特集:各国が描く水素サプライチェーンの未来水素の需要増加見込むドイツ、サプライチェーン構築に取り組む

2023年7月12日

ドイツは2045年に気候中立達成を目標とする。水素需要は大幅増の予測に対し、国内生産のみでは需要を賄うことができないと見込まれる。そのため、アフリカなど国外でのグリーン水素生産を推進し、ドイツに輸入する仕組み作りを進めている。国家プロジェクトとして、水素の製造や輸送に関するプロジェクトも推進している。本稿では、ドイツ連邦政府の水素戦略や、拡大する需要への対応策についてみていく。

水素需要は増加の一途たどる予測

ドイツ連邦政府は気候中立を2045年に達成する目標を掲げており、水素の利活用は気候中立達成を目指す中で重要な位置付けにあるとしている。遅くとも2038年末には石炭・褐炭火力発電を廃止すると法律で定めており、脱炭素への歩みを着々と進めている。加えて、ロシアのウクライナ侵攻に端を発するエネルギー危機・ガス不足の影響により、エネルギー価格が跳ね上がった(2022年9月27日付地域・分析レポート参照)。その結果として、これまで石油由来のエネルギーよりも高価格だった再生可能エネルギーや、本格導入まで時間がかかるとされていた水素の利活用拡大が現実的なものとなっている。

現在、ドイツの水素関連の政策の基盤となっているのは、連邦政府が2020年6月に発表した国家水素戦略だ(2020年9月9日付地域・分析レポート参照)。その中で製造・供給、貯蔵/輸送、利用などについてそれぞれ言及をしている。国家水素戦略と同時期に採択された景気刺激策で、ドイツの経済基盤を長期的に強化する施策も含めた「未来パッケージ」では、水素関連技術に70億ユーロを、国際的なパートナーシップ促進のため20億ユーロの予算をそれぞれ確保した。

国家水素戦略の発表時点(2020年)では、ドイツでは年間約55テラワット時(TWh)の水素を消費しており、その大半はグレー水素(注1)だった。水素需要は2030年までに倍増すると予想され、うち14TWhを国産のグリーン水素で賄う見込みだ。2030年までに5ギガワット(GW)の電解槽と必要な再生可能エネルギー発電施設(20TWh相当)を建設する。電解槽については、遅くとも2040年までに10GWまで拡大を目指すとしている。

なお、経済・気候保護省は2022年1月に脱炭素を加速するための施策を発表した際、前述の2030年までに達成する電解槽の容量を5GWから10GWに倍増させる意向を示している。

国家水素戦略では、(1)水素の生産、(2)工業分野、(3)交通分野、(4)熱利用、(5)欧州共同プロジェクトとしての水素、(6)国際貿易、(7)ドイツ内外での輸送・供給インフラ、(8)研究・教育・イノベーションの8つを重点分野として挙げ、行動計画として38の具体的な施策を打ち出している。また、2023年までを第1段階「水素市場の立ち上げ開始と機会の活用」、2030年までを第2段階「国内・国際的な水素市場の立ち上げ強化」と位置付けている。

現在の連立政権は2021年12月に発足。同年9月の連邦議会選挙(総選挙)で議席数を増やした環境政党・緑の党が政権入りし、ロベルト・ハーベック経済・気候保護相など主要閣僚としても、同党の議員が名を連ねるなど存在感を示している。そのような背景もあり、連立協定書の中では、国家水素戦略の野心的な改定を行うことを意思表示した。また、国家水素戦略の進捗をモニタリングするために立ち上げた組織の国家水素評議会からも、改定のための提言がなされている。なお、国家水素評議会が2022年5月に発表した2021年末までの国家水素戦略の進捗状況をまとめた報告書では、課題の一例として、「欧州共通利益に適合する重要プロジェクト(IPCEI)」に関する水素関連のプロジェクトの承認や意思決定プロセスを加速する必要性や、現行の国家水素戦略には具体的な目標や指標が示されておらず、進捗状況の評価が難しい点などが挙げられた。

国外からの調達の仕組み作り進める

国家水素戦略の中では、前述のとおり、ドイツ国内で水素需要が増加すると見込んでいるが、その供給の大半を国外から賄うとしている。国家水素評議会が2022年2月に発表したドイツの産業分野別の水素需要予測では、2030年時点で鉄鋼分野で20~28TWh、化学分野で36TWh、重量貨物輸送分野で17TWh、熱供給や暖房分野で5~10TWhのグリーン水素需要が見込まれるという(ただし、化学分野では完全に需要が賄えず、グレー水素を一部利用する可能性がある)。ドイツ全体では2030年時点で、グレー水素を含めて92~129TWhの水素が必要との予測だ。また、2040~2050年のドイツ全体の水素需要は964~1,364TWhまで増加すると見通している。

国産のグリーン水素だけでは需要を賄えないとしているドイツだが、必要な水素の確保にどのように動いているのか。主要な取り組みの1つが、経済・気候保護省が推進するプロジェクト「H2グローバル」だ。同プロジェクトは、将来のグリーン水素の需要は欧州内からだけでは全ては賄えないとして、アフリカなど、EUや欧州自由貿易連合(EFTA)以外のグリーン水素生産に適した国・地域と提携し、各地での生産を推進するもの。対象は水素のほか、水素派生製品のアンモニア、メタノール、持続可能な航空燃料(SAF)などで、現地での生産にドイツの技術を活用する。プロジェクト推進に当たって設立された「H2グローバル財団」は、水素を製造する電解槽などを扱うリンデやMANエナジー・ソリューションズ、鉄鋼のティッセンクルップやザルツギッター、エネルギー大手のシーメンス・エナジー、RWE、エーオン(E.ON)、商用車のダイムラー・トラック、金融のコメルツ銀行など、水素に関わる企業54社が参画している。また、現地での投資のインセンティブとするため、「H2グローバル財団」の子会社として「HINT.CO(Hydrogen Intermediary Network Company)」という企業を設立し、同社が10年の長期契約で水素派生製品を購入するとしている。購入に際しては入札を行い、可能な限り安価に水素派生製品を調達する。水素派生製品の実際の欧州・ドイツへの輸入は2024年末から始まる見込みで、購入価格と欧州の需要家への再販価格の差額は、経済・気候保護省が補填(ほてん)することになっており、このために9億ユーロを確保済みだ。

同プロジェクトでは、2022年12月に最初の入札手続きを、グリーンアンモニア、グリーンメタノール、SAFを対象として実施した(2022年12月12日付ビジネス短信参照)。連邦政府は35億ユーロを2036年までの入札案件に対して利用可能とする予定だ。

実用化に向けた実証プロジェクトも進む

教育・研究省も水素の製造や輸送に関するプロジェクトを推進し、利活用に向けたインフラ整備を進める。同省は2021年1月にグリーン水素経済を発展させるための主要プロジェクトとして、3つのプロジェクト「H2Giga」「H2Mare」「TransHyDE」を発表した。2025年までに総額7億4,000万ユーロを助成する(2021年1月21日付ビジネス短信参照、注2)。

H2Gigaでは、電解槽の量産化を目指す。既に市場投入されている電解槽は多くが個別生産で費用がかさむ。同プロジェクトでは、電解槽の量産化を実現することで価格を下げ、その結果、製造した水素の価格も下げることを目指す。128の企業・研究機関が参画、日系企業関連では堀場製作所(本社:京都市南区)の子会社のホリバ・フューエルコンが参加し、水電解装置評価技術を提供している。同社は具体的には、H2Gigaの一環として行われるプロジェクト「HTEL-Stacks」で、電解槽メーカーのサンファイアやフラウンホーファー研究機構セラミック技術・システム研究所(IKTS)、バイロイト大学などとともに、高温水蒸気電解をベースとする電解槽の量産化の研究開発に関与している。

H2Mareでは、洋上風力発電とグリーン水素などの生産を組み込み、効率のよい水素生産を行うことを目指す。風力タービンと電解槽を直接連結させて電力網への接続を省略することで、グリーン水素の製造コスト削減を狙う。33の企業・研究機関が参画する。

TransHyDEでは、水素の輸送方法を研究・実証するプロジェクトを行う。水素製造地から離れた需要地への安全で効率的な輸送方法が求められる中、同プロジェクトでは、高圧タンクでの輸送や、既存のガスパイプラインを使った輸送、アンモニア、LOHC(注3)を活用した輸送などが研究・実証される。83の企業・研究機関が参画する。例えば、同プロジェクトの一環として行われる「GET H2 Nukleus」では、2024年までにドイツ北部ニーダーザクセン州リンゲンと西部ノルトライン・ウェストファーレン州ゲルゼンキルヒェン間の約130キロを結ぶ構想だ。リンゲンの風力発電所と電解槽でグリーン水素を作り、既存のガスパイプラインを水素用に改造してグリーン水素を輸送、ゲルゼンキルヒェン周辺にある工場でのグリーン水素の利用を目指している。

ここまで見てきたとおり、ドイツでは、欧州外でのグリーン水素の生産・調達に向けた仕組みづくりを進め、同時に、生産・輸送のための研究開発や実用化に向けた実証も進めている。2023年には国家水素戦略の更新も予想されており、水素社会実現に向けたより具体的な道筋が示されることが見込まれる。


注1:
国家水素戦略では、生成方法によって水素を以下の4つの「色」に分類し、区別している。
  • グリーン:再生可能エネルギー由来の電力を利用して水を電気分解して生成される水素。二酸化炭素(CO2)フリー。
  • ブルー:CO2回収・貯蔵プロセス(CCS)の過程で生成される水素。水素はCO2分離回収の過程で生じるため、水素生成の観点で見ると、CO2は排出していないと見なすことができ、カーボン・ニュートラル。
  • ターコイズ:メタンの熱分解により生成される水素。熱分解装置が再生可能エネルギーによって運転され、かつ生成過程で生ずる固体炭素がCO2として大気中に放出されない場合にはカーボン・ニュートラル。
  • グレー:化石燃料を原料とし、生成過程でCO2が大気中に放出される水素。
注2:
ドイツ企業を中心とするドイツのその他の水素関連プロジェクト例は、2021年3月18日付地域・分析レポートを参照。
注3:
液体有機水素キャリア(Liquid organic hydrogen carriers)の略。化学反応によって水素を吸収・放出できる有機化合物。
執筆者紹介
ジェトロ・デュッセルドルフ事務所 ディレクター
作山 直樹(さくやま なおき)
2011年、ジェトロ入構。国内事務所運営課、ジェトロ金沢、ジェトロ・ワルシャワ事務所、企画課、新産業開発課を経て現職。

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