特集:アフリカ・スタートアップ中東・北アフリカ地域で若者の起業を支援(エジプト)

2019年7月12日

中東・北アフリカ(MENA)地域で最大の人口(約1億人)を誇るエジプトでは、アラブの春(2010年~2012年)以降に経済が停滞し、若年層の失業率が高い。その中で、自ら起業し新たなビジネスをつくる若者が増えている。アラブの春当時から若者の起業を支援しており、「中東スタートアップの父」と称されるアハメド・エル・アルフィ(Ahmed El Alfi)氏に話を聞いた(6月18日)。


アハメド・エル・アルフィ氏(Sawari Ventures提供)
質問:
エジプトでの取り組みについて。
答え:
幼少期より米国に移住して米国で働き、2006年にエジプトに戻って来た際に、エジプトの若い人は才能があるが、それを導く人がいないと感じた。ベンチャーキャピタル(VC)のSawari Ventures外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます の会長としては、中東と北アフリカの市場をリードする企業に投資している。他方で、まずは若者の起業を支援・育成する必要性を考え、アクセラレーターのFlat6Labs外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます を2011年に設立し、多くの若者の起業支援・育成を行っている。さらにThe GrEEK Campus外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます (グリーク・キャンパス)を2013年に立ち上げ、エジプトの中心的インキュベーション施設となっている。最近では、学校教育の普及を重要視しており、私自身もNafham外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます の共同創設者として起業し、エジプト最大のオンライン教育サービスに育て上げた。

Flat 6 labsのDemo DayでオープニングスピーチするAlfi氏(ジェトロ撮影)
質問:
それぞれの活動の詳細は。
答え:
米国カリフォルニアで約25年間、いくつかのVCで勤めていたため、そのノウハウを生かして、2010年にエジプトでSawari Ventureを立ち上げた。グローバルにスケールアップが期待できるアーリーステージ、成長ステージのテック企業に投資している。以前は気に入ったアイデアに対して投資していたが、情熱を教えることはできないと気が付いたので、今はアイデアと情熱を持っている人に投資すると決めた。アフリカの中では規模の大きいファンドを形成している。
2011年に立ち上げたFlat 6 labsでは、半年ごとに公募の中からシーズ、アーリーステージ約10社を選定しており、これまで200社以上を支援した。2019年上半期のラウンドでは900社・チーム以上の申し込みがあり、そのうち8社を選定した。米国やMENA地域のスタートアップで活躍したメンターからの指導、ブートキャンプにより育成している。育成だけではなく、自社で少額出資を実施したり、卒業企業の投資ピッチイベントのDemo dayを開催したり、投資へつなげるためのネットワーキングも行っている。Flat 6 LabsはMENA各国の都市に設立しており、アブダビ、バーレーン、サウジアラビア、レバノン、エジプト、チュニジアにあり、モロッコ、ヨルダンにも設立する予定だ。これらのネットワークを生かし、スタートアップのMENA地域での拡大も支援している。現在までに、MENA地域での有力なアクセラレーターに成長した。
若者が中心となったアラブの春の際に、妻が若者のエネルギーを起業に向け、それを支援するというアイデアをひらめいた。そこで、私は革命時に火を放たれたタハリール広場に近い元カイロアメリカン大学を2013年に買い取り、基礎的なインフラを整備し、The GrEEK Campusを立ち上げた。コワーキングスペースを運営し、スタートアップを支援するアクセラレーター、法律事務所、会計事務所などに加え、ウーバー(Uber)やトレンドマイクロなどグローバルなテック企業の入居も呼び込み、ネットワーキングをしやすい環境をつくっている。既に130社以上のスタートアップ関連企業が入居しており、満室のため、今後はカイロ近郊やエジプトの地方都市でも、同様のインキュベーション施設を新設する予定だ。中東・北アフリカ最大規模の起業支援イベントで、2018年は6,000人以上が集ったRiseUp Summitを含む、多くの若者主催のイベント会場としても使われている。現在は主要な業務を社長に委ねたが、会長として、今でもデスクを構えて、若者へアドバイスしている。
社会発展や経済拡大のために、子供への教育が重要だと確信している。エジプトやアフリカ経済では、優秀な人が教育を受けられず、自国の産業が弱いので教育を受けた人材は海外に流出してしまうため、なかなか発展につながらない。エジプトでは学校の施設環境は劣悪で、教師も足りていない。そのため、インターネットにつなげれば、誰でも、どこでも、無料で、ウェブやアプリで授業動画を見ることができるNafhamを設立した。会社名Nafhamはアラビア語での「(物事が)分かる」という言葉に由来する。教材の動画の中には1億ビューを超える動画もある。動画の内容は、公的な初等教育や中等教育の教科書に基づいている。有料のオンライン個別レッスンや広告などの収入で運営をしている。Nafhamを利用した子供が成長し、大人になってからも教養を身に付けたり、職業トレーニングをしたりするための有料コンテンツを含む、大人向けの教育プラットフォームも始めた。月に100万人以上が視聴するアラビア語圏で最大の教育プラットフォームとなっている。Nafhamはサウジアラビアやシリアなどアラビア語圏に拡大しつつあり、学校で適切な授業を受けられない子供でもオンラインで基礎教育を受けることができるシステムを整えていく。
オンラインで教育を受け、テクノロジーに関心のある若者は、われわれのThe GrEEK CampusやFlat 6 labsなどで、トレーニングしてほしいと考えている。われわれが活動を始めた当時、支援団体は少なかったが、現在は、大学発アクセラレーターや、銀行など民間が後押しするアクセラレーター、情報通信省など政府が支援するインキュベーター施設もエジプトで増えており、MENA各地にもテックハブがある。若者がそれらの支援を受け、起業家精神を養い、巣立ってビジネスを始め、将来的にはグローバルなビジネスへ発展させると信じている。若者をあらゆる角度から支援していく。

RiseUp Summit開催時のThe GrEEK Campus(ジェトロ撮影)
質問:
エジプトの投資先としての魅力は何か。
答え:
エジプトは人件費が米国の約5分1と安く、施設や企業運営のあらゆるコストが安いので、スタートアップへの投資額も少なくて済む。現状では、製造業においてメード・イン・エジプトの商品は信頼がなく、売るには時間をかけて信頼を築く必要があるが、アプリやソフトウエアであれば、どこの国で開発したかは関係なく、すぐに国際的に普及できる可能性がある。人口が多く増加傾向にあり、消費市場と捉えることもでき、若者も多く人材が豊富だ。若者はすぐにテクノロジーに適応し、皆がスマートフォンを持って使いこなしている。また、混沌(こんとん)とした都市に生まれ、生きていくために創意工夫が必要なため、この街ではクリエイティブな人材にならざるを得ない。2017年に東京で行われたトレンドマイクロのセキュリティー大会で、世界から集まったチームを勝ち抜き、エジプト人のチームが優勝したこともあり、若い世代にはテクノロジーの才能があると考えている。近年は若者だけではなく、企業に勤めて特定の専門知識のある人や、仕事や留学で海外に行き帰国した優秀な人材が、起業する例もある。若者のエネルギーやテクノロジーの才能と、各産業の専門知識が掛け合わさり、より良い企業が生まれてくる土壌が育まれている。既に買収などによりイグジットした人も出てきており、メンターなど育成者の質が高まり、人数も増えてきている。ビジネスを立ち上げてもうまくいっていないケースもあるし、未熟なスタートアップが多いのも実情だが、豊かで安定を好む先進国の若者より、エジプトの若者はハングリー精神を持っているので、今後も有望なスタートアップが出てくることを期待している。
投資については、地理的にも近く関係の深い中東の産油国のVCからの投資も期待できる。2017年は、約5,000万ドルしかエジプトのスタートアップに投資されていないと言われている。皆の目がまだエジプトのスタートアップに向いていないため、むしろ今は出資や協業がしやすい。もちろん、社会的なインフラが整っていない、政府や役所の手続きが遅い、エジプトでのIPO(新規株式公開)案件がとても少ないなど、ビジネスの中での課題が多々ある。一方で、交通システムが整っていないので、ライドシェアが利便性により一気に普及するなど、ビジネスのタネも多い。公共料金のモバイル決済での支払いを可能にするなど、政府も情報通信技術(ICT)化に向けて動いている。
政情が不安定であったアラブの春の最中、治安が悪かったためリスクに過敏になる人が多い中で、The GrEEK Campusをつくった。5年たった現在、新たなビジネスを始めるスタートアップが次々に生まれている。導く人がいれば、社会は変わる。起業が増え、雇用が生まれれば、社会も安定する。政府や国際機関も、雇用創出のために起業支援のプログラムを始めている。起業を支援し、投資することで、社会的なリスクも減っていくと考えている。
質問:
エジプトで注目しているスタートアップを教えてください。
答え:
モバイルアプリのバグを検出するアプリのInstabugが、世界中のアプリ開発者に使われている。ウーバーのミニバス版で、ミニバスと乗客をスマホアプリでマッチングするSwvlも1億ドルの評価額となっている。CEO(最高経営責任者)は私の下でインターンをしたことがある。AI分野ではKngineがサムスンに買収されたほか、ELVESというAIアシスタントアプリがある。すでに成功している事例としては、2007年に設立されたフィンテックのFawryもあり、エジプト最大の電子決済システムとなり、モバイル決済も始めている。eコマースの分野も、多くのスタートアップが生まれており、有望だ。そのほかにも、エジプトのテクノロジー企業でいえば、通信会社Orangeに2011年に買収されたインターネットサービスプロバイダーのLINKdotNET、2011年Intelに買収されたSySDSoftなどの例がある。
質問:
最後に日本企業との連携の可能性について聞かせてください。
答え:
投資家・VCにとっては、現在、エジプトは投資が少なく過小評価されており、チャンスがある。ハイテク技術を求めているエジプト企業はいるし、日本の中小企業のニッチな技術がエジプトの社会課題を解決できるかもしれない。大企業が既存ビジネスを発展するために、ICTを活用した新たな形でスタートアップと協業できると思うし、出資の対象にもなる。エジプトにはポテンシャルがあり、今から5年後、10年後を考えると、私は将来が明るいと考えている。ぜひ、エジプトの現状を見に来てほしい。
執筆者紹介
ジェトロ・カイロ事務所
井澤 壌士(いざわ じょうじ)
2010年、ジェトロ入構。農林水産・食品部農林水産企画課(2010年~2013年)、ジェトロ北海道(2013~2017年)を経て現職。貿易投資促進事業、調査・情報提供を担当。