特集:アフリカ・スタートアップスタートアップ・エコシステム関係者に聞く(南アフリカ)

2019年7月12日

通信や金融を中心とするインフラや高度人材の充実から、アフリカで最大のベンチャー投資先して注目を集める南アフリカ共和国(以下、南ア)。ケープタウンとヨハネスブルクに2大エコシステムが形成されている。ジェトロは、南アの老舗インキュベーション施設として知られる、ケープタウンのシティ(CiTi :The Cape Town Innovation and Technology Initiative)の最高経営責任者(CEO)イアン・メリントン氏と、ヨハネスブルクで最大級の規模を誇るツィモロホン(Tshimologong)のダリン・フォリン氏、ケンダル・マガマテ氏に話を聞いた(2019年6月21日)


シティCEOのイアン・メリントン氏(同社提供)

シティ:南アのテック分野のスタートアップを支援

質問:
施設概要は。
答え:
1999年にケープタウンに創設されたアフリカで最も歴史があるインキュベーション施設の1つ。非営利団体として運営されている。特に、テクノロジー分野のスタートアップ支援においては域内随一の規模を誇る。国際NGOのオックスファムの「起業家開発プログラム(EDP) 」の下、直近3年間に416のビジネス案件を支援し、1,300人以上の雇用創出に貢献した。20年の経験と実績を通じてケープタウンのエコシステムの中心的役割を担っている。
質問:
支援内容は。
答え:
2001年にアフリカ初となるテクノロジー分野のコーワキング・スペース「バンドウィズ・バーン」を導入し、起業家のビジネス段階に応じたスペースや各種サービスを提供している。また、教育テックに特化した「インジーニ」や、バイオテックの「バイオシティ」などの専門インキュベーション施設を運営し、スタートアップと、サービス利用企業や共同制作ラボらを結びつける役割を果たしている。ほかにも、フィンテックやデータテックなどの専門分野ごとに起業家支援イベントを開催しているほか、女性テクノロジー起業家支援プログラムや、若年失業者向けにテクノロジー・デジタル技術の訓練機会を提供する「キャパ・シティプログラム」を実施している。現在はインジーニとバイオシティにあわせて18の企業が入居している。
質問:
他のインキュベーション施設との差別化は。
答え:
シティの強みは、前述したとおり、各テクノロジー分野に特化した支援や、カスタムメードのプログラムの実施など、網羅的にサービスを提供できる点にある。また、テクノロジー分野を幅広くカバーしていることから、それぞれのテクノロジーを扱うスタートアップ間で相乗効果が生まれるといった効果もある。
質問:
成功した支援企業は。
答え:
成功事例の1つに、若手黒人起業家が開発した「ディスカバー・イカシ」というウェブプラットフォームが挙げられる。同プラットフォームは、世界的な観光地ケープタウンを訪れる観光客と、アパルトヘイト時代の旧非白人居住区で、現在はインフォーマルセクターの中心地である「タウンシップ」内のビジネスを結びつけた。プラットフォームには、南アの各タウンシップ内の観光ツアーやレストラン、宿泊情報などが掲載されており、観光客は南アの庶民文化を新たな側面から楽しむことができる。これまで貧困・危険といったネガティブなイメージから敬遠されてきたタウンシップのイメージをポジティブなものに変化させるとともに、タウンシップ内の住民の所得向上にも寄与する画期的なアイデアとして注目されている。
質問:
ケープタウンと、南アのエコシステムの今後の見通しは。
答え:
南アのエコシステムは活気に満ちている。今後、コネクティビティーの浸透に伴って、デジタルバリューチェーン内の起業家精神に満ちた活動はさらに活発になることが期待される。また南アは、国の枠を越えてアフリカが有する課題の解決や、アフリカにおける「デジタル・インクルージョン」の拡大を実現させていく上で、テクノロジーとイノベーションを活用する理想的な実験の場だと思う。その一環として、シティは現在、アフリカのインキュベーションやイノベーションを支援する「アフリカ・プライズ・フォー・エンジニアリング・イノベーション」プログラムを運営しており、ナイジェリアやケニアなど複数のアフリカ諸国のスタートアップ企業が参加している。また、ウガンダでのピッチイベント開催など、南ア国外での活動も積極的に行っている。
質問:
日本企業と南アのスタートアップの連携の可能性は。
答え:
もちろん可能性はある。特に、専門知識・技術の移転、また、南ア企業が日本向けにソリューション提供する際に、日本企業と連携できるだろう。

ツィモロホンのアナリストであるダリン・フォリン氏(左)と、
イベントマネジャーのケンダル・マガマテ氏(同社提供)

ツィモロホン:ヨハネスブルクはパートナー企業・顧客発掘が容易

質問:
施設概要は。
答え:
南アのビットボーターズランド大学所有のインキュベーションセンターとして、2016年に創設された。現在23人の正規雇用者を有する。国内最大の経済規模を持つハウテン州政府、ヨハネスブルク市、国内の研究施設と密に連携を図っているほか、南ア通信大手テレコムや、シーメンス、マイクロソフト、IBMといった外国企業も重要な出資パートナーだ。現在は24のスタートアップが入居しており、うち10社がIT・通信関係だ。また、5社がオクスファムのEDPの支援対象企業だ。
質問:
支援内容は。
答え:
当社が運営するコーワーキング・スペースに入居するスタートアップは、マーケティング・PR手法や法律面のアドバイス、パートナー企業候補の紹介といったサービスを受けられる。また、EDPの支援対象企業は業界の専門家からの個別支援も受けられる。
質問:
他のインキュベーション施設との差別化は。
答え:
南ア経済の中心地ヨハネスブルクに位置し、大学や公的機関、企業などと幅広くパートナーシップを結んでいることが強みだ。また、運営の財源となる企業からの出資獲得に当たっては、企業の社会的責任(CSR)予算ではなく、黒人の経済力強化(BEE)政策(注)のスコアの1つとなる「企業およびサプライヤーの発展」用の予算に焦点を当てている。ほかにも、3Dプリンターや拡張現実(VR)などの最新技術を備えた施設を持つほか、デジタルスキルの講習、アニメ技術やデジタルアート分野の支援なども行っていることが特徴的だ。
質問:
支援企業の成功例は。
答え:
ITソルーション系のエグーマと、教育系のヒッポキャンパスの2社が代表例だ。エグーマは、農家が害虫の識別や農産物や家畜の生育状況を観察できるよう、画像や気象情報を人工頭脳(AI)で分析し、情報提供する。2017年にJPモルガンの企業開発プログラムを通じて事業を開始し、現在、750の農場でパイロットプロジェクトを行っている。ヒッポキャンパスは会話型デジタル個人指導アプリケーションを提供する。機械学習技術の活用により、ユーザーは講義動画を安価でいつでも閲覧でき、質問に対しては即座に返信を受けることが可能だ。エグーマと同様に、2017年にJPモルガンの支援を受けて事業を開始している。
質問:
南ア、ヨハネスブルクのエコシステムの見通しは。
答え:
南アの経済成長については、慎重ながらも楽観視している。それよりも、予測では2050年までに24億人まで成長する、テクノロジーのフロンティアと期待されるアフリカ全体に着目していく必要があるだろう。ヨハネスブルクのソフトウエア企業はナイロビやラゴスよりも企業数は少ないが、生産性は高い。また、ヨハネスブルクで起業する大きな利点の1つとして、アフリカのビジネスの中心であることから、スタートアップにとってパートナー企業・顧客へのアクセスが容易なことが挙げられる。一方で、多くの起業家がヨハネスブルクでは優秀な人材の確保が難しいと話している。また、南アのマクロ経済状況、特に、為替の乱高下が海外の顧客とのビジネスを難しくしていること、フィンテックのスタートアップに関しては、南ア当局の規制が新規参入を阻む大きな要因となっていることなどが指摘されている。ほかにも、南ア全体として、通信コストの高さ、インフラ整備の都市部と地方との格差、不安定な電力供給などの問題もある。
質問:
日本企業との連携の可能性は。
答え:
複数の方法があると思う。まずは、日本企業が前述のBEEの「企業およびサプライヤーの発展」を通じてスポンサーとなることだ。ほかにも、日本企業との交流を目的としたハッカソンイベントの実施や、日本と南アのスタートアップハブのベストプラクティスの共有などが挙げられる。

注:
アパルトヘイト(人種隔離政策)時代に社会・経済的不利益を被った人々(黒人、カラード、インド系市民など)の経済的地位向上のための積極的差別是正措置。
執筆者紹介
ジェトロ・ヨハネスブルク事務所
髙橋 史(たかはし ふみと)
2008年、ジェトロ入構後、インフラビジネスの海外展開支援に従事。2012年に実務研修生としてジェトロ・ヤンゴン事務所に赴任し、主にミャンマー・ティラワ経済特別区の開発・入居支援を担当。2015年12月から現職。南アフリカ共和国、モザンビークをはじめとする南部アフリカのビジネス環境全般の調査・情報提供および日系企業の進出支援に従事。