特集:日本とロシアの中小企業協力の未来と課題連邦・地方で中小企業支援機関の設立相次ぐ
制度の普及図るも情報伝達など課題

2018年9月6日

ここ数年、連邦および地方の中小企業支援機関が相次いで設立されている。ビジネスインフラが整備されつつあり、国内外への販路開拓支援をはじめとする地道な取り組みにより成功事例も生まれている。他方、ロシアの中小企業の多くにはいまだ支援策に関する情報が行き届いておらず、これら支援策の浸透が課題となっている。本稿では代表的な中小企業支援機関の活動内容と日本企業による機関活用の可能性について紹介する。

公社がビジネスパートナーや不動産情報などを提供

中小企業振興政策の中核を担っているのは連邦中小企業発展公社(以下、公社)だ。公社は中小企業への総合的な支援機関として2015年に設立され、職員は200人弱。大手国有企業による中小企業からの調達拡大、融資や信用保証、リースなど金融面での支援、コンサルティングや研修による支援、情報・マーケティング支援などを行っている。金融面ではロシアの大手・中堅銀行と提携し、小規模企業には最大で年率4.1%、中規模企業に対しては3.1%の金利補助を行うほか、地方の金融機関と提携した信用保証も提供している。加えて、各連邦構成体にある中小企業支援機関と提携し、情報提供・コンサルティング・研修などや販路拡大の支援に取り組んでいる。

同公社の支援実績として、2017年の大手国有企業による中小企業からの調達額は前年比38.8%増の2兆980億ルーブル(約3兆5,660億ドル、1ルーブル=約1.7円)、信用保証額も1,383億6,000万ルーブル(38.2%増)と、ともに大きく拡大した。

日本の中小企業がロシアに進出する際の問題点としては、信用情報を含む潜在的パートナー企業の情報やビジネスコストの計算などが想定されるが、これには同公社が提供するデータベース「中小企業ビジネスナビゲーター外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」(以下、「ナビゲーター」)が活用できる。ナビゲーターでは、ロシア国内における人口10万人以上の171都市で、事業別(90種類)にビジネスプラン作成に役立つ情報やビジネスパートナー情報を収集することが可能。例えば、地図上で具体的な地区を指定すれば、出店している企業・店舗の状況、売上高、賃料水準などを把握することができる。また、出店した場合の投資コストや売上高予測、必要人員数と人件費が自動計算され、ビジネスパートナー、不動産物件、中小企業支援策、公社による信用保証を活用できる銀行融資などの情報も得られる。さらに、ナビゲーターはロシアのタス通信社が運営する「タス・ビジネス」というサービスと提携しており、有料にはなるが信用情報の取得も可能だ(注1)。

ちなみに、ジェトロは公社との間で両国の中堅・中小企業ビジネス支援などの協力に関する覚書を交換している。日本企業がロシア向け投資を検討する場合、あるいは現地調達の拡大の際には地方の中小企業支援機関との幅広いネットワークを通じて、外国企業が単独では得ることが難しいパートナー情報を発掘・提供することが可能だ。


コンドラショフ副部長兼課長(右)やアドバイザーの
コズィレワ氏(中央)ら公社の国際協力担当者(ジェトロ撮影)

地方でも支援体制を拡充

地方においては、各連邦構成体に中小企業の総合支援機関が設置されている。多くの連邦構成体では販路拡大(マーケティング、輸出を含む)、コンサルティング(法務・税務・会計など)、金融(融資、信用保証、リース)、資産(土地購入・リース)、公共調達、人材教育、権利保護などの分野で支援策を提供している。

例えば、サンクトペテルブルク市では企業活動支援・発展センターが2010年に設立された。 同市は他の連邦構成体と比較して製造業の中小企業が多いことから、前述の支援プログラムの中では、特に大手企業や他の連邦構成体行政機関との仲介をはじめ国内外への販路拡大支援に注力している。具体的には広告や展示会出展にかかる費用の補助、個別企業とのマッチング支援などを実施。高性能の暖炉メーカーの他地域展開に当たっては、職員がアルハンゲリスク州の支援機関につないだことで販路開拓に成功するなどの成果が生まれている。

トゥーラ州の起業家支援センター(2009年設立)はマーケティング支援、ウェブサイトの外国語化支援、国際見本市への出展支援などの輸出支援を中心に実施している。製造・建設業向けに品質管理認証取得や知的財産面の支援、近代化に向けた補助金の提供も行っている。トゥーラ市でプロの音楽家向けに高精度マイクを製造する企業は同センターから品質管理基準認証(ISO9001)の取得費用の補助を受け、輸出競争力の向上につながっている。

このほか、連邦規模の中小企業団体として全ロシア中小企業連盟「オポラ・ロシア」(2002年設立)がある。加盟企業数は約45万社(注2)。全ての連邦構成体に支部があり、海外では10カ国15拠点、日本国内には東京と福岡に代表者を置いている。オポラ・ロシアの主たる活動は、中小企業向けのビジネスインフラの整備や行政障壁の緩和・撤廃、権利保護などのロビイング活動で、大統領や連邦政府に対してビジネス環境整備を提言する機会の設定や、経済発展省と協力して中小企業向けの支援施策を策定している。加えて、会員企業向けに各種ビジネスイベントの広報やマッチング支援を行う。ジェトロとは2013年12月に連携協定を締結し、ロシア向けのミッション派遣時やバイヤー招聘(しょうへい)事業の実施に際して潜在的ビジネスパートナーの紹介を実施。ジェトロを通じた日本企業による個別の照会についても協力可能としている。また、オポラの地方支部は地元の有力ビジネスマンが会長を務めており、地場の有力企業とのネットワークも構築しているため、地方でビジネスパートナー候補企業を発掘する際にも活用することができる。

中小企業支援策のさらなる普及が課題

その一方で、これら政府機関による支援策はロシアの中小企業に十分には認知されていない。ジェトロがロシアの中小企業に行ったインタビュー(2017年12月~2018年2月)では、政府による中小企業振興政策について一部企業はISO9001の取得や商標をはじめとする知財権登録、セミナーなど研修参加費用の補助を受けている事例がみられた。他方、多くの企業から「関連情報もなく、支援は受けたことがない」「国からの支援については期待していない」という声も聞かれた。また、「補助金上限額が低すぎて役に立たない」「経理報告書が多く求められ、内容に間違いがあると、やり直しとなる」など、支援策の拡充や手続きの簡素化を求める声も上がった。

公社は支援策が中小企業に十分に伝わっていないことを承知しており、支援策を活用した企業のサクセスストーリー外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます をウェブサイトで紹介し、支援策の普及に努めている。支援策を活用する企業が増え、ロシアの中小企業の経営状況が改善に向かうことに期待したい。


注1:
本ポータルサイトは日本からでもアクセス可能だが、ロシアにおいて法人登記がない場合は、個人利用のカテゴリーでしか利用しかできず、一部機能の利用が制限される。また、「タス・ビジネス」のサービスを利用する場合は有料となる。
注2:
100以上の業界団体が加盟しており、当該団体の加盟企業を含む。
執筆者紹介
ジェトロ・モスクワ事務所
齋藤 寛(さいとう ひろし)
2007年、ジェトロ入構。海外調査部欧州ロシアCIS課、ジェトロ神戸を経て、2014年6月より現職。ジェトロ・モスクワ事務所では調査業務、進出日系企業支援業務(知的財産保護、通関問題)などを担当。編著にて「ロシア経済の基礎知識」(ジェトロ、2012年7月発行)を上梓。