特集:各国が描く水素サプライチェーンの未来欧州の水素ハブを目指し、インフラ整備を本格始動(オランダ)

2023年6月9日

オランダ政府は、2050年までに気候中立を達成するという目標を掲げている。2020年4月に国家水素戦略を発表して以降、洋上風力発電容量の目標を引き上げたほか、水素インフラの整備計画を発表した。オランダの有利な立地、港湾、広範なガス網、貯蔵能力を生かして、官民での取り組みが進んでいる。

2020年4月に国家水素戦略を発表

オランダ政府は、(1) 2050年までに気候中立を達成する、(2)温室効果ガス(GHG)排出量を1990年比で2030年に少なくとも55%、2035年に70%、2040年に80%削減する、という目標を掲げている。オランダ中央統計局(CBS)の2023年3月15日の発表によると、オランダの2022年のGHG排出量は前年比9.2%減の1億5,222万トン〔二酸化炭素(CO2)換算〕で、1990年比では31.7%減となった(図参照)。2022年のGHG排出量を部門別にみると、電力部門は20.2%、非電力部門(製造業+運輸+農業+建設)は79.8%の割合となった。電力部門では、2015年に5,312万トンのGHGを排出していたが、2022年には3,079万トンまで減少した。これは、再生可能エネルギー(再エネ)の導入が加速したためだ。電源構成に占める再エネの割合は2015年の12.4%から、2022年には40.1%まで拡大した。

図:IPCCガイドラインに準拠したGHG排出量
電力部門では、2015年に5,312万トンのGHGを排出していたが、2022年には3,079万トンまで減少した。

注1:単位はCO2換算。
注2:IPCCは気候変動に関する政府間パネル「Intergovernmental Panel on Climate Change」の略。
出所:オランダ中央統計局(CBS)の2023年3月15日付発表からジェトロ作成

他方、GHG排出量削減の目標を達成するためには、GHG排出量の8割を占める非電力部門の脱炭素化に取り組む必要がある。この問題の解決策としてグリーン水素(再エネ由来の水素)の利用が挙げられる。グリーン水素は「セクターカップリング」、すなわち各部門をつなぐ役割を果たしており、グリーン水素を利用することで非電力部門の脱炭素化への貢献が見込まれている。

政府は、2020年4月に「国家水素戦略」を発表した。なお、3カ月ではあるが、EUの「欧州の気候中立に向けた水素戦略」に先駆けて発表された。国家水素戦略では、水素の種類について、最も望ましいのはグリーン水素としつつも、ブルー水素〔化石燃料+CO2回収・貯留(CCS)〕も推進の対象としている。オランダは、欧州でドイツに次ぐ水素生産国で、その大半は天然ガスを原料に用いた水蒸気メタン改質(SMR:Steam Methane Reforming)で製造されている。SMRで製造される水素は、安価である一方、CO2の排出を伴う。ブルー水素は、排出されたCO2を回収・貯留することでCO2フリーとみなすことができることから、グリーン水素の大規模生産が確立するまでの移行期での活用を想定している。同戦略のタイムラインは2030年までとし、段階的に進められる。国家水素戦略の概要を参考に示す。同戦略は4本の柱で構成されている。

参考:オランダの「国家水素戦略」概要

(1)法制・規制
  1. 水素の輸送インフラの整備を進める。オランダには13万6,000キロメートルのガスパイプラインが敷かれている。これらのパイプラインの水素輸送への活用を検討する。また、欧州北西部の地域(オランダ、ドイツ、ベルギーなど)では、2030年までの水素需要が400ペタジュール(PJ)になると見込まれ 、オランダは近隣諸国への水素供給のハブになることを目指す。欧州最大の港であるロッテルダム港については、現在の物流のハブとしての地位を維持することが戦略的な観点で重要だとし、今後は欧州の水素輸入ハブとしての地位確立も目指す。
  2. 水素の供給安定性の確保および水素サプライチェーンの社会的コストを抑えるために、市場規制を導入する。
  3. 原産地保証と認証制度を導入する。原産地保証の導入については、欧州諸国と調整の上、欧州共通のルールと測定方法の導入を目指す。
  4. 水素普及に向けて、安全性を確保する。水素活用にあたり、欧州または国際的なガイドラインや基準に基づいて、リスク制御のための研究やモニタリングを実施する。2020年に開始した「水素安全イノベーションプログラム」では、水素における安全上の課題を特定し、これら課題に対処するための政策や協定を提案する。
  5. 水素への変換効率、貯蔵、輸送、利用に及ぼす空間的影響を考慮した上で、水電解装置を最適な場所に設置する。
(2)コスト削減とグリーン水素のスケールアップ
2019年6月に発表された「国家気候協定」(注)の中で、水電解装置の容量を2025年までに500メガワット(MW)、2030年までに3~4ギガワット(GW)とする目標を設定した 。開発の初期段階では、プラントは小規模で、水素の需要がある産業クラスターに設置される。開発後期になると、生産された水素は近隣地域に輸送される。長期的には再エネの季節変動を調整するため、あるいは電力網のバランスを保つために 、塩の地下洞窟に貯蔵する可能性があるとしている。国家水素戦略ではこの目標を達成するための政策を掲げている。
  1. 研究、スケールアップ、ロールアウトのための支援スキームを導入する。具体的には、パイロットプロジェクトや実証実験に対する補助金(DEI+)、GHG排出量削減を促進するための補助金(SDE++)などを用意する。
  2. 水素製造と洋上風力発電を統合させた入札の実施を検討する。
  3. グリーン水素の需要を高めるために、ガスパイプラインへの水素混合の義務付けを検討する。欧州のガスシステムの持続可能性を高める。
(3)最終消費者の持続可能性
水素市場の立ち上げに向けて、運輸と産業部門での取り組みが先行している。建設と電力部門ではパイロットプロジェクトが進められている。
  1. 港湾と産業クラスター
    2030年までは地産地消型プロジェクトが主流。ロッテルダム港や北部地域では、スケールアップを実現するために、クラスターに接続して水素ネットワークを形成する。
  2. 輸送
    「国家気候協定」の中で、2025年までに水素ステーション50カ所、燃料電池車(FCV)1万5,000台、大型車3,000台、2030年までにFCV 30万台を掲げている 。目標達成に向けて、該当する部門との協定を締結するほか、補助金制度を導入する。
  3. 建設
    長期的な目標として、水素を住宅の熱供給に活用する。2030年まではパイロットプロジェクトを実施する。
  4. 電力
    水素を燃料として利用する。マグナム発電所(フローニンゲン州エームスハーベン)において、100%水素専焼への切り替えを検証している。
  5. 農業
    大型車の最大3分の1が農業に関連していることから、農業機械に水素を活用する。
(4)支援策と側面的施策
  1. 国際戦略として、近隣諸国との協力を促進する。外国投資では、水素関連企業の投資を誘致するとともに、オランダで進められている水素プロジェクトへの外国企業の参画を促す。外交政策では、グリーン水素の純輸出国(ポルトガルなど)との関係を構築する。
  2. 政府と地域との協力関係を強める。地域間の連携を政府が支援する。
  3. 水素の幅広い可能性を創出するために、研究・イノベーションに取り組む。大学や研究機関、企業は基礎研究と応用研究を通じて、効率的で安価な水素サプライチェーン構築に寄与する。

注:政府各部門と国内約150の企業・団体などがGHG排出削減に向けて600以上の協定を締結。「国家気候協定」はそれら協定を取りまとめたもので、2019年6月に発表された。国家水素戦略は国家気候協定に沿って策定された。
出所:オランダ政府

ロシアのウクライナ侵攻を受けて、一部の目標が見直された。具体的には、オランダ議会は2022年12月、水電解装置の導入目標を2030年までの3~4ギガワット(GW)から、2032年までに8GWへと引き上げた。国家水素戦略の基となる国家気候協定は2030年までの期限であることから、可能な限り2030年までに多くの容量を導入することを目指す。

水素インフラ整備計画が始動

国家水素戦略の発表以降、具体的な政策が発表された。グリーン水素の生産拡大を後押しするため、政府は2022年3月に、洋上風力発電容量を2030年までに21GWに引き上げると発表。従来の目標を倍増した。新規の洋上風力発電所は北海大陸棚に設置し、2025年以降に入札が実施される予定。さらに2022年9月、ロブ・イェッテン気候・エネルギー相は、2030年以降の洋上風力発電の展望や目標に関する書簡を下院に提出。2040年までに50GW、2050年までに72GWとする目標を提言した。

参考でも触れたとおり、政府は補助金を導入して、水素のサプライチェーン構築を目指している。例えば、政府は2022年11月に、水素ステーションの整備などに補助金(2,200万ユーロ)を支給すると発表した。燃料電池トラックなどの大型車が使用できる水素ステーションを増やす予定。また、2022年には、GHG排出量削減を促進するための補助金(SDE++)を通じて、1,600以上のプロジェクトが支援を受けた。総額120億ユーロの予算のうち、67億ユーロはCO2回収・貯留(CCS)プロジェクトに割り当てられた。例えば、北海のガス田でのCCSプロジェクトが含まれている。SDE++は、2023年も継続して実施される予定。予算規模は総額80億ユーロで、2023年秋に募集が開始される予定だ。

政府は2022年6月、「水素インフラ整備計画」を発表した。2031年までに7億5,000万ユーロを投じて、水素の需要と供給をつなぐパイプラインを整備する。まず、2026年までにオランダ沿岸部の産業クラスターと北部の塩の地下洞窟との間が接続される予定。また、近隣諸国との輸送ネットワークを構築するために、2026年から一部区間でドイツとベルギーとの接続が始まり、2027~2028年にかけて完了する見込み。この計画で整備される水素パイプラインは、欧州内の水素輸送網構築のための構想「欧州水素バックボーン(European Hydrogen Backbone)」にも組み込まれる予定。現時点では、水素パイプラインの運営・管理を送ガス大手ガスニーの子会社HyNetwork Services(HNS)に委託することにしている。計画されている水素パイプラインのうち、85%は既存のガスパイプラインを再利用することで、コスト削減を図る(2021年8月2日付ビジネス短信参照)。

サプライチェーン構築に向けたプロジェクトが進む

オランダでは、数多くの水素関連のプロジェクトが進められている(2023年4月17日付地域・分析レポート参照)。以下に先進的事例を示す。

生産・貯蔵・輸送・利用:NorthH2

北海の洋上風力発電所で作り出したグリーン電力を利用して、フローニンゲン州エームスハーベンで海水を電解、グリーン水素を製造して、オランダやドイツなど欧州北西部の地域で利用するプロジェクト。2030年に水電解装置の容量を4GW、2040年に10GW以上に増強し、年間75万トンのグリーン水素を製造することを目指している。これにより、年間8~10メガトンのCO2排出量を削減できる。欧州最大規級のグリーン水素生産プロジェクトだ。2022年12月に事業可能性調査(FS)が終了し、オランダ北部でのグリーン水素の大規模生産が可能であることが証明された。ドイツのエネルギー大手RWE、ノルウェーのエネルギー大手エクイノール、オランダのエネルギー大手エネコ、英国石油大手シェルが生産を担当、ガスニーが貯蔵・輸送を担当、フローニンゲン州やフローニンゲン港湾局も協力する。利用分野は産業部門と大型輸送を想定している。将来的に、洋上に水電解装置を設置することも検討されている。なお、エネコは2020年3月に三菱商事と中部電力が買収した企業。

生産

北海に水電解装置を設置し、洋上でグリーン水素を生産するプロジェクト。水電解装置は西フリースラント諸島の洋上風力発電所に接続され、設置容量は500MW。2031年ごろの稼働を見込む。ガスニーの既存のガスパイプラインを再利用して水素を陸上まで輸送し、陸上の水素パイプラインに接続される。まずは、50~100MW規模のパイロットプロジェクトを進めるとしている。

貯蔵・輸送:HyStock

フローニンゲン州にある塩の地下洞窟で、グリーン水素を貯蔵するプロジェクト。2030年までに4つの水素貯蔵洞窟が必要とされている。最初の洞窟は2028年に稼働の予定で、貯蔵容量は200GW時。将来的に前述の「水素インフラ整備計画」に接続される予定。水素貯蔵の安全性を実証した上で、大規模な水素貯蔵の開発に進む。

利用

データセンターの非常用電源に水素を活用するプロジェクト。従来のディーゼル発電機の代わりに、グリーン水素を燃料とした燃料電池定置電源がフローニンゲンに設置された。出力は500キロワット(kW)。欧州で初めて、グリーン水素を燃料とする燃料電池を導入するデータセンターとなった。年間で数万リットル相当のディーゼル消費量を削減できる。これにより、燃焼時に排出されるCO2を78トン減らすことが可能。

日本企業が参画している事例としては、三菱重工エンジン&ターボチャージャとトヨタ自動車が輸送部門での水素の利用に取り組んでいる。例えば、三菱重工エンジン&ターボチャージャは、モビリティ分野の水素技術の開発を行うプロジェクト「Green Transport Delta – Hydrogen」に参画している。対象は水素燃焼エンジン、燃料電池、水素充填(じゅうてん)インフラに関する技術。プロジェクトの期間は2021年9月~2025年12月、予算は3,686万ユーロ。

なお、EUで政治合意済みの再エネ指令改正案(2023年4月3日付ビジネス短信参照)において、産業部門と輸送部門に対して法的拘束力を伴うグリーン水素の比率目標が定められたため、政府はこれらの部門での利用を推進するとしている。

輸入

千代田化工建設、三菱商事、ロッテルダム港湾局、ターミナル内で貯蔵タンクなどの保有・運転をするクーレターミナル(オランダ)の4者は共同で、水素輸入システムを構築するための調査を行っている。メチルシクロヘキサン(MCH)を水素キャリアとして利用する。

水素が普及するためには、市場のルール形成やインフラ整備、生産規模の拡大、コスト削減などの課題を解決する必要がある。一方、欧州では、脱炭素社会の実現に向けて水素への期待が大きく、今後も様々なビジネスが生まれると予想される。また、水素は大規模な輸出入を伴う国際的な取引商品になると予測されることから、オランダは、その有利な立地、港湾、広範なガス網、貯蔵能力を生かして、欧州の水素供給・輸入ハブとしての地位を確立する必要があるだろう。

執筆者紹介
ジェトロ調査部欧州課
山根 夏実(やまね なつみ)
2016年、ジェトロ入構。ものづくり産業部、市場開拓・展示事業部などを経て2020年7月から現職

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