大阪・関西万博から世界へ、サステナビリティの社会実装 フュージョンエネルギーと日本市場の可能性
英国エネルギー技術(1)

2025年12月16日

2025年日本国際博覧会(以下、大阪・関西万博)では、「グリーン万博」というコンセプトの下、各国・地域のパビリオンで脱炭素社会の達成に向けた先進的な技術の展示が行われた。2025年9月17日~28日に開催されたテーマウィーク「地球の未来と生物多様性外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」に合わせ、英国パビリオンで催されたインタラクティブな展示「未来に力を外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」では英国企業3社の未来へ向けた持続可能なエネルギー技術が体験型で展示された(本特集後編「英国エネルギー技術(2)効率的な洋上風力発電所の設計」も参照)。

本稿では、2025年大阪・関西万博のキャロリン・デービッドソン英国政府代表と、展示に参加したフュージョンエネルギー開発企業のトカマクエナジー社(Tokamak Energy)のロス・モーガン日本支社社長へのインタビューに基づき、脱炭素化に向けた日英政府の取り組み、フュージョンエネルギー分野における日英企業間のさらなる協働と、日本企業の参画の可能性について紹介する(取材日:2025年9月23日)。

持続可能なエネルギー分野における日英パートナーシップ

デービッドソン英国政府代表によると、英国パビリオンは、「Come Build the Future(ともに未来をつくろう)」をテーマに、過去、現在、未来の時間軸で技術の歴史を紹介した。英国が他者と協働・交流し、異文化を受け入れて発展してきた歴史を持つ国であることを示したという。これまでの英国における技術革新を単に紹介するだけではなく、展示を通して「イノベーションとは誰もが貢献できるもの」というメッセージを伝える工夫をした。どんなアイデアも重要で、小さなアイデアの組み合わせが大きな変化を生むことを来場者に訴えることが目的だと話した。また同パビリオンでは、日英連携の歴史について明治期に日本人が英国に渡り産業技術を学んだことを挙げ、現在のフュージョンエネルギーや洋上風力発電などのグリーンエネルギー分野における協業に繋がっていると紹介。

同氏は、日英の政府、企業、人々、文化の間における様々なパートナーシップはこれまで以上に強固であり、持続可能なエネルギー分野における、さらなる協働に期待していると述べた。


2025年大阪・関西万博キャロリン・デービッドソン英国政府代表(英国パビリオン提供)

英国パビリオンのイベント「未来に力を」では、単なる技術紹介ではなく、来場者が興味を持ちやすいよう、体験型の展示を優先して選定したという。その狙いは、特に若年層に「将来この分野で働いてみたい」と思わせるためだ。万博を通して、フュージョンエネルギーのような持続可能なエネルギー分野を担う人材の発掘と育成も視野に入れた。


展示の様子(ジェトロ撮影)

英国政府が進めるフュージョンエネルギー開発

脱炭素化に向け、英国政府が力を入れている政策の1つとして、フュージョンエネルギーの開発支援がある。同国は「STEPプログラム」という社会実装プログラムを推進しており、2040年までに100メガワットのフュージョンエネルギー発電プロトタイプを実現することを目標としている。2023年には、同プログラムの実行機関として、英国インダストリアル・フュージョン・ソリューションズ(UKIFS)の設立を発表した(2023年2月16日付ビジネス短信参照)。2025年1月16日には、フュージョンエネルギー研究および国際協力のための過去最大規模となる4億1,000万ポンド(約840億5,000万円、1ポンド=約205円)の投資(2025年~2026年)を決定した(注1)。また、同年6月にフュージョンエネルギー分野の研究開発に、5年間で25億ポンドを投資することを決定した。

核エネルギーを利用した発電といえば、フュージョンエネルギーのほか核分裂による原子力発電が挙げられるが、両者はエネルギーの発生方法や性質が全く異なる。原子力発電は核分裂によって発生する熱を使用する。火力発電と同じように蒸気の力でタービンを回して、発電機を動かすことで発電する(注2)。発電の際に二酸化炭素を出さず、燃料をリサイクルできる点において再生可能エネルギーの1つと言えるが、冷却し続けない限り、核分裂を停止できても熱が発生するため大事故につながるリスクがある(注3)。

その一方で、フュージョンエネルギーの仕組みは、太陽で起きている現象と同じだ。軽い原子核を融合させ、別の重い原子核になる際に発生するエネルギーを取り出す。また、燃料や電源が切れると停止する性質があるため、爆発事故や放射能が漏れる心配は少ないため、安全性が高い。しかし、融合反応を持続的に引き起こすには、燃料を数億度以上の高温・高密度のプラズマ状態にした上で、その状態を長時間保持する必要があることから、まだ実用段階には至っていない(注4)。

いまだ未発達の技術と言えるフュージョンエネルギーだが、燃料の元となる水素の放射性同位体(重水素)であるトリチウムは、海水中に広く存在する物質であることから、安定的なエネルギー供給が可能だ。そのため、脱炭素化とエネルギー安定供給を両立できるエネルギーとして注目されている(注5)。英国政府はフュージョンエネルギーをイノベーション、経済成長、エネルギー安全保障の中心に位置付けている(注6)。日本政府も、内閣府が2023年4月に初の国家戦略として「フュージョンエネルギー・イノベーション戦略PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(301KB)」を策定した。さらに2024年11月には、国家目標を達成するため、京都フュージョニアリング外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますを中心とした民間によるフュージョンエネルギー発電実証プロジェクト「FAST外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」を発足し、2030年代の発電の実証を目指している。

英国のフュージョンエネルギー開発を牽引するトカマクエナジー社

トカマクエナジー社は、2009年に英国・オックスフォードで設立された。高磁場球状トカマク(ST40)と高温超電導(HTS)磁石を開発するフュージョンエネルギー企業である。同社は、政府や産業界との連携にも積極的に取り組んでおり、STEPプログラムにおいても球状トカマクとHTS磁石に関する豊富な経験や専門知識を活かして貢献できると考えている。トカマクとは、強力な磁石でプラズマを閉じ込め、制御された融合反応を実現する装置だ。同社が開発したST40は、従来のトカマクに比べ、商業用フュージョンエネルギー装置へのより先進的で効率的、かつ費用対効果の高い道筋を示すものとされている。高温超電導体を用いて、高磁場を発生するHTS磁石を利用することで、より厳密にプラズマの粒子を閉じ込めることが可能となり、小型で高性能なフュージョン装置を実現できる。同社はHTS磁石の開発を10年以上行ってきた。モーガン日本支社社長によると、同磁石の他の分野への応用の可能性も見えてきており、TE Magnetics という事業部門を立ち上げ、輸送用機器、電力伝送、化学機器などの分野で磁石技術の商業化も検討しているという。


トカマクエナジーが開発する球状トカマク(ST40)(同社提供)

フュージョンエネルギー分野における、日本への高い期待

同社は2025年3月に日本法人を設立した。日本法人設立の背景には、フュージョンエネルギー分野と磁石技術の双方において日本政府、企業との協働に恒久的に取り組む拠点を設けたいという思いがあった。同社は既に日本の産業界や大学・学術機関との連携を行っており、前述のFASTプロジェクトの設計技術パートナーにも選定された。また今年度、東京都の「GX関連外国企業進出支援事業」(注7)支援企業にも採択された。


トカマクエナジー社のロス・モーガン日本支社社長(ジェトロ撮影)

モーガン氏は日本について、「フュージョンエネルギー技術の市場として、潜在的に重要な市場の1つと見ている」と語った。その理由として主に、(1)天然資源が限られている、(2)再生可能エネルギーのための土地が限られている、(3)従来の原子力エネルギーに関する課題があることを挙げた。同氏はフュージョンエネルギーが日本の将来のエネルギー安全保障上、理想的な解決策であると考えている。前述したとおり、日本では「フュージョンエネルギー・イノベーション戦略PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(301KB)」において内閣府、外務省、文部科学省、経済産業省、環境省が一体となってフュージョンエネルギーの産業化を目指す姿勢を示している。また、2025年6月に英国エネルギー安全保障・ネットゼロ省(DESNZ)と、日本の文部科学省との間で協力覚書(MoC)が結ばれ、政府間での協働が進んでいる(注8)。同氏はこうした積極的な取り組みを歓迎し、日英の企業・組織間の連携をさらに支援し、発展させたいと語った。

また、日本は特にエンジニアリング、製造業、建設業に強みを持つことに触れた。英国での経験から、フュージョンエネルギー産業を発展させるためには大規模な製造・建設の経験を持つ大手エンジニアリング・製造企業が参画することが重要と考えており、日本は将来の商業用フュージョンエネルギープラントの実現において不可欠な要素を備えているとした。フュージョンエネルギーのサプライチェーンは3つの領域に分類できるとし、同産業においては、大手企業から中小企業までが参画できるチャンスがあるとした。1つ目は、技術と資金、製造能力が揃っている領域だ。この領域では、大型機器の製造経験を持つ大手企業によるビジネスの可能性が考えられる。2つ目は、技術は存在するものの、製造能力が低いレベルにある領域だ。ここでは、サプライチェーンを拡大、スケールアップを実現し、フュージョンエネルギーに必要な規模と数量を製造できるよう支援が必要な状況だという。3つ目は、技術がまだ開発段階にあり、サプライチェーン自体が非常に未成熟な領域だ。この領域では、トカマクエナジー社のような企業がフュージョンエネルギー実現に必要な中核技術の開発に貢献できる。フュージョンエネルギー分野では、球状トカマクや先進的な磁石のプロトタイプ装置の製造における材料や部品の供給、機械加工など幅広い技術を要することもあり、モーガン氏は「大企業から中小企業に至るまで、サプライチェーン全体に機会が存在する」と話した。また、英国のフュージョンエネルギー開発において中小企業がサプライチェーンに参画しているケースがあることにも触れ、同エネルギー産業が成長していくにつれ、中小企業がサプライチェーンに参入できる機会は数多く生まれると話した。

今後のフュージョンエネルギーの課題は、持続可能性と経済性の確保だ。フュージョンエネルギーの商業化には技術的課題が多く残っている。しかし、技術発展の余白があるからこそ、企業の参入チャンスも大いにあると言える。技術力や工業分野における強固なサプライチェーンを持つ日本企業は、今後、同分野における技術革新に大きく貢献し得るだろう。


注1:
英国政府プレスリリース(2025年1月16日付)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます参照。
注2:
日本原子力文化財団(JAERO)「原子力発電のしくみ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」参照。
注3:
松岡猛「原子力の安全とリスクの考え方PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(317KB)」、経済産業省資源エネルギー庁「原発の安全を高めるための取組―新規制基準のポイント外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」参照。
注4:
文部科学省「核融合研究外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」、「Fusion Energy Connect to the Future外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」参照。
注5:
日本原子力文化財団「次世代原子炉の種類外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」参照。
注6:
英国政府プレスリリース(2025年6月23日付)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
注7:
東京都が実施するGX(グリーントランスフォーメーション)関連分野で、高い技術力を有する外国企業の都内進出を重点的に支援する事業。脱炭素社会の実現、サステナブル・リカバリーの推進に向け、外国企業を誘致し、都内企業との協業によるイノベーションの創出、マーケット拡大などを通じてGXを加速することを目的としている。
注8:
英国政府“UK-Japan cooperation on fusion energy: memorandum of cooperation外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます ”(2025年6月19日付発表)。

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執筆者紹介
ジェトロ調査部調査企画課
小林 美晴(こばやし みはる)
2025年、ジェトロ入構。同年4月から現職。