特集:変わるアジアの労働・雇用環境と産業界の対応 新型コロナがインフォーマルセクターに大きな打撃(パキスタン)
ロックダウンに在宅勤務などで対応する企業も

2021年10月6日

パキスタンでは、新型コロナウイルス感染拡大防止を期し、連邦政府と州政府、両方のレベルで措置が取られている。対策にあたっては、企業経営や雇用維持にも配慮された。しかし、インフォーマルセクターの労働者が多いのが同国だ。新型コロナウイルス禍は、こうした層が働く建設業などの現場で大きかった。

この状況下、ロックダウンに直面した企業などにはリモート勤務環境の整備や配置転換などで、厳しい労働・雇用環境を乗り切ろうとする取り組みもみられた。進出日系企業や地場企業などへのヒアリングを踏まえて、コロナ禍下の労働・雇用環境とその対応を伝える。

連邦政府と州政府、感染防止と雇用維持に苦慮

パキスタンでは、2020年2月末に新型コロナウイルスの初感染が確認された。その後、感染は急拡大。未知の感染症に国民の不安が高まった。しかし、イムラン・カーン首相率いる連邦政府は、都市封鎖(ロックダウン)導入には消極的。飲食店や映画館などの閉鎖、公共交通の制限など段階的に人の動きを制限するにとどめた。国民の下位25%は貧困ライン以下で生活することから、ロックダウンはその生活を直撃するというのが、その理由だった。

ただし、3月24日には、打撃を受けやすい低所得者への現金給付などの社会的弱者救済と、企業経営と雇用の維持を目的とした総額1兆1,000億ルピー(約7,260億円、1ルピー=約0.66円)規模の大型緊急経済対策を発表。その後短期間で実行に移した。パキスタンでは、いわゆるインフォーマルセクター(注1)労働者の比率が非常に高い。非農業部門の労働人口の72.6%がインフォーマルセクターに属する(注2)。その多くは、日雇いなどの低賃金労働者といわれる。

一方で最大商都カラチを擁するシンド州政府は、3月23日から15日間のロックダウンを発令。企業や工場、商店などの閉鎖、不要不急の外出禁止を義務付けた。ロックダウンはその後数度にわたって延長され、6月2日の再開許可まで2カ月を超えて実施された。同時に、州政府は州令でロックダウン中の企業による一時解雇(レイオフ)や賃金不払いなどを禁止し、労働者保護をいち早く打ち出した。これはその後、「2020年シンド州COVID-19緊急救済法」となり、2020年7月7日に、4月1日にさかのぼって施行された(注3)。とはいえ、ある弁護士はジェトロの取材に対し、「法の執行状況を確認するのは市などの自治体だ。しかし、実際のところ、自治体は工場や職場への主体的なランダム検査はしていない。工場労働者や従業員から違法行為についての苦情を受けて初めて検査を行うだけだ。そもそも、苦情が寄せられたというのを聞いたことがない」とコメント。実効性に疑問符をつける。

あわせてこの弁護士は、ロックダウンに関連したホワイトカラー層にみられた2つの労使トラブル事例を挙げた。「ある国際チェーン系のホテルは、複数の従業員をレイオフした。これに対し、従業員がまとまって法律事務所に相談。法律事務所からホテル経営陣に対してレイオフの正当性を裁判で争うことを書面で伝えたら、その後ホテル側が雇い戻した」という。これは労働者側の成功例だろう。しかし、「州政府はロックダウンによるレイオフを禁止したにとどまる。(それ以外の事由による解雇は制限されないため)ある企業経営者は常習的遅刻などの規律違反を理由に従業員をレイオフした。この従業員は、法的措置を取ることができなかった」とも補足。経営者が巧妙に従業員を解雇する例があることを指摘した。

ホワイトカラーでもこういう現実がある中で、ブルーカラー労働者への影響はさらに大きい。労働組合への参加率を見ても、「フォーマルセクター」の労働者でさえ15.6%、インフォーマルセクターでは2.7%にすぎない(注2)。パキスタンでは一般に経営者の力が圧倒的に強い。労働者は解雇を避けるために雇用主の言いなりになるしかない現実がある。

コロナ禍で、特に建設業などの労働者に影響

パキスタンでは2017-2018年度以降、雇用統計が発表されていない。そのため、統計から新型コロナの雇用への影響がつかめないのが実情だ。そこで、開発・特別イニシアテチブ計画省とパキスタン統計局は2020年12月に、コロナ禍での雇用や生活への影響について緊急サンプリング調査を実施した(注4)。この調査によると、コロナ禍前(2020年1~3月)の労働者数は5,574万人いた(10歳以上の人口の35%に当たる)。しかし、感染第1波によるロックダウンの影響を受けたコロナ禍中(4~7月)には同22%の3,504万人にまで落ち込んだ。その後(8~10月)に、5,256万人(同33%)にV字回復したと推計した。

その際に最も打撃を受けたのは建設業だ。何らかの影響が及んだのは、実に従事者の80%に上る。その内訳は「失業」が59%、「収入減」が21%だった。同様に、製造業(影響あり72%:失業58%、収入減14%)、輸送・倉庫業(同67%:失業55%、収入減12%)の順となった。作業現場を持つ業種ほど在宅勤務が難しい。ロックダウンにより、特にブルーカラー労働者が過酷な状況に追い込まれたと理解される。

事実、カラチではコロナ禍で物取り犯罪が急増した。2020年中の強盗は同50.5%増の5,872件、窃盗が同58.5%増の1万4,253件と、金品を狙った犯罪が急増した(注5)。殺人が前年比2.3%増の395件にとどまったのとは対照的だ。これはまさしく、困窮した庶民がその日の糧を得るために犯罪に走ったものと言えよう。

コロナ禍に勤務在宅化や配置転換で対応する企業も

初めて経験するロックダウンにより、少なからず混乱が見られた。ただし、企業や公官庁などは在宅勤務を導入し、オンライン会議などで業務を継続した。日本では、書類押印のために出勤を余儀なくされた例があったと聞く。パキスタンでも同様だ。「サインが必要なために出勤したり、あるいはサインが必要な書類や小切手を社用車で幹部宅に毎日定期的に配送したりすることで対応した」(パキスタン企業)という声が聞かれた。また「社内でIT化を推進した。といっても、クラウドに共有サーバーを作るという基本的な対応に過ぎない。それまでは個々の社員が自分の業務用PCに仕事用のファイルを格納していた。Wi-Fiルータも支給し、リモート勤務環境を整えた」(進出日系企業)など、各社それぞれロックダウン措置に対応し、事業運営を継続した。

雇用維持にも工夫がみられた。繊維製品メーカーのイクバル・シルク・ミルズ社のマジッド・アジズ社長は「ロックダウン中に全社員をレイオフした企業もあった。しかし、多角化経営している大企業の中には、閉鎖部門の従業員を他部門に配置換えすることで、技能労働者の保持に努めた」と語った。


注1:
労働者の給与、社会保障、休暇などの労働条件が法律や契約で守られておらず、税金も納めていない雇用形態。
注2:
「A Profile of Trade Unionism and Industrial Relations in Pakistan」ILO(2018年)。
注3:
「The Sindh COVID-19 Emergency Relief Act, 2020」(2020年7月7日施行)。
注4:
「Special Survey for Evaluating Socio-Economic Impact of COVID-19 on Wellbeing of People」Ministry of Planning Development and Special Initiative, Pakistan Bureau of Statistics(2020年12月)。
注5:
「シンド・バロチスタン州治安情勢」在カラチ日本総領事館(2021年5月)。
執筆者紹介
ジェトロ・カラチ事務所長
山口 和紀(やまぐち かずのり)
1989年、ジェトロ入構。ジェトロ・シドニー事務所、国際機関太平洋諸島センター(出向)、ジェトロ三重所長、経済情報発信課長、農水産調査課長、ジェトロ高知所長、知的財産部主幹などを経て、2020年1月から現職。

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