特集:アフリカ・スタートアップ変革期のナイジェリアに今こそ視線を(ナイジェリア)

2019年7月12日

年々、注目が高まっているナイジェリアのスタートアップシーン。しかし、日本からの投資はいまだ集まっていないのが現状だ。そんな中、日本企業の投資を活発にするべく、ナイジェリアでベンチャー投資活動を開始した人物がいる。既にナイジェリアのエコシステムで関係を構築し、最新事情にも通じたケップルのジェネラル・パートナーである品田諭志氏に話を聞いた(6月21日)。


品田諭志氏(本人提供)
質問:
ナイジェリアでの活動について。
答え:
東アフリカのケニアを中心に、シードステージのスタートアップにベンチャー投資しているケップルに7月から参画し、ナイジェリアのスタートアップに対して、同様の活動をこれから行っていく。ケップルは少数精鋭3人のメンバーで活動しており、非常にスピーディーな意思決定ができることを生かし、2019年内にはナイジェリアで10社程度の投資先を積み上げていく予定だ。 次のステップとして、2020年以降はグロースステージのスタートアップを対象に、ケニアとナイジェリアでさらに大きな投資をしていく計画だ。
質問:
ナイジェリアに注目する理由は。
答え:
ナイジェリアは今、これまでにない歴史的な転換点を迎えている。従来、石油・ガス産業が経済の中心で、一部の政治家が権力を牛耳り、企業と政府の癒着により既得権益が守られ、物事もトップダウンですべてが決まっていたが、状況が変わってきている。今までは海外に出てしまうと二度と帰ってくることはなかった優秀なナイジェリア人が、起業家として祖国に戻り、ボトムアップでビジネスを立ち上げ、これまでとは違うアプローチで社会が発展しはじめている。テクノロジーを使った新しいビジネスの力で、まさに人口2億のポテンシャルがようやく発揮される時期が来ている。この経済・社会構造の変化は、従来の構造では入り込めなかったナイジェリアの市場に入り込むチャンスだと思う。スタートアップへの投資分野では、いまだ中国のプレゼンスもほとんどなく、日本としてはこの流れにパイオニアとして入り込み、産業をリードしていける存在になり得る。私自身、日本人として、この歴史的転換点に参画することの意義を強く感じている。日本の企業と投資家をナイジェリアのスタートアップとつなげ、投資することで、インパクトをより大きなものにしていきたい。ナイジェリアのスタートアップシーンについて指摘すると、本来持っているポテンシャルに比べてまだまだ過小投資、過小評価されている状態だ。国全体のGDP比でベンチャー投資額をみると、現時点では東南アジアに比べて非常に低いが、近年、ナイジェリアのベンチャー投資金額は急成長している。2018年のナイジェリアへのベンチャー投資は約3億ドル程度だったが、2022年には10億ドルに届くとみている。
世界全体の人口を見ても、ナイジェリアのプレゼンスを見逃すことはできない。2050年にはナイジェリアの人口は4億人を突破すると予想されており、インド、中国に次いで世界3位の人口大国になる。そうなると、ナイジェリアがグローバル経済に与える影響は無視できず、ナイジェリア経済が発展しなければ、グローバルな不安定要因になりかねない。逆説的だが、グローバル社会としてもナイジェリアを発展させ、安定化を図っていかざるを得ない。
質問:
ナイジェリアのスタートアップシーンの特徴は。
答え:
まず人材の特徴について。海外からの頭脳回帰にはじまり、最近はナイジェリア国内で民間企業の主導により人材が育つ土壌が出てきているのは、他国に比べても特徴的な動きだ。前述の通り、近年、海外から優秀なナイジェリア人が帰ってきている流れがある。ハーバード、マサチューセッツ工科大学(MIT)、スタンフォードなどのトップ校で学び、欧米のブルーチップ企業でビジネス経験を積んだピカピカなエリートが、ナイジェリアに戻り起業家となっているケースが非常に多く見られる。さらに、Co-Creation Hub(CcHub:ラゴスの有力インキュベーションハブ)に代表される数多くのテックハブや、アンデラのようなITエンジニアを育成するスタートアップが、今までは埋もれてしまっていた国内の有望人材を発掘、そして育成している。ジュミア(アフリカ最大のeコマースサイト運営)など、ナイジェリアですでに大きく育ったスタートアップの人材がスピンアウトして起業する例も増えている。このように、国内で人材育成ができるシステムが確立しつつあり、ナイジェリアのスタートアップシーンが成長していくエンジンになっている。欧米人起業家であふれるケニア、政府の主導でスタートアップ育成が進むルワンダと比べても、ナイジェリアはローカル色が強く、民間主体でエコシステムが発展している。
こうした起業家たちが対峙(たいじ)するのは、脆弱(ぜいじゃく)なインフラや汚職、正常に機能しない政府組織などのチャレンジングな環境だ。社会課題が深刻であるがゆえに、ナイジェリア人は根っからの起業家気質を持っており、問題解決能力のある人材が育つ土壌があると言える。
現在、ナイジェリアではさまざまなセクターで新しいスタートアップが続々と生まれてきているが、スタートアップとしてのいわゆる「勝ちパターン」はまだ決まっておらず、インドや東南アジアのように、B2Cとeコマースを中心とした典型的なユニコーンが資金調達上位を独占しているわけでもない。今、ナイジェリアは石油・ガス産業依存から脱却するため産業多角化を掲げており、今後、国の産業構造が変化していくタイミングと、インターネットやスマートフォンの普及が進むタイミングが符合したことにより、その流れにマッチしたスタートアップが生まれてくるだろう。例えば、これから農業セクターの成長が大きく期待される一方、銀行口座を持たない人口のほとんどは農民だ。農民のこれまでの伝統的な取引形態をデジタル化させ、農業とフィンテックを融合させるようなビジネスモデルを持ったスタートアップが多く生まれている。こうした国の状況に合わせた、他国にはないユニークな起業モデルも出てくるのではと見ている。
質問:
ナイジェリア・スタートアップシーンの投資先としての魅力と課題は。
答え:
現段階ではケニアや南アフリカ共和国などに比べて、競争が激化していないことだ。ナイジェリア特有の商習慣や社会課題が大きいため、参入障壁が高いことが要因だが、逆に言えば最大のマーケットであるにもかかわらず競合が少ないので独り勝ちできるチャンスも大きいと言える。また、ナイジェリアのように、アフリカの中でも「カオス度が高い国」で成功したモデルは、他のアフリカ諸国への展開が非常に容易だ。新しいことをボトムアップで始めるには最適な環境と言える。逆にいうと、アフリカの中でも、ルワンダのように政府が国を挙げてスタートアップを支援する洗練した市場で成功したビジネスモデルを、他のアフリカに横展開することは簡単ではないとみている。もちろん、ナイジェリア市場とスタートアップは「ハイリスク・ハイリターン」の象徴のような存在なので、だからこそ、市場を理解し、現地エコシステムに根を張るケップルが切り込み隊長となり、アンカーとして日本企業の道案内の役割を果たせればと思う。
課題をもう少し挙げると、これはビジネス全般に言えることだが、為替リスクと規制リスクだ。通貨ナイラの為替変動リスクは、ここ1年は安定しているものの、常に乱高下の恐れがある。また、各産業分野における規制も、連邦レベル、州政府レベルで突然、追加・変更されることもままあり、それによってビジネスがうまくいかなくなるリスクをはらんでいることは懸念材料だ。
質問:
有望な注目すべき産業・分野は。
答え:
先ほど挙げた農業に加え、国、州政府など公共セクターが担うべきであるにもかかわらず機能していない分野で、その部分を補完できるようなサービスには可能性がある。具体的にはヘルスケア、教育、サプライチェーン(バリューチェーンの最適化)などだ。また、政府の非効率性や汚職を防ぐ仕組みとして、ブロックチェーンが適用できる分野も有望だ。こうしたナイジェリアのニーズに合ったサービスと、フィンテックを融合させたビジネスモデルも、これからどんどん伸びていくとみている。
質問:
日本企業がナイジェリア(アフリカ)のスタートアップと連携できる可能性はどこにあるか。
答え:
今、ナイジェリアやアフリカに関心を強く持っているのは比較的新しい企業で、これまで伝統的にアフリカで事業を行ってきた企業はそれほど関心を持っていない。アフリカのスタートアップは、良いアイデアはあるけれど、実際のエグゼキューションやオペレーションに課題を持つ企業が多く、既にアフリカでのオペレーション経験を持っている日本企業がスタートアップの課題を補完し、日本企業がスタートアップのアイデアを生かしてビジネスを広げていける可能性はあると考えている。欧米企業、特に日用消費財(FMCG)分野の企業などは現地のスタートアップをうまく活用してマーケット拡大に取り組み、またフランス系の通信大手オランジュや石油大手のトタルはCVC(コーポレート・ベンチャーキャピタル)部門を持ち、シード段階のスタートアップにも積極的に投資するなど根を張り始めている。そうした取り組みも重要と考える。
質問:
今後の活動の展望について。
答え:
冒頭で話したように、まずはナイジェリアでシード投資を開始するが、そこでの実績とアンカーの役割を梃(てこ)に、グロースからエグジットまで、スタートアップの成長に関わり、ビジネスを広げていきたいと考えている。私たちの信念として、優秀な人と優秀な人をつなげ、舞台はアフリカでも、相手にしているのはグローバルという意識で、日本にとどまらず、アフリカと世界中とのつながりを構築していく役割を担えればと思っている。

品田諭志氏略歴

品田諭志/Kepple Africa Ventures・General Partner。
高校卒業と同時にアフリカの旅を開始し、リンガラ語を学びながらコンゴ川を下る。アフリカ約40カ国を訪問。東京大学農学部卒業。双日株式会社においてナイジェリアに4年半駐在し、インフラおよびエネルギー事業の開発と投資を行う。サブサハラアフリカ初の海水淡水化事業の開発・投融資(140億円)をリードし、同事業を立ち上げた。2017年の渡米後、ハーバード・ネットワークを生かしたナイジェリアのスタートアップ支援、およびVCとのコラボレーションを開始し、ナイジェリアのスタートアップへの投資スクリーニングおよび投資先支援などを行った。ハーバード・ビジネススクールで経営学修士(MBA)取得。2019年7月より現職。
執筆者紹介
ジェトロ・ラゴス事務所
山村 千晴(やまむら ちはる)
2013年、ジェトロ入構。東京本部で勤務後、2015年2月よりジェトロ岡山にて地元中小企業の輸出支援を中心に担当し、2017年4月より現職。主にナイジェリア、ガーナでの日系企業ビジネス支援に従事している。