大阪・関西万博から世界へ、サステナビリティの社会実装人権方針と調達コード:東京オリパラのレガシーを進化
2025年11月4日
「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマに掲げた2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)では、社会・経済・環境への影響に配慮した持続可能な万博の企画・運営に取り組んでいる(2025年9月11日付地域・分析レポート参照)。中でも、国連「ビジネスと人権に関する指導原則
(1.11MB)」に準拠して運営し、人権デューディリジェンス(DD)を実施する初めての万博として、人権尊重の取り組みを方針や行動計画に盛り込んだ点が画期的だ(2025年9月17日付地域・分析レポート参照)。また、大阪・関西万博におけるサステナビリティの取り組みが、事業者の行動変容をもたらし、会期後もレガシー(社会への持続的な影響)として受け継がれていくことを目指す。
本稿では、主催団体の2025年日本国際博覧会協会(以下、博覧会協会)の人権尊重の取り組みの土台となる人権方針、および物品やサービスの調達プロセスにおける持続可能性への配慮を実現するための基準や運用方法などを定めた「持続可能性に配慮した調達コード」を取り上げる。博覧会協会の取り組みを事例に、企業の人権尊重の実務に活用できる考え方や具体的な取り組み方法を紹介する。
人権方針の策定:トップコミットメントと浸透がカギ
国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」(注1)では、企業に、(1)人権を尊重する責任を果たすというコミットメントを方針として発信し、(2)人権DDを実施し、(3)救済メカニズムを構築することを求めている。人権方針の策定・公表は、トップによるコミットメントの下、企業経営に人権尊重を組み込んでいく第一歩だ。
「公益社団法人2025年日本国際博覧会協会 人権方針
(167KB)」は、日本の「ビジネスと人権」に関する行動計画(1.13MB)」や「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン
(1.5MB)」などを踏まえ、持続可能な調達ワーキンググループおよび持続可能性有識者委員会(注2)での議論を経て、2024年4月23日に策定された。東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会(以下、東京2020大会)では、「持続可能性に配慮した運営方針
(987KB)」で国連指導原則に則(のっと)り大会の準備・運営を行うことが明記されたものの、人権方針の策定には至らなかった。大阪・関西万博の人権方針では、国連の指導原則で定められた人権方針の策定に必要な5つの要件を網羅し、国際的に認められた人権を尊重することを明確に約束している。その上で、万博の「SDGs(持続可能な開発目標)」達成を含む地球規模の課題解決への貢献という理念や万博事業の特性を踏まえ、ステークホルダーとの対話や情報の開示・発信を重視する決意を表明している(表1参照)。
| 指導原則で定められた人権方針の策定に必要な5つの要件 | 大阪万博の人権方針で明記/実践された内容 |
|---|---|
| (1)企業のトップを含む経営陣で承認されていること | 石毛 博行事務総長(代表理事)による署名のもとで公開。 |
| (2)企業内外の専門的な情報・知見を参照した上で作成されていること | 人権ワーキンググループおよび持続可能性有識者委員会での議論を踏まえて策定。 |
| (3)従業員、取引先、および企業の事業、製品またはサービスに直接関わる他の関係者に対する人権尊重への企業の期待が明記されていること | 公式参加者、出展者、サプライヤーなどにも広く本方針への支持を期待。(5.参加者やサプライヤーとの共有) |
| (4)一般に公開されており、全ての従業員、取引先および他の関係者にむけて社内外にわたり周知されていること |
|
| (5)企業全体に人権方針を定着させるために必要な事業方針および手続きに、人権方針が反映されていること(関連する社内規定を人権方針に整合させるなど) |
|
また、日本の「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のための実務参照資料
」では、人権方針に盛り込むことが考えられる項目(注3)について例示しており、博覧会協会の人権方針においても一部の項目が盛り込まれている(表2参照)。
| 人権方針に記載することが考えられる項目例 | 大阪万博の人権方針で明記/実践された内容 |
|---|---|
| (1)国際的に認められた人権を尊重する旨の明確なコミットメント | 「国際人権章典(世界人権宣言、国際人権規約)」「労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言」などの国際的に認められた人権、および国連「ビジネスと人権に関する指導原則」「OECD 責任ある企業行動に関する多国籍企業行動指針」「ILO 多国籍企業および社会政策に関する原則の三者宣言」などの国際規範を尊重する。(2. 人権の尊重) |
| (2)人権方針が適用される範囲(企業の場合、グループ会社の定義など) | 博覧会協会事務総長以下の幹部・職員(派遣社員、契約社員含む)および同会長以下の役員。(1.前文) |
| (3)位置付け(経営理念や行動指針などとの関係性) | 「持続可能な大阪・関西万博開催に向けた方針」の下で、他の方針や規程などの土台となるもの。(1.前文) |
| (4)人権尊重の取り組みを実践する方法(人権方針をどのように実現していくか) |
|
| (5)事業を行う国・地域の法律と、国際人権基準が異なる場合の対応方針 | 法令と国際的に認められた人権が相反する場合においては、法令を遵守(じゅんしゅ)しつつ、国際的に認められた人権を最大限尊重する。(2.人権の尊重) |
| (6)自社における重点課題 |
|
出所:「公益社団法人2025年日本国際博覧会協会 人権方針」からジェトロ作成
「持続可能な大阪・関西万博開催にむけた方針
(483KB)」および人権方針に基づいて、万博の準備・運営の指針となる調達コード、内部規程、ユニバーサルサービスガイドラインなどを策定することで、万博運営に人権尊重を組み込んだ。また、現場で具体的な課題に直面するのは、調達部門、会場運営、イベント実施、総務など全部署が想定される。持続可能性局が横串となって取り組みを推進する上で、人権方針を通して組織内、そして参加者、サプライヤーへと、トップの決意・彼らに期待する行動を明確に伝えることができる。
持続可能性に配慮した調達コード:東京オリパラのレガシーを進化
サプライヤーに対しては、「持続可能性に配慮した調達コード
」の準拠を求めることで、サプライチェーンを通じた人権尊重の取り組みを推進している(注4)。東京2020大会(東京オリパラ)においても「持続可能性に配慮した調達コード」が策定され、持続可能性に配慮した調達が行われた。木材、農産物、畜産物、水産物、紙、パーム油の個別基準を策定しており、これは大阪・関西万博でも踏襲されている。東京2020大会のレガシーを継承しつつ、(1)社会情勢・国際基準の変化や(2)イベントの性質を基に、さらに発展させた。
(1)については、持続可能性に関する認証に人権保護の分野が含まれることが、国際的にも一般的となっている。例えば、調達コードでも採用されたGLOBAL G.A.P.認証では、2022年3月に食品安全、環境保全、労働安全の3分野に加え、人権保護および農場経営管理の分野が追加された。また、イベントの持続可能性に関するマネジメントシステム(ESMS)の国際規格ISO20121の2024年改訂で、イベント後のレガシー、気候変動、子どもの権利を含む人権保護がより強化された。博覧会協会は、2024年8月にISO20121の認証を取得している。
(2)については、会期前、会期中、会期後でリスク・課題が異なるため、マテリアリティ(重要課題)の特定が難しい。万博運営には、博覧会協会の直接契約先だけではなく、公式参加者(国・機関)、非公式参加者(民間企業など)、そのサプライヤーなど多種多様なステークホルダーの協力が不可欠で、彼らにも調達コードの遵守を求める必要がある。一方で、飲食店からパビリオンの建設まで、調達する物品が多岐にわたり、会期までの限られた期間で準備するため、負荷がかかりやすいことも考慮する必要がある。
こうした東京2020大会からの変化や万博の特性を踏まえ、大阪・関西万博の調達コードでは、「人権保護の確保」が明記されたほか、博覧会協会のサプライヤーだけではなく、パビリオン運営主体などのサプライチェーンにおいても調達コードの遵守を求めた。また、実効性を担保するため、農産物、畜産物、水産物、パーム油の調達においては、調達計画書・調達報告書の提出を義務付けた(表3参照)。
|
強化された 項目 |
東京オリパラでの記載(抜粋) | 大阪万博で追加/強化された内容(抜粋) | 対応箇所 |
|---|---|---|---|
| 生産地の法令順守 | 日本の関係法令等に照らして適切な措置が講じられていること。 | 生産される国又は地域における関係法令等に照らして適切な措置が講じられていること。 | 共通基準(1) 法令遵守、農産物、畜産物、水産物の調達基準 |
| サプライチェーンにおける作業者の人権保護の強化 | 作業者の労働安全を確保するため、(中略)適切な措置が講じられていること。 | 求める項目に、作業者の労働安全に加え、「人権保護の確保」を明記。 | 共通基準(3) 人権、農産物、畜産物の調達基準 |
| 強制労働・児童労働の定義の明確化 | いかなる形態の強制労働もさせてはならず、また、人身取引に関わってはならない。 | 作業者などが処罰の脅威の下に強要され、かつ、自らの自由意思で申し出たものではない労務を禁止。 | 共通基準(4) 労働、持続可能性に配慮した水産物の調達基準 |
| いかなる形態の児童労働もさせてはならない。 | 原則15歳未満の子どもの労働を禁止。 | ||
| 危険な機械の使用や、危険有害な物質の取り扱い、長時間労働、夜間労働などを含む危険有害労働への18歳未満の若年労働者の従事を禁止。 | |||
| サプライチェーンに対する調査・働きかけの強化 | 組織委員会が別途作成するサステナビリティ条項のモデル条項またはこれに類似する条項を挿入することを検討すべきである。 | サプライチェーンとの間の契約において、サプライチェーンに対する調査・働きかけやコミュニケーションを確実にするために必要な内容を仕様書等に記載しなければならない。 | 5. 担保方法(5) サプライチェーンに対する調査・働きかけ |
| パビリオン運営主体などのサプライチェーンにおける調達コードの遵守確保 | ー(対象なし) | 博覧会協会のサプライチェーンと同様に、パビリオン運営主体などのサプライチェーンにおいても調達コードの遵守を確保。パビリオン運営主体などは、直接契約する事業者との契約において、調達コードの遵守等の項目を仕様書に記載し、指示することが必要。 | 5. 担保方法(10) 運営主体等に対する追加措置 |
| 調達計画・結果の報告を義務付け | ー(事業者の選定にあたり、チェックリストや誓約書の提出を求める) | 農産物、畜産物、水産物の生鮮食品、およびパーム油を原料とする揚げ油、石鹸・洗剤を調達するサプライヤー、ライセンシーおよびパビリオン運営主体などには、チェックシート・誓約書に加え、調達計画書・調達報告書の提出を義務付け。博覧会協会は、サプライヤーから事前に提出された調達計画を確認し、持続可能性に配慮した調達に関して適宜協議を行う。 | 農産物、畜産物、水産物、パーム油の調達基準 |
出所:公益社団法人2025年日本国際博覧会協会「持続可能性に配慮した調達コード (第3版)」、「持続可能性に配慮した調達コード(第3版) 解説 (共通基準)
(2.2MB)」、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会「東京 2020 オリンピック・パラリンピック競技大会 持続可能性に配慮した調達コード(第3版)」からジェトロ作成
認証スキーム:調達コードへの適合度を確認するツールとして活用
持続可能な形で生産・運搬され、調達コードへの適用度が高いことを確認するための有効なツールとして、複数の認証制度が活用されている。博覧会協会が認める認証スキーム(「認証スキーム一覧
(920KB)」、表4参照)は、東京2020大会で採用された認証の最新情報と調達コードへの適合度を確認し、専門家の助言も踏まえて決定された。 一方で、認証取得には費用や人的リソースが必要で、認証を取得できる企業ばかりではない。特定の企業を排除し中小企業の参入障壁となることは、インクルーシブな万博、中小企業の活性化に資するという万博の理念に反する。また、人権DDは、常に潜在的なリスクが存在することを前提にした継続的なプロセスで、一度認証を取得すればよいという性質のものではない。大阪・関西万博の調達コードでは、調達コードへの適用度を確認する補完的なツールとして認証を活用する一方、調達基準の確認方法を明示することで、リソースが限られた企業でも実務的に対応できるように工夫されている。
| 項目 | 認証スキーム |
|---|---|
| 木材/紙 | FSC(Forest Stewardship Council) |
| PEFC(Programme for the Endorsement of Forest Certification) | |
| SGEC(Sustainable Green Ecosystem Council) | |
| 農産物 | GLOBAL G.A.P.(Good Agricultural Practices) |
| ASIAGAP | |
| JGAP(注) | |
| レインフォレスト・アライアンス | |
| 国際フェアトレード認証 | |
| 畜産物 | LPA(家畜生産保証制度) |
| NFAS(全国肥育場認定制度) | |
| 持続可能性配慮の農場 HACCP 認証農場指定(中央畜産会) | |
| OSAKA サステナブル畜産認証制度(大阪府) | |
| 平飼い鶏卵認証 | |
| 水産物 | MEL(マリン・エコラベル・ジャパン協議会) |
| MSC(Marine Stewardship Council) | |
| ASC(Aquaculture Stewardship Council) | |
| BAP(Best Aquaculture Practices) | |
| パーム油 | ISPO(持続可能なパーム油のインドネシア基準) |
| MSPO(持続可能なパーム油のマレーシア基準) | |
| RSPO(持続可能なパーム油のための円卓会議) |
注:JGAPは畜産物も対象。
出所:公益社団法人2025年日本国際博覧会協会「認証スキーム一覧
(920KB)」からジェトロ作成
調達コードの実効性を担保するための仕組みを構築
調達コードは策定するだけではなく、実効性の担保が重要だ。まず博覧会協会では、共通基準、各個別基準の内容を分かりやすく伝える解説書を作成・公表した。また、民間パビリオン出展者会議、国際参加者会議(IPM、注5)などでの周知や、協会内の各部局の職員や参画する事業者への説明会を通し、調達コードの周知・浸透に取り組んだ。
また、事業者に対しては、各部局での公募時(仕様書、入札公告、公募要領など)・入札時(持続可能性の確保に向けた取り組み状況に関する質問票)・契約締結時(誓約書、契約書)に調達コードを入れ込み、調達コードの実効性を担保するための仕組みを導入した。契約後も、サプライヤーなどへのヒアリングや、会場での巡視(SUSパトロール)を通し、事業者の取り組み状況を確認し、必要に応じて対応方法の助言や指摘を行う。例えば、農林水産省や認証団体を通じ、認証品調達先候補情報を共有するなど、事業者の改善を支援している。こうした博覧会協会から指摘・情報提供を行った事例や万博を機に調達を見直した良い取り組み事例を収集・公表することで(資料「調達コードの遵守に向けた事業者の取組について」参照
(350KB))、事業者の取り組みを促す。また、調達コードに関する通報の受け付けおよび処理状況などについても、博覧会協会ウェブサイト
で随時公表している。
2025年10月12日には、「持続可能な取り組みに関する表彰
」が行われた。調達コードへの適合度が高い優れた取り組みを表彰する「調達部門」では、大屋根リングの木材への SGEC、PEFC 認証材の調達のほか、DX技術の活用による労働時間の削減や外国人労働者への配慮(注6)に取り組んだ大林組・大鉄工業・TSUCHIYA 共同企業体や、先端技術を用いた陸上養殖や完全養殖などの天然資源によらない水産物のみを使用したスシロー未来型万博店を運営するFOOD & LIFE COMPANIESなど、5社が受賞した。
大阪・関西万博に携わった企業の先進的な取り組みが、今後、サプライチェーン全体の課題解決や事業者・消費者の行動変容につながるレガシーとなり、持続可能なビジネスの実現に向けた日系企業の取り組みがさらに進むことが期待される。
- 注1:
-
外務省パンフレット「ビジネスと人権とは?ビジネスと人権に関する指導原則
(1.3MB)」および日本語仮訳
(469KB)参照。
- 注2:
-
持続可能性有識者委員会
では、脱炭素、資源循環など持続可能性の観点から配慮すべき分野などについて、専門的見地から意見および提案を行うと同時に、持続可能な万博運営に関して議論を行っている。
- 注3:
-
項目例は、これらのとおり記載しなければならない、これらだけを記載しておけば足りる、という趣旨のものではなく、自社の経営理念や関与し得る人権侵害リスクを踏まえ、必要な内容を真摯(しんし)に検討していく必要がある。人権方針の策定における留意点については、ジェトロ「『ビジネスと人権』早わかりガイド(2024年1月)
(2.1MB)」8~10ページ参照。
- 注4:
- 2022年6月に木材、紙の個別基準を含む第1版が公表され、持続可能な調達ワーキンググループでの議論などを踏まえ、2度の改定が行われている。第2版(2023年7月31日公表)では、農産物・畜産物・水産物、パーム油の個別基準が追加され、第3版(2024 年5月22日公表)で、人権方針の策定を踏まえた加筆修正がなされた。
- 注5:
- 国際参加者会議(IPM)は、大阪・関西万博への参加を表明している国・地域や国際機関の責任者が出席し、パビリオン出展に関する各種情報の提供を行うことを目的に開催するもの。
- 注6:
-
具体的には、建設現場内の危険な場所に外国人労働者の自国の言語で表記された看板を設置し、不安全行動を防ぐ取り組みが評価された。受賞者の具体的な取り組みについては、博覧会協会発表資料
(4.4MB)参照。
- 執筆者紹介
-
ジェトロ調査部欧州課
川嶋 康子(かわしま やすこ) - 2023年、ジェトロ入構。調査部調査企画課を経て、2025年4月から現職。




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