特集:欧州市場に挑む欧州にない糸でブランドを確立する山形・佐藤繊維

2018年5月25日

日本の繊維産業は、厳しいグローバル競争にさらされ、繊維事業所数、製造品出荷額とも、1991年比で4分の1に減少している。他方で生き残った素材メーカーなどは他社がまねできない独自性で競争力を維持している。山形県寒河江市に本社を置く佐藤繊維株式会社は、オリジナリティーの高いニット用の糸を強みとして、原料の調達、紡績からニット製品の製造、アパレル事業まで一貫して県内で手掛ける中小企業だ。かつて国内メーカーの下請け企業だった同社が、現在では世界のラグジュアリーブランドが顧客に名を連ねる糸のブランド企業に成長した秘訣(ひけつ)は何か。総務部財務経営企画室の古城信一室長、外販部輸出課の安達今日子係長に聞いた(2018年2月28日)。

日本の繊維産業は糸や生地に競争力あり

経済産業省によれば、国内生産の減少により、日本国内の繊維事業所数、製造品出荷額とも、1991年比で約4分の1まで減少している。他方で長年の厳しい国際競争の中で、生き残った素材メーカーなどは相応に強いものづくりの地⼒を有し、織物輸出額は世界的に⾒ても⾼い⽔準にある(図)。繊維・繊維製品の輸出内訳を見ると、日本の衣料品の輸出は少ないが、糸や生地は世界でも比較的競争力がある(表)。

図:各国の織物輸出額(2017年)(単位:100万ドル)
中国は375億200万ドル、イタリアは50億1100万ドル、インドは37億8800万ドル、韓国は28億5700万ドル、ドイツは26億4100万ドル、台湾は25億3500万ドル、日本は24億4700万ドル、米国は20億300万ドル、スペインは16億5700万ドル、香港は16億3300万ドル、フランスは12億4400万ドル、ベルギーは11億6400万ドル、タイは10億6200万ドル、英国は10億5600万ドル、インドネシアは10億5100万ドル、オランダは8億8100万ドル、オーストリアは5億6300万ドル、ポルトガルは4億9000万ドル、メキシコは3億7400万ドル、マレーシアは3億3300万ドルであった。
注:
HSコードは財務省概況品コード(輸出)の「織物」から抽出。
出所:
Global Trade Atlas」を基にジェトロ作成
表:主要国における繊維・繊維製品輸出内訳(2017年) (単位:100万ドル)
分類 日本 フランス ドイツ イタリア 英国 中国 韓国 タイ 米国
その他の二次製品 4760 5181 11701 6599 4304 51745 4963 3657 10206
製品(衣料品) 449 11641 20810 23005 8291 150993 1869 2443 5162
生地 2840 1500 3319 5953 1095 52887 5820 1349 2522
1090 393 1753 2086 373 11310 1365 836 3135
原料 930 648 1642 528 686 3728 1648 840 7811
出所:
Global Trade Atlas」を基にジェトロ作成

「黒船効果」で国内下請けから脱却、米国・欧州展示会出展でブランド確立

他社がまねできない独自性で競争力を維持している繊維メーカーの一つが、山形県寒河江市に本社を置く佐藤繊維株式会社だ。佐藤繊維は、ウールを中心とした天然繊維の調達、糸の紡績からニット製品の製造、アパレル事業、取引先のOEM製造まで一貫して山形県内で手がけ、代表的な自社ブランド「M.&KYOKO」は大丸東京店、新宿高島屋など全国に11ショップを展開している。海外向け輸出も自社で行っており、従業員230名(2017年現在)のうち、海外販売担当者は紡績部門、製品部門合わせて5名ほど。現在、同社の売上25億円のうち約1割程度を欧州、米国、アジアなどの世界各国での販売から得ており、そのうち、欧州向け売り上げが半分を占める。欧州向け輸出の製品内訳を見ると、約8割が糸、約2割がアパレル製品だ。

現在の同社ビジネスの根幹を成すのは、他社がまねできない高品質でオリジナリティーの高い糸だが、現在の佐藤正樹社長が4代目を継ぐまでは、同社は国内衣料メーカーの下請け企業だった。下請けからの脱却を目指し、製品を試作し国内メーカーに提案したこともあるが、当初は全く相手にされなかったという。転機となったのは2001年、ニューヨークの展示会に自社オリジナルのニット製品を出展したところ、その独創性が高く評価された。これが海外展開を始めるきっかけとなったが、興味深いことに、「黒船効果」とも言われるように、米国での展示会出展を機に国内企業からも同社の製品が見直され、これが国内事業にとっても転機となった。

欧州では、2007年から世界的な紡績糸の展示会「ピッティフィラティ(Pitti Filati)」(イタリア・フィレンツェ)に出展を開始。2008年には、同社の糸を採用したカーディガンを、米国のオバマ前大統領の就任式でミシェル夫人が着用したことで、一気にブランドとしての認知度が広まった。糸の世界的な産地はイタリアだが、佐藤繊維が作る、極細のモヘアの糸や一般的なイメージにとらわれない意匠性の高い糸など、他社では手に入らない製品が魅力で、現在では世界のラグジュアリーブランドが同社の顧客に名を連ねる。同社の糸の輸出先の4割がイタリアだ。

また、オリジナルの糸を使用したニット製品でも、欧州では2012年からフランス・パリのファッション展示会「トラノイ(Tranoi)」に継続的に出展。ニット製品のバイヤーはセレクトショップなどの小売店が中心になるため個々の取引金額は大きくないが、イタリア、スイス、フランス、スペイン、ギリシャ、レバノンなど数多くの国で同社製品が取り扱われており、固定客もついている。また、米国でのニット製品販売については、今年からニューヨークの事業者と契約し、従来の展示会出展から通年で同社のショールームに製品を展示、全米向けに販売する方法に戦略転換したが、この事業者と知り合ったのも「トラノイ」での出展によるものだった。アパレル事業の海外展開は、現在アジアが中心だが、アジアでは現地取引先とのパートナーシップにより自社ブランドショップを台湾に現在7店舗展開している。さらに現在、中国本土向けの本格的な販路開拓も模索中だ。


ミシェル夫人のカーディガンに採用された極細のモヘア糸(佐藤繊維)

欧州では日EU・EPAの関税自由化に期待

高価格帯の同社製品では、関税が顧客にとって大きな負担になる。特に紡績糸のEUの関税はおおむね4〜6%が課されており、日EU経済連携協定(EPA)の発効により紡績糸の関税が撤廃されれば顧客も同社製品を買いやすくなるため、ビジネス拡大が期待される。ただし、同社は現状ではFTA/EPAを締結した国への輸出は行っていないことから、原産地の証明など、社内の体制はこれから整える必要がある。

日EU・EPAでの特恵関税活用以外の欧州でのビジネス上の課題としては、ラグジュアリーブランドからの要望が多い「エコテックス」や「ブルーサイン」などの安全性・機能性に関する国際的な認証の取得が挙げられる。食品などの国際認証であれば日本国内にも多くの取得支援業者がいるが、こうした繊維製品の国際認証について、日本には取得を手厚くサポートできるコンサルタントなどの業者がない。このため、現状では取得手続きのハードルが高く対応できていない。将来的に顧客の要求が高まれば、これも克服すべき課題となり得る。

また、糸の原材料となる羊毛は、加工コストとの関係で主に中国から輸入しているが、この調達費用が年々高くなっていることも課題だという。

男性向けブランドやスポーツウェア業界でも注目

佐藤繊維は、ニット製品はもちろん、糸についても毎年新しい商品を開発、提案している。最近では、麻や和紙、ポリエステルなど、ウール以外の原料を使用した糸を開発し、さらに製品バリエーションも広がっている。「春夏」、「秋冬」向けの年2回開催されるピッティフィラティ展へは、これまで6月頃に開催される「秋冬」展にのみ出展してきたが、2018年からは「秋冬」に加えて1月に開催される「春夏」にも出展し、「常時訪問者が絶えなかった」(安達係長)と評判も上々だ。

最近の注目製品を聞いたところ、2016年秋に立ち上げた男性向け新ブランド「991」が注目を浴びているという。特に若年層向けのオーソドックスな商品が好評だ。国内ではすでにバーニーズニューヨーク、ビームス、阪急、伊勢丹メンズ館、和光などに販売実績を持ち、今後海外にも売り込んでいく予定だ。また、昨今の繊維業界では、天然素材であるウールが、自ら湿度調節を行うこと、加えて撥水(はっすい)性や抗菌性にも優れていることから、素材としての機能性の高さが見直されている。これに特殊なポリエステル糸を掛け合わせることで伸縮性が加わり、高機能のスポーツウェアの素材として非常に適していると評価されている。

また、OEM生産では、縫製なしでニット製品を一着丸ごと立体的に完成させることができる画期的な無縫製全自動横編機の設備投資に注力している。自社ブランドと比較して在庫リスクのないOEM生産の拡大は、今後の同社事業の目標でもあり、そのための新たな機械の導入・拡大などの設備投資も厭(いと)わないという。そして中国の人件費の高騰による製造コストの上昇に伴い、生産の国内回帰の受け皿となり、日本のものづくりの再構築を目指している。


新ブランド「991」ジャケット(モデル:ジェトロ山形町井所員)

実績にとらわれないたゆまぬ努力が、もうひとつの強み

紡績業界では、糸を決定するデザイナーに気に入ってもらえるか、デザイナーの要求に応えられるかが取引の鍵となる。世界中のデザイナーが集まる展示会での継続的な出展と、その後の定期的な訪問営業が、彼らとのコネクションの維持に欠かせない。また、同社の、原料の調達から製品の製造まで一貫して自社で手がけるスタイルが一般的な紡績メーカーと大きく異なる点であり、糸だけでなくテキスタイルをデザイナーに提案できる新しいビジネススタイルを確立した。

同社の成長を支える力は、他社がまねできない高品質な製品だけではない。展示会に継続して出展・訪問しデザイナーとのネットワークを維持すること、毎年新しい商品を開発、提案し続けること、常に販売戦略を見直し新たな試みを厭(いと)わないこと、こうしたこれまでの実績にとらわれない戦略とたゆまぬ努力が、継続的な取引につながり、同社の世界でのブランド力につながっていると言える。

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部欧州ロシアCIS課長
田中 晋(たなか すすむ)
1990年、ジェトロ入構。ジェトロ・パリ事務所(1995~1998年)、海外調査部欧州課長代理(2000~2001年)、ジェトロ・ブリュッセル事務所(2002~2004年)、同次長(2004~2007年)、欧州課長(2008~2010年)、欧州ロシアCIS課長(2010年)、ジェトロ・ブリュッセル事務所次長(2010~2015年)を経て現職。著書は「欧州経済の基礎知識」(編著)など。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部欧州ロシアCIS課
根津 奈緒美(ねづ なおみ)
2007年、ジェトロ入構。2007年4月~2012年6月、産業技術部(当時)地域産業連携課、先端技術交流課などで製造業、バイオ産業分野の地域間交流事業や展示会出展を支援。2012年6月~2013年5月、アジア経済研究所研究人材課。2013年5月~2015年7月、経済産業省通商政策局経済連携課にて関税担当としてFTA交渉に従事。2015年7月より海外調査部欧州ロシアCIS課にてEUなど地域を担当。