大阪・関西万博から世界へ、サステナビリティの社会実装カカオ産業から考える持続可能な調達
2025年10月14日
企業は、自社の活動だけでなく、サプライチェーン全体を通じて人権を尊重する責任を負っている。特に、原材料の調達段階には、児童労働や貧困、森林破壊といった深刻な課題が潜んでいることもある。企業は、調達先の透明性を確保し、現地の課題に向き合う姿勢を持つことで、国際的に求められる人権尊重責任を果たすとともに、社会的信頼の向上にもつなげられる。日本企業が原料段階まで遡(さかのぼ)ってこうした課題解決に取り組んでいる例が、チョコレートの原料であるカカオ産業でみられる。本稿では、企業の持続可能な調達の取り組みについて、カカオ産業での事例を紹介する。
カカオ産業の課題と解決に向けた日本のアプローチ
カカオ産地における課題の1つに、カカオ農家の貧困が挙げられる。カカオ2大産地のコートジボワールとガーナのカカオ農家の大半は、生活維持所得(リビングインカム、注1)を得られていないという報告がある(注2)。生活が困窮する中で、家族が子どもを働かせざるを得ず、児童労働に発展することが少なくない。加えてコートジボワールでは、子どもを含む難民が周辺国から連れてこられ、カカオ栽培に強制的に従事させられるケースも報告されている(注3)。子どもたちは学校に通う代わりに、長時間労働や重い荷物の運搬、鋭利な道具の使用など危険な作業に従事している。また、収入を増やすために農家が森林伐採を行い、カカオ農地を拡大するケースも多く、農家の貧困は森林破壊の一因となっている。
日本が輸入しているカカオ豆の7割超はガーナ産で、コートジボワール産と合わせると約8割に上る(注4)。したがって、日本もこれらの国における人権・環境などに関する課題に無関係ではいられない。こうした中、国際協力機構(JICA)やチョコレートに関わる企業が課題解決に向けた取り組みを進めてきた。JICAはカカオ産地の政府との連携を進めてきたが、それだけでは不十分だとして、2020年1月に「開発途上国におけるサステイナブル・カカオ・プラットフォーム」を設立した。プラットフォームには、チョコレートメーカーのほか、カカオ流通に関わる商社、コンサルティング会社、小売業、NGO・NPOなど多様なプレーヤーが参画し、勉強会をメインに、会員同士が情報交換や議論を重ねてきた。
本プラットフォームの活動の一環として、JICAは2025年8月10日、2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)の「平和と人権」テーマウィークにおいて「チョコレートを美味(おい)しく食べ続けるために、私たちができること
」と題したイベントを開催した(2025年8月22日付ビジネス短信参照)。イベントでは、大阪の2校の高校生が1学期の探究の授業を通してカカオを巡る社会的・環境的・経済的な課題を分析し、若い世代の視点から斬新な解決策をプレゼンした。また、プラットフォームの会員企業から明治、ロッテ、不二製油の3社が登壇し、持続可能なカカオ産業実現に向けた各社の取り組みを紹介した。3社とも、カカオ農園のトレーサビリティ(自社が調達しているカカオ農園の特定)向上に取り組んでいる。また、子どもを長時間労働や危険な作業から守るために「Child Labour Monitoring and Remediation Systems(CLMRS)」(注5)などを用いて、(1)農家への啓発と監視、(2)児童労働の特定、(3)改善支援、(4)フォローアップのステップを実施している。こうした共通項の一方で、工夫しているポイントや、取り組みを推進するに至った経緯などは三者三様だ。ここからは、各社の取り組みについて、イベントでの発表内容と、登壇者への追加インタビューを基にその特色を見ていきたい。

明治:現地に寄り添う柔軟な支援
明治は2006年に、カカオ農家を支援する活動「メイジ・カカオ・サポート」を開始した。カカオ豆の品質向上を目的に、研究開発の観点から取り組み始めたことがきっかけだった。しかし、この取り組みを通してカカオ産地の現状を目の当たりにし、さまざまな課題が明らかになった。例えば、カカオの栽培・発酵方法の技術習得が難しいことや、井戸やインフラ、学校教育などの生活支援が必要なことがわかった。こうした気付きを受けて、農家の生活向上や地域の環境保全・回復といった社会課題解決にまで、支援の幅を拡大してきた。「サステナビリティ」や「SDGs(持続可能な開発目標)」という言葉が社会に広がり、企業による社会貢献も注目され始める中で、明治グループ全体としてのサステナビリティに関する取り組みが発展していった。
明治の特徴は、現地に寄り添った、柔軟な支援を行っていることだ。現在、9カ国で活動し、それぞれの地域のニーズに合わせた活動を行っている。明治カカオマーケティング部CXSグループの晴山健史氏によると、地域によって、課題や状況は多種多様だという。したがって、一律ではなく、地域ごとのニーズに応じた支援を重視しており、現地パートナーと連携して農家との対話を重ねている。晴山氏は、「自社の支援が押し付けとならないよう、現地の文化や生産者の想(おも)いを理解し、尊重する姿勢を心掛けている」と話す。一例として、カカオ豆の品質向上に関する支援では、現地でともに汗を流し、理解を得ながら進めることで、生産者の主体的・自立的な取り組みにつながっている。
ロッテ:児童労働の世代間連鎖へのアプローチ
ロッテは、サステナビリティに対する社会的な要請の高まりから、2018年に「サステナビリティ方針(106KB)」をはじめとする各種方針の策定・改訂などを行い、環境負荷の低減や人権尊重などの取り組みを会社として本格化した。これに合わせ、カカオ豆の生産者支援として調達部門が主導してきた活動を、同年から全社的なサステナビリティ活動の1つに発展させた。持続可能なカカオサプライチェーンの実現に向けて、農家までのトレーサビリティ実現と、その地域の抱える課題解決を支援している。ロッテは、この活動を通じて調達したカカオ豆を「ロッテサステナブルカカオ
」と呼んでおり、これが2024年度はロッテが調達したカカオ豆のうち51%を占めた。
ロッテが取り組んでいるCLMRSの特徴の1つは、児童労働の撤廃に向けて、親世代への啓発を行っていることだ。ロッテサステナビリティ推進部企画課の飯田智晴課長は、「親の世代から学校に通いにくい状況だと、学校に通わせる意義を親が十分に認識しておらず、子どもを働かせてしまうことがある」と述べた。こうした世代間連鎖を断ち切るため、CLMRSでは、親に対して学校の意義を伝えている。また、ロッテではCLMRSに加えて、子どもが安心して教育を受けられるように、インフラ支援も行っている。例えば、ロッテは清潔な水を提供するため、ガーナで井戸の寄贈を行っている。ガーナでは女性や子どもが長時間の移動を伴う水汲(く)みを担うケースが多いため、井戸を増やすことで、児童労働リスクや女性、子どもの身体的負担の軽減に貢献している。
不二製油:農家支援を通じた持続可能なカカオ調達
不二製油は、業務用チョコレートの製造を手掛ける原料メーカーとして、かねて持続可能な調達に取り組んできた。しかし、2011年に国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」が採択されたことを受け、サプライチェーンにおける人権尊重の必要性をより強く認識。その後、「不二製油グループ人権方針(305KB)」や各種調達方針などを策定し、取り組みを全社的に強化してきた。ベルギーのグループ会社が欧州の顧客から森林保全や人権尊重に関する取り組みを要請されることが多く、これも全社的な取り組みを推進する上で追い風になったという。
不二製油は、カカオ豆の持続可能な調達に向け、「サステナブル・オリジン」と名付けたプログラムの下、(1)農家の生活環境改善、(2)サプライチェーン上の児童労働撲滅、(3)森林破壊の防止と森林の保全に取り組んでいる。前述の通り、農家の貧困が児童労働や森林破壊の要因の1つになっている。そのため、生産効率や品質を向上させ、農家の収入を上げることで、児童労働や森林破壊といった課題のリスクを軽減できる。不二製油は、より効率的で適正な栽培方法などを農家に対して指導している。同時に、児童労働の問題点や子どもの権利、森林保全などについて農家やコミュニティへの教育を行っている。営業戦略室CSV推進課の後藤愛課長は、「持続可能な調達を推進することは、企業にとって、原料を安定的に調達し続けるという意味でも重要だ」と強調した。後藤氏は、「農家の課題解決に向けた取り組みを行っているからこそ、チョコレートを作り続けられていると認識している」と述べた。
日本企業の取り組み進む一方、国際的に求められる水準には届かずとの見方も
このように、日本企業も大手チョコレートメーカーを中心に、トレーサビリティの向上や現地支援を通じて、カカオ産地の課題解決に取り組んでいる。しかしながら、国際的な評価に照らすと、日本企業の取り組みはなお途上にある。世界の主要なチョコレート関連企業を対象とした「世界チョコレート成績表(Chocolate Scorecard)」(注6)は、企業のサステナビリティに関する取り組み状況を知ることのできる有力な報告書だ。成績表では、6つの項目別〔(1)トレーサビリティと透明性、(2)生活維持所得、(3)児童労働、(4)森林破壊と気候、(5)アグロフォレストリー、(6)農薬〕の評価と、総合評価を公表している。最新の第6版(2025年4月8日公表)の結果を見ると、中・大規模企業で成績表に掲載されている世界39社のうち、日本企業(7社掲載)は総合評価が首位の企業でも28位、総合スコアは37%にとどまっている。成績表の公表に合わせ、複数の関連団体が見解を示した。熱帯林行動ネットワーク(JATAN)とマイティー・アースは、日本企業の総合評価について「EUDR(欧州森林破壊防止規則)への対策が進む欧米企業には大きく水をあけられている」と指摘(注7)。日本企業は、6つの項目の中で児童労働については比較的良い評価を得ているものの、「その他の課題への取り組みについてはあまり進んでいない」としている。子どもの権利保護や児童労働の撤廃に取り組むNGOのACE(エース)は、日本企業は農薬に対する取り組みの評価が低いこと、「森林破壊ゼロ」のコミットメントを示していない企業が複数あることなどが、欧米企業との差につながっているのではないかと分析している(注8)。日本企業は国際的な水準に追いつくために、実効的な取り組みを進めるとともに、ステークホルダーとの対話や情報開示により力を入れることが重要と考えられる。
持続可能なカカオ産業実現には、消費者の関心喚起もカギ
JICAガバナンス・平和構築部ガバナンスグループ法・司法チームの琴浦容子課長は、「カカオ産業を取り巻く環境を変えていくためには、消費者にも一緒に考えてもらわないといけない」と話す。メーカーが持続可能な調達を推進しても、それが購買行動に結びつかなければ、持続可能なカカオ産業の実現は難しい。琴浦氏によると、「欧州では消費者がカカオ豆のトレーサビリティを気にする声が聞かれる」といい、日本よりもエシカル消費(注9)が浸透していることがうかがえる。JICAでは、「開発途上国におけるサステイナブル・カカオ・プラットフォーム」の活動の一環として、バレンタイン時期の百貨店でのイベントやスーパーでのPR、および大学での出前授業などを通して消費者への啓発活動を行ってきた。今回の大阪・関西万博でのイベントには約100人が会場参加し、オンライン配信も行われた。琴浦氏は、「高校生のプレゼンは、幅広い世代が持続可能なカカオ産業のための消費行動について考えるきっかけになった」とイベントの手ごたえを語った。様々な企業・団体が一丸となって発信できるのはプラットフォームの特徴であることから、JICAは今後もプラットフォーム会員と協働して情報発信していきたい考えだ。

- 注1:
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フェアトレード・ジャパン
によると、「栄養価の高い食事、適切な住居、教育、医療、その他の必需品、不測の事態への備えなど、世帯員が適切な生活水準を維持するために十分な収入」を指す。
- 注2:
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ワーゲニンゲン大学(オランダ)の研究者による研究論文「A Living Income for Cocoa Producers in Côte d'Ivoire and Ghana?
」(2021年)では、コートジボワールとガーナのカカオ生産者を対象に世帯調査を実施。6つのデータセットについて分析したところ、全データセットにおいて、大多数(73~90%)が生活所得を得ていないという結果となった。
- 注3:
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米国労働省「『最悪の形態の児童労働』に関する報告書」2022年版
(32MB)のコートジボワールに関する箇所(p.369-377)に基づく。
- 注4:
- Global Trade Atlas(GTA)のデータによると、2024年の日本のカカオ豆(HS1801.00)の輸入金額上位5カ国は、ガーナ(全体に占める割合は74.7%)、エクアドル(12.9%)、ベネズエラ(4.8%)、コートジボワール(4.5%)、ドミニカ共和国(1.0%)。
- 注5:
- カカオ生産地での児童労働・強制労働撲滅を目指すNPO国際ココアイニシアチブ(ICI)が開発した。
- 注6:
- オーストラリアを拠点とする人権団体Be Slavery Free(ビー・スレイバリー・フリー)が主導し、毎年発表する。第6版では、専門家、市民社会、学術関係者、コンサルタント会社など33団体が評価に加わり、世界の主要なチョコレート関連企業81社が調査対象になった。そのうち60社が回答を提出し、成績表に掲載された。
- 注7:
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JATANとマイティー・アースによるプレスリリース(2025年4月8日付)に基づく(JATANウェブサイト参照
)。
- 注8:
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エースによるプレスリリース(2025年4月10日付)に基づく(PRTIMESウェブサイト参照
)。
- 注9:
- エシカル(倫理的・道徳的)消費とは、地域の活性化や雇用などを含む、人・社会・地域・環境に配慮した消費行動のこと。

- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部国際経済課
宮島 菫(みやじま すみれ) - 2022年、ジェトロ入構。調査部調査企画課を経て、2023年6月から現職。