特集:欧州が直面するビジネス環境の変化と中国・同企業の動向 EU、プラットフォーマーに、欧州の価値基準に基づく競争条件順守を求める
2021年3月25日
欧州委員会は2020年2月19日、新たなデジタル戦略「Shaping Europe's digital future」を発表した。この戦略の柱は、(1)人間のためのテクノロジー、(2)公正で競争力のあるデジタル経済、(3)オープン、民主的、持続可能な社会の3本で、EU市民やビジネス、政府がデジタルトランスフォーメーション(DX)を成し遂げられるよう後押しするものだ。グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップルなどIT大手が提供するプラットフォームは企業や社会に大きな利益をもたらしてきた一方、その影響力の大きさ故、公正な競争環境への影響や、個人情報保護の侵犯などのリスクの懸念が高まっている。こうしたことから、EUでは、先進的なルール形成や公正な競争環境の確保、欧州基準にのっとった上での、データの利活用促進のための制度構築を急いでいる。また、プラットフォームの提供で米国や中国のIT大手(プラットフォーマー)が圧倒的な存在感を示す中、EU独自のクラウドプラットフォーム形成を目指す動きもある。
欧州委は公正な競争を求める法案を提案
欧州委員会は2020年12月15日、デジタル市場で支配的な立場にある巨大IT企業への規制を強化するため、ソーシャルメディアや電子商取引(EC)プラットフォームなどのデジタルサービスに関する新たな規則案を提出した。公正な競争環境の確保を目的とした「デジタル市場法〔Digital Markets Act(DMA)〕」(2020年12月22日付ビジネス短信参照)と、違法コンテンツの排除とプラットフォームの透明性確保に主眼を置いた「デジタルサービス法〔Digital Services Act(DSA)〕」(2020年12月22日付ビジネス短信参照)の2法案だ。これらは、新たなデジタル戦略「Shaping Europe's digital future」の下、提案された。
デジタル市場法案は、プラットフォーマーとそれ以外の企業が公平な条件で競争できるようにすることを最大の目的としており、同法の規制対象に適合するプラットフォーマーは特定の企業の製品やサービスを検索結果で上位に表示することや、プラッフォーム利用企業から得たデータをその企業との競争に活用することなどの反競争的な行為が禁止される。違反した場合は、当該プラットフォーマーに対して全世界の年間売上高の最大10%に相当する罰金(fine)と、違反が是正されるまでの間、1日当たりの売上高の最大5%に相当する間接強制金(periodic penalty payment)が科される可能性がある。違反行為を繰り返すなど悪質なプラットフォーマーには、事業の分離や売却を命じる可能性もある。
デジタルサービス法案は、ソーシャルメディア、ECや旅行予約などのプラットフォームを運営する企業に対し、ヘイトスピーチや児童ポルノ、テロを誘発する動画などの違法コンテンツや偽情報、海賊版など違法商品の排除を義務付ける内容だ。加えて、ユーザーの好みや関心事に合わせて表示されるターゲティング広告などに活用されるアルゴリズムについても開示を求める。違反した場合は、当該企業に対して全世界の年間売上高の最大6%に相当する罰金と、違反が是正されるまでの間、1日当たりの売上高の最大5%に相当する間接強制金が科される可能性がある。悪質な企業の場合には、裁判を通じた事業の差し止めに至る可能性もある。
これらの法制により、EUは新たなデジタル上のルールの形成、域内企業の競争力維持、EU市民の権利保護の強化を目指す。なお、これら法案の成立には、欧州議会とEU理事会の承認が必要となる。
プラットフォーマーの個人情報保護侵害に対する法的措置権限拡大の動きも
EU司法裁判所の法務官は2021年1月13日、EU一般データ保護規則(GDPR)に関して、GDPR上の主監督機関(lead supervisory authority)ではない加盟国の監督当局であっても、訴訟行為をすることができるとの見解を示した。これは、プラットフォーマーに対して、各加盟国の個人情報保護当局による法的措置の実施を容易にする可能性を示唆するものだ。
ベルギーのデータ保護機関(DPA)は2015年、サイトの閲覧履歴などに基づくターゲティング広告のため、クッキーを利用して本人の同意を得ずにユーザーのネット上の行動を追跡するフェイスブックの行為を問題視し、同社をベルギー国内の第一審裁判所に提訴した。フェイスブックは欧州本社がアイルランドにあることから、DPAはGDPR上の主監督機関の立場になく、訴訟を提起する権限がないと反論したが、ベルギーの第一審裁判所は2018年にDPAの主張を認める判決を出した。フェイスブックは不服として上訴。上訴審の中で、ベルギーの上級裁判所はDPAの権限について、EU司法裁判所に先行判決(preliminary ruling)を求めた。EU司法裁判所のミハル・ボベック法務官は、GDPRの下では、複数の加盟国をまたいで個人情報の取り扱いに関する違反行為を調査する場合、調査対象が拠点を置く国のデータ保護当局に主監督機関としての地位と権限を与える「ワンストップショップ」制度が導入されており、今回の事案ではアイルランド当局がこれに該当するとの原則を指摘。その上で、主監督機関は他の加盟国の当局と緊密に連携して効率的に調査を進める必要があるとしつつも、今回の事案のように複数の国をまたぐ違反行為があった場合、当該行為のあった国の監督当局に与えられる権限は、主監督機関でないという事実によりさまたげられるものではないとした。
AP通信(2021年1月13日付)によると、フェイスブックのジャック・ギルバート次席法務顧問は「法務官がワンストップショップ制度の原則をあらためて明確にしたことを歓迎する。EU司法裁判所の最終的な判決を待つ」とコメントしている。一方、最終的にEU司法裁判所が法務官の見解に沿った判決を出した場合、各国当局によるIT大手に対する法的措置の誘発につながる可能性も指摘されている。
EU離脱の英国もプラットフォーマーへの監視強化
EUを離脱した英国も相次いでプラットフォーマー対策強化策を打ち出している。英国政府は2020年11月27日、「デジタル市場ユニット(Digital Market Unit、DMU)」と名付けた新組織を日本の公正取引委員会に相当する競争・市場庁(CMA)内に2021年4月に立ち上げると発表した。
この政府発表に先立ってCMAが2020年7月に公表したデジタル市場に関する報告書によると、英国では140億ポンド(約2兆1,280億円、1ポンド=約152円)に上る2019年のデジタル広告費のうち、グーグルとフェイスブックのシェアが約80%を占めたとされる。CMAは、両社を中心とするプラットフォーマーの市場支配力が強まっている現状を問題視し、公正な競争を維持するには現行規制では不十分との認識を示した。この報告書を踏まえて、英国政府はプラットフォーマーに関する検討を行い、DMU設置を中心とする公正競争確保のための対応案を発表した。
英国政府は発表で「デジタル広告を収入源とするものを含むプラットフォーマー」が今後の規制対象になると説明し、具体的にグーグルとフェイスブックの名前を挙げた。寡占化によって公正な競争が阻害されることがないよう、DMUには巨大IT・テクノロジー企業の決定に対する差し止めや阻止、取り消しの権限が付与される見込み。政府は「オンラインプラットフォームは企業や社会に大きな利益をもたらしている」と認めた上で、少数のIT・テクノロジー企業へのシェア集中が技術面の成長を阻み、イノベーションを抑制し、個人や企業に潜在的な悪影響を及ぼしているとの共通認識が内外で形成されてきたと指摘。プラットフォーマーに対し、ユーザー情報の取り扱いに関する透明性を高めるとともに、消費者が自身に関する情報の取り扱いについて選択できるようにすることなどを求める新たなルールを導入する方針を示している。
規制案にはこのほか、巨大IT企業が合併・買収(M&A)に関わる場合、M&Aの監視や審査を強化するため、CMAはその案件について現在よりも積極的に関与することも提案されている。英国政府の資料によると、グーグル、フェイスブック、アップル、アマゾン、マイクロソフトの5社は2018年までの10年間に合わせて約400件の買収契約を結んだが、競争当局の審査対象となった案件は「ごく一部」にとどまり、買収が阻止されたケースは1件もないという。DMUは将来、従来よりも厳格な基準に沿って、M&Aがデジタル市場に及ぼす影響を評価することになるだろう。
また、CMAは2020年12月8日、巨大IT企業に対する新たな規制制度案を英国政府に勧告した。それには、プラットフォーマーに適用する法的拘束力のある行動規範を策定し、違反した場合は世界売上高の最大10%に相当する制裁金を科せるようにする内容が含まれている。規制対象となるのは、CMAが「戦略的市場地位〔strategic market status (SMS)〕」にあると判断した大手IT企業とし、英国での年間売上高が10億ポンド、加えて世界全体の売上高が250億ポンド超になる企業に特に注視するといった指標を作成することを提案している。CMAのアンドレア・コシェリ最高責任者は「英国が引き続きIT産業の恩恵を受けるには、グーグルやフェイスブックなどの巨大企業に依存する消費者や企業が公平に扱われる必要があり、競合企業に対しても公正な競争条件を確保しなければならない」と強調。「そのため、英国は新たな権限とアプローチを必要としている。つまり、技術革新を推進しながら、問題解決に向けた迅速な行動を可能にする、時代に即した規制体制が必要だ」と述べている。
なお、ロイター通信(2020年12月8日付)によると、DMUは2021年4月に発足予定だが、新規制を導入するための法整備が完了するのは2022年以降になる可能性があるとしている。
プラットフォーマーに対抗へ、EU域内のデータ空間や独自クラウドインフラ確立目指す
EU域外のプラットフォーマー対抗策を進める一方、EU域内でのデータ流通・共有促進や独自のインフラ形成に向けた取り組みも進む。欧州委員会は2020年11月25日、「データガバナンス法(Data Governance Act)」の制定を提案した(2020年12月1日付ビジネス短信参照)。これは、2月発表のデジタル戦略「Shaping Europe's digital future」のうち、2つ目の柱である公正で競争力のあるデジタル経済に含まれる「欧州データ戦略」に基づくもので、EU域内の企業や研究機関などが、産業データや公共部門が保有する情報にアクセスしやすくするための規則案だ。膨大なデータを安全に共有できる仕組みを構築し、域内の企業がデータを有効活用して革新的な製品やサービスを開発しやすい環境を整えることを目標とする。開かれた、そして主権的なデータの単一市場の形成が重要とし、プラットフォーマーに対して新たなデータ処理に関する欧州モデルを提示するとしている。EU域内の企業や研究機関、行政機関などが保有する各種データを集積した「欧州共通データ・スペース(Common European data spaces)」を構築し、EU域内の自由なデータ移動や官民のセクターを超えたデータ共有などが可能な仕組みを整備する。欧州共通データ・スペースでは、域内の企業や研究機関、地方自治体などが持つデータを「製造業」「グリーンディール」「交通」「健康」など分野ごとに集積させることを目指す。このような仕組みを通して、例えば、公共部門が保有するデータの再利用を促すことで、医療データを活用して希少・難治性疾患の研究を推進することなどが可能になるとしている。
併せて、匿名化などの十分な保護措置の導入、データ所有者の主権の維持、GDPRや消費者保護、競争規定といったEUの価値観と原則に沿った新しい欧州のデータガバナンスの在り方の基盤を構築する。中立性と透明性に基づいてデータの共有・集積を進めるために、IT大手などを念頭に、データの収集・集積者については、そのデータを自身の営利活動に利用することを禁止し、信頼性の高い仕組みを構築することを提案している。一方、データローカライゼーション(域内でのデータ保存・処理を義務付ける措置)は求めていない。
ドイツとフランスが主導する欧州独自のクラウド・データインフラストラクチャー構想「ガイア-エックス(Project GAIA-X)」も本格的に始動した。2020年9月15日、両国の22の企業と機関の設立メンバーがNPO「ガイア-エックス」の設立証書に署名した。
「ガイア-エックス」はNPOの名称であると同時に、欧州独自のデータクラウドを構築する取り組みの名称でもある。このデータクラウドは欧州のデータ主権の保護を重視しており、同意を得ずにデータが欧州域外に流出しないことを保証する信頼性を特徴としている。このようなクラウドが整備されれば、クラウドコンピューティングやエッジコンピューティング(注)など、分散型インフラサービスを連携するインフラが整備でき、例えば、サーバー容量を互いに融通したり、機械学習や人工知能(AI)などのサービスを同プラットフォームを介して規模の大きくない企業などが利用したりといったことが可能になる。
「ガイア‐エックス」の効果として、欧州企業のデジタルサービスの利用が活発になり、競争力が高まるとともに、デジタル分野の企業にとってはクラウドなどのサービス需要が高まると見込んでいる。「ガイア-エックス」を通して、データの提供者・利用者の双方の観点から標準化やプロトタイプ、ソリューションの開発に取り組んでいく方針だ。
「ガイア-エックス」では、GDPRやその他情報保護と活用に関する価値観を共有するEU域内外の企業や研究機関などに積極的な参加や加盟を呼びかけていく。加盟企業・機関を増やし、イノベーションや技術開発・標準化の協力における影響力を高めていくとしている。
企業名 | 国籍 | 産業・分野 |
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3DS アウトスケール | フランス | クラウドサービス |
アマデウス | スペイン | 旅行予約プラットフォーム |
アトス | フランス | ITソリューション |
ベッコフ | ドイツ | オートメーション |
BMW | ドイツ | 自動車 |
ボッシュ | ドイツ | 自動車部品 |
CISPE(Cloud Infrastructure Services Providers in Europe) | 欧州 | クラウドサービス企業の団体 |
DE-CIX | ドイツ | クラウドサービス |
ドイツテレコム | ドイツ | 通信 |
Docaposte | フランス | ITソリューション |
EDF | フランス | 電力 |
フラホーファーファー研究機構 | ドイツ | 研究機関 |
German Edge Cloud | ドイツ | クラウドサービス |
IMT | フランス | 教育・研究機関 |
International Data Spaces Association | 世界 | データ共有に関する団体 |
Orange | フランス | 通信 |
OVH | フランス | クラウドサービス |
PlusServer | ドイツ | クラウドサービス |
サフラン | フランス | 航空宇宙、防衛、通信 |
SAP | ドイツ | ITソリューション |
Scaleway | フランス | クラウドサービス |
シーメンス | ドイツ | 電機 |
出所:ガイア-エックス
- 注:
- ユーザーの近くでデータ処理を行うことにより、低遅延性を実現しつつ、データ処理負荷を分散させることで、上位システムへの負荷を減らすことができる。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・デュッセルドルフ事務所 ディレクター(執筆当時)
森 悠介(もり ゆうすけ) - 2011年、ジェトロ入構。対日投資部対日投資課(2011年4月~2012年8月)、対日投資部誘致プロモーション課(2012年9月~2015年11月)を経て現職。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・デュッセルドルフ事務所
ベアナデット・マイヤー - 2017年よりジェトロ・デュッセルドルフ事務所で調査および農水事業を担当。