特集:RCEPへの期待と展望 -各国有識者に聞くRCEP参加の機会を最大化するため、政府による戦略策定が必須(インドネシア)
モハマド・ファイサル氏:インドネシア経済改革センター(CORE)事務局長

2021年2月19日

地域的な包括的経済連携(RCEP)協定が2020年11月15日に署名された。同協定に対し、インドネシア国内からは期待と懸念双方の声が上がっている(2020年12月2日付ビジネス短信参照)。

ジェトロ・ジャカルタ事務所は、経済や産業、貿易など関する政策提言を行うインドネシア経済改革センター(CORE)の事務局長であるモハマド・ファイサル氏にRCEP協定の効果や期待などについて聞いた。同氏は現地紙とのインタビューなどで、RCEPに対するコメントを多く発信している(インタビュー実施日:2021年2月11日)。


モハマド・ファイサル氏(同氏提供)

RCEP参加によるインドネシアへの恩恵は限定的

質問:
RCEPのインドネシアに対する経済的、地政学的な意味は何か。
答え:
RCEP参加によるインドネシアへのインパクトは大きくはない。特に、市場アクセスや貿易の面では恩恵は少ないとみている。インドネシアは既に日本や韓国、オーストラリアなどASEAN以外の主要国と経済連携協定(EPA)を締結済みだからだ。そういった点で、RCEP参加による短期的な恩恵は少ないと考えている。RCEP協定は既存のルールを整理しただけに過ぎず、新しく付加価値を生み出すものではない。

RCEP参加の機会を生かすため、政府による戦略の策定が必要

質問:
RCEP協定にインドネシアを利する条項は入っているか。
答え:
まず、消費者目線で利益があるのは電子商取引(EC)関連の条項だろう。RCEP協定によってECのルールが整備され、貿易円滑化が進展すれば、より多くの海外産品が低価格でインドネシアに入ってくることになると予想されるからだ。一方、生産者目線では、より厳しい状況になることが予想される。いまだEC上でインドネシア製の商品が多く販売されているとは言えないからだ。特に、零細中小企業(MSME)の製品をECに組み込む努力が必要になる。
次に、RCEP協定の原産地規則に関しては、物品にもよるが、付加価値基準40%以上というものが多い。他の自由貿易協定(FTA)やEPAよりも緩く、利用しやすいことから、RCEP協定締結国に投資を呼び込む良い材料となるだろう。しかし、インドネシアにより大きな恩恵があるかどうかは疑問だ。インドネシアの投資先としての魅力は、まず、巨大なマーケットや国の将来性、次に、中国企業なども積極的に投資しているニッケルなど豊富な天然資源・原料が挙げられる。しかし、それだけで投資を呼び込むことはできておらず、実際、自動車産業はタイに、電気電子産業はベトナムやフィリピンに外国投資が集積してしまっている。これまで以上に投資を呼び込むには、物流やエネルギー、インフラストラクチャー、官僚主義など、より重大な国内課題を解決する必要がある。インドネシア政府が現在取り組んでいる雇用創出オムニバス法(注)は、外資規制緩和などのビジネス環境整備によって、確かにより多くの投資家の関心を引きつけるかもしれないが、先述の国内課題は今後も投資を踏みとどまらせる理由として残るだろう。
加えて、私がこれまでもメディアなどに語ってきているように、RCEP協定のようなEPAを有効活用するためには、政府がRCEPの下で貿易と投資機会を最大化するための戦略を準備することが不可欠だ。戦略を構築できなければ、対中貿易赤字などより多くの課題が顕在化する恐れもある。

RCEPにおけるASEANの存在感

質問:
RCEPは中国主導と言われることが多いが、その点についてどのように考えるか。
答え:
RCEPは中国主導ではなく、ASEAN経済統合のたまものであろう。中国主導と言われるのは、RCEP参加国の中で中国の競争力が強く、より恩恵を受けることができる立場にあるからだと考える。当初、中国はRCEP参加に積極的でなかったと認識しているが、米国が環太平洋パートナーシップ協定(TP)参加交渉に乗り出した時期に、RCEPに積極的に関与してくるようになった。中国がRCEPに参加したのは、地政学的な要因が大きいと考える。
質問:
インドがRCEPを抜けた影響をどのように考えているか。
答え:
物品貿易において、インドはRCEP協定締約国の中で相対的な競争力が弱い。インドは中国との関係で輸入過多になることを恐れたのではと考える。インドはインドネシアと比べて、国内産業保護の姿勢がより強い。RCEP離脱の決め手となったのは、この点によるところが大きいのではないか。

RCEP協定批准時期は不透明、新型コロナで後ろ倒しも

質問:
インドネシアのRCEP協定批准はいつごろとみているか。
答え:
現状は見通すことができない。新型コロナウイルスの流行がなければ、2022年にはと考えていたが、それも難しくなるのではないか。新型コロナ感染症の封じ込めや雇用創出オムニバス法整備などの国内課題がある中で、少なくとも政府の最優先事項ではないはずだ。また、批准に向け国内企業に対するソーシャライゼーションも必要になってくるだろう。

注:
雇用創出オムニバス法は、雇用創出のための投資誘致を目的とし、労働(最低賃金、退職金、失業補償)、投資など11分野について、関連する法律79本を一括して改正するもの(2020年10月13日付ビジネス短信参照)。
略歴
モハマド・ファイサル(Mohammad Faisal)
インドネシアのシンクタンクであるインドネシア経済改革センター(CORE)で事務局長(Executive Director)を務める。世界銀行や国連人口基金、ASEAN事務局などの主要な国際機関で専門家として勤務した経験を持つ。1998年にバンドン工科大学を卒業後、2006年にオーストラリアのメルボルン大学で開発学修士、2013年にオーストラリア・クイーンズランド大学で政治経済学の博士号を取得。
執筆者紹介
ジェトロ・ジャカルタ事務所
尾崎 航(おざき こう)
2014年、ジェトロ入構。生活文化産業企画課、サービス産業課、商務・情報産業課、デジタル貿易・新産業部 EC・流通ビジネス課を経て、2020年9月から現職。