。銀行側としては、融資のハードルを下げて銀行融資を利用する企業の数や頻度を増やすことで、融資を希望する中小企業の経営状況を把握することが狙いだ。これにより、より確実にリスク分析ができ、顧客の経営状況に応じて柔軟な貸付金利の提案が可能となる。

銀行融資・審査のデジタル化も進む。ズベルバンクは2016年11月から、人工知能(AI)を活用し、融資申請先のキャッシュフローだけでなく、融資申請先と取引企業とのやり取りを分析した上で、融資審査・金利決定を行う「スマートクレジット」を開始した。これにより、融資申請企業は自社の状況・リスクに応じた金利で融資を受けることができる一方、ズベルバンクは返済遅延率の低減を達成している。

さらには中小企業向けの融資を証券化する動きもある。中小企業発展公社の子会社である中小企業支援銀行は2017年10月、中小企業向け融資の標準化と証券化の導入について承認した。証券化とはさまざまなローンを組み合わせて基金を組成し、当該基金が発行する債券を投資家に販売するというもの。証券化のメリットについて、オポラ・ロシアのアレクサンドル・カリーニン会長は、銀行としては債権を簿外取引(オフバランス)とすることで貸倒引当金を縮小でき、それによって金利を低く設定できると指摘する。

これまでロシアの中小企業育成・発展の大きな障害となっていたのは金融支援だったが、マクロ経済の回復や金利の低下、政府による金利補助プログラムの導入もあり、ここにきて融資額が増加傾向にある。銀行がリスクを取らない姿勢が融資拡大の足かせとなっていたが、これに対してはリスク分析手法の多様化や証券化など新しい動きも見られる。ロシアの中小企業金融が発展し、中小企業の資金繰りが改善すれば、日本企業にとっての取引リスクの低減にもつながるだろう。

執筆者紹介
ジェトロ・モスクワ事務所
齋藤 寛(さいとう ひろし)
2007年、ジェトロ入構。海外調査部欧州ロシアCIS課、ジェトロ神戸を経て、2014年6月より現職。ジェトロ・モスクワ事務所では調査業務、進出日系企業支援業務(知的財産保護、通関問題)などを担当。編著にて「ロシア経済の基礎知識」(ジェトロ、2012年7月発行)を上梓。
執筆者紹介
ジェトロ・モスクワ事務所(執筆当時)
ワレリー・エスキン
2015年12月~2018年8月、ジェトロ・モスクワ事務所にて調査、進出日系企業支援業務(知的財産保護、通関問題)などに従事。