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特集:欧州が直面するビジネス環境の変化と中国・同企業の動向EU・中国の関係悪化は投資協定批准に影響も-在欧専門家に聞く

2021年5月25日

EU・中国包括的投資協定(CAI)や地域的な包括的経済連携(RCEP)協定は、批准に向けた手続きが順次進められることになっている。これらの協定に対する欧州側の見方について、ドイツの識者はどう捉えているのか。ドイツの主要経済研究所の1つ、キール世界経済研究所(ifw Kiel)で国際貿易・投資センターの副所長を務めるフランク・ビッケンバッハ氏と、主任研究員のワンシン・リュー博士に聞いた(2021年3月8日)。


フランク・ビッケンバッハ副所長
(IfW提供、(c) Studio 23)

ワンシン・リュー博士(IfW提供)
質問:
2020年12月30日に原則合意が発表されたEUと中国の包括的投資協定(CAI)について、EU側の狙いと意義をどのように考えるか。
答え:
(リュー博士)
EUと中国はCAIについて2014年初めから協議してきた。EU側の基本的な目的は、EUと中国間の投資関係で一貫した法的枠組みを構築することにある。なお、EUではほぼ全ての加盟国がこれまで、中国と個別に投資協定を締結済みだ(現時点で、25の二国間協定が存在)。
CAI締結を通じてEU側が目指したのは、(1)中国におけるEU企業の投資保護の改善、(2)市場アクセスの自由化、(3)公正な競争条件の確保、(4)持続可能な発展と環境・労働における保護の4つだった。(1)~(3)は協議開始当初からあった項目で、(4)は2016年ごろに新たに加わった。(1)投資保護の改善は通常、投資協定の中核になる。EUの投資家が中国へ投資する際の保護を目的とするものだ。これに対して(2)の市場アクセスの自由化は、通常の投資協定にはない項目で新しい内容といえる。ただし、EUは交渉当初から当該項目を投資協定に組み込む方針だった。(3)公正な競争条件の確保は、EU企業が中国で事業活動をする上での公正な競争条件の確保を目指すものだ。例えば、中国では国外企業に複雑な手続きや技術移転などを要求したり、公共調達への参加を禁止・拒否したりするケースがみられたことに起因する。4つ目に加わったのは、持続可能な発展と環境・労働における保護だ。パリ協定に代表される環境意識の高まりや、労働環境の改善に向けた国際的な取り組みなど、持続可能性への関心の高まりが背景にある。
ただ、協定の常として、全ての目標を達成することは難しい。今回の投資協定でも、EUが目指していた内容が全て反映されたわけではない。例えば、投資保護では、投資協定の調印から2年以内に双方が合意に向けて尽力することで合意したに過ぎない。最終的にどのような内容を盛り込むかは、現時点では確定していない状況だ。公正な競争条件の確保に関しては技術移転を強制する投資要件の廃止に関する規定が盛り込まれたものの、補助金については透明性の確保に関する規定のみにとどまる。補助金が投資に影響を与えるような状況を回避する部分までは、踏み込むことはできなかった。投資家と国家の紛争解決に関する項目(ISDS)も盛り込まれていない。
さらに、持続可能な発展と環境・労働における保護について、メディアや政界から合意内容が十分でないとの批判が多く上がった。例えば、中国は強制労働を禁じたILO条約をまだ批准していない。今回の合意では、当該案件に関する協議を継続し、中国はILO条約の批准に向けて努力することで合意した。しかし、中国側から具体的な改善の約束を得られたわけではない。
(ビッケンバッハ氏)
投資保護の目標について、具体的な規則が現時点では盛り込まれず、ISDSも含まれていない。これは、CAIが発効しても既存のEU加盟国と中国が締結した個別の投資協定が継続することを意味する。中国との投資関係の分野でEU共通の法的枠組みを構築しようするのが、(CAI交渉の)当初からの主な目的であり、その意味で、目的は達成されていない。他の項目についても、それぞれ達成度の大小はあるにせよ、交渉の常としてEUが目指していた要求が全て反映されたとは言えない。
質問:
今後EUでは、CAIの正式な締結に向けて、EU理事会(閣僚理事会)と欧州議会で承認を受ける必要がある。一部の加盟国や欧州議会議員の間では、CAIの早期批准に対する慎重論も根強いと認識している。また、中国側がどこまでCAIと真摯(しんし)に向き合うか疑問視する声もある。今後の見通しについて、どのようにみるか?
答え:
(ビッケンバッハ氏)
今回の合意に関しては、内容についても、また、合意の時期的なタイミングについても、批判の声があった。法律面から言えば、欧州委員会の法務部門の見解では、今回の中国との投資協定は純粋なEUの協定であることから、(批准には)加盟国の全会一致を得る必要はない。すなわち、EU理事会(閣僚理事会)での加重票を用いた特定多数決と、欧州議会の単純過半数の合意だけが得られれば良い。過去、加盟国の全会一致が必要な協定では、一部の国が合意を拒否したことで、批准手続きが非常に難航した事例もあった。一方、今回の協定はEU加盟国の全会一致を得る必要がないため、(加盟国の全会一致が必要な協定と比較して)批准の可能性は明らかに高いと言える。
ただ、現時点では特に欧州議会での批准プロセスは確実とは言えない状況だ。また、合意文書の法的な審査や批准のプロセスは、少なくとも2021年の秋まで、場合によっては2022年初めまでかかる見込みだ。その間にEU・中国間の関係が悪化すれば、批准手続きに影響を与える可能性もある。EU・中国間の関係が悪化の要因として、例えば、中国における欧州企業の処遇や新疆ウイグル自治区の状況、香港に対する政策などが挙げられる。
まとめると、投資協定が批准される可能性はあるが、確実とは言えない状況だ。
質問:
なぜこの時期に合意に至ったか?
答え:
(ビッケンバッハ氏)
ドイツがEU議長国を務める6カ月(2020年7月から12月末まで)の間で合意に達成するという長期的な計画があった。このため、アンゲラ・メルケル首相やドイツ政府はドイツのEU議長国在任中の投資協定合意に強い関心を持っていた。また、中国側も交渉の最終段階で妥協姿勢を示したのは、習近平国家主席が年内の合意に関心を寄せていたためとの見方もある。
(リュー博士)
一部には、2020年12月末の合意には驚きの声もあった。しかし、交渉自体は最大限可能な合意に至っていたことから、合意をこれ以上待つ必要がなかったとも言われている。確かな公式情報ではなく推測にとどまるが、米国のバイデン大統領就任後に状況が複雑化する可能性もあると中国が考え、就任前の合意が好ましい状況にあったとの見方もある。
質問:
2020年11月15日に、交渉国からインドを除く15カ国が地域的な包括的経済連携(RCEP)協定に署名した。このようなRCEPによって、中国のアジア地域での存在感の高まりを警戒する声も一部にある。欧州またはドイツの立場から、影響をどのようにみるか?
答え:
(ビッケンバッハ氏)
RCEP協定の署名の時期は、欧州の多くの専門家にとっては驚きだった。しかし、個人的には欧州にとって懸念すべき出来事ではないと考えている。(EUが締結している多くのFTAに比べ)協定の内容が大きく踏み込んだものではなく、また、署名した国の多くは既に二国間あるいは地域協定を結んでいるためだ。二国間協定を結んでいなかったのは日本と中国、韓国間のみだったと認識している。合意した関税の引き下げ幅もそれほど大きくなく、サービス分野の規定もサービスの貿易に関する一般協定(GATS)を大きく超えたものではない。統合度合いでは、EU単一市場と比べると、内容的にそれほど深く踏み込んだものではないと言える。
協定域外の欧州にとっては、貿易転換効果により、貿易取引の一部が失われる(協定域内の取引に取って代わられる)可能性はある。その一方で、例えば、中国などRCEP協定に署名した国々で事業活動をしている欧州企業にとっては、域内貿易で利益を享受することができる利点が得られる。
これらの理由から、欧州にとって経済面でのRCEP協定の直接的な影響は比較的小さいと考える。欧州にとってより大きな影響を及ぼすのは、協定のシグナルとしての効果だろう。これにより、EUはRCEP協定の加盟国との貿易をより活発にすべく、EUの通商政策をさらに促進する必要に迫られる。欧州に比べ、アジア・太平洋地域は経済成長率が高く、同地域における中国の経済的な存在感は今後さらに高まると予想される。将来的には、(同地域内の)さらなる貿易円滑化や統合が進展することも考えられる。
EUは既に、日本、韓国、シンガポール、ベトナムとは貿易協定を結んでいるが、オーストラリア、ニュージーランド、ASEANの幾つかの国とは現在交渉中だ。EUにとって、これらの貿易協定をより早く締結しなければならないという意識やプレッシャーがある程度高まるのではないか。
中国に関して言えば、RCEP協定が中国と近隣諸国との平和的かつ良好な関係に寄与するのであれば、欧州にとって基本的に懸念する要因はないと考える。それどころか、例えば、協定が中国とオーストラリアの関係改善に寄与するのなら、欧州にとっては歓迎すべき出来事と言えるだろう。一方、中国と近隣諸国のこれまでの紛争が激化することは、欧州にとっては懸念材料となる。中国と近隣諸国との摩擦が小さいほうが、ドイツにとって中国との良好な貿易関係維持を容易にするだろう。
質問:
近年、中国の「一帯一路」の文脈の中で、中国企業による欧州のハイテク企業やインフラ関連企業の買収事例が相次いでいる。各国政府による危機感も高まっていると思うが、どのようにみるか?
答え:
(リュー博士)
欧州での危機感の高まりは、「一帯一路」を通して中国企業による欧州企業の買収が増えたということよりも、2016年のドイツの産業用ロボット大手クーカの買収によるところが大きい。産業用ロボットは、ドイツにとって重要で競争力の高い分野だ。このことから、中国企業が欧州の高度な技術を持つ企業を買収し、技術が中国に流出することに対して懸念が強まった。特に、ドイツ、フランス、イタリアは危機感を強め、EUに対し、域内への海外直接投資の審査に関してEUで統一的な枠組みを構築するよう提案した。これらの提案を受け、EUは2019年にEU対内直接投資審査規則を発効させ、2020年10月に適用を開始した(2020年10月13日付ビジネス短信参照)。
この枠組みの主な目的は、各国の審査メカニズムをよりよく調整することにある。現時点では、加盟国のうち多くの国が国家的な投資スクリーニングメカニズムを導入している(注)。EUの枠組では、(計画されている)EU域外の投資家による対内直接投資について、EUの安全保障や公的秩序を脅かす恐れがある場合、投資が計画されている全ての加盟国に対し、投資認可について助言できる。もっとも、最終的な判断は当事者である加盟国に委ねられる。このようなEU共通の制度は主に、安全保障上の懸念から導入されたもので、EUは域外からの投資に対しオープンな姿勢を今後も維持していく方針を示している。
そのようなオープンな姿勢はEUにとってメリットが大きいとわれわれも考える。というのは、EU域外からの投資によりEUに資本が流入するほか、域外投資の受け入れにより域外市場へのアクセスが容易になる利点もあるからだ。さらに、EUの経済成長や競争力の強化、雇用創出、イノベーションの推進など、さまざまなメリットもある。ただ、国外からの投資に対して何の制限もないオープンな姿勢は、安全保障や公的秩序を保持するという観点からリスクがあり、重要分野への外国投資の審査に関するEUレベルの法的枠組みを持つことには意味がある。一方、この法的枠組みを無制限に拡張・強化する場合、EU域外投資家がEUへの投資をためらう可能性がある。双方の適度なバランスを見つけることが重要だ。
(ビッケンバッハ氏)
外国投資家による買収に関する審査手続きの厳格化については、EUあるいはドイツで多くの報道や議論がある。ただ、域外からの直接投資に対し、EUやドイツが世界でも最もオープンな地域・国であることは今でも変わりない。EUは、このオープンな姿勢を変えることを目標としているわけではないことを強調したい。相互主義(投資・通商関係で相手国による自国に対する待遇と同等の待遇を与えようとする主義)の欠如または純粋な産業政策的な見地に基づく買収の禁止は、EU法下では不可能だ。買収の禁止は、安全保障または公的秩序のためのみ可能だ。こうした枠組みの中で、各加盟国は自国の投資規制制度を構築することになる。そのため、各加盟国が買収を阻止できる余地は限定的になる。しかし、EU加盟各国の規制内容は異なっている点には注意が必要だ。審査制度を導入していない加盟国もある。また、同制度について議論する際、中国(またはロシア)を念頭に論じられることが多いが、同規制は域外の全ての投資家に等しく適用されることを強調したい。
(リュー博士)
ドイツは審査基準を厳格化したものの、実際に中国からの投資を阻止した事例はごくわずかにとどまっている。審査基準の厳格化により、域外からの投資が大幅に制限されたわけではない。法的枠組みによって重要な分野の安全保障や公的秩序を守る仕組みは必要だが、恣意(しい)的に域外からの直接投資を制限すべきではない。われわれも現在の規制自体は良い方向に進んでいるとみている。
(ビッケンバッハ氏)
EUの規則により、買収ターゲットとなった企業が拠点を置く加盟国には、欧州委員会や他の加盟国との一定の情報共有と協力義務が課されている。一方、これは厳格な審査基準または国内の審査手続きの導入を加盟国に求めるものではない。例えば、スウェーデンなど、国内の審査手続きの導入や審査基準の厳格化に反対する国もある。
(リュー博士)
中国からの主な投資先となったドイツ、フランス、イタリアなどは審査制度を導入した。しかし、その基準は国ごとに異なる。EUの枠組みは、共通の審査基準を導入するものではない。EUは外国投資が安全保障や公的秩序を害し得る可能性があるかどうかを判断する際、加盟国と欧州委員会が考慮すべき項目のリストを推奨したにすぎない。

注:
EU加盟27カ国のうち18カ国が導入。
執筆者紹介
ジェトロ・デュッセルドルフ事務所
ベアナデット・マイヤー
2017年よりジェトロ・デュッセルドルフ事務所で調査および農水事業を担当。
執筆者紹介
ジェトロ・デュッセルドルフ事務所 ディレクター(執筆当時)
森 悠介(もり ゆうすけ)
2011年、ジェトロ入構。対日投資部対日投資課(2011年4月~2012年8月)、対日投資部誘致プロモーション課(2012年9月~2015年11月)を経て現職。

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