特集:各国が描く水素サプライチェーンの未来2030年までにグリーン水素100万トンの生産目指す(オマーン)

2023年6月9日

湾岸産油国においては、アラブ首長国連邦(UAE)やサウジアラビアが脱炭素や水素製造の分野でリードしている。両国は再生可能エネルギー(再エネ)の活用にも注力する一方で、豊富な石油・ガス資源を生かしてブルー水素・アンモニアの生産にまずは取り掛かっている(注1)。その中で、産油国ではあるものの原油・ガスの生産量は他国に劣り、可採年数も20年以下とされているオマーンは、再エネを推進しながら、グリーン水素・アンモニアの生産事業に今後のエネルギー戦略の活路を見いだしている。

脱炭素推進の軸としてグリーン水素生産に注力

2022年10月、ハイサム・ビン・ターリク・アル・サイード国王は、2050年までに温室効果ガス(GHG)排出量ネットゼロ(いわゆる「カーボン・ニュートラル」)の達成を目指す王令に署名した。2020年には、気候変動への取り組みに関する「パリ協定」(注2)へのコミットメントとして、2030年までに同年のBAU(Business As Usual)シナリオに基づく排出量と比較してGHG排出量を7%削減する目標を定めている。

それらの目標達成のため、オマーンの「ネットゼロ戦略」の軸となるのがグリーン水素だ。

2022年11月には環境庁が、ネットゼロ目標達成への道筋を描いた「ネットゼロへの秩序ある移行のためのオマーン国家戦略PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(18.3MB)」を発表した。その中で、水素は「脱炭素に導くテクノロジーの1つ」と位置付けられている。また、製造業や物流などの産業への活用も見据え、経済成長の動力源としていくとしている。

エネルギー鉱物資源省のサーリム・ビン・ナセル・アル・ウーフィー大臣は、「グリーン水素は、脱炭素はもとより、経済およびエネルギー安全保障を追求するための重要なベクトルだ。オマーンは再エネ資源に恵まれており、同分野の適切な構造化によって、世界的に見ても、競争力のあるグリーン水素を大規模に生産するうえで最も魅力的な国の1つに位置付けられる」と発言している(表1参照)。オマーンを含む中東湾岸諸国は、砂漠地帯が多いため地価が安く、豊富な日射量を最大限に生かすことができるため、太陽光発電に適した地域だ。加えて、インド洋に面したオマーンは同地域で最も風力が強く、風力発電の適地でもある。国内では太陽光、風力いずれについても発電所がすでに稼働中で、新たなプロジェクトも順次発表されている。

表1:オマーンにおける水素政策
目標 水素の製造方法 水素の利用用途/目標 水素戦略名称 主な所管省庁 公的投資額
製造/供給 貯蔵・輸送 利用 供給コスト
年間生産量
2030年までに100万トン
*グリーン水素
国営物流会社Asyadが担当し、港湾含む輸送インフラ整備を進める 主に輸出を想定 2025:USD2.0/kg
2035:USD1.5/kg
※グリーン水素
再エネ+電解槽 主に輸出を想定 グリーン水素戦略(2022年10月) エネルギー鉱物資源省 2050年までに1,400億ドルを水素産業に投資

出所:オマーン外務省、Asyad Group「The Potential Hydrogen Transition for Ports in the Sultanate of Oman 2022-2023」、Qamar Enegy、オマーン国営「オマーン・デイリー・オブザーバー」紙からジェトロ作成

政府は、こうした脱炭素の潮流、そして再エネに適した地理的特性を生かし、グリーン水素事業推進のための意欲的な政策を打ち出している。具体的には、2050年までに水素産業に1,400億ドルを投資し、2030年までに100万トンを生産する目標を掲げている。同時に、新会社「ハイドロジェン・オマーン」〔通称「ハイドロム(Hydrom)」〕を設立した。同社は、国営オマーン・エネルギー開発公社の子会社として、オマーンの水素事業の実行を担う。生産した水素の用途としては、その活用により国内需要が拡大する可能性もあるが、基本的にはアジアや欧州などの国外マーケット向けに、必要に応じてアンモニアなどに置換したうえで輸出することが想定されている。

グリーン水素・アンモニアのプロジェクトを複数構想

世界的に見て、グリーン水素関連プロジェクトは最終投資決定(FID)に至っていないものが大半な中、オマーンではFIDに近い案件が複数存在する。現在、公になっている最大のプロジェクトは、国営石油・ガス会社OQが主導するウスタ県のグリーン水素生産設備を中心とするものだ。2028年に着工予定で、25ギガワット(GW)の太陽光・風力発電所を建設し、2038年までに年間175万トンを生産する計画で、FIDに向けて検討が進んでいる。香港のインターコンチネンタル・エナジー、クウェートのエネルテックが参画している。他にも、オマーン経済特区開発公社(Tatweer)と、いずれも太陽光発電を手掛けるアクメ(インド)、スカテック(ノルウェー)の3社が、オマーン中部のドゥクムでグリーン水素・アンモニアの生産プロジェクトを発表している。25億ドルを投資し、日量2,200トンのグリーンアンモニア生産を目指す。同じくドゥクムでオマーンとベルギーが共同で開発する「ハイポート・ドゥクム」においては、ベルギーのDEMEグループとグリーン水素・アンモニアを生産する(表2参照)。これら以外にも、複数のプロジェクトが次々と発表されている状況だ。

表2:オマーンにおける主要水素プロジェクト概要(-は値なし)
国・地域名 プロジェクト名 生産・貯蔵・輸送・利用 水素の種類(生産技術) 規模(生産量、設備容量) 稼働開始(予定)時期 総投資額 参画企業
オマーン・ウスタ県 生産 グリーン 175万トン/年 2032年。
2038年までにフルキャパシティ。
300億ドル OQ(オマーン国営石油・ガス会社)、
InterContinental Energy (香港)
Enertech(クウェート)
オマーン・ドゥクム 生産 グリーン 21.6万トン/年 2025年 25億ドル Tatweer(オマーン経済特区開発公社)
ACME(インド)
Scatec(ノルウェー)
オマーン・ドゥクム HYPORT Port of Duqm 生産 グリーン 18万トン/年 2026年 非公開 OQ(オマーン国営石油・ガス会社)、
オマーン経済特区・フリーゾーン公社(OPAZ)
DEME(ベルギー)
Uniper(独)

出所:各社プレスリリース、Qamar energy、Facts Global Energy、「ガーディアン」紙などを基にジェトロ作成

政府間の動きとしては、2022年12月に日本の西村経済産業相がオマーンを訪問した際、ウーフィー・エネルギー鉱物資源相との間で、「水素・アンモニア及びメタネーションを含むカーボンリサイクルに関する協力覚書(MOC)」に署名、またエネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)とエネルギー鉱物資源省の間で「水素・アンモニアを含むエネルギー分野に関する協力覚書(MOC)」が締結されたことが挙げられ、日本もオマーンとの協力関係構築に向けて動き出している。

また、2021年9月には「オマーン・グリーン水素サミット」をマスカットで開催し、オマーンでの水素ビジネスの可能性を国内外にアピールした。2022年12月に第2回サミットが開催され、第3回は2023年12月を予定している。海外からの投資を呼び込むことに加え、近年は原油価格の高騰によって国家財政が好転していることから、原油・ガスの収入を再エネへの投資に回しやすい状況になっているともいえ、グリーン水素への取り組みのさらなる加速が期待される。

水素産業の一大拠点となる可能性を秘めるドゥクム

オマーンの中でも、再エネや水素を中心としたグリーン関連プロジェクトが多く立ち上がっているのが、中部に位置するドゥクムだ。近郊に大都市がなく広大な土地が広がっており、海に面しているため強い風が吹くのが特長だ。2011年にドゥクム経済特区機構(Special Economic Zone at Duqm:SEZAD)を設立し、国内に4つ存在する経済特区の1つとして開発が進められている。2,000平方キロ(東京都の面積とほぼ同一)の土地を指定して、港湾などインフラを整備し、重・軽工業誘致のための各種インセンティブを設定している。主要プロジェクトとしては、港湾、船舶用ドライドック、製油所が建設されている。また、新設が発表され注目を集めているのが「グリーン・エネルギー・ゾーン」だ。OQとエネルテックが中心となり、中東地域で最大規模となる、最大発電キャパシティ25GW規模の太陽光・風力発電所の建設が計画されている。それを電源として年間175万トンのグリーン水素、年間1000万トンのグリーンアンモニアを製造する計画が構想されており、ドゥクムは中東のグリーン水素・アンモニアの一大生産拠点となる可能性を秘めている。


ドゥクム「グリーン・エネルギー・ゾーン」予定地。
平らな土地が続き、整地が簡単。遠くに送電線が見える。(2022年3月時点、ジェトロ撮影)

水素に限らず、重・軽工業に関しても、操業できる用地を開発し、30年間の税免除、製造にかかる機器や原料の輸入関税免除、100%外資の許可などのインセンティブを設け、外資企業の誘致に取り組んでいる。三井物産は、2023年4月にドゥクム経済特区において神戸製鋼と共同で、将来的に水素の利用も想定した低炭素の鉄源製造プラントの事業化の検討を開始したと発表している。

ドゥクム以外でも、北部のソハールや南東部のドファール県では、主要港を持ち輸出がしやすいという地理的要因を生かして、複数の水素・アンモニアのプロジェクトが立ち上がっている。丸紅は、ドファール県のサラーラでOQなどと共に、太陽光・風力発電を元にしたグリーン水素・グリーンアンモニアの生産プロジェクトを計画している。


注1:
両国の脱炭素および水素に関する取り組みは以下の地域・分析レポートを参照。
注2:
2015年12月にフランスのパリで開催された国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議(COP21)で採択された、2020年以降のGHG排出削減などの気候変動抑制に関する多国間協定。
執筆者紹介
ジェトロ・ドバイ事務所
山村 千晴(やまむら ちはる)
2013年、ジェトロ入構。本部、ジェトロ岡山、ジェトロ・ラゴス事務所を経て、2019年12月から現職。執筆書籍に「飛躍するアフリカ!-イノベーションとスタートアップの最新動向」(部分執筆、ジェトロ、2020年)。

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