高度外国人材と創出する日本企業のイノベーティブな未来若者の海外就職を支えるエコシステム
韓国高度人材の日本就職(1)

2024年12月25日

韓国では、海外でのキャリア形成を志向する若者が増加し、若年層の海外就職を支援するエコシステムが構築されている。そのエコシステム構築に寄与しているのが、政府主導で若年層の海外就職支援を行う「K-MOVE」事業である。近年は、同事業と連動し、民間主導の動きも活発化している。また、韓国人材にとって、日本は有望な海外就職先の1つとして位置づけられ、日本への就職支援に特化した取り組みも行われている。

本「韓国高度人材の日本就職」連載では、韓国における高度人材の海外就職動向のうち、特に日本への就職動向に焦点を当てる。韓国の若年層を取り巻く就職事情や就職先としての日本の位置づけ、官民における海外就職支援の取り組みなどについて、公的機関、研究機関、民間人材会社、関連団体、大学へのインタビューをもとに紹介する。

第1回となる本稿では、韓国における若年層の海外就職を支援するエコシステムの全体像を明らかにし、各関係機関の役割や相互の関係性を概観する。

K-MOVEを核に、若年層の海外就職支援のエコシステムを形成

韓国政府による若年層の海外就職支援の歴史は長く、1998年のアジア通貨危機を受けた失業対策の1つとして海外就職支援を開始したことにさかのぼる。2013年には、それまで各省庁が独自で行っていた支援事業をK-MOVEとして一本化した(2018年3月30日付調査レポート参照)。同事業は、海外就職、海外インターン、海外ボランティア、海外起業の4部門に分けられ、海外就職においては、主に産業通商資源部、雇用労働部を中心に戦略が立案される。それらの政策の実行は、傘下機関である大韓貿易投資振興公社(KOTRA)、韓国産業人力公団を中心に行われている。K-MOVEの看板の下で一本化された2013年以降は、大学や一般財団法人、民間企業などにおいても、政府や公的機関からの受託事業にとどまらず、独自事業として、若年層の海外就職支援に取り組む事例が見られるようになった。現在、若年層の海外就職支援において、政府や公的機関のみならず、大学、財団、民間企業も参画する形で、図のようなエコシステムが構築されている。

図:韓国における若年層の海外就職支援のエコシステム
この図はK-MOVE事業を取り巻くエコシステムを表している。同事業の主な実行機関は、雇用労働部傘下の韓国産業人力公団と産業通商資源部傘下のKOTRAである。韓国産業人力公団は韓国人求職者集めや、求職者と企業のマッチングなどを担う。KOTRAは海外拠点ネットワークを活かし、韓国人材を求めている外国企業の発掘や、就職後の韓国人材のサポートなどを担う。その他、大学や関連団体、民間事業者がK-MOVEの一環で事業を展開しているが、内容については後述の通り。また、K-MOVEにおいて韓国人材と企業がつながる代表的な場として、ポータルサイトのワールドジョブプラスと韓国最大の海外就職支援イベントであるグローバルタレントフェアがある。

出所:インタビューを基にジェトロ作成

続いて、各機関の役割を見ていく。KOTRAは、84カ国に広がる海外拠点ネットワークを強みとし、特に海外人材の発掘に力を入れている拠点を「K-MOVEセンター」(注1)と位置づけている。具体的な活動としては、1.韓国人材を募集している外国企業の発掘、2.各国でのジョブフェア(リアル・オンライン形式での合同企業説明会)の企画・運営、3.就職後の韓国人材のサポート、を行っている。特に、韓国外の各拠点で、韓国人材を必要とする外国企業に対する支援を担う。

一方、韓国産業人力公団は、韓国国内のネットワークを強みとしており、1.海外就職に関する韓国国内の大学生や就職希望者向け広報、2.海外就職に必要なスキル獲得のための研修(K-MOVEスクール)、3.人材と企業とのマッチング、などを担う。主に、韓国国内で、大学生や就職希望者に対する支援を行っている〔KOTRAおよび韓国産業人力公団については「韓国高度人材の日本就職(4)韓国政府機関、若者の日本就職へ手厚い支援」参照〕。

大学や一部財団法人、民間企業においても、後述するK-MOVEスクールの運営やK-MOVEの一環で行われる様々なジョブフェアの運営に携わっているほか、独自事業を展開している〔大学については、「韓国高度人材の日本就職(3)韓国の教育機関での海外就職支援策」参照〕。

また、K-MOVEにおいて、韓国人材と企業がつながる代表的な場としては、KOTRAと韓国産業人力公団が連携して運営するポータルサイトのワールドジョブプラス(World Job Plus)(韓国語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますと、韓国最大の海外就職支援イベントであるグローバルタレントフェア(韓国語・英語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますがある(後述)。

海外就職への呼びかけからアフターケアまで、一貫した支援を提供

K-MOVEでは、1.海外就職に対する機運醸成、2.就職活動に向けた準備、3.就職活動、4.就職後の韓国人材に対するアフターケアまで一貫して支援を提供する。

1.においては、就職希望のある韓国人材に対して、ビザや労働市場を含む海外就職全般に関する基礎的情報、国別の就職戦略に関する情報を提供し、海外就職の準備に進むきっかけ作りを行っている。また、海外就職に成功した「先輩」から経験に基づくアドバイスを得ることができる「K-MOVEメンタリング」という仕組みも整備されている。これにより、韓国人材は先輩の経験談を聞きながら、自分に最適なキャリアプランの策定を進めることが可能となる。

2.においては、K-MOVEスクールや海外インターンシッププログラムなど、実践的なスキルを習得するためのプログラムが提供されている。K-MOVEスクールでは、34歳未満の未就職者や大学卒業予定者を対象に、現地での就職を見据えた長期研修が行われており、語学やITスキル、就業希望国でのビジネスマナーを学ぶことができる。

3.においては、後述するワールドジョブプラスやグローバルタレントフェアを活用しながら、韓国人材と海外企業のマッチングを行う。単なる求人情報の提供やマッチングにとどまらず、選考過程で必要となるスキルを向上させるための多様な支援プログラムも提供している。例えば、語学研修や外国語での面接トレーニング、履歴書の添削など、海外就職に欠かせない実践的なスキルを磨く機会も提供されている。

4.においては、海外就職1カ月後に250万ウォン(約28万円、1ウォン=約0.11円)、半年後に100万ウォン(約11万円)、1年後に150万ウォン(約17万円)の合計500万ウォン(約55万円)の「海外就職成功奨励金」が韓国産業人力公団から就職者に支給され、現地での生活基盤の構築を支援している(注2)。渡航後は、現地のK-MOVEセンターにおいて、生活面での相談対応に応じるほか、現地でのキャリア構築を支援する人的ネットワークを紹介するなど、孤立を防ぐ支援を提供している。

ポータルサイトで韓国人求職者と外国企業をつなぐ

K-MOVEの関係機関の情報を1カ所に集約し、発信するポータルサイトが前出の「ワールドジョブプラス」である。ワールドジョブプラスは1.求職者と企業とのマッチング支援、2.求職者に対するキャリア支援プログラムの提供、3.海外就職に必要な情報提供、の3点を担う総合的な就職支援プラットフォームである。

ワールドジョブプラスの大きな特徴は、海外でのキャリア形成を目指す韓国人材が、自らのスキルや志向に合致した求人情報にアクセスできる点にある。世界各国の就職市場のデータのほか、ビザや労働関連法や規制に関する情報が集約され、求職者側はそれらの情報を参考にしながら、自分に適した国や企業を選ぶことができる。また、履歴書の提出から企業との面接、さらには採用に至るまで、プラットフォーム上で一貫したサービスを受けられる点も大きな特徴となっている。

ワールドジョブプラスは、韓国人材が海外就職を成功させるための重要なツールとして定着している。今後もより多くの外国企業と連携し、国際的な人材需要に応えるためにサービスを拡大していくことが期待されている。

韓国最大級の就職イベント、グローバルタレントフェアを開催

毎年、K-MOVEの一環として、韓国政府主導で行われる韓国最大の海外就職支援イベントがグローバルタレントフェアである。産業通商資源部、雇用労働部が主催し、KOTRA、韓国産業人力公団、国立国際教育院、ソウル特別市などが運営に携わっている。同フェアは2002年に初めて開催され、直近では2024年8月27~ 28日に開催された。会場では、海外企業への就職支援を行うエリア(海外就職館)、在韓外資系企業への就職支援エリア(外国人投資企業採用館)、韓国在住外国人留学生の韓国企業への就職を支援するエリア(外国人留学生採用館)の3エリアが設けられた(2024年9月4日付ビジネス短信参照)。

2024年8月に開催された同フェアには、国内外400社以上の企業と約7,000人の求職者が参加した。外国企業は無料で参加できるほか、同フェアでの過去の採用実績などに応じて、外国企業の参加者の宿泊費や渡航費用が補助される場合もある。求職者側に対しては、企業との面接や相談会の他、履歴書の添削や日本語・英語での面接対策に関して無料でアドバイスを受けられるブースが設置されている。このように、企業側・求職者側の双方に対して韓国政府から手厚い支援が提供されている。フェアに参加したある日本企業は「自社が設定した選考要件(語学力やITスキルなど)に基づき、主催者側であらかじめ求職者がスクリーニングされるため、効率的に条件に合った求職者と面談することができた」と参加するメリットを挙げた(注3)。


グローバルタレントフェアの会場の様子
(ジェトロ撮影)

グローバルタレントフェアで面接準備を行う
参加者の様子(ジェトロ撮影)

民間団体・企業も日韓の架け橋として活動

韓国の若年層に対する海外就職支援の動きは、公的機関にとどまらず、民間にも広がっている。そのうち、日本への就職支援に特化した団体として、韓日産業技術協力財団がある。同財団は、1992年に設立された韓国政府の産業通商資源部傘下の一般財団法人である(注4)。一部スクール形式の講座を提供するほか、独自に人材マッチング事業を行っている。

スクールの運営では、人工知能(AI)を専門とする人材育成のニーズが高まっているため、AI分野に特化したプログラムを2023年度から開始した。プログラムでは、現場で活躍している専門家を講師として招き、日本での就職を希望する韓国の情報分野の学生に対し、ITやAIに関する知識と日本語教育を中心としたカリキュラムをオンラインで提供している。

人材マッチング事業は、2015年から同財団の独自事業として運営している。韓国人材を採用したい日本企業の発掘を継続的に行うほか、日本企業向けに韓国人材の魅力を紹介する説明会を日本で開催している。毎年開催される「日本就業相談会」では、毎年約50人の韓国人材が日本企業に正社員として就職している。財団の産業協力室チーム長のジョン・ゼヨン氏は、「日本と韓国の経済的な連携が一層深まる中、ITやAIなどの先端分野における人材交流が活発化することが期待されている。円安の影響や日韓関係など、外部要因に柔軟に対応しつつ、日韓間の人材交流を促進するための新たな施策を模索し、日韓間の産業技術協力及び産業界における連携を支える重要な基盤づくりに貢献したい」と話す(注5)。


韓日産業技術協力財団のジョン・ゼヨン氏(写真中央、ジェトロ撮影)

また、民間企業では、日系の人材会社も韓国に進出している。例えば、マイナビコリアは韓国国内の大学を訪問し、学生に対し日本就職に関する情報発信をするほか、K-MOVEが始動した2013年から、日本企業と韓国人材をつなぐ面接会をソウルで開催している〔「韓国高度人材の日本就職(5)日本式採用で成長機会のアピールを」参照〕。

他には、日本就職を目指す韓国人材向けに、日本式就職活動への対策を指南する民間企業も出てきている。一例として、韓国企業のミントは、日本就職を果たした韓国人の若者6人が起業した会社であり、日本就職のポイント、エントリーシートの書き方や面接対策に特化した5週間の講座を9,900円で提供している。グローバルタレントフェアでは、日本語面接の相談ブースを設けていた。同社代表のセナ・パク氏によると、「2019年ごろに韓国で日本就職ブームがあったが、韓国語で日本就職の情報を得るのが難しく、学生は高額な金額を払って日本就職対策講座を受けなければならない状況だった。韓国人学生の日本就職という夢をサポートしたいと思い、リーズナブルな価格で日本就職について学べる会社を立ち上げた」と話す(注6)。


ミントの創業メンバー(同社提供)

パク氏は、「韓国の人材がしっかりとした就職対策をせずに就職することで、業務内容や勤務形態に関するミスマッチが就職先との間に生じ、結果として短期間で日本での仕事を辞めて帰国してしまうというケースを減らしたい」と考え、事業を立ち上げた。このように政府や公的機関にとどまらず、「日韓の架け橋になりたい」「若者の日本就職の夢を支援したい」といった動機から、韓国人材の日本就職を支援する関連団体や民間企業も、エコシステムにおいて一定の存在感を示している。


注1:
K-MOVE センターは2024年10月現在、世界19カ所にある。日本には、東京、大阪、名古屋にある。
注2:
韓国産業人力公団のウェブサイト(韓国語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますより。
注3:
筆者による現地インタビュー結果に基づく(実施日:2024年8月28日)。
注4:
韓日産業技術協力財団は、主に日韓間のビジネスおよび技術分野における協力関係の強化を目的とし、ビジネス交流促進、産業通商協力、人材マッチング、ものづくり分野での日本人技術者の招聘(しょうへい)など、日本企業と韓国の優秀な人材を結びつける役割を担っている。
注5:
筆者による現地インタビュー結果に基づく(実施日:2024年8月29日)。
注6:
筆者によるインタビュー結果に基づく(実施日:2024年9月26日)。
執筆者紹介
ジェトロ知的資産部高度外国人材課
斉藤 美沙季(さいとう みさき)
2018年、ジェトロ入構。対日投資部地域連携課、ジェトロ岩手を経て、2022年10月から現職。
執筆者紹介
ジェトロ知的資産部高度外国人材課
劉 美暎(ゆ みよん)
2023年、ジェトロ入構。同年から現職。

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