特集:変わるアジアの労働・雇用環境と産業界の対応 移民減で労働者確保が困難に、在宅勤務は常態化(オーストラリア)
新型コロナ対策が変化をもたらす

2021年10月6日

オーストラリアでは、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、入国制限や外出制限などの厳格な措置が講じられた。その結果、経済は平常化しつつある。一方で、移民数の激減によって企業は労働者の確保が困難になっている。また、外出制限によって在宅勤務が常態化した。多くの企業で、在宅勤務とオフィス勤務を組み合わせた「ハイブリット型」の勤務態勢が取り入れられている。

本稿では、新型コロナ禍下のオーストラリアの労働市場や働き方の変化について紹介する。

労働市場で入国制限による移民減少の影響大

オーストラリアでは、新型コロナウイルス感染拡大を防ぐため、2020年3月から原則として国民の海外渡航を禁止。外国人の入国も制限するとともに、飲食店などの営業制限や外出制限を実施するなど、早期に厳格な措置を講じた。その後、制限措置は段階的に緩和された。ただし、クラスターが発生した地域では、州や地域単位で厳格に外出を制限。隣接する州が州境を閉鎖するなどの移動制限を課した。観光業や宿泊・飲食業をはじめ、制限措置によって大きな打撃を受けた国内経済に対しては、賃金補助や減税措置などGDP比14.7%相当の経済支援策を実施した。その結果、オーストラリア経済は2020年上半期に2四半期連続でマイナス成長を記録し、29年ぶりに景気後退入りしてしまった。とはいえ、2020年第3四半期(7~9月)以降は3四半期連続でプラス成長となり、回復傾向をみせている。

労働市場をみると、失業率は2020年7月に7.5%まで悪化した。しかし、11月以降は8カ月連続で改善して2021年6月には4.9%まで低下。新型コロナ感染拡大前となる2020年3月(5.3%)を下回る水準まで回復した。また、オーストラリア・ニュージーランド銀行の調査による求人広告件数も、2020年6月以降13カ月連続で増加を記録している。

一方、企業は労働者の確保に苦戦している。オーストラリア統計局(ABS)が2021年6月に実施した企業景況感調査によると、回答企業の19%が人手不足の状態にある。また、27%が「適切な人材を見つけることが難しい」と回答した。飲食業では、シェフなどの技能労働者や留学生の減少による人手不足の影響が深刻だ。その結果、店舗の営業時間の短縮なども必要になっている。また、鉱業では、鉱物資源探査の需要が高まる中、熟練技術者の不足が深刻化。西オーストラリア州ではその傾向が顕著という。その結果、一部の業界では賃金を引き上げて人材を確保する動きが見られ、特に情報通信業や鉱業でその傾向が顕著だ。

人手不足の背景には、感染拡大防止のための入国制限措置によって移民が減少している要因も大きい。オーストラリアではこれまで自然増(出生数から死亡数を差し引いた数)と社会増(移民)によって人口が増加してきた。例えば、2019年末時点の人口増加(前年比1.5%増)のうち6割が移民増によるものだった。しかし、2020年末の人口増加率は大幅に落ち込んだ(同0.5%増)。当年の移民数は激減し(同98.7%減)、人口増加率に占める移民増の割合はわずか2.4%だった。

こうした状況に、連邦政府は2020年9月、「優先移民技能職業リスト(PMSOL)」を策定。医療や建設、ITなどの重要な産業で緊急性の高い技能移民を受け入れるのが狙いで、技能ビザの対象職種の中で優先審査する職種を指定した。2021年6月にはPMSOLの対象とする技能ビザを41職種まで拡大し、会計士や電気・土木・鉱山エンジニア、プログラマー、シェフなどを新たに追加した。また、学生ビザ保持者に対しては、就労時間の制限を2週間につき40時間までとしていたところ、人手不足となっている観光・飲食業で働く場合は40時間以上の就労を認めた。

入国制限措置そのものにも動きがある。連邦政府は2021年7月、入国後の隔離措置や行動制限措置などを4段階で緩和する計画を発表した。この計画では、第2段階で、学生ビザ保有者やビジネス関連ビザ保有者の入国について、入国上限数を設けた上で許可するとした。ただし、各段階への移行はワクチン接種率の達成度合いによって判断するともされた。

多くの企業が今後も在宅勤務継続

新型コロナ感染拡大当初の全国的な外出制限に続き、クラスターが発生した州や地域単位での断続的な制限措置の実施に伴い、多くの企業が在宅勤務を取り入れ、継続して実施している。ABSが2021年4月に実施した企業景況感調査によると、回答企業の20%が新型コロナ以前から在宅勤務を導入していた。その後、新型コロナ対策として、さらに22%の企業が在宅勤務を導入。現在も30%の企業で、従業員が在宅勤務実施中だ。また、そのうち60%の企業が「今後も在宅勤務の習慣が続く」と回答したとする。、在宅勤務のメリットとしては、「従業員の福利(well-being)改善」(45%)や「生産性向上」(26%)が挙げられた。企業からは「在宅勤務導入によって働き方の柔軟性が向上し、通勤時間が短縮され、ワークライフバランスが改善された」とのコメントが寄せられたという。

オーストラリア不動産評議会が中央商業地区(CBD)の利用者600人を対象に行った調査によると、回答者の70%が新型コロナ収束後も在宅勤務を取り入れた柔軟な勤務形態を望んでいる。希望する出社日数は週平均3.3日で、月曜日と金曜日の出社希望が最も少なかった。また「シドニー・モーニング・ヘラルド」紙がオーストラリアの大手企業50社に実施した調査によると、多くの企業が在宅勤務とオフィス勤務を組み合わせた「ハイブリッド型」を維持する方針という。例えば、ソフトウエア企業アトラシアンは在宅勤務を恒久化。同社が拠点を有する国なら世界中どこからでも働くことができるとする新たな制度を導入した。また、ビクトリア州政府は同州の公務員に対し、週3日だけをオフィス勤務とする柔軟な勤務態勢を導入すると発表した。

在オーストラリア日系企業でも、在宅勤務の導入が進む。ジェトロが2020年8~9月に実施した「2020年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」によると、新型コロナによる管理や経営体制の見直しとして、回答企業の76.7%が「在宅勤務やテレワークの活用拡大」を実施したと回答した。一方で、在宅勤務時の従業員のパフォーマンス管理が今後の課題とする声も聞かれる。

執筆者紹介
ジェトロ・シドニー事務所
住 裕美(すみ ひろみ)
2006年経済産業省入省。2019年よりジェトロ・シドニー事務所勤務(出向) 。