特集:欧州が直面するビジネス環境の変化と中国・同企業の動向デジタルプラットフォーマーへの警戒感を強めるEU-在欧専門家に聞く

2021年5月20日

2020年12月にデジタルサービス法案(DSA)とデジタル市場法案(DMA)が発表されるなど、EUでは、国際的な存在感を増すデジタルプラットフォームを提供する事業者への警戒感が強まっている。一方、こうした動きには、大手のIT企業だけでなく、米国商工会議所なども懸念。成立までには紆余(うよ)曲折が予想される。

EUやドイツでのデジタルプラットフォーマーをめぐる議論について、欧州有数のシンクタンクである欧州経済研究センター(ZEW)のイレーネ・ベルトシェク教授に聞いた(2021年2月11日)。


欧州経済研究センター(ZEW)のイレーネ・ベルトシェク教授 (本人提供 (c)Anna Logue)
質問:
欧州委員会は12月15日、デジタルサービス法案(DSA、2020年12月22日付ビジネス短信参照)とデジタル市場法案(DMA、2020年12月22日付ビジネス短信参照)を発表した。今後、EU理事会(閣僚理事会)と欧州議会で審議されるが、成立までには紆余曲折が予想される。今後の展開についてどのようにみるか。
答え:
まず、EUが2つの法案を提示したことは、重要でかつ正しい方向と評価している。これまで各国の規制当局や欧州委員会は、巨大IT企業の市場支配力の増大に対し、事後対応に追われていた。しかし、法案が成立すれば、事前に順守すべきルールを提示し、先手を打つ形でIT大手に必要な責任を課すことができる。グーグルやアマゾンがこれまで行ってきたような商慣行、例えば自社の製品やサービスの優先表示など、を制限することができる。
法案成立の道のりについては、欧州委のマルグレーテ・ベスタエアー上級副委員長(欧州デジタル化対応総括、競争政策担当)が法案の承認までに18カ月、さらに発効までに6カ月はかかるとの見通しを示している。これは合理的な見解だと思う。
EU内では、法案を支持する考えが多数を占めていると見ている。現在、市場を占有している巨大IT企業は、米国あるいは中国の企業が中心だ。正当な規制によって競争が活発化することは、欧州諸国や欧州企業にとって良い方向だ。また、規制の影響を受けるIT企業からの反応は、ネガティブなものばかりでない。フェイスブックは、法案に対して建設的なアプローチとコメントした。
質問:
すでに施行されているEUの一般データ保護規則(GDPR)や、今後導入が予想されるe-プライバシー規則など、データ保護に関する規制の動向や運用について、どのようにみるか。
答え:
EUの一般データ保護規則(GDPR)に対し、企業側は導入前から不安感を示していた。ZEWが、情報通信技術(ICT)業界やメディアサービス、知識集約型のサービス業など情報産業に従事する企業を対象に実施したアンケート調査(GDPR適用開始前の2017年12月に実施)でも、「業務の手間がかさむ」「人材教育などにコストがかかる」「イノベーションが制限される」といったネガティブな反応が見られた。ZEWがGDPRの適用開始(2018年5月)後の2020年3月に実施したアンケート調査では、これらの懸念が正しいことが証明され、業務のプロセスが複雑化するなどの懸念が現実のものとなった。その一方で、GDPRを前向きに受け止める意見も見られた。例えば、「業務プロセスを見直し改善するきっかけとなった」「データ処理の方法が標準化された」という反応もあった。
GDRP適用開始による、個人情報の取り扱いに関する法的保護(法的安全性)に対しては、前向きな意見が少なかった。「規則はできたものの、事例(判例)がないことから、どのデータをどのように扱うべきか企業が判断に迷う部分がある」との意見がきかれた。アンケートでも、「顧客の信頼が向上した」と回答した企業は全体の12%と少なかった。アンケート結果が示す通り、課題はある。しかし、個人的には、GDPRは重要であり、同規則が提供する法的枠組みは必要と考えている。米国でもGDPRを支持する動きもみられる。
GDPRが個人に関連するデータの一般的な保護を規制するものなのに対し、e-プライバシー規則は、オンライン上の個人データ保護を強化するものだ。デジタルサービスを提供する事業者は、データ保護が義務付けられる。ソフトウエアにバックドアを設けたり、ユーザーの移動データを追跡・利用したりすることに制限を設けている。
質問:
中小・中堅企業はGDPRなどの個人情報保護ルールにどのように対応しているか。
答え:
大手企業の多くは独自の法務部を持ち、法律分野の専門家が規制に対応する体制が整っている。それに比べ、中小・中堅企業は、こうした対応をとることが難しい。そのため、何らかの支援の実施が重要だ。例えば、政府機関が法律分野のアドバイザーに相談できるサービスを提供する、あるいは、商工会議所が何らかの支援を行うことで、中小・中堅企業の負担軽減につなげることができる。
質問:
欧州には、米中のデジタルプラットフォーマーを意識した動きもみられる。例えば「ガイア-エックス(GAIA-X)」は、効率的で競争力があり信頼性が高い欧州発のデータインフラストラクチャを開発するプロジェクトだ。こうした動きをどのようにみているか。
答え:
欧州独自のクラウドインフラを構築し、基準を設けるアイデアを前向きに評価する。フランスとドイツからそれぞれ11社・機関(計22社・機関)の設立メンバーが、ベルギーにガイア-エックスの運営拠点を設けた。このほか、300を超える企業・機関がガイア-エックスへの参加に関心を示した。プロジェクトへの関心の高さがうかがえる。その一方で、参加企業・機関があまりに多くなると、標準の設定などで意見調整が難しくなる懸念もある。
ガイア-エックスは、米国や中国のデジタルプラットフォーマーに対抗できるデータインフラの構築を目指している。ただし、グーグルやアマゾンなどもガイア-エックスに参加している。このような状況に批判の声もある。しかし、ガイア-エックスとしては、デジタルプラットフォーマーが欧州側の定めたルールを順守するのなら、参加を拒否する理由はないというのが現状だ。 このほかのガイア-エックスの現状についていうと、データの種類によって取り扱い方を区別する必要がある。すべてのデータを同じように扱うことはできないという認識だ。例えば、医療分野のデータと製造業で機械から発生するデータとでは、セキュリティ面などで異なる対応が必要になる。このため、様々な作業グループを設け、ユースケースを研究し、各分野に適したデータ保存、標準、相互運用の是非などの解決策を考案・検討している。すべてを網羅する解決策を見つけることは困難だ。だとしても、正しい取り組み方と評価している。
ドイツ政府もガイア-エックスを資金支援している。少なくとも、設立の最初の段階では支援が必要だ。同時に、将来的には独立した運営を目指すべきだ。例えば2年後に独立運営が可能かどうかを検討するといった姿勢が重要だ。
質問:
「ガイア-エックス」など、メイド・イン・欧州のデジタルインフラ整備によって躍進しうる企業は。またEU、主要各国の企業育成策は。
答え:
ドイツからは、ドイツテレコムやSAP、BMW、ボッシュ、シーメンス、German Edge Cloud、フラウンホーファー研究機構などが設立メンバーとして参加している。フラウンホーファー研究機構は以前から、国際データスペース協会(IDSA、注)を通して、欧州のクラウドインフラを構築・提供するというガイア-エックスに類似したアイデアを持っていた。当該イニシアチブは特に、インダストリー4.0に代表される製造業におけるデータ活用に重点を置いていた。フランスからは、電力大手のEDFや、Orange、Amadeus、IMTといった通信分野の企業が参加している。
ガイア-エックスの取り組みは、新しいインフラを構築するということではない(クラウドデータセンターのようなものを設けるということではない)。むしろ、既存データインフラ(例えば、ドイツテレコムやSAPなどが現に保有しているもの)を共通のルール、標準に基づいて相互運用しようという取り組みだ。データ保存の安全性の確保、標準化、相互運用(interoperability)が主に重要な基盤になる。さらには、データを活用するためのサービスを、ガイア-エックスで提供することが計画されている。また、公的機関のデータもガイア-エックスで管理し、活用すること、ドイツ政府がガイア-エックスのユーザーとなることも期待される。なお、ドイツでは公共機関がデータをオープンデータとして提供することを定めるオープンデータ法が整備されている。
このようにガイア-エックスのプラットフォームで提供されるサービスを購入し、利用できるためのデジタルエコシステムの構築も目指している。これは中小・中堅企業にとっても有意義な取り組みだろう。インフラ整備の負担が軽減され、ガイア-エックスを通してデータ交換などができるようになる。ガイア-エックスは、将来的には欧州諸国が参加するプロジェクトへと発展していくことが期待されている。

注:
産業横断でデータを共有・交換を可能とするために設立された組織。国際規格化を念頭に置き、信頼性の高いプラットフォーム形成のためのイニシアチブに基づいて運営されている。
執筆者紹介
ジェトロ・デュッセルドルフ事務所 ディレクター(執筆当時)
森 悠介(もり ゆうすけ)
2011年、ジェトロ入構。対日投資部対日投資課(2011年4月~2012年8月)、対日投資部誘致プロモーション課(2012年9月~2015年11月)を経て現職。
執筆者紹介
ジェトロ・デュッセルドルフ事務所
ベアナデット・マイヤー
2017年よりジェトロ・デュッセルドルフ事務所で調査および農水事業を担当。