特集:日本とロシアの中小企業協力の未来と課題「企業城下町」モノゴロドで中小企業ビジネスの起業を支援

2018年9月6日

「モノゴロド」は、日本で言う「企業城下町」を指す。ソビエト連邦時代の計画経済の下で、人為的に配置された大規模工場(企業)が地域経済の大部分を担ってきた地方自治体だ。ソ連崩壊後にその大規模工場・企業間の連関が断絶し、経営が立ち行かなくなるとともに、地域経済も悪化の一途をたどった。モノゴロドは、失業率の高さや人口流出の速さなどの経済面、社会インフラの老朽化など他の自治体に比べて劣っていること、大都市経済圏や大規模港湾・道路などの物流網から隔絶された地域であることが特徴だ。

産業の多角化推進は「モノゴロド発展基金」が主体

長年顧みられることがなかったモノゴロドに対し、ロシア連邦政府の実質的な支援が始まったのは2013年だ。プーチン大統領は2013年10月、大統領指示第2418号で連邦政府にモノゴロドの定義付け、社会経済状況の分析・評価、モノゴロドへの支援策の検討を命じた。連邦政府は2014年7月29日、モノゴロドの定義・区分と、313カ所のモノゴロドのリストを発表した(2018年6月時点では319ヵ所)。モノゴロドの定義は (a.) 市のステータスを持ち、州政府機関(の出先)が存在すること、(b.)人口3,000以上、(c.)市の経済を支える都市形成企業の従業員が同市で活動を行う全組織の従業員数の20%以上であること、(d.)都市形成企業が原油・天然ガスを除く資源採掘、工業製品の加工もしくは生産を行っていること、とした。また、313ヵ所のモノゴロドを3つの基準、(a.)社会経済状況が最も厳しい都市(75都市)、(b.)社会経済状況が悪化するリスクがある都市(149都市)、(c.) 社会経済状況が安定している都市(89都市)に分類した。また2014年11月には、モノゴロドの社会経済発展・産業多角化のための支援機関として「モノゴロド発展基金」を創設。同基金は2015年から実質的な活動を開始した。同基金は、モノゴロドへの投資案件への融資や案件の組成に向けた支援を行う。同基金の報告書によると、2017年までの3年間で9連邦構成体の13モノゴロド20ヵ所を対象に70億ルーブル(約119億円、1ルーブル=約1.7円)を投入、加えて30億ルーブルを投資事業の実現に向けて投下した。同基金は、これら資金投入の結果、モノゴロドで5,000人の新規雇用が生まれたと発表している。また、同基金はモノゴロドでの中小企業支援のため、ロシア中小企業発展公社と積極的な協力を始めた。

地元資源を活用した発展を目指す

加えて、連邦政府は2015年6月、モノゴロドに対して特定の条件を満たす投資を行う企業に税制優遇を提供する「優先的社会経済発展区域(以下、TOR)」制度を適用することを決定した(2015年6月22日付政府決定第614号)。同制度は本来、ロシア極東の社会経済状況の改善のために創設された制度だが、極東以外でも投資案件が集まったモノゴロドに適用されることとなった。連邦政府は継続してモノゴロドをTOR認定しており、2018年3月までに59ヵ所が指定された。2018年末までには100ヵ所のTOR指定を目指す。TOR指定に際して予定されている投資案件の対象業種は、食品加工、木材加工(住宅用パネルや家具)、観光などモノゴロド周辺の資源を利用した産業が多くなっている。大消費地や潜在的な取引先から物理的に離れており、地元の中小企業による投資であることを考えると、極めて現実的な選択といえるだろう。

行政と都市形成企業が協力して次の産業を育成

モノゴロドの代替産業育成・産業の多角化に向け、州政府などの自治体の支援も具体的している。ロシア北西でフィンランド、ノルウェーと国境を接するムルマンスク州では、同州北部コラ半島の中心に位置するキーロフスク市がモノゴロドに指定されている。キーロフスクはロシア大手肥料メーカーのフォスアグロの子会社アパチットが大規模な鉱石の精製工場を所有している。ムルマンスク州政府は2017年3月、キーロフスクがTOR指定を受けたことを契機に、第2の産業として同市に観光・リクリエーション産業を立ち上げようとしている。キーロフスクはコラ半島ヒビヌイ山脈の麓で豊かな自然環境にあるため、マウンテンスポーツを中心に産業の活性化を目指す。州政府と市政府、アパチットは3者協定を締結。道路整備の実施や、観光客向けの十分な宿泊施設を確保するため、1億4,730万ルーブルをかけて、キーロフスクにあるアパチットの保養所「チルバス」を220室のホテルに改修。このほか、プールやスケートリンクの改修やショッピングセンターの建設を行ない、2018年から観光客の誘致、受け入れを開始した。またムルマンスク州政府は、キーロフスクで観光産業に従事する企業を増やすべく「クラスター発展センター」を設立。ウィンタースポーツ以外で年間を通じたアクティビティの提供が可能となるよう、個人企業も含め起業を促し、活動を支援している。ムルマンスク州政府が出資するムルマンスク発展公社の事業主任のアルチョム・ククサ氏は「キーロフスクへはモスクワやサンクトペテルブルクなど国内からの観光客が増えている。海外からは多くの中国人観光客がオーロラを見にやってくる」と語り、キーロフスクの観光産業の発展に自信を示す。キーロフスクにおける個人事業者や中小企業の起業も続いているという。

サンクトペテルブルクから東に220キロに位置するレニングラード州のピカリョボでも、自治体の支援が進む。ピカリョボはセメントなどの工場に支えられたモノゴロドで、2009年にはセメント工場の給与未払いが社会問題となり、プーチン首相(当時)が自ら乗り込み、問題を解決したことでも知られる。このピカリョボが2018年3月にTORに指定されたことで、進出企業は優遇措置が適用されることとなった。現在では、温室野菜栽培や衣料品工場、大手家具量販店の工場などの建設計画が進む。レニングラード州のアレクサンドル・ドロズデンコ知事は「TOR制度の適用でピカリョボの産業多様化や高付加価値の労働の創出につながる」と期待をかける。

モノゴロドは一般的に大都市や空港から離れていることが多く、特に欧州ロシアやシベリア地域のモノゴロドで日本企業がビジネスを直接展開するのは難しい。一方、ロシア極東にも少数ながら(313カ所中24カ所)モノゴロドが存在する(表参照)。日本から近い距離にある沿海地方のアルセニエフ市や、ダイヤモンドや石炭採掘の世界大手企業が所在するサハ共和国(ヤクーチヤ)のミルヌィ市やネリュングリ市などがモノゴロドに指定されている。これら都市でモノゴロド発展基金、州・市政府の支援や優遇税制を活用しつつ、既存の産業に付随する産業(採掘関連の環境処理装置など)や地元資源を生かした産業(観光や木材・食品加工など)で、意欲ある現地の若い起業家や中小企業と日本企業が協業できる可能性があるのではないだろうか。

表:モノゴロドに指定されているロシア極東の有力都市(注1)
種別 都市名(地域名)
社会経済状況が最も厳しい都市
  1. ライチヒンスク市(アムール州)
  2. スボボドヌィ市(アムール州)(注2)
社会経済状況が悪化するリスクがある都市
  1. アルセニエフ市(沿海地方)
  2. スパスク-ダリニィ市(沿海地方)
  3. ダリネゴルスク市(沿海地方)
  4. ネリュングリ市[サハ共和国(ヤクーチヤ)]
  5. モフソゴルロフ村[サハ共和国(ヤクーチヤ)]
  6. ウダチヌィ市[サハ共和国(ヤクーチヤ)]
社会経済状況が安定している都市
  1. ディンダ市(アムール州)
  2. ベロゴルスク市(アムール州)
  3. チプロオゼルスク市(ユダヤ自治州)
  4. ミルヌィ市[サハ共和国(ヤクーチヤ)]
  5. ペベク市(チュコト自治区)
注1:
「村」の単位を除いたもの。
注2:
現在、天然ガス採掘大手ガスプロムによる大型投資が行われている(2017年8月27日ビジネス短信参照)。
出所:
筆者作成

モノゴロドに指定されているアムール州ベロゴルスクの大豆油加工工場。
大豆圧搾設備は中国からの輸入。ロシア・アムール州は大豆の世界的生産地だが、
ロシアでは大豆油の国内消費が少なく、大部分が中国へ輸出される(ジェトロ撮影)
執筆者紹介
ジェトロ・サンクトペテルブルク事務所長
一瀬 友太(いちのせ ゆうた)
2008年、ジェトロ入構。ジェトロ熊本(2010~2013年)、展示事業部アスタナ博覧会チーム(2015~2018年)などを経て2018年4月より現職。