特集:AIを活用せよ!欧州の取り組みと企業動向ルール形成でリーダーシップを狙う(デンマーク)

2019年6月12日

デンマークは、2019年3月にAI国家戦略を発表した。同国は他の北欧諸国と同様に国内市場が小さく、AI(人工知能)開発に利用できる国内のデータ量や関連投資の受け入れに制約がある。一方、国民の情報通信技術(ICT)リテラシーや社会のデジタル化は世界でも最高水準であり、AIの活用に向けた土壌は整っている。本レポートでは北欧諸国のAIへの受容性を俯瞰(ふかん)し、デンマークのAI戦略や重点分野について、企業動向などを交えて紹介する。

「デジタル技能」「ICT環境」「AIへの社会的受容性」という強み

AI技術を活用する前提条件として、そうした技術を積極的に活用しようとするICTリテラシーの高さや、それを可能にする社会インフラの整備が必要となる。この両方の点において、北欧諸国はすでに世界最高水準の環境を有している。世界経済フォーラムが2019年に発表したレポートによれば、「市民のデジタル技能」の項目で、北欧諸国は英国・ドイツ・フランスといった欧州主要国より上位にランクインしている(表参照)。また、インターネットや携帯端末の普及率により示される「ICTの利用環境」の項目でも、同様の傾向を見ることができ、社会全体がインターネットを通して高度にデジタル化されていることが分かる。

表:国際競争力の各項目で見た北欧と英国・ドイツ・フランスの順位

市民のデジタル技能
順位 国名
1 スウェーデン
3 フィンランド
12 デンマーク
16 ドイツ
32 英国
63 フランス
ICTの利用環境
順位 国名
5 スウェーデン
8 デンマーク
16 フィンランド
28 英国
29 フランス
31 ドイツ

出所:世界経済フォーラムの国際競争力レポート(2019)

実際に、北欧諸国の国民は、AIを積極的に社会に取り入れていく姿勢を明確にしている。欧州委員会がEU加盟国を対象に実施した2017年のアンケートの調査では、スウェーデン、デンマーク、フィンランドの国民の7割強が「AIは社会に良い影響をもたらす」と回答しており、AIを活用することに対する社会的な受容性は非常に高いといえる。

図:「AIが社会に非常に良い、または良い影響を与える」と
回答した人の各国別割合
デンマーク、25%、52%、合計77%。スウェーデン、26%、50%、合計76%。フィンランド、16%、60%、合計76%。英国、22%、46%、合計68%。ドイツ、9%、45%、合計54%、フランス、8%、45%、合計53%。EU28か国平均、15%、49%、合計64%。

出所:ユーロバロメーターの調査(2017)

AI活用に向けたルール作りとEUとの協力を重視

デンマーク政府は2019年3月に、「AIに関する国家戦略外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」を発表した(参考参照)。この中で、まず同政府はAIの活用に関する倫理規定を制度化することを掲げる。同戦略によると、AI開発やそれに不可欠なデータの収集・管理を加速させるためには、AIに対する国民の信頼を高める必要があるとする。デンマークでは国民の83%が行政の個人情報管理を信頼するなど、これまで行政は個人情報の取り扱いにあたり高水準の保護に努めており、信頼度の高さがそれを裏付けている。デンマーク政府は、そうした信頼を堅持しつつAIの活用を推進するために、倫理規定の枠組みづくりに焦点を当てる。具体的には自己決定(AI主体ではく、本人の独立した意思決定)・尊厳・責任・公平性をはじめとした6つの原則を明示し、基本的な価値観に抵触しないAIの活用を目指す。また同政府は、そうした制度的枠組みをEUレベルにも反映させることで、国際的なルール形成に影響力を与えていくことを掲げている。

さらにデンマーク政府は戦略で、国内向けのAI開発に向けてデンマーク語のデータ共有を強化しつつも、EUとの協力を重視していることを鮮明にしている。研究資金に関しては、EUの研究開発支援枠組み「ホライズン 2020」およびその後続プログラムのデンマークでの積極的な利用を促し、AI研究を進める環境を整える。また投資資金について、デンマーク成長基金(the Danish Growth Funds)を通してEUから投資を呼び込む。さらに、国外のデータへのアクセスを確保するため、EU加盟国とのデータ共有に向けた制度作りの推進を目指すとしている。

参考:デンマークのAI国家戦略の要旨

AI活用に向けた指針と具体的な政策

1. 責任ある制度作り
データ倫理委員会の設置
セキュリティー強化に向けたイニシアチブの推進
AIの利用により生じる法律問題を審査する作業部会の設置
公的機関、民間企業によるAI活用に向けた倫理ガイドラインの設定
EUや世界レベルでの制度形成への関与
2. より多く質の高いデータの確保
デンマーク語の音声・記述データ共有システムの設置
公的データの開示分野拡大
政府データの一元管理に向けたクラウドシステム設置の検討
他のEU加盟国など国外のデータアクセスの強化
3. 能力開発と研究開発の促進
AIに関して公的研究基金との対話強化
中央政府のデジタル技能の強化
EUの研究開発プログラムへの積極的な参加
大人向けのデジタル教育の強化
4. AI向けの投資の促進
パイロットプロジェクト実施を通した知見の集積
デンマーク成長基金を通した国内企業への投資活性化
デンマーク成長基金と設立が見込まれるEUAI財団(仮称)との協力
公的機関内でのAI活用に向けた知見の共有と官民共同の推進

重点分野

  • ヘルスケア
  • エネルギーと公共サービス
  • 農業
  • 交通

出所:デンマーク政府

国内でも進む資金の確保と人材育成

国内レベルでも、取り組みは進む。政府は同戦略で掲げられたイニシアチブの実施に向けて、2019年から2027年にかけて920万ユーロを確保している。さらに2019年の国家予算では、1,320万ユーロがデンマーク・イノベーション基金(Innovation Fund Denmark)を通して、新デジタル技術の開発を行う研究センターの運営に充てられる。また、新たに1,070万ユーロをデンマーク独立研究基金(the Independent Research Fund Denmark)に配分し、AIを優先分野としながらデジタル技術の開発を進める。

デンマーク政府は、企業のAI関連投資の活性化の呼び水とすべく、デンマーク成長基金を通して投資資金を振り向ける。同基金は今後4年にわたり270万ユーロ分の投資プールを設け、AIをベースとしたビジネスモデルを展開する企業を対象に、共同出資を行うパイロットプロジェクトを実施する。さらに、福祉サービスの分野では、政府が地方自治体などと共同で設けた投資基金を活用して、 AI技術の試用や導入を加速させる。

AI人材の育成に関しては、子供から大人まで幅広い世代を対象にしたAI教育・訓練を目指す。デンマーク政府は2018年1月(2月に更新)に発表した「デジタル成長戦略」の中で、テクノロジーパクト(Technology Pact)というプログラムを立ち上げ、若者を中心にAIを含めたICT教育を強化している。プログラムでは、小・中学生向けにICT科目を必修にすることが掲げられている。そのため、2018年から4年間にわたり、学生と教員を対象にテストプログラムを実施し、効果的な教育方法の確立を目指している。また、幅広い産業でデジタル化に対応する人材を育成するため、職業訓練学校でもICT教育を強化する。同政府は、職業訓練学校でICT技術の活用に特化した教育や訓練を行うため専門のセンターを立ち上げたり、職業訓練学校の卒業試験でもICT科目を課す予定だ。

重点分野での動き

デンマーク政府は同戦略で、「医療」「エネルギー」「農業」「交通」の4つの重点分野を掲げている。これらの分野では、すでにデンマーク発の企業によってAIの活用に向けた取り組みが始まっている。コペンハーゲン緊急医療サービスと連携するコルティ(Corti)はAI技術を駆使して、緊急電話に対応する医療スタッフのサポートを行う。同社の技術では、心臓疾患を訴える患者が緊急電話をかけてきた際に、通話内容に基づいて患者の心臓疾患の原因を特定することができる。これまでスタッフが電話越しでこの原因を判断する場合、その正確性は73%だったが、この技術の導入によりその値が84%まで上昇するという。

エネルギー分野では、公営送電事業者エネギネット(Energinet)は、変電所のメンテナンスをAI技術により行う。同社は国内の変電所にセンサーを設置し、設置された場所の音や振動、温度などを探知することで、変電所の異常を早期に発見し、メンテナンスをすることができる。これにより、経費削減と変電所のより効率的なモニタリングが可能になった。

アグロインテリ(Agrointelli)は農業に、AI技術を生かす。同社が開発した自動栽培ロボットのロボッティ(Robotti)は、苗床の準備から種まき、手入れ、養分の注入までをすべて行うことができる。またGPSを通して稼働しており、ロボットが自身で最適なルートを割り出すことができる。デンマークの主要産業でもある酪農においても、AI技術が活用されている。ラッテク(lattec)が提供するハードナビゲーター(Herd Navigator)は、センサーを通して牛の繁殖や健康状態をデータ化し、飼い主に繁殖率の向上や疾病の早期発見、給餌とエネルギーのバランスなどの情報を提供する。これにより、生産の損失コストや獣医師コストの増加を防ぐことができる。

交通分野でもAIを利用し、混雑を解消する試みが行われている。アルボルグ(Aalborg)大学の研究者で構成されるチームは、デンマーク独立研究基金から80万ユーロの資金援助を受け、ビックデータを基に、最も速く、かつエネルギーコストの良い交通案内システムの開発に乗り出している。

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部国際経済課
山田 広樹(やまだ ひろき)
ダナン市投資促進部、プラハ国際関係研究所を経て、2019年にジェトロ入構。同年より現職。