特集:AIを活用せよ!欧州の取り組みと企業動向AIの次世代製造業での活用に期待(チェコ)
イノベーション大国を目指し、国内外にネットワークを構築

2019年5月28日

チェコには現在、約950人の人工知能(AI)研究の専門家がおり、400人を超える博士課程の学生がAI研究を行っている。AI技術を用いる周辺分野の研究を含めると、およそ1,000人の専門家がAI研究に携わっている計算だ。チェコでは今、AI関係機関・関係者のマッピングによる実情把握と、それをベースとしたAIの国家戦略策定が行われている。まさに、国を挙げてAIを含むイノベーション戦略へとかじを切ろうとしているところだ。

チェコ工科大学がAI研究を牽引

チェコで資金面・人材面ともに最大の人工知能(AI)研究機関はプラハのチェコ工科大学だ。インダストリー4.0政策でも中心的な役割を果たしている同大学の情報科学・ロボティクス、サイバネティクス研究所(Czech Institute of Informatics, Robotics and Cybernetics:CIIRC)は、3月に欧州委員会から、AIなどの技術交流などを目的としたデジタルイノベーションハブ(AI Digital Innovation Hubs Network: AI DHI)(注1)のチェコの拠点として認定された。今後5年間で12億チェコ・コルナ(約60億円、1コルナ=約5円)のプロジェクト・ファイナンスを確保し、今後も増額が見込まれ、国内外でのネットワーク拠点としての役割を期待されている。研究領域としては、機械学習、機械知覚、ロボティクスなど、実際の製造現場で活用される技術を中心に研究を行っている。

また、チェコ工科大学の電子工学部(Faculty of Electrical Engineering: FEE)では、スタートアップ設立の支援が充実しているほか、トヨタ、アバスト、シスコ、レッドハット、エレクトロラックスといった国内外の企業や、国防関連を含む米国の機関〔空軍、海軍、陸軍、航空宇宙局(NASA)、連邦航空局など〕との実践的な共同研究などの豊富な経験を有している。チェコが強いとされるサイバーセキュリティーや自動運転ロボット、ゲーム理論などについて研究を行っているのも同学部の特徴だ。

同じくプラハにあるカレル大学の数学物理学部の理論・応用言語学研究所(Institute of Formal and Applied Linguistics: IFAL)などで行われているテキスト分析、機械翻訳、情報検索、情報抽出の分野での先進的な研究は国際的に高い評価を得ている。

プラハだけでなく、チェコ第2の都市であるブルノには、ブルノ工科大学、マサリク大学という工学系で有名な大学があり、優秀な人材を多く輩出している。また、先端材料・技術の研究を行う中欧技術研究所(the Central European Institute of Technology: CEITEC)といった研究機関など、ブルノには先進的な研究開発を行う施設が整っている。ブルノ工科大学ではコンピュータビジョンやグラフィックス、マサリク大学は自然言語処理や生物医学分野における画像データ処理技術、CEITECは主にロボティクスや工場の自動化などを中心とする研究を行っている。その他、オストラバ、オロモウツ、ピルゼンなどでも、各地の大学研究施設を中心にAI研究が行われている。

表1:チェコにおける研究分野別の研究者数(FTE値※)(太字はFTE値が最も高い大学)
研究分野 チェコ
工科大学
カレル
大学
(プラハ)
ブルノ
工科大学
マサリク大学
(ブルノ)
オストラバ工科大学 その他 TOTAL
データサイエンス 3.2 9.4 1.3 21.8 36.0 71.7
機械学習 45.2 2.15 11.1 5.1 7.5 37.0 108.05
自律分散システム 2.8 6.4 0.2 1.2 0.2 10.8
自動推論 9.0 2.7 11.0 22.7
計画・スケジューリング 16.55 2.4 1.8 9.7 2.5 32.95
音声・自然言語処理 4.0 45.5 8.5 10.4 18.6 87
機械知覚 12.6 0.05 5.8 2.7 21.15
自律型ロボティクス 17.7 1.1 6.2 0.3 11.5 0.4 37.2
シミュレーション 6.1 9.0 3.3 6.2 24.6
コンピュータビジョン・グラフィクス 13.0 2.05 19.7 4.5 4.2 28.5 71.95
ゲーム理論 4.8 0.0 4.8
形式手法・自動推論 4.2 11.0 16.0 3.0 34.2

※フルタイム換算値人数
出所:チェコ国家人工知能戦略(2019年 5月)からジェトロ作成

表2:チェコにおけるアプリケーション分野別の研究者数(FTE値※)(太字はFTE値が最も高い大学)
技術・アプリケーション分野 チェコ
工科大学
カレル
大学
(プラハ)
ブルノ
工科大学
マサリク大学
(ブルノ)
オストラバ工科大学 その他 TOTAL
仮想現実(VR)・拡張現実(AR) 2.4 2.0 2.9 3.4 1.0 11.7
ロボット化 9.45 1.15 1.1 0.75 13.1 5.3 30.85
人と機械のコミュニケーション 6.5 27.5 6.9 7.0 6.0 53.9
安全保障・防衛 8.0 10.0 1.1 7.0 26.1
自律的輸送システム 23.4 3.55 2.7 0.25 1.8 1.0 32.7
生産・流通システム(メンテナンスを含む) 9.95 4.6 1.3 0.7 3.1 1.0 20.65
発電 6.95 1.1 3.9 2.0 13.95
スマート製品 2.35 3.7 1.3 7.35
ゲーム・教育システム 3.05 3.1 0.5 0.5 1.8 8.95
インターネット 24.9 0.9 1.0 6.2 3.3 36.3
医療・福祉技術 11.4 3.6 9.6 5.4 13.9 43.9
スマートシティー 4.0 1.1 0.5 14.6 2.5 22.7
行政 2.7 3.5 5.9 3.0 15.1
農業・食品 2.6 1.0 3.6

※フルタイム換算値人数
出所:チェコ国家人工知能戦略(2019年 5月)からジェトロ作成

AIスタートアップ企業の創出をベンチャーキャピタルやアクセラレーターが後押し

チェコにはAI分野でのスタートアップ企業が40社ほどあり、情報・通信技術の専門分野に特化したサービスや製品に注力している企業が多いのが特徴だ。また、スタートアップの支援という観点では、13の投資ファンド、4つのクラウドファンディング・プラットフォーム、3つのエンジェル投資家の協会が存在するなど、チェコにおけるベンチャーキャピタルのネットワークは比較的順調に発達してきているといえる。

AIスタートアップ企業のアクセラレーターとしては、プラハのAIスタートアップ・インキュベーター(AI Startup Incubator)の存在が挙げられる。アーリーステージのAIスタートアップ企業に対し、12カ月のプログラムとして最大50万ドルの融資を行っている。また、専門家から法律・財務・マーケティング・人事などのアドバイスを通して、スタートアップ企業の支援を行う。

同じくプラハに拠点のあるスタートアップ・ヤード(StartupYard)も、2011年に設立された中東欧でも最も古いアクセラレーターの1つで、これまで65のスタートアップ支援を行ってきた。投資家、関連業界の専門家や実務家がメンターとしてビジネスをバックアップする体制が整えられており、3カ月間の無料オフィス貸し出しや、ピッチイベントなども行っている。

工場、製造現場、ヘルスケアなどでの応用に期待

スタートアップの具体例としては、2016年に創業されたポケット・バーチュアリティー(Pocket Virtuality) はチェコ工科大学CIIRCと、仮想現実(VR)・拡張現実(AR)(注2)の分野で共同研究を行い、「Fata Morgana」というシステムを開発した。このシステムは、AR眼鏡を通してスキャンした実際の物理的環境のデータを、VR眼鏡を通して離れた場所でも再現することができる。そのため、製造現場で突発的な修理などが発生した際、その場にいる作業者がリアルタイムで現場を撮影しデータを送付、離れた場所にいる技術者が3D画像を確認しながら指示することで、問題の発生から修理完了までの時間を短縮することができるというメリットがある。2018年9月には原子力発電会社のスコダJS(Skoda JS)と共同で、チェコのテメリン原子力発電所で試用テストが行われている。

2016年プラハ創業のスタートアップ企業ニューロンSW(Neuron Soundware)は、音響分析を通じた機械の問題検出システムを開発。音響分析には高度なAIアルゴリズムが組み込まれており、リアルタイムで工場機械の音響を分析し、機械学習を通じた予測を行うことで、異常があれば即座に警告を出すことができる。この技術は工場における予知保全に有用であり、機械のメンテナンスコストの削減や製品の品質向上が見込まれる。StartupYardの支援を受けた同企業は現在、航空機メーカーのエアバスやドイツエンジニアリング大手シーメンスとも協業している。

ヘルスケア部門での活用が見込まれる技術としては、チェコ西部の街ピルゼンにある西ボヘミア大学発の高度な音声処理技術を生かし、セルティコン(CertiCon)(1996年にチェコ工科大学のスピンオフとして設立)がスピーチ・テック(SpeechTech)と協力してLaryngo Voiceを開発。喉頭がんなど頸部(けいぶ)領域の悪性疾患が原因で喉頭全摘出手術を行った患者のサポートする目的で開発されたLaryngo Voiceは、音声を事前に録音し音声処理を行うことで、入力された文章を本来の声に近い合成音声で生成することができる。現在はシステムの完全自動化に取り組んでおり、録音から合成音声の生成まで人間の作業を必要としない完全自動化が実現すれば、日常的に利用するデバイスでも迅速かつ高品質な合成音声を生成し、利用することができるようになる。

AIに関する国家戦略を策定

チェコ政府は1月、国家的なイノベーション戦略として、「未来へ向かう国/チェコ共和国(Czech Republic--The Country For The Future)を発表し、2030年までにチェコをイノベーション大国にするべく、R&D拠点の集積強化やデジタリゼーション、スタートアップ支援など9つの柱を打ち立て、戦略的に注力していく方針を明らかにした。

5月6日には、国家AI戦略(NAIS; The National AI Strategy)が発表された。先述のイノベーション戦略(The Country For The Future)に基づくAI戦略では、プラハへの国際的なAI研究開発施設の設置や、チェコ中小企業やスタートアップ企業への財政的な支援、AI人材の育成、EU内外諸国との連携などの分野で、短・中・長期的な目標を設定している。カレル・ハブリーチェック副首相兼産業貿易相は「この国家AI戦略はチェコが再び世界で最も先進的な国になるための具体的な第1歩だ」と述べている。

本戦略の担当である産業貿易省のベトル・オチュコ新技術担当副大臣は「長期的な視点で見れば、海外から優秀な人材をチェコに引き付けることが、グローバル企業の研究施設の誘致やさらなる投資の呼び込み、さらにチェコのスタートアップや革新的な企業の発展のためには重要だ」と述べている。

EUとのAIネットワーク形成も強化

こうした動きはEUの積極的なAI政策との連携を意識したものであり、AI国家戦略の策定とともに、今後は欧州のAIコミュニティーとのネットワーク形成と技術連携を強化していく方針だ。EUにおける横断的なAI研究の連携強化のために、各国とのネットワーク形成を行っているCLAIRE(Confederation of Laboratories for Artificial Intelligence Research in Europe)は、2月にオランダ、ノルウェー、イタリア、ドイツとともにチェコ(プラハ)にオフィスを設置することを発表。チェコは中・東欧におけるAIエコシステム支援の拠点としての役割を担うことになる。

また4月3日、チェコ工科大学CIIRC にAIの欧州研究センターが設立されることが発表された。近代産業におけるAIの活用について研究を行い、欧州のさまざまな研究施設のネットワークを形成することを目的としているこの事業は、RICAIP(Research and Innovation Centre on Advanced Industrial Production)プログラムの一環として欧州委員会により採択されたものである。RICAIPではこれまで、チェコとドイツの研究施設4カ所(チェコ工科大学CIIRC、CEITEC・ブルノ工科大学、DFKI、ZeMA)で、インダストリー4.0に関する共同研究としてテストベット(注3)の共用を行うなど、国を超えて協力してきた実績がある。同プロジェクトのリーダーであるチェコ工科大学のウラジミール・マジック教授は「新しい研究センターの6年以内のフル稼働を目指し、この研究施設をヨーロッパに限らず世界中の誰もが試験的にロボット化された生産ラインを開発できるような場所にしていきたい」と述べている。


注1:
AIでの国際連携を進めるための拠点と位置付けられており、EUから財政的支援やビジネス開発に関するアドバイスなどの支援を受けながら、中小企業などへのAI技術の浸透に向けた活動を行う。
注2:
仮想現実(VR)とは、仮想的な世界を現実のように体感させる技術で、拡張現実(AR)とは、現実に近くできるものにデジタル合成などで情報を追加する技術のこと。
注3:
大規模なシステムなどの開発の際、運用の試験を行うための実際の運用環境に近づけたテスト環境のこと。
執筆者紹介
ジェトロ・プラハ事務所
加藤 紗妃(かとう さき)
2016年4月、ジェトロ入構。貿易投資相談課を経て2018年10月より現職。