特集:日本とロシアの中小企業協力の未来と課題日ロ間のスタートアップ交流始まる
日ロ企業間の連携事例も生まれる

2018年9月6日

ロシア政府は近年、科学技術分野の中小企業、特にスタートアップの発展・育成に注力しており、連邦各地で起業家支援センターやスタートアップ支援機関の整備が進展をみせている。外国との交流にも注力しており、日本とロシア間でのスタートアップ交流も始まっている。日本企業の保守的な姿勢やロシアに対して抱く否定的なイメージ、コミュニケ―ション方法の違いなどが交流の際の障害との声が上がる一方、うまく連携する成功事例もみられている。

外国とのスタートアップ交流に注力

近年、ロシアではイノベーション分野のインフラ整備が進展をみせており、連邦各地で起業家支援センターやスタートアップ支援体制が整いつつある(2018年6月15日付地域・分析レポート参照)。政府はスタートアップの発展・育成支援の過程で、外国との交流は重要と捉えており、例えば、IT分野のスタートアップ支援を行う政府系機関インターネットイニシアチブ基金(IIDF)では、ロシアビジネスに携わる外国企業との交流を進めているほか、米国企業との交流に向けシリコンバレーでピッチイベント「グローバル・ピッチ・ロシア」を2017年に開催するなど海外展開支援を行っている。

諸外国も、ロシアのスタートアップの技術力の高さに注目している。フランスのスタートアップ支援国家プログラム「フレンチテック」の一環で、2018年5月24~26日に開催されたサンクトペテルブルク国際経済フォーラムに同国スタートアップ4社を、さらに2018年5月31日~6月1日にモスクワ郊外のスコルコボ・イノベーションセンターで開催されたロシアCIS地域最大のスタートアップ支援イベント「スコルコボ・スタートアップ・ビレッジ2018」には11社を派遣した。韓国中小企業庁や大韓貿易投資振興公社(KOTRA)も、韓国のスタートアップとロシアのベンチャーキャピタル、アクセラレーター、エンジェル投資家、スタートアップとのマッチングに向け、スコルコボ基金などと共催で2018年6月に「Kスタートアップ・サミット」をモスクワで開催している。

日ロ間のスタートアップ交流が始動

日ロ間においても、デジタル分野を中心に両国のスタートアップの相互交流を促進する取り組みが始まっている。日本の経済産業省は2017年9月、ロシアの経済発展省と「デジタル経済に関する協力に係る共同声明」に署名。2018年2月には、モスクワ、カザン、サンクトペテルブルクで「日ロデジタル分野協力セミナー」を開催した。また、5月のサンクトペテルブルク国際経済フォーラムに合わせて、「デジタル経済に関する協力に係る共同行動計画」を締結。同フォーラム内でもデジタル経済関連のセミナーが行われ、スタートアップの育成に力を入れる福岡市はサンクトペテルブルク市とスタートアップ支援に関する覚書を締結している。

前述の「スコルコボ・スタートアップ・ビレッジ」においても、2018年が日ロ相互交流年であることに合わせ、在ロシア日本大使館が主催して「ジャパン・ロシア・テックマッチ2018」というイベントを開催。東京エレクトロン、NEC、富士通、三菱電機、横河電機、住友商事など日本の大手企業をはじめ、日ロ双方のスタートアップ、スタートアップ支援企業・団体など24社がプレゼンテーションを行ったほか、ラウンドテーブルでは日ロのスタートアップ交流における魅力と課題についてディスカッションが行われた。


「ジャパン・ロシア・テックマッチ2018」でのラウンドテーブルの様子(ジェトロ撮影)

ディスカッションでは、日ロのスタートアップ交流は、ロシア人エンジニアの技術力の高さや潜在性の大きいロシアのIT市場への参入などが日本企業にとって魅力的だ、という声が上がった。他方、日本企業が非常に保守的で物事を進めるのに時間がかかること、日本人が一般的にロシアに対して否定的なイメージを抱いていること、などが障害になっているとの指摘がロシア側から出た。そのほか、仕事の進め方や考え方を含む日ロ間でのコミュニケーション方法の違いが、連携上の双方の懸念点として挙げられた。

ロシアのスタートアップによる日本企業との連携も

ロシアのスタートアップと日本企業との連携事例が既に生まれている。その代表例がモビコム外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 社だ。同社は、ロボティクス分野における高名な研究者アナトリー・レンスキー氏が率いる、モスクワ大学サイエンススクールからスピンアウトした企業。「ROBYCAM」という名の、ロボティクス技術をベースとし、コントローラーによる遠隔操作で臨場感ある撮影を可能とするケーブルカメラシステムを展開。ソチ五輪やW杯ロシア大会をはじめ、主要なスポーツイベントの際に用いられている。3D撮影だけでなく、AR(拡張現実)にも対応しているほか、スピード撮影・スローモーション撮影も可能。海外展開にも積極的で、イタリア、ドイツ、日本、中国、韓国、オーストラリア、オーストリアなどに展開しており、代理店をドイツ、中国のほか、日本にも設置している。

日本の代理店との取引は、2013年にオランダの国際放送機器展に出展したことがきっかけ。日本の代理店には機材取り扱いなどの研修のために、ロシアからエンジニアを派遣している。既に日本のテレビ局が放映する柔道やフィギュアスケートの試合のほか、競輪や各種コンサートなどでモビコムの技術が用いられている。

モビコム社によると、日本企業との取引において特に大きな困難はないという。現在の代理店のほか、過去に日本の大手電機メーカーとの取引経験があり、その際には技術契約を結ぶに当たり多くの書類作成が必要だったが、当時は日本企業に代わる技術を持った企業がほかになかったため、諦めずに取り組んだ。日本企業との取引経験はその後、欧州企業との取引の際にも役立ったという。

ロシアのスタートアップに世界各国が注目し、交流を進める国が増えている一方、日ロのスタートアップ交流はまだ端緒についたばかりである。連携に当たってさまざまな障害が指摘される一方で、日ロ企業間の連携事例が生まれている。ロシアに対する否定的イメージが先行して、ロシアのスタートアップ市場に目を向けないのはもったいない。まずは、交流イベントなどへの参加を通じて、ロシアのスタートアップに触れてみてはいかがだろうか。

執筆者紹介
ジェトロ・モスクワ事務所
齋藤 寛(さいとう ひろし)
2007年、ジェトロ入構。海外調査部欧州ロシアCIS課、ジェトロ神戸を経て、2014年6月より現職。ジェトロ・モスクワ事務所では調査業務、進出日系企業支援業務(知的財産保護、通関問題)などを担当。編著にて「ロシア経済の基礎知識」(ジェトロ、2012年7月発行)を上梓。