特集:欧州市場に挑む大型船舶用ディーゼルエンジン部品を欧州に輸出する東亜工機
価格競争を避け、製品の耐久性と信頼性を追求

2018年6月26日

佐賀県鹿島市に本社を置く東亜工機は、1970年から欧州向け輸出に取り組み、大型船舶用ディーゼルエンジン部品の分野において世界トップクラスのシェアを誇っている。日EU経済連携協定(EPA)の発効が現実味を帯びてくる中、同社の光武渉代表取締役社長に、欧州での事業の取り組みについて聞いた(2018年5月23日)。

代理店の倒産をきっかけに欧州への直接輸出を開始

東亜工機は1944年、戦時中の軍用船舶の増産に対応すべく長崎にある造船所の協力工場として、佐賀県鹿島市において船舶用部品の製造を開始した。シリンダライナと呼ばれる大型船舶用ディーゼルエンジン部品を主力製品としており、職人たちの確かな技術力を裏付けとした高い品質が評価され、世界でトップクラスのシェアを有している。

海外輸出については当初、代理店を通じて輸出を行っていたが、代理店の倒産をきっかけに直接輸出を開始した。取引先は現在、スイスのバルチラ・サービス・スイス、デンマークのマン・ディーゼル・アンド・ターボ、フィンランドのバルチラ・フィンランドなど欧州企業が中心であり、一部、韓国、中国などのアジアや米国にも輸出を行っている。同社の売上高の30%ほどが海外向け輸出になっているという。海外ビジネスでは言語が障壁となることが多いものの、海外取引先との商談においては、通訳を介さずに、英語で社員が対応しており、テレビ会議を利用して商談を行うこともあるという。また、顔を合わせて話し信頼関係を構築することが重要と考える光武社長は、自らも最低でも年2回は、欧州で行われる取引先とのテクニカルミーティングに参加し意見交換を行う。商社や代理店を通さず直接取引を行うことで、ダイレクトに取引先の声を聞くことが可能となり、信頼関係の構築につながっているという。


主力製品のシリンダライナ(東亜工機提供)

ディーゼルエンジンの構造図(東亜工機提供)

コスト競争には走らない

近年、欧州市場において韓国企業が力を増してきているという。韓国企業は技術力と商品力においては同社より劣るものの、コストを抑えた廉価な商品により売り込みを行っている。同社はこれに対して、決してコスト競争に走ることはしない。船舶用シリンダライナはエンジンに関わる重要な部品であり、もしも故障すれば船のエンジンの動きも止めてしまう、まさに「船の心臓」とも言える部品である。船舶の稼働時間は年間6,000時間から7,000時間ほどとされており、その間絶え間なくシリンダライナは動くことから、高い強度と耐摩耗性能が求められる。廉価な商品は3年程度で寿命を迎えるものが多いが、同社の製品は10年持つという。製品の製造に際しては、初期工程である取引先が図面検討を行う段階から関与し、エンジニアの豊富な知見から取引先の期待を超える製品を企画・提案する。また、競合他社よりもアフターサービスに力を入れており、ユーザーは長期間にわたり安心して製品を使用できる。これらの高い付加価値を認めた同社製品の「ファン」である欧州の取引先は、目先の価格で判断せずに同社製品を買い続けるという。時には価格競争により廉価な商品に負けてしまうこともあるが、光武社長は「コスト競争に負けてビジネス機会を失ってもよい。ビジネス機会を失ったら新たな部分で補っていく」と話す。実際に、支払い条件の悪化を要因として中国や韓国との取引を大幅に削減した際、その余力で発電用エンジン部品の製造に取り組んだ。同製品は2014年からイタリアに向けて販売を開始したが、徐々に取扱量が増加しており、現在は同社の主力商品の1つとなっている。目先の売り上げや利益に捉われずに、あくまで将来的な成長を見据えて、技術力の追求を続けている。

10年先をみて人材を育成

同社の高い技術力と商品力を支えているのは、優秀なエンジニアたちである。同社は、「ものづくり日本大賞内閣総理大臣賞」「現代の名工」などの受賞歴のある井手眞一郎氏ら、複数の優秀な技術者により支えられている。そういった優秀なエンジニアから後世に技術を伝えていくために、工場内には技能習得道場「錬磨」を設けており、そこで技術の伝承が行われている。同社には人を大事にするという理念が根付いており、目先だけではなく「10年先をみて人材育成を行っている」と光武社長は話す。ものづくりの分野においては高齢化や担い手不足が叫ばれているが、同社の平均年齢は約40歳と比較的若く、年齢層のバランスも良好で、将来を見越して人材育成に取り組むことが可能だという。


技能習得道場「錬磨」での指導の様子(東亜工機提供)

地域に根差して世界へ

同社は業界内において確固たる地位を築いているが、現状にとどまることなく、新分野における製品の開発を続けている。2014年から製造を開始した発電用エンジン部品は、主力製品へと成長している。また、2020年には、国際海事機関により排ガス規制が強化される見込みであり、環境規制に対応した商品の開発も求められる。高い技術力を有する当社としては、新製品開発のビジネスチャンスになり得る。また、日EU・EPAが発効すれば、同社が取り扱う大型船舶用シリンダライナに課せられている2.7%の関税は即時撤廃となり、欧州向け輸出のチャンスはさらに拡大する。「地域に根差して世界を見る」との光武社長の言葉どおり、同社は今後も佐賀の地から、世界を相手にビジネスを切り開いていく。

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部欧州ロシアCIS課長
田中 晋(たなか すすむ)
1990年、ジェトロ入構。ジェトロ・パリ事務所(1995~1998年)、海外調査部欧州課長代理(2000~2001年)、ジェトロ・ブリュッセル事務所(2002~2004年)、同次長(2004~2007年)、欧州課長(2008~2010年)、欧州ロシアCIS課長(2010年)、ジェトロ・ブリュッセル事務所次長(2010~2015年)を経て現職。著書は「欧州経済の基礎知識」(編著)など。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部 欧州ロシアCIS課
芳賀 隼人(はが はやと)
2010年、七十七銀行入行。2018年4月からジェトロ海外調査部欧州ロシアCIS課へ出向。