特集:RCEPへの期待と展望 -各国有識者に聞くRCEPはフィリピンへの投資を加速させる
ジョージ・マンザノ氏:アジア太平洋大学(UA&P)准教授・経済学部長

2021年2月15日

フィリピンは2020年11月、地域的な包括的経済連携(RCEP)協定に署名した。RCEPは、フィリピンにどのような経済効果をもたらすのか。経済学者であり、フィリピンやASEANの貿易政策に精通する、アジア太平洋大学(UA&P)准教授・経済学部長のジョージ・マンザノ氏にインタビューを行った(実施日:2021年2月8日)。


ジョージ・マンザノ氏(本人提供)
質問
RCEPは、国際経済やフィリピンにどのような影響をもたらすのか。
答え:
新型コロナウイルス感染拡大が続く中で、貿易活動は大きなダメージを受けている。そのような状況の中で、RCEPは国際的な経済取引に良好な影響をもたらすだろう。また、米中貿易摩擦やブレグジット(英国のEU離脱)といった、世界経済において分断がみられる中で、RCEPは経済的な統合を促進することで、分断していく世界的な潮流に対抗することを意味する。
フィリピンは、既にASEANや他のRCEP締約国とFTA(自由貿易協定)を締結している(注1)。そのため、フィリピン経済への影響は、急激には発生しないが、徐々に進行すると考える。また、ASEANはこれまで1つの経済的なハブとして機能し、他のRCEP締約国とASEAN+1という形で個別にFTAを締結してきた(注2)。RCEPは、これら個別のFTAを結びつける効果がある。
質問:
RCEP締約国間で既存のFTAがある中で、具体的にどのような役割がRCEPに期待されるのか。
答え:
RCEPの重要な効果は、貿易の促進にある。RCEP締約国間で物品の交易がより容易になるであろう。例えば、ASEANからニュージーランドへ商品を輸出し、ASEANオーストラリア・ニュージーランドFTA(AANZFTA)を利用する際には、同FTAで定められた原産地規則を満たす必要がある。一方、中国へ売る際には、ASEAN中国FTA(ACFTA)を利用しようとすると、異なる条件の原産地規則を考慮する必要がある。RCEPによって、様々な物品の原産地規則が締約国間で共通となるため、いわば1つのプラットフォームができたことになる。事業者にとってみれば、貿易をより円滑に行うことができる。また、日本が初めて中国・韓国とのFTAを締結した意義は大きい。
質問:
RCEP締約国の中で、フィリピンはどの産業に優位性を有するのか。
答え:
短期的には、BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)産業や電子機器産業など、フィリピンがこれまで強みとしてきた産業は、優位性を保持するだろう。一方、長期的に見れば、フィリピンがどれだけ外国直接投資を引き付けることができるのか、フィリピン政府がどのようなインセンティブ付与や政策を実行するかにかかっている。フィリピン政府は、RCEPに関して、(貿易の促進ではなく)自国内への投資を促す役割に関心が高いようだ。RCEPによって、適切なサプライチェーン構築の重要性がより高まったといえよう。
また、新型コロナウイルス感染拡大後、サプライチェーンをよりコンパクトに、自国内あるいは地理的に近接した地域内で展開させていく動きがみられる。フィリピンは、米国やドイツをはじめとする欧州諸国など、複数の大陸をまたいだ地理的に広大なサプライチェーンに組み込まれていたが、感染拡大によって、サプライチェーンに大きな混乱が生じた。域内での、コンパクトなサプライチェーン強化の文脈で、フィリピンはRCEPの他の締約国に対して、フィリピンへの投資のメリットを訴求しうると思う。
質問:
日本からの投資を例に取ると、在フィリピン進出日系企業にとって、フィリピンにおいて、国内での原材料・部品の現地調達が難しいことが、課題の1つとなっている。RCEPは、フィリピンでの現地調達比率の向上につながると思うか(注3)。
答え:
比率が向上するかどうかは、製品ごとに異なってくるだろう。フィリピンの弱点の1つは、工業分野でサプライヤーが不足していることだ。そのため、海外のサプライヤーをフィリピンへ呼び込むことが重要になってくる。フィリピンの投資環境が改善すれば、日本のサプライヤーはフィリピンに進出し、フィリピンから海外へ製品を供給するようになるのではないか。
フィリピンの有利な点は、労働力が豊富にあることだ。マレーシアやシンガポール、タイなど他のASEAN諸国では、労働者の確保が大きな課題となるが、フィリピンには労働者が豊富なため、そうした問題は起こらないだろう。長期的に見れば、人的資源が豊富なことは、日本企業がフィリピンへの進出を決定する上で重要な要素となる。
加えて、もし米中貿易摩擦が解決困難となれば、多くの日本企業は中国からASEANへと拠点を移すのではないか。ベトナムは、中国からASEANへの拠点移転の受け皿になってきた。現時点では、フィリピンよりも外国直接投資の誘致に成功しているのは事実だ。
質問:
電子商取引や知的財産などのルール形成をどのように見るか。
答え:
感染拡大によって、電子商取引やデジタル経済の規模が拡大する中で、知的財産の問題を無視することはできなくなっている。デジタルビジネスを促進するうえで、生み出される製品・サービスが適切に保護される仕組みが必要だ。世界が知的財産を重視する方向に向かっている中で、フィリピンは知的財産の保護を後回しにせず、今から課題に取り組むべきだ。将来的には、RCEP域内で共通のルールが導入されることで、フィリピンへの投資が促進される方向につながると思う。
質問:
フィリピンのRCEP参加について、どのような懸念事項があるか。
答え:
RCEPによって、中国と日本が直接FTAでつながったことにより、ASEANの経済ハブとしての地位が相対的に低下する可能性もあることだ。これまで、ASEANと締約国との間で個別にFTAがあったため、ASEANを含めてサプライチェーンが構築されていたが、RCEPによりサプライチェーンが再編され、ASEANを外す動きもあるかもしれない。
質問:
RCEPは一部では「中国主導」とも言われているが、どのように思うか。
答え:
そのような見解は正しくない。RCEPはASEAN主導と考える。中国の経済力は大きく、確かにRCEPにおいて重要な役割を果たしている。しかし、RCEPの交渉の中で、多くの場面でASEANの交渉官が議論をリードしてきた。
質問:
RCEPの交渉途中でインドが離脱した影響についてどう見るか。
答え:
インドが離脱したことは、他のRCEP締約国にとって非常に残念なことだ。インド市場は非常に大きいが、関税率が高い。もしインドがRCEPに参加していれば、インドは関税率を下げ、他の締約国はインドへの販路開拓を加速することができただろう。インドは、RCEPによって自国市場に中国製品や、ニュージーランドとオーストラリアの農産品が大量に流入することを危惧したのだろう。インドは、より国内志向を強めている。同国の製品は相対的に競争力が低いため、市場を海外企業に開放する前に、国内市場を改革し、競争力を高める必要があるのではないか。
一方、サービス産業については、状況が変わってくる。インドには、BPO産業やソフトウェア産業が集積しており、RCEP域内ではフィリピンの競合相手となる。
インドがRCEPに復帰できるかどうかは、自国産業が国際的な競争を受け入れるかについて、国内での議論をまとめることができるかによる。現在の状況に鑑みると、RCEP復帰は難しいのではなかろうか。
質問:
RCEP発効に向けたフィリピンでの批准の見通しは。
答え:
フィリピンにとって、RCEPの効果は劇的にではなく、緩やかに発生するものだ。そのため、政府が議会を説得する際のハードルはあまり高くないとみている。もし懸念事項があるとすれば、他の国内課題との優先順位の問題だ。新型コロナウイルス感染対策が重要事項となっている中で、RCEP批准にどれだけリソースを割くことができるかがポイントではなかろうか。

注1:
フィリピンは、ASEANとASEAN物品貿易協定(ATIGA)を締結している。また、日本との間では、日本・フィリピン経済連携協定(JPEPA)を締結している。
注2:
ASEAN日本EPA(AJCEP)、ASEAN中国FTA(ACFTA)、ASEAN韓国FTA(AKFTA)、ASEANオーストラリア・ニュージーランドFTA(AANZFTA)。
注3:
フィリピンでは、国内での原材料・部品の現地調達が難しいことが、進出日系企業にとって課題の1つとなっている(「2020年度 海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」)。
略歴
ジョージ・マンザノ(DR. GEORGE MANZANO)
アジア太平洋大学(UA&P)准教授・経済学部長。2004年~2005年にフィリピン関税委員会委員。2009年~2010年に国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)経済担当官。現在は、アジア太平洋大学AEPC研究センターのディレクターも務める。ニューサウスウェールズ大学にて博士号を取得(経済学)。研究分野は、国際経済学や自由貿易協定・WTOなど。
執筆者紹介
ジェトロ・マニラ事務所
吉田 暁彦(よしだあきひこ)
2015年、ジェトロ入構。本部、ジェトロ名古屋を経て、2020年9月から現職。