特集:RCEPへの期待と展望 -各国有識者に聞くRCEPはフィリピン経済改革の契機となる
エピクテトス・パタリンフグ氏:フィリピン大学名誉教授(経済・金融分野)

2021年2月18日

フィリピンは2020年11月、地域的な包括的経済連携(RCEP)協定に署名した。RCEPはフィリピン経済にどのような影響をもたらすのか。経済学者であり、ドゥテルテ政権の税制改革で財務省に助言を行うなど、フィリピン政府と太いパイプを有するフィリピン大学名誉教授(経済・金融分野)のエピクテトス・パタリンフグ氏にインタビューした(実施日:2021年2月8日)。


エピクテトス・パタリンフグ氏(本人提供)

RCEP参加はフィリピン市場の自由化と経済改革につながる

質問:
RCEPは、フィリピンにどのような影響をもたらすか。
答え:
RCEPは明確にフィリピンへ便益をもたらす。フィリピン市場をより自由化し、国内産業を改革する経済政策としての側面を有するからだ。例えば、電気通信分野で海外からの投資を緩和する場合を想定しよう。同分野は現在、法的に強く規制されており、市場アクセスの改善を実現するのは非常に難しい(注)。しかし、RCEP協定のような国際的な協定に参加し、海外に対して市場開放を約束することで、こういった経済改革を断行することができる。

参加で国内の農業・工業分野の生産性向上を促す

質問:
フィリピンの企業や政府は、RCEP参加によって具体的にどのような利益を得るのか。
答え:
フィリピンの中小企業は、RCEPを通じて中国市場をはじめとする広大なマーケットに参入できる。これまで、フィリピンの中小企業は国際的なサプライチェーンに参加する機会が限られていた。中小企業が中国企業や日本企業との取引機会を新たに獲得して、これら国々の企業に対してサプライヤーとなるのであれば、フィリピンの中小企業は大きな経済的利益を得るだろう。
一方、フィリピン政府は、RCEPによってフィリピンの農業や工業の生産性が高まると踏んでいる。他のRCEP協定締約国に対して、これらの産業がより効率性の高い生産を実現することを期待している。中小企業に利益をもたらすこと、工業や農業分野の企業の生産性が高まること、これらの理由によって、フィリピン政府はRCEP協定署名を決断したと私はみている。

RCEP協定は、広大な経済域にまたがる包括的かつ普遍的な経済協定

質問:
既にRCEP協定締約国間で個別にFTA(自由貿易協定)を結んでいるケースもある中、RCEPにはどのような意義があるのか。
答え:
RCEP協定のような複数国間の協定に参加することによって、フィリピンなどの小国は交渉力が高まる。例えば、小国が大国と個別にFTAを締結する場合を考えてみよう。それはまるで、小さな子どもが大人と駆け引きを行うようなものだ。子どもは大人から譲歩を引き出すことは不可能だろう。もし、RCEP協定締約国と個別に2カ国間でFTAを結ぶ場合は、RCEPには含まれないような経済活動上制約的な条項が入る可能性もある。小国にとって最良の選択は、複数の国々との交渉に参加し、より高い交渉力を得ることだ。RCEPの意義は、まさにその点にある。RCEP協定は15カ国という広大な経済域にまたがる包括的かつ普遍的な経済協定だと評価する。
質問:
知的財産についてのルール形成はどのようにみるか。
答え:
私の見解では、1995年にWTOが設立され、知的財産保護の枠組みが整備されてきた。もはや知的財産を軽視することはできない。RCEPでは、中国や日本、ニュージーランド、オーストラリアなど、相対的に技術力の高い国々の企業が所有する知的財産について、法的な保護が強化されるだろう。技術を導入し、製品を生産できる企業は、ライセンスを受けることができる。一方で、カンボジアやラオス、ミャンマーなどの一部の開発途上国では、ルール形成が重荷になるかもしれない。

「産業間」でなく「産業内」での優位性の把握が求められる

質問:
RCEP協定締約国内では、フィリピンはどの産業に優位性を有するか。
答え:
例えば「フィリピンは農業に強く、中国は工業に強い」といったような、産業間で優位性を考えるのは、もはや適切ではない。そうではなくて、同一の「産業内」で優位性を把捉するべきだ。自動車産業で言えば、フィリピンは自動車部品を作ることができ、日本はエンジンを作ることができ、中国は完成車を組み立てることができるといったように。フィリピンは一部の自動車部品の生産に特化することはできるが、エンジンを生産することはできない。同じことが電子機器産業でも言える。フィリピンは、労働集約的な電子機器部品の生産ができる。例えば、携帯電話について、幾つかの部品はフィリピンで生産可能だ。しかし、ロボットやハイテク技術を駆使した生産は、フィリピンでは難しい。

RCEPにより政治的な対立が緩和し、投資が拡大すると予測

質問:
RCEPによって協定締約国に対する市場アクセスが相互に高まることで、フィリピンへの直接投資は増えると思うか。
答え:
特に韓国やオーストラリア、ニュージーランド、中国からフィリピンへの投資が増えるとみている。オーストラリア、ニュージーランドに関しては、これまでフィリピンへの投資は非常に少ない。一方で、フィリピン食品・飲料大手のサンミゲルのように、オーストラリアやニュージーランドへ投資を行うフィリピン企業は存在する。RCEPによって、オーストラリア、ニュージーランドからフィリピンへの投資という、逆の流れも発生してくるのではないか。
中国に関しては、フィリピンとの間に南シナ海の領有権をめぐる問題が存在しており、それが中国からフィリピンへの投資を抑える効果を生み出しているとみる。中国企業はフィリピンでの政治的なリスクを考慮しているのではないか。RCEPによって政治的な対立が緩和し、中国企業側が「フィリピンの政治的なリスクが減少した」とマインドを変えれば、中国からフィリピンへの投資は加速するだろう。

市場アクセスの高まりにより、中国などASEAN域外企業との競争激化を懸念

質問:
フィリピンのRCEP参加について、どのような懸念事項があるか。
答え:
協定締約国域内での市場アクセスが高まったことで、各国市場での競争が激化することだ。日本市場を例にとると、RCEP以前には、日本と中国がFTAでつながっていなかったため、日本市場でフィリピン製品は中国製品との厳しい競争を免れていた。RCEPによって、中国製品は日本市場へのアクセスが容易になったため、フィリピン製品は中国製品との競争に直面することになる。また、韓国製品やニュージーランド製品との競争も発生し得るだろう。フィリピンの企業にとっては、各国での市場アクセスが高まり、経済的な利益獲得の機会を得るとともに、特にASEAN域外の企業との競争にさらされるというデメリットはある。
質問:
RCEP協定の交渉途中でインドが離脱したことをどう見るか。インドが復帰する可能性はあるか。
答え:
インドが交渉を離脱したのは、安価な中国製品が自国市場に大量に流入することを危惧したからだと考える。加えて、2020年6月に国境係争地帯で中国軍とインド軍が衝突するなど、両国の間で政治的な緊張が高まっている。インド政府としては、RCEP参加を決断できないタイミングであると考える。
もし両国間の政治的な緊張が和らげば、インドがRCEPに復帰する可能性もある。なぜならば、インドは高度な技術力を有しておらず、RCEPに参加することによって、日本や中国から先端技術を導入する機会を得るからだ。また、インド製品は今のところ、フィリピンやASEAN諸国であまり流通していない。RCEP参加によって、インド製品をASEANで販路拡大することができる。RCEP参加の便益は、安価な中国製品がインド市場に流入して損失が発生しても余りある。私の知りうる限り、インドの経済学者の多くは、インドのRCEP参加に賛成を表明している。

中国主導との批判はありつつも、事業者にとって便益が大きい協定

質問:
一部のメディアでは、RCEP協定は中国主導ともいわれるが、どう思うか。
答え:
中国主導はある程度、現実味のある表現だと認める。一方で、中国が協定成立にリーダーシップを発揮したとしても、RCEP協定は日本や他の締約国にとってメリットがあると思う。特に、日本の自動車部品メーカーは、自動車部品を中国側で輸入する際に関税率が低減することにより、便益を得るはずだ。加えて、RCEP協定には日本企業の経済活動を著しく阻害するような条項は含まれていないと思う。
質問:
フィリピンでのRCEP協定批准の見通しをどうみているか。
答え:
RCEPに関しては、フィリピンでも中国主導という理由で批判的な見解があるのは確かだが、事業者にとっては便益が大きいため、彼らはRCEP参加を支持している。幾らかの批判を受けつつも、RCEP協定は批准されると考える。

注:
フィリピンでは、一般顧客向けの電気通信サービスの提供は「公共事業」と定義され、外国資本が40%以下に制限されている(「ジェトロ:外資に関する規制」参照)。
略歴
エピクテトス・パタリンフグ(Dr. Epictetus Patalinghug)
フィリピン大学名誉教授(経済・金融分野)。アルバート・デル・ロザリオ(ADR)研究所理事。前フィリピン大学ビラタ・スクール・オブ・ビジネス教授・博士課程プログラムディレクター。1996年~1997年にフィリピン関税委員会委員。東京大学で客員研究員を務めたことも。ハワイ大学で博士号を取得(経済学)。研究実績は、アジア大洋州地域の国々の通商・産業政策、経済成長やサプライチェーン構築など多岐にわたる。
執筆者紹介
ジェトロ・マニラ事務所
吉田 暁彦(よしだあきひこ)
2015年、ジェトロ入構。本部、ジェトロ名古屋を経て、2020年9月から現職。

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