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特集:変わるアジアの労働・雇用環境と産業界の対応コロナ拡大が失業率、企業の労務管理に強く影響(インドネシア)

2021年11月12日

インドネシアでは、新型コロナウイルス感染拡大に伴う経済活動制限によって、失業率が大幅に悪化した。また、2021年7月には多くの駐在員が一時的に退避帰国するなど、労務面で大きな影響が出た。他方、大型の規制改革である雇用創出法の成立で、最低賃金上昇率の緩和や、契約社員の雇用条件の緩和、退職金支払額の一部削減など、労務管理上の重要な変更も見込まれる。本稿では、現地の日系企業に対して行ったアンケートやヒアリングを踏まえ、新型コロナを経て変わる労務や雇用環境を報告する。

失業率は改善傾向、感染再拡大の影響を懸念

新型コロナ感染拡大は、インドネシアの雇用環境に大きな影響を与えた。インドネシア中央統計庁(BPS)が発表した失業率は、2020年2月に4.94%だったが、翌3月からの感染拡大を受けて、政府が経済活動の制限措置を導入したことで、8月に7.07%まで急増した。特に都市圏の数値は8.98%、非都市圏は4.71%で、都市の失業者増加が深刻だった。その後、感染が小康状態となるに従い、失業率は2021年2月に6.26%まで回復した。依然として都市圏は8.00%で非都市圏(4.11%)より高いものの、2020年8月以降の半年間で失業者が102万人減少したとされる(図1参照)。

2021年8月の失業率は発表されていないが、専門家は、同年6月以降に政府が導入した厳しい行動制限が失業率に悪影響を与えた可能性を指摘する。インドネシア経済改革センター(CORE)のエコノミストのアフマド・アクバル・スサムト氏は「2021年8月の失業率の状況は2021年2月よりも悪化する可能性がある」とし、7.15%~7.35%となると予測した(7月27日、Katadata.co.id)。

図1:失業率の推移(2017~2021年)
インドネシアの失業率は2017年2月に5.33%で、2019年8月まで約5%前後だった。しかし、2021年8月に7.07%まで急増し、2021年2月には6.26%となった。

出所:インドネシア中央統計庁(BPS)

安全確保とワクチン接種のため、駐在員の帰国増加

新型コロナが企業の労務面に与えた影響として、まず、駐在員の一時的な退避を挙げたい。デルタ型変異株の拡大などで、2021年6月下旬から感染状況が急速に悪化し、7月15日にはこれまでで最多となる1日当たり5万6,757人の感染者を記録した。駐在員の安全確保に加え、8月1日から始まった日本での海外在留邦人向けワクチン接種プログラムを受け、7月には日系企業の駐在員の一時帰国の検討が急速に進んだ。さらに、東京や大阪、名古屋向けに特別便が数回運航され、7月中旬以降、一時帰国の動きに拍車がかかった。

同時期にジェトロが在インドネシア日系企業を対象に実施した「一時帰国にかかるアンケート」(実施期間:7月16~23日、有効回答数127社)によると、回答企業の8割が一時帰国を決定あるいは検討していた(2021年8月10日付ビジネス短信参照)。駐在員の一時帰国を決定しているかとの設問には、55.9%(71社)が「既に決定している」と回答した(図2参照)。「検討中」を含めると、82.7%が一時帰国に向けた対応をしている結果となった。また、一時帰国の実施時期については、8月を挙げる企業が42.6%で最も多く、次いで7月(38.6%)だった。この結果から、7~8月にかけて日系企業の間で高い割合で駐在員の帰国が進んだことがわかる。

図2:駐在員の一時帰国実施が決定しているかどうか(N=127、%)
駐在員の一時帰国が決定している割合は、回答数127社のうち、55.9%。検討中が26.8%、検討していないが17.3%だった。

出所:ジェトロ「一時帰国に関するアンケート」

同アンケートでは、一時帰国にかかる懸念について、日本行きの航空券が取りにくいことや、インドネシアへの再入国にワクチン接種が必要なため一時帰国が長期になってしまうこと、一時帰国中にインドネシアが入国規制を強めて再入国できなくなる可能性があることなどが挙がった。特に多かったのは、一時帰国が現地のオペレーションに与える影響で、日本人不在中の工場の操業や現地従業員の労務管理、突発事項への対応などへの懸念だった。この点から、駐在員不在期間の労務管理を含めた日々のオペレーションが主要な問題となっていたことがわかる。

その後、8月下旬には、インドネシアの新型コロナ感染がピークアウトしたため、日本でワクチン接種を終えた駐在員が再入国するケースが増加した。9月中旬には、7月下旬から停止していた訪問査証や一時滞在査証の発給も再開され、入国規制が緩和したことから、新規駐在員の渡航増なども期待されている状況だ。

一時帰国した駐在員の多くは再入国しているとみられるが、新型コロナは中期的な駐在員の増減にも影響を与えた可能性がある。ジェトロが2020年12月に在インドネシア日系企業に行ったアンケートでは、新型コロナ禍で事業戦略の見直しを行うと回答した企業87社のうち、21社が過去に駐在員の削減を行っていると回答し、20社が駐在員の削減を検討していると回答していた(第2回在インドネシア日系企業の新型コロナウイルスに関わる緊急アンケート)。中小企業などでも遠隔で現地職員を管理しようとする企業が増えたことで、駐在員削減の動きが進むのか注目したい。

従業員の安全確保では、企業負担のワクチン接種実施

次に労務面で影響が大きかったのが従業員の感染対策だ。インドネシア政府は、社会制限や行動制限などで業種別に出勤率を制限してきた。直近では2021年9月20日まで、エッセンシャルセクターとクリティカルセクター(注)以外の産業は、100%在宅勤務としていた。エッセンシャルセクターやクリティカルセクターでも、業種や職種などに応じて、従業員出勤率を25%~100%に制限した。企業内の感染者増も影響し、生産体制の維持が課題となる企業が増加した。

従業員の感染増への対策については、企業単位でワクチン接種を受ける動きも進んだ。インドネシア政府は、無料のワクチン接種プログラムに加え、企業が費用を負担して従業員がワクチン接種を受けることができる相互扶助ワクチン接種プログラムを導入した(2021年5月21日付ビジネス短信参照)。同プログラムを管理するインドネシア商工会議所によると、5月19日時点で日系企業を含む2万2,736社が接種登録していた(5月19日、medcom.id)。西ジャワ州に所在する輸送用機器製造業A社によると、インドネシア人従業員の安全確保の点で、政府の行動制限順守の呼び掛けとともに、相互扶助ワクチン接種プログラム参加によるワクチン接種を推進しているという。インドネシアの大手商業銀行でも同様に、政府の制限に応じた在宅勤務の実施と、相互扶助ワクチン接種プログラムの促進を行い、従業員の安全確保に努めた。

新型コロナ下でも最低賃金上昇

さらに、新型コロナ禍の中で労働法改正を含む大型の規制改革が断行されたことも注目だ。まず、背景事情を説明すると、インドネシアでは従来、ビジネス環境上の大きな課題として、高い賃金上昇率が挙げられてきた。ジェトロが2020年8~9月に行った2020年度 海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)PDFファイル(2.83MB)では、インドネシアのビジネスのメリットとして「賃金の安さ」を挙げる企業が約2割だったものの、一方で「賃金上昇率の高さ」をデメリットと捉える企業が約6割を占めた。つまり、非製造業など一部では他のASEAN諸国と比較しても安価だが、製造業では高い賃上げ率が大きな課題だった。

インドネシアでは、政府が最低賃金を決め、その後、同水準を上回るかたちで県・市別最低賃金(UMK)やセクター別最低賃金(UMSK)が定められる。特に製造業では、所在地や業種によって賃金上昇率が高めに設定されがちだ。新型コロナで全般的に業績が悪化した2020年も、2021年の賃上げが決定された(表参照)。最も賃金上昇率が高いのがブカシ県、賃金額が最も高いのがカラワン県と、いずれも日系製造業が集積する同地域で賃金水準が高い。

表:主要都市・地域の最低賃金月額
No. 地域 2020年
最低賃金月額
(ルピア)
2021年最低賃金月額 前年比
増加率
ルピア 日本円(注)
1 ジャカルタ首都特別州 4,276,350 4,416,187 33,121 3.27%
2 西ジャワ州 1,810,351 1,810,351 13,578 0.00%
3 階層レベル2の項目ブカシ市 4,589,709 4,782,936 35,872 4.21%
4 階層レベル2の項目ブカシ県 4,498,962 4,791,844 35,939 6.51%
5 階層レベル2の項目カラワン県 4,594,325 4,798,312 35,987 4.44%
6 階層レベル2の項目プルワカルタ県 4,039,068 4,173,569 31,302 3.33%
7 階層レベル2の項目デポック市 4,202,106 4,339,515 32,546 3.27%
8 階層レベル2の項目ボゴール市 4,169,807 4,169,807 31,274 0.00%
9 階層レベル2の項目ボゴール県 4,083,670 4,217,206 31,629 3.27%
10 階層レベル2の項目バンドゥン市 3,623,779 3,742,276 28,067 3.27%
11 バンテン州 2,460,996 2,460,997 18,457 0.00%
12 階層レベル2の項目タンゲラン市 4,199,029 4,262,015 31,965 1.50%
13 階層レベル2の項目タンゲラン県 4,168,268 4,230,793 31,731 1.50%
14 階層レベル2の項目南タンゲラン市 4,168,268 4,230,793 31,731 1.50%
15 階層レベル2の項目セラン県 4,152,887 4,215,181 31,614 1.50%
16 階層レベル2の項目チレゴン市 4,246,081 4,309,773 32,323 1.50%
17 中部ジャワ州 1,742,015 1,798,979 13,492 3.27%
18 階層レベル2の項目スマラン市 2,715,000 2,810,025 21,075 3.50%
19 階層レベル2の項目スマラン県 2,229,880 2,302,798 17,271 3.27%
20 階層レベル2の項目デマック県 2,432,000 2,511,526 18,836 3.27%
21 階層レベル2の項目クンダル県 2,261,775 2,335,735 17,518 3.27%
22 ジョグジャカルタ特別州 1,704,608 1,765,000 13,238 3.54%
23 階層レベル2の項目ジョグジャカルタ市 2,004,000 2,069,530 15,521 3.27%
24 東ジャワ州 1,768,777 1,868,777 14,016 5.65%
25 階層レベル2の項目スラバヤ市 4,200,479 4,300,479 32,254 2.38%
26 階層レベル2の項目グレシック県 4,197,030 4,297,031 32,228 2.38%
27 階層レベル2の項目シドアルジョ県 4,193,581 4,293,582 32,202 2.38%
28 階層レベル2の項目パスルアン県 4,190,133 4,290,133 32,176 2.39%
29 階層レベル2の項目モジョケルト県 4,179,787 4,279,787 32,098 2.39%
30 階層レベル2の項目マラン県 3,018,275 3,068,275 23,012 1.66%
31 リアウ諸島州 3,005,460 3,005,460 22,541 0.00%
32 階層レベル2の項目バタム市 4,130,279 4,150,930 31,132 0.50%
33 階層レベル2の項目ビンタン県 3,648,714 3,648,714 27,365 0.00%

雇用創出法成立で雇用環境に変化

新型コロナが猛威を振るう中、2020年11月に制定された雇用創出法2020年11号(2021年2月19日付ビジネス短信参照)がこうした状況を変えつつある。同法とその細則の1つである政令2021年第36号によって、UMSKが撤廃されたほか、最低賃金を算出する計算式が変更となることが発表された。労働省は2022年の州最低賃金の設定に当たり、法律2020年第11号と政令2021年第36号に従い、各地のマクロ経済情勢と雇用状況に基づく算定基準を用いる方針を示し、全国賃金評議会(Depenas)などとの交渉に入っている。これにより賃金上昇率の緩和が期待される。他方、イダ・ファウジア労働相は「新型コロナウイルスのパンデミックに直面している状況では、公正な賃金システムの構成自体が難しくなっている」と、最低賃金の決定に新型コロナウイルスが与える影響の大きさを示唆している(9月22日「コンパス」紙)。

2022年の最低賃金がマクロ経済に関する統計情報を基に決定されることについて、全インドネシア労働者組織(OPSI)の事務総長のティンボエル・シレガール氏は「組合が(政府と)交渉できる余地がなくなった」として、否定的な見方をしている(9月9日「ビスニスインドネシア」)。法定最低賃金が企業の順守すべき下限を設定するのに対し、それを上回る従業員の昇給などについては、各企業が定める労働協約や労使交渉によって決定される。そのため、今後は労働組合が個別企業との交渉に注力する可能性もある。各企業では今後、労使交渉が難航する可能性もありそうだ。

また、雇用創出法では、契約社員の有期雇用期間に関し、最長契約期間を3年から5年に延長した。最低契約期間(従来は初回契約時2年、更新時1年)や契約更新回数の制限も撤廃した。そのため、以前よりも柔軟性をもった契約社員の雇用が可能となっている。退職金についても、これまで退職時の支給が義務だった損失補償金(退職手当と功労金の15%)が一部削除されたことや、定年退職時の退職金支給倍率が2倍から1.75倍に引き下げられた。

労務管理上の重要な変更が見込まれる一方で、課題もある。こうした変更点について、インドネシア進出済みの日系企業は、既に運用している就業規則や労働協約と整合しない場合、それらを変更するために従業員や労働組合の合意を取り付ける必要がある。日系コンサルティング企業によると、労働協約改定がスムーズに行われるかは、現状の記載内容や労使関係によるところが大きい。企業によっては今後、労働組合との関係が一番のネックになるとみられる。


注:
エッセンシャルセクターは、金融機関、証券取引所、保険会社、質屋、資本市場、情報通信技術関連産業(携帯電話事業者、データセンター、インターネット事業者、郵便、メディアなど)、隔離業務を行わないホテル、輸出志向型および裾野産業。クリティカルセクターは、保健、セキュリティー、災害対応、エネルギー、物流・運輸・郵便、飲食品関連産業、石油化学、セメントおよび建築材料、国の重要施設、国家戦略プロジェクト、建設(電気通信や放送インフラを含む公共インフラ)、電気・水道・廃棄物管理(基礎ユーティリティー)。
執筆者紹介
ジェトロ・ジャカルタ事務所
尾崎 航(おざき こう)
2014年、ジェトロ入構。生活文化産業企画課、サービス産業課、商務・情報産業課、デジタル貿易・新産業部 EC・流通ビジネス課を経て、2020年9月から現職。

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