民間企業活性化で経済成長の加速目指す
ベトナムの構造改革(前編)

2025年9月1日

ベトナムは、2045年の先進国入り実現のための経済成長の加速に向け、2025年にGDP成長率8%以上、2026年から2030年には10%以上を達成する目標を掲げている。この実現に向けて、民間経済(経済の民間部門)の活性化を重視する政策にかじを切った。前編では、新政策導入の背景となった国内経済の現状や、政策概要を紹介する。

地場企業の活躍は伸び悩み

まずは、ベトナムの企業構造から、現状の課題を考察する。同国はこれまで、主に外資系企業の加工貿易が牽引するかたちで、経済成長を遂げてきた。その間も国有企業改革や民間セクターの活性化が促進されてきたものの、輸出の上位品目の電気・電子製品やその部品の多くは外資系企業が生産している。国際的に競争力を有する地場の大企業や中小企業の活躍は十分とはいえない。

米経済誌「フォーブス」(Forbes)が6月に発表した世界の公開企業上位2,000社のランキング「フォーブス・グローバル2000(Forbes Global 2000)」に選出されたベトナム企業は8社にとどまった。民間企業は不動産や自動車などの分野で事業展開する複合企業のビングループのみで、残りの7社は全て銀行だ。

同国の2022年末時点の企業数を従業員数別にみると、小規模企業の割合が大きい(表1参照)。これは、中小企業が経済基盤を支える日本と類似する。一方、総従業員数では、日本が約3,900万人で、生産年齢人口(15~64歳、約7,500万人)の約半数を占めているのに対し、ベトナムは約1,500万人と、生産年齢人口(約6,800万人)の約2割でしかない。すなわち、ベトナム国内の雇用の受け皿は十分とは言えない。さらに、非国有企業(注1)の81.2%は従業員数10人未満の小規模な企業に偏っている。従業員数の規模が300人以上の企業数(中堅企業・大企業に相当)は日本の4分の1以下になっており、大きな雇用を創出する企業が限られているのが実情だ。

2025年第2四半期(4~6月)の就業労働者数は推定5,200万人、うち農業従事者は3,180万人と、地方(農村部)での農業従事者が多いことが分かる。農業の生産性向上や地方の工業化を進め、都市部と地方の格差を是正することも大きな課題だ。地方経済の発展のためにも、安定した組織基盤をもった地場企業の成長が欠かせない。

表1:企業形態・従業員数別の企業数(ベトナム、日本)

総従業員数(単位:人)
項目 ベトナム(2022年末時点) 日本(2021年6月時点、注)
国有企業 非国有企業 外資系企業 ベトナム合計 会社企業
総従業員数 100万5,800人 908万1,600人 525万4,200人 1,534万1,600人 3,931万8,401人
従業員数別の企業数(単位:社、%)
従業員
規模
ベトナム(2022年末時点) 日本(2021年6月時点、注)
国有企業 非国有企業 外資系企業 ベトナム合計 会社企業
社数 構成比 社数 構成比 社数 構成比 社数 構成比 社数 構成比
5人未満 42 2.3 444,210 62.5 5,798 25.3 450,050 61.2 1,071,849 60.2
5~9人 61 3.3 132,574 18.7 2,558 11.2 135,193 18.4 274,459 15.4
10~49人 404 21.7 109,144 15.4 6,108 26.6 115,656 15.7 335,861 18.9
50~299人 774 41.6 21,672 3.0 5,565 24.3 28,011 3.8 84,241 4.7
300~999人 406 21.8 2,460 0.3 1,884 8.2 4,750 0.6 11,075 0.6
1000~4999人 148 8.0 540 0.1 870 3.8 1,558 0.2 3,269 0.2
5000人以上 26 1.4 64 0.0 147 0.6 237 0.0 569 0.0
総数 1,861 100 710,664 100 22,930 100 735,455 100 1,781,323 100

注:日本の総従業員数は、海外を含む常用雇用者数。会社企業は、株式、有限、相互、合名、合資、合同会社が対象。
出所:ベトナム統計局「統計年鑑」と日本の経済センサスを基にジェトロ作成

また、現在は人口ボーナス期にあり、「若い国」というイメージが強いベトナムだが、近年は出生率低下に伴って人口増加は緩やかになっている。2030年代後半には高齢社会(65歳以上の高齢者の割合が総人口の14%を占める)入りも予測される。企業の発展や工業化が伴わないまま高齢化が進むと、中期的には経済成長が鈍化し、「中所得国のわな」(注2)に陥る可能性が高まる。

民間経済の成長促す新たな政策発表

こうした状況下でベトナムが経済成長を加速させていくには、従来の加工貿易型の外国企業誘致にとどまらない施策が求められる。トー・ラム共産党書記長は5月18日の演説で、共産党政治局(注3)が発表した4本の決議がベトナムの成長に向けた「4つの柱」になると述べ、改革の方向性を示すとともに、実行に向けた努力を呼び掛けた(「ニャンザン」紙5月19日、表2参照)。

表2:ベトナム共産党政治局が公布した4つの決議
決議番号 テーマ 主な内容
決議57号
(57-NQ/TW)
科学技術、イノベーション、デジタルトランスフォーメーション(DX)の発展
  • 2030年に向け、デジタル技術でASEAN上位3カ国入り、GDP比2%を研究開発(R&D)に支出、国家予算の3%を科学技術開発に割り当てなどの目標を設定。
  • 科学技術者の育成プログラムの開発・実施や、国内外の専門家・科学者の活用やネットワーク強化方針を明記。
  • 生産や経営の効率化、コーポレートガバナンス改善のためのDXや科学技術への投資、外資系企業による人材育成などへの優遇措置方針を明記。
決議59号(59-NQ/TW) 新たな状況における国際統合
  • 国際統合を、ベトナムの新時代における戦略的原動力と位置づけ。
  • 経済ではデジタル、グリーン、循環経済の発展や、科学技術などの競争力向上を目指す。
  • 政治、防衛、安全保障では、パートナーシップ国との関係確立や政治的信頼性の強化、独立と主権の維持を目指す。
  • 科学技術、教育、医療、環境では、国の能力の向上や人材育成、グローバルバリューチェーンへの参画を目指す。
決議66号(66-NQ/TW) 新時代の国家の発展要請に応える立法と法の執行の刷新
  • 2025年までに矛盾や重複などの法規制のボトルネックを基本的に解消、2028年までに投資とビジネスに関する法体系を改善させ、投資環境のASEAN上位3カ国入りを目指す。
  • 科学技術やイノベーション、DX、金融センターや自由貿易区など新規分野の法整備推進を重点化。
決議68号(68-NQ/TW) 民間経済の開発
  • 民間経済を、国家経済の最重要の原動力と位置づけ。
  • 2030年までに民間企業を200万社、グローバルサプライチェーンに参画するコングロマリットを最低20社とする。民間部門の経済成長10~12%を目指す。

出所:各決議文書と現地報道などを基にジェトロ作成

これらの決議では、法制度改革によって円滑な経済活動を促す法的基盤を整備し、民間経済を活性化させ、イノベーションと国際統合を推進することで、さらなる経済成長と持続可能な開発につなげ、中期的には2045年の先進国入りという目標を達成することを目指している。

特に5月4日付で公布した「民間経済開発に関する政治局決議68号(68-NQ/TW、以下、決議68号)」では、民間企業の活性化など、経済分野の構造改革の方向性を示している。具体的には、民間企業を「国家経済の最も重要な原動力」と位置づけ、大企業から中小企業、スタートアップなど幅広い企業の育成や、科学技術・イノベーション分野の発展を推進する。また、国家の重点プロジェクト(高速鉄道などのインフラ、先端産業、グリーン交通、防衛産業など)への民間企業の参画奨励や、中小企業、スタートアップなどへの優遇措置や支援政策を導入する方針も明記した。

ベトナムの企業セクターの改革や成長、産業発展などを研究するジェトロ・アジア経済研究所の藤田麻衣主任調査研究員は決議68号について、「民間経済に従来よりも重要な位置づけを与えた。国の役割についても、従来の平等な競争環境の整備という役割から、さらに積極的な支援をする立場を打ち出した」と分析する。

国家プロジェクトへの民間企業参画奨励の方針を受け、早くも地場大手企業が参画意思を示す動きもある。決議68号が公布された5月のうちに、ビングループと自動車メーカーのチュオンハイグループ(Thaco)がファム・ミン・チン首相に対し、南北高速鉄道建設への投資登録と事業提案を行った。さらに、ビングループは液化天然ガス(LNG)火力発電所の開発への参画を表明した。

米国の関税措置も政策導入を後押しか

このような新たな方向性を示した背景には、ベトナムの企業・経済構造上の課題を解決し、人口ボーナス期のうちに外需(輸出)と内需(国内経済開発)の両輪で持続可能な経済成長を実現させ、2045年の先進国入りを目指すという狙いがある。また、米国のドナルド・トランプ大統領による関税措置を受け、外需とそれを担う外資系企業誘致によって経済成長を牽引するリスクが顕在化した点も、政策導入を推し進める要因になった可能性がある。

政治的な側面では、2026年初めに予定される共産党大会以降を見据え、統治基盤を整備してベトナムの将来像を提示したいラム書記長を中心とする共産党指導部の意向が働いた可能性もある。ラム書記長は2024年8月の就任以降、グエン・フー・チョン前書記長の反汚職運動を踏襲しつつ、非効率な行政や生産性の低さなどが国の資源や発展の機会を損なう「浪費」につながるとし、新たに反浪費を強調した。就任からわずか1年足らずの間に、政治・行政の効率化や経済発展を目的とした中央省庁の再編(2025年2月25日付ビジネス短信参照)、地方行政の再編(2025年7月1日付ビジネス短信参照)という南北ベトナム統一以来の大規模な改革を矢継ぎ早に実行した。民間経済開発をはじめとした「4つの柱」の方針も、行政と経済活動の効率化やそれに伴う生産性の向上によって国の発展を目指す上で、一連の改革の延長線上にあるといえる。

前述の米国の関税措置については、ラム書記長自らトランプ大統領との電話会談に臨み、日本やASEANの他国に先がけて関税交渉で合意に達した(2025年7月3日付ビジネス短信参照)。こうした外交上の成果も、ラム書記長の指導力や実行力を国内に示し、改革の機運を高めることにつながる可能性がある。


注1:
非国有企業は、国の保有資本が50%を下回る企業を指す。なお、内訳の大部分は国の資本が入らない有限会社などだ。
注2:
中所得国のわなとは、経済成長により国民の所得が中程度の水準に達した後、発展パターンや戦略を転換できず、成長率が低下、あるいは長期にわたって低迷し、高所得国の水準に届かないことを指す。
注3:
政治局は共産党の意思決定機関。党大会や中央委員会の決議の実現を指導・監督し、党の活動方針や人事などを実質的に決定している。
執筆者紹介
ジェトロ・ハノイ事務所 ディレクター
萩原 遼太朗(はぎわら りょうたろう)
2012年、ジェトロ入構。サービス産業部、ジェトロ三重、ハノイでの語学研修(ベトナム語)、対日投資部プロジェクト・マネージャー(J-Bridge班)を経て現職。