特集:RCEPへの期待と展望 -各国有識者に聞く輸出拡大やコロナ後の経済回復への寄与に期待(マレーシア)
シャンカラン・ナンビア上席研究員:シンクタンク・マレーシア経済研究所(MIER)

2021年2月26日

地域的な包括的経済連携(RCEP)協定が、2020年11月15日に署名された。同協定がマレーシアおよび周辺地域にもたらす経済的効果や影響について、政府系シンクタンク・マレーシア経済研究所(MIER)のシャンカラン・ナンビア上席研究員に聞いた(インタビュー日: 2021年2月8日)。


シャンカラン・ナンビア氏(同氏提供)

既存FTAのルール統一に期待

質問:
RCEPは、マレーシアおよび周辺諸国にとって、経済的、地政学的にどのように受け止められているか。
答え:
RCEP交渉の立ち上げ式が行われた2012年、ナジブ・ラザク首相(当時)はRCEP協定について、マレーシアがASEANの貿易・投資のハブとなるための一助となると認識していた。この認識は、マハティール・モハマド前政権、ムヒディン・ヤシン現政権においても、ほぼ変わっていない。経済的な影響では、RCEPにより締約国内での輸出拡大が期待されており、政治家、産業界からも好感を持って受け止められている。
質問:
マレーシア政府、企業はRCEPに何を期待しているか。
答え:
締約国内での輸出拡大、特に原産地規則など、手続き面の円滑化が期待される。産業界でも、これまでASEANが日本、中国、韓国、インド、オーストラリア、ニュージーランドなどの周辺国と締結してきた、それぞれのFTA(自由貿易協定、ASEANプラスワンFTAのこと)の間の齟齬(そご)が統一されることにより、手続きにかかる時間の大幅な削減、締約国内での取引の拡大、サプライチェーンの強化を見込んでいる。マレーシアの製造業は、地場、外資を問わずマレーシアを拠点に輸出事業を行う企業が多く、複数の締約国に対して、同じ原産地規則を適用して輸出が可能になる点は、こうした企業への恩恵が大きいと考えている。国際貿易産業省(MITI)も、新型コロナウイルスの影響で受けた経済的な打撃からの回復に、RCEPによる輸出拡大が寄与することを期待している。
また、マレーシアでは新型コロナの影響もあり、電子商取引市場が急激に拡大している。これに伴い、企業もデジタル化を推し進める動きをみせている。この点で、RCEPの電子商取引章で定められたルールは、こうした企業の動きを加速させる起爆剤になると考えられる。
質問:
RCEPの交渉経緯・結果について、マレーシアの立場から有利または不利になった条項はあるか。また、締約国の交渉スタンスについて、マレーシアではどのような見方をされているか。
答え:
RCEPは、既存のASEANプラスワンFTAのルールが基盤になっており、特に有利、不利が発生する事項はないと思われる。また、すべての交渉プロセスが特定の一国によって主導されたという見方はしていない。RCEP交渉においては、日本およびオーストラリアが非常に重要な役割を果たしたと考えている。中国はマレーシアおよびASEANにとって、重要な貿易相手国であり、RCEPによって中国を含めた全締約国共通のルールが適用されることの意義は大きいと考える。
質問:
インドは最終的にRCEPから離脱することとなったが、離脱、復帰に対して、どのような見方がなされているか。
答え:
モディ首相自身は、RCEPに強い関心を持っており、特にASEAN各国との貿易・投資の促進のため、インドが市場開放することの重要性を認識している。地政学的にも、インドは中国と同じテーブルに着くことが必要だと考える。インド国内の問題解決を優先させることも重要だが、経済的な損失を考えると、今後数年のうちにRCEPに復帰することが期待される。
締約国内では、日本とインドネシアの2カ国がインドの復帰に関心が高いと聞く。マレーシアについては、ムヒディン政権に変わってから、インドによるパーム油への規制強化問題が軽減されるなど、関係改善が見られており、RCEPへのインドの復帰に重要性を見いだしていると思われる。

批准への大きな障壁はなし

質問:
マレーシアにおけるRCEP発効に向けた批准の見通しはどうか。
答え:
マレーシア政府は、明示的な批准時期については言及していないが、早期批准を目指す意向を示している。環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定 (CPTPP、いわゆるTPP11)の場合は、20以上の法律の改正が必要だったが、RCEPの場合は、既存FTAをベースにしていることもあり、かなり少ない数の改正で済むと考えられる。
現状では、世論や産業界からも歓迎の声が聞かれ、RCEP批准に対して反対する論調は見受けられないため、批准手続きはスムーズに進むとみている。
略歴
シャンカラン・ナンビア
マレーシア科学大学(USM)で経済学博士を取得。政府系シンクタンク・マレーシア経済研究所(MIER)上席研究員として、マレーシア財務省、国際貿易産業省、国内取引・消費者省のコンサルタントを務め、第三次産業マスタープランなどの政策の起草に携わる。東アジア・ASEAN経済研究センター(ERIA)の学術諮問委員会のメンバーも務め、ASEANが締結する自由貿易協定(FTA)の可能性調査を実施した。主な研究分野は、貿易政策、産業育成、競争法、貧困問題など。著作に「マレーシア経済:政策と目的の再考(The Malaysian Economy: Rethinking Policies and Purposes)」がある。
執筆者紹介
ジェトロ・クアラルンプール事務所
田中 麻理(たなか まり)
2010年、ジェトロ入構。海外市場開拓部海外市場開拓課/生活文化産業部生活文化産業企画課/生活文化・サービス産業部生活文化産業企画課(当時)(2010~2014年)、ジェトロ・ダッカ事務所(実務研修生)(2014~2015年)、海外調査部アジア大洋州課(2015~2017年)を経て、2017年9月より現職。