大阪・関西万博から世界へ、サステナビリティの社会実装大阪・関西万博、持続可能な運営通じSDGs達成目指す(日本)
2025年9月11日
2025年4月13日に大阪・夢洲で開幕した2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)。「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマに掲げ、国際連合(国連)が掲げる「持続可能な開発目標(SDGs)」達成への貢献を目指している。
この目標達成のため、主催団体の2025年日本国際博覧会協会(以下、博覧会協会)は、社会・経済・環境への影響に配慮した持続可能な万博を企画・運営している。中でも、万博として初めて、国連「ビジネスと人権に関する指導原則(1.11MB)」に準拠した人権尊重の取り組みを方針や行動計画に盛り込んだ点が画期的だ。大阪・関西万博におけるサステナビリティの取り組みを会期後もレガシー(社会への持続的な影響)として受け継いでいくことを目指す。博覧会協会は、継続的に運営を見直し、情報開示している。
本稿では、博覧会協会が進める持続可能な万博運営のかたちについて、全体像を紹介する。
国際的なイベント運営に求められるサステナビリティ対応
2000年代以降、気候変動や資源枯渇への懸念から、サステナビリティというテーマが次第に注目を集めるようになった。さらに2015年のSDGs採択を契機に、政府や企業による持続可能な社会の実現に向けた取り組みが加速した。近年では、ESG(環境・社会・ガバナンス)投資や脱炭素経営が広がり、経済活動と環境・社会課題の両立が世界的な潮流になっている。背景には、欧米を中心としたサステナビリティに関する法制化の動きがある。企業に人権・環境デューディリジェンスを義務付ける法令を整備したり、貿易管理制度の枠組みの中で強制労働により生産された製品の輸出入を禁止したりする動きが進んでいる。こうして、グローバルサプライチェーン上でのリスク管理がますます求められるようになっている(注1)。
こうした中、国際的なビッグイベントでも、サステナビリティの推進が求められるようになっている。特に、社会・経済・環境への影響に配慮しながら、イベントの企画・運営を行うためのイベントサステナビリティ管理システム「ESMS(Event Sustainability Management System)」を構築するのが主流となりつつある。さらに、2012年のロンドンオリンピック・パラリンピック(以下、五輪)を契機に、ESMSの国際標準規格「ISO 20121」の策定に至った。過去数年を振り返ると、万博や五輪をはじめ、複数の国際的なイベントで主催機関がISO20121認証を取得していることが確認できる(表1参照)。なお、ISO20121は2024年、パリ五輪開催に合わせて改訂。改訂版では、イベント後のレガシーや子どもの権利を含む人権の尊重、気候変動対策などを、より強調している(注2)。
イベント名称 | 開催年 | 開催国 | 主なサステナビリティの取り組み |
---|---|---|---|
2020年ドバイ国際博覧会 | 2021年 | アラブ首長国連邦 | 廃棄物削減、再生可能エネルギー(再エネ)活用、持続可能な調達に関するガイドラインの策定、ジェンダー平等の実現、労働者の福祉最大化 |
東京オリンピック・パラリンピック | 2021年 | 日本 | 資源の再使用・リサイクル、再エネの活用、雨水の循環利用、国連指導原則に基づく人権尊重の取り組み |
FIFAワールドカップカタール2022 | 2022年 | カタール | 持続可能な調達コード策定・準拠を確認するための監査、廃棄物削減とリサイクル、障がいのある観客向けのインフラ・サービス確保 |
国連気候変動枠組条約第28回締約国会議 (COP28) | 2023年 | アラブ首長国連邦 | カーボンニュートラルな会場設計、資源効率の最大化と廃棄物削減、水使用量の最小化、持続可能で低炭素かつ多様な食事提供 |
国際通貨基金(IMF)春季・年次総会 | 2024年 | 米国 | 会議参加者の移動に伴う二酸化炭素(CO2)排出量のオフセット、プラスチック廃止、「環境サステナビリティ評議会」の設置 |
パリオリンピック・パラリンピック | 2024年 | フランス | 既存・仮設施設の活用、スポーツ用品やIT機器などをレンタル、使い捨てプラスチックの削減、再エネ活用 |
国連気候変動枠組条約第29回締約国会議(COP29) | 2024年 | アゼルバイジャン | 再エネ活用、廃棄物のリサイクル、持続可能なモビリティーの導入、多様な参加者に対する包摂性・安全性の確保 |
出所:各イベント公式サイトからジェトロ作成
持続可能性局が旗振り役に、大阪・関西万博のESMS
こうした流れを受け、大阪・関西万博もISO20121に準拠してESMSを構築している。大阪・関西万博で示したESMSの具体的な内容は、次のとおり(注3)。
- 博覧会協会が取り組むべき重要課題と目標を設定し、
- 各実施主体(部署)が責任をもって取り組む持続可能性の計画を定めて実行し、
- 取り組み成果の監視および評価ならびに内部・外部監査、組織のトップによるマネジメントレビューを実施するとともに、
- ステークホルダー向けに定期的な報告を行うものである。
ESMSの推進事務局は、博覧会協会の「持続可能性局」が担っている。協会内の各部署には「ESMS責任者・担当者」を置く。各所掌分野に関して、サステナビリティの取り組みを進める旗振り役になっている。持続可能性局とESMS責任者・担当者は、定期的に開催する「ESMS推進会議」や個別の打ち合わせなどを通して情報を共有し、相談している。
博覧会協会はESMSを活用しながら、持続可能な大阪・関西万博運営の実現に向け、組織一体となって取り組んでいる。目指す方向性を「持続可能な大阪・関西万博開催にむけた方針(483KB)」(以下、持続可能性方針)に定め、2022年4月に公表している。この方針は博覧会協会のメンバー一人一人を含む全ての利害関係者〔行政団体、サプライヤー、ライセンシー(注4)、市民、来場者など〕に向けて対外的に示すものだ。さらに、持続可能性方針に基づく具体的な目標や計画の全体像として、「持続可能な大阪・関西万博開催にむけた行動計画」(以下、行動計画)を策定。開催前に取りまとめた報告書「持続可能な大阪・関西万博開催にむけた行動計画(開催前報告書)
(5.6MB)」を、2025年3月に公開している。
持続可能性方針とこれに基づく行動計画の中で、博覧会協会は大阪・関西万博のテーマである「いのち」を考える軸として「Saving Lives(いのちを救う)」「Empowering Lives(いのちに力を与える)」「Connecting Lives(いのちをつなぐ)」という3つのサブテーマを設定。これらのサブテーマ実現に向けた重要課題として「5つのP」(People, Prosperity, Planet, Peace, Partnership)を掲げ、これに関連付けた目標と活動の方向性を示している(表2参照)。なお、5つのPはSDGsの上位概念で、これら5項目にSDGsの17目標を分類している。
5つのP | 目指す方向性 | 対応するSDGsの目標 |
---|---|---|
People (いのち、ひと、健康、福祉) |
生態系を構成するすべての「いのち」を守り育てることの大切さを訴求する。 |
1:貧困をなくそう 2:飢餓をゼロに 3:すべての人に健康と福祉を 4:質の高い教育をみんなに 5:ジェンダー平等を実現しよう 6:安全な水とトイレを世界中に |
Prosperity (サプライチェーン、バリューチェーン) |
「もの」だけでなく、「生活」を豊かにし、可能性を広げることにつながる社会や環境に関する知見をレガシーとして、次世代に継承する。 |
7:エネルギーをみんなに。そしてクリーンに 8:働きがいも経済成長も 9:産業と技術革新の基盤をつくろう 10:人や国の不平等をなくそう |
Planet (生態系、環境) |
国際的合意(パリ協定、大阪ブルー・オーシャン・ビジョン、昆明・モントリオール生物多様性枠組 )の実現に寄与する会場整備・運営を目指す。 |
11:住み続けられるまちづくりを 12:つくる責任、つかう責任 13:気候変動に具体的な対策を 14:海の豊かさを守ろう 15:陸の豊かさも守ろう |
Peace (平和、公正、インクルーシブネス) |
多様な人々が積極的に、また安心して参加できる環境を整えるとともに、大阪・関西万博からテーマに基づく多様な考え方を発信できるよう、一人一人を尊重したインクルーシブな万博運営を目指す。 | 16:平和と公正をすべての人に |
Partnership (協働) |
誰もが参加でき、自由にアイデアを交わせる機会を提供する。その中で一人一人がつながりコミュニティーを形成することを目指す。 | 17:パートナーシップで目標を達成しよう |
出所:2025年日本国際博覧会協会「持続可能な大阪・関西万博開催にむけた方針」からジェトロ作成
「5つのP」実現に向け、多角的な取り組み進む
行動計画では、5つのPに関連付けた目標を達成するための具体的な指標や取り組みを示している。それぞれの内容を、次のとおり紹介する。
まず、People(いのち、ひと、健康、福祉)では、国・地域、文化、人種、性別、世代、障がいの有無などにかかわらず、大阪・関西万博を訪れる世界中の人々が利用しやすい会場・サービスの実現を目指している。そのために、博覧会協会は関連法令を順守することはもちろん、ユニバーサルデザイン、ユニバーサルサービスに関する独自のガイドラインをそれぞれ定め、これらに基づき施設を整備・運営している。万博会場にはバリアフリートイレやカームダウン/クールダウンルーム(注5)、祈祷(きとう)室などを設置。場所は「公式バリアフリーマップ」で確認できるようにした。車いすや歩行補助器具などを無料で貸し出し、筆談や手話にも対応する。東西ゲート脇に設置した「アクセシビリティセンター」が、さまざまな配慮を必要とする来場者向けの総合的なサービス拠点になっている。
Prosperity(サプライチェーン、バリューチェーン)では、持続可能なサプライチェーンの構築を目指している。博覧会協会は、大阪・関西万博での物品やサービスの調達に当たりサステナビリティへの配慮を実現するため、その基準や運用方法などを定めた「持続可能性に配慮した調達コード」(以下、調達コード)を策定・公開している。地球温暖化や資源の枯渇などの環境問題や人権・労働問題の防止、公正な事業慣行の推進や地域経済の活性化への貢献などを盛り込み、その中でさらに細かい要件を設定している。博覧会協会が直接調達する契約だけでなく、パビリオン運営主体やライセンシーなどに対しても調達コードを守るよう求めている点が特徴だ。Prosperityの軸ではほかに、大阪・関西万博を通じた地域経済への貢献とイノベーションの促進に向けても、取り組んでいる。博覧会協会は、中小企業を中心としたさまざまな企業・団体との共創を通じて「これからの日本のくらし(まち)」を考える「Co-Design Challenge(CDC)
」プログラムを実施。CDCプログラムでは2023年、2024年と2回にわたり、社会課題の解決に資する物品や仕組みを募集した。特に優れた事業を採択し、万博会場内に導入している。
Planet(生態系、環境)では、2050年のカーボンニュートラル実現を目指し、会場準備・運営にあたり省CO2・省エネ技術や再エネなどを積極的に活用する。同時に、技術展示などを通して会場内外の脱炭素化に向けた取り組みを世界中に発信するという目的もある。廃棄物の削減と資源循環にも注力。会場内で日々発生する廃棄物をリデュース・リユースにより最大限削減した上で、分別排出された廃棄物のリサイクルに取り組んでいる。こうした脱炭素・資源循環の取り組み方針と状況については「EXPO 2025 グリーンビジョン(2.4MB)」にまとめ、公表している。
Peace(平和、公正、インクルーシブネス)では、多様な価値観を尊重し、公正でインクルーシブな万博運営を目指す。国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」に則した運営を実現することを掲げ、2024年4月に人権方針(167KB)を策定した。これに基づき、万博として初めて人権デューディリジェンスを実施している。人権デューディリジェンスとは、事業が引き起こす人権への「負の影響」を防止または軽減することを目的に、予防的に人権侵害リスクの調査・把握を行い、適切な手段を通じて是正し、その進捗および結果について外部に開示する継続的なプロセスを指す。大阪・関西万博におけるステークホルダーは、博覧会協会の職員から会場運営に携わるスタッフ、パビリオン出展者のほか、一般の来場者や報道関係者、会場周辺の住民など、多岐にわたる。また、万博運営にかかる物品やサービスなどの調達、つまりサプライチェーン上で影響を受けるステークホルダーも対象になる。こうしたサプライチェーン上の人権リスクを予防・軽減するために、前述の調達コードを運用している。また、博覧会協会は人権侵害が発生した際に、被害を受けた個人や集団が苦情を申し立て、適切な救済へアクセスできる「グリーバンスメカニズム」(注6)を構築。仕組みを整えると同時に、博覧会協会は、会場内での人権をテーマにした展示やイベントの企画、外部への人権に関して普及啓発している。
最後に、Partnership(協働)では、行政、企業、市民団体、教育機関などとの協働を促進し、誰もが自由にアイデアを交わせる場を提供する。代表的な取り組みが「TEAM EXPO 2025」プログラムだ。このプログラムでは、多様な参加者がSDGsの達成に資する活動を考案し、仲間を集めながら「共創チャレンジ」として実践している。その中から25の活動を「ベストプラクティス
」に選定し、万博会場で展示している。
大阪・関西万博モデルを次世代へ
ここまで見てきた大阪・関西万博でのサステナビリティに関する取り組みは、SDGs達成に向けた貢献だけでなく、「SDGs+Beyond」の視点から、次世代へのロールモデルとすることを目的にしている。そのために、博覧会協会はESMSを活用し、PDCAサイクルを回しながら運営の継続的な改善を図っている。また、取り組みを支える専門的な議論の場として、「持続可能性有識者委員会」を設置している。委員会は、環境、社会、経済、人権などの分野に精通した専門家で構成。行動計画の進捗を確認し改善を提案するとともに、透明性のある運営を支えている。この下部組織として4つのワーキンググループ(「持続可能な調達」「脱炭素」「資源循環」「人権」)を設け、分野ごとの課題について定期的に議論している。さらに、取り組みの指針や進捗状況は、公式サイトの「持続可能性に関する取り組み」のページで積極的に開示している。
このように、大阪・関西万博は、サステナビリティを中心に据えた運営を通じて、SDGs達成への貢献とその先の未来社会の構築を目指している。行動計画は、単なる理念ではない。実効性のある仕組みとして機能しており、会期終了後もその成果が世界へ、未来へと広がっていくことが期待される。同時に、大阪・関西万博では、パビリオンなどでの技術展示や会場内外で開催される関連イベントの多くで、サステナビリティをテーマに据えている。例えば、開幕以降、SDGsや地球規模の課題を網羅的に捉えた8つのテーマを一定期間ごとに設定した「テーマウィーク」(注7)の中で、さまざまな国・機関や企業、一般の来場者などが集い、課題解決に向けて対話するイベントを開催している。
本特集では、持続可能な万博運営の在り方について人権・環境の切り口からさらに深掘りするとともに、大阪・関西万博を通じた企業などのサステナビリティの実践について紹介する。
- 注1:
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サプライチェーンと人権に関する法制化動向の詳細は、ジェトロの調査レポート「『サプライチェーンと人権』に関する法制化動向(全世界編 第2版)」参照。欧米を中心に各国がサステナビリティ対応を促進してきた潮流がある一方で、直近の政策を見ると、調整局面を迎えている。
例えば、米国の前政権が推進した環境関連政策やDEI(多様性、公平性、包摂性)プログラムに、トランプ政権が歯止めをかける動きをとっている。またEUも、サステナビリティ関連の報告事項で企業負担を軽減する方向にシフトしている(「ジェトロ世界貿易投資報告 2025年版」第Ⅲ章第3節参照)。 - 注2:
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Positive Impact「ISO20121改訂についての最新情報
」(2024年11月22日付)に基づく。
- 注3:
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2025年日本国際博覧会協会「持続可能な大阪・関西万博開催にむけた行動計画(開催前報告書)
(5.6MB)」に基づく。
- 注4:
- 博覧会協会からライセンスを受けてグッズなどを制作する事業者。
- 注5:
- 来場時に気持ちが不安になった際や、パニック症状が起きた際などに落ち着けるスペース。
- 注6:
- 個人や集団が組織や企業に対して懸念を表明し、苦情を申し立て、救済を求めることができる仕組み。「苦情処理メカニズム」などとも呼ばれる。
- 注7:
- 8つのテーマは、「未来への文化共創」(4月25日~5月6日)、「未来のコミュニティとモビリティ」(5月15~26日)、「食と暮らしの未来」(6月5~16日)、「健康とウェルビーイング」(6月20日~7月1日)、「学びと遊び」(7月17~28日)、「平和と人権」(8月1~12日)、「地球の未来と生物多様性」(9月17~28日)、「SDGs+Beyondいのち輝く未来社会」(10月2~12日)。

- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部国際経済課
宮島 菫(みやじま すみれ) - 2022年、ジェトロ入構。調査部調査企画課を経て、2023年6月から現職。