特集:AIを活用せよ!欧州の取り組みと企業動向人材開発と公的サービスに導入を後押し(ポルトガル)
2019年5月17日
ポルトガル政府は2019年2月11日、同国の人工知能(AI)戦略である「AIポルトガル2030(Portugal 2030) 」の草案を公表した。同戦略は、2018年4月25日に欧州委員会が発表したAI分野でのEUの競争力強化を目指す方針を受け、策定されたもの。EU加盟国の中で、情報通信技術(ICT)・デジタル分野において中位国のポルトガルの底上げを狙う。特に人材面の遅れを問題視し、人材開発に重点を置いている。また、公的機関など行政でのAI活用を推進しているのも特徴だ。
5つの柱となるAI人材開発プランを策定
2018年10月に発表された、EUの経済と社会のデジタル化に関する調査によると、ポルトガルは、EU加盟国(28カ国)中が第16位と中位にとどまっている。こうした現状を改善すべく、ポルトガル政府は近年、積極的に経済・社会のデジタル化の推進を進めている。特に、デジタル分野での人材育成がポルトガルにとって大きな課題となっており、2017年4月には、デジタル化が進む社会において必要とされる人材を供給するため、この変革に適応するICTスキルを持つ人材育成を目指す「ポルトガル・デジタルコンピテンシー・イニシアチブ( INCoDe.2030)」を策定した。このイニシアチブは、(1)包摂(インクルージョン)、(2)教育、(3)雇用・資格、(4)専門性、(5)研究、の5分野を柱としている(表1参照)。国際連携の面では、特に、欧州各国、北米、ブラジルなどのポルトガル語圏と北アフリカとの関係を重視しているのが特徴だ。
NO | 5つの柱 | 内容 |
---|---|---|
1 | 包摂(インクルージョン) | デジタル社会の実現により阻害される人でないよう、教育を修了者、高齢者、移民などの社会的弱者に対して、需要に合わせた教育を行う。 |
2 | 教育 | 科学的な論理思考や協調、全体の構造のデザイン能力を義務教育課程で培うことにより、デジタル技術の向上を目指す。 |
3 | 雇用・資格 | 失業率の高さと、情報通信分野の人材不足を解消すべく、専門技術の獲得に向けて、まずは特定の分野に絞り、中レベルの技術者を育て供給すること、また、需給の不一致が起こっている学科では、卒業生と教師の双方に再教育を実施することにより、より需要が大きい学科を修了した人材の輩出を目指す。 |
4 | 専門性 | 各産業でデジタル技術のある専門人材を供給するため、短期プログラムから大学院課程まで様々なレベルでの企業と連携した教育プログラムの提供の充実化を目指す。 |
5 | 研究 | 新しい知識の創出と実用化に向けての米国などとの国際連携を深める。 |
出所:INCoDe.2030
2030年までの目標としては、研究開発への支出をGDP比で2.6%へ引き上げること(2015年は1.28%)、雇用に占めるICT専門家の割合を8%まで引き上げる(同2.35%)こと、高度にデジタル化された中小企業の割合を40%にまで引き上げる(同17.7%)こと、などが掲げられている。
パイロットプロジェクトとして、公的サービスにAI活用を推進
ポルトガル政府は、「INCoDe.2030」の前述の5つの柱のうち「研究」の一環として、公的機関や公的サービスでのAI技術の導入を進めている。「行政におけるAIを促進するためのFCT(科学技術基金)プログラム 」の下、2018年10月に、行政・公的サービス部門の効率化・コスト削減を目的とした19件のプロジェクト(うちパイロットプロジェクト4件)を発表した。予算総額は3年間で約400万ユーロ。マヌエル・エイトール科学・技術・高等教育相は、皮膚がんの早期発見、国土管理の改善、交通事故の削減や交通渋滞の予測、また、学業を放棄する生徒数の減少といったプロジェクトを紹介しながら、AIがポルトガルの国家政策のロードマップに組み込まれたことをアピールした(表2参照)。
NO | プロジェクト名 | 実施主体 | 概要 |
---|---|---|---|
1 | Derm.AI | フラウンホーファー研究所(ポルトガル)、保健省シェアードサービス(SPMS) | 遠隔皮膚科学的スクリーニングのための人工知能の使用 |
2 | Water Intelligence System Data | セトゥーバル工科大学(IPSetúbal)、ベージャ水・衛生公社 | 効率的な水道運営のための情報システムデータ |
3 | AI-based neuroimaging biomarkers for the diagnosis of neuropsychiatric illnesses | FCiências.ID 、保健省シェアードサービス(SPMS) | 精神神経疾患の診断のため、AIを活用したニューロイメージングバイオマーカーの特定 |
4 | Identifying and predicting emergency admissions | カルースト・グルベンキアン財団(FCG)、保健省シェアードサービス(SPMS) | 緊急入院の特定と予測 |
5 | Data2Hel |
INESCーシステム工学・コンピューター研究所 INESC ID/INESC/IST/Ulisboaからなるシステム・コンピュータサイエンス研究機関と国立救急インスティチュート |
救急医療サービスの最適化のためのデータ科学 |
6 | FailStopper Early Failure Detection application in Public Transport Vehicles in Operational Context | INESC TEC、ポルト・メトロ | 公共交通機関車両の早期故障・障害検出アプリケーション |
7 | Modeling and prediction of road traffic accidents in the district of Setúbal | エボラ大学、ポルトガル共和国国家警備隊 | セツーバル地区における交通事故のモデリングと予測 |
8 | IPSentinel Terrestria Enhanced Recognition Syste(IPSTERS) | 研究機関UNINOVA/FCTUNL/UNLと領土管理総局 | 衛星画像の処理による土地被覆状況や土地利用状況など付加価値のあるマップ作製 |
9 | ModEst Student flow modelling in the Portuguese education system | FCiências.ID (研究開発の協会)、教育・科学統計総局 | 社会経済上のポルトガルの教育システムにおける学生のフローモデリングおよびプロフィリング |
10 | Understanding the drivers of academic achievement | リスボンノーバ大学情報管理学部、教育・科学統計総局 | 学業成績の推進要素の特定 ポルトガルの高等学校制度の根拠と学力向上要因の解析 |
11 | iLU |
INESC ID/INESC/IST/Ulisboa(研究機関)、リスボン市 |
都市モビリティ最適化のためのデータと状況の統合解析 |
12 | EPISA | INESC TEC、図書・公文書・図書館総局 | セマンティック(該当データの背景や意図までを自動的に理解すること)アーカイブのためのエンティティとプロパティのインターフェイス |
13 | Online Gambling Addiction Detection | リスボンノーバ大学情報管理学部、ポルトガル観光局 | オンラインギャンブル依存の検出 |
14 | ICDS4IM | ミーニョ大学、ポルト大学病院 | 集中治療のためのインテリジェント臨床判断支援 |
15 | IPOscore | 機械工学インスティチュート(IDMEC)、ポルト腫瘍学研究所 | 外科的合併症のリスク予測と臨床および生物病理学的データの統合を通じてのがん患者の予後判定 |
16 | Intelligent Agent(s) for Assistance in the Entrepreneur Desk (AIA) | コインブラ大学工学部、行政手続き革新庁 | 業家が事業立ち上げに際して、必要な認可、手続きなどを相談できるチャットボット(注)開発 |
17 | Identifying and Reducing Antibiotic Under and Over Prescription | リスボンノーバ大学経済・商学部、保健省シェアードサービス | 生物質の過剰摂取回避のための処方状況の分析 |
18 | Predicting long-term unemployment | リスボンノーバ大学経済・商学部、雇用・職業訓練インスティチュート | 適切な訓練や教育を行うため、失業者と労働市場で求められる技能の差から長期的な失業率を予測、解析する |
19 | IA.SAE | ポルト大学工学部、経済・食品安全局(ASAE) | 食品安全上のリスクとなる事業者の特定 |
出所:AIポルトガル2030
ポルトガルでは、すでにリモートセンシング、ロボティクス、アドバンストアナリティクス、拡張現実(AR)、インテリジェントシステム、モニタリングおよびシミュレーション関連の開発が進められ、例えば、エネルギー効率、精密農業、海洋、輸送、健康などの分野に適用されている。そのほかに、自動運転、ビッグデータ、ビジネスインテリジェンス、および機械学習(マシンラーニング)も重点分野となっている。また、企業のデジタル化を支援し、ビジネスや生産工程の効率向上を図るデジタル・イノベーション・ハブが現在、北部のポルトのProdutech (生産技術) 、同じくiMAN NORTH HUB (製造業)
、リスボン近郊のポルト・サルボのHUB4AGRi (農業)
の合計3つ設置されているが、このネットワークを拡大することも同戦略の中でうたわれている。さらに、国家イノベーション庁はAI導入が望まれる以下の分野において、産業と研究機関が協力する1,000万ユーロ未満のプロジェクトを支援するとしている。
- 航空宇宙、防衛、気候・地球環境
- 農産品およびワイン、森林、生物多様性保護
- 履物およびテキスタイル
- 科学と文化
- 持続可能な建築、都市開発のモビリティー
- 循環型経済
- 製造業と製造技術
- 海洋技術
- サイバーシステム、ICT、電子機器
- 健康
なお、「AI Portugal 2030」戦略を策定するための専門チームが立ち上がっており、同戦略のプログラムを構築し、現在も専門家や有識者との討論が継続して完成の最終段階に入っている。
また、イノベーションの重要なイベントとしては2016年から毎年、首都リスボンで開催されている欧州最大のテック(新技術)カンファレンス「ウェブサミット(Web Summit)」(2018年11月29日記事参照)があり、ポルトガル政府、産業界、教育関係者がこの分野での人材育成の重要性について、啓発される機会ともなっている。
AIを活用したユニコーン企業がポルトガルから誕生
自動翻訳サービスのウンバベル(Unbabel、リスボン)、筋骨格障害などの治療やリハビリソリューションを提供するソード・ヘルス(SWORD HEALTH、ポルト)、小売店向けキャッシュレス決済サービスのセンセイ(Sensei、リスボン)など、ポルトガルでも、AI技術を活用した有望な企業が続々と誕生している。ソフトウエアベンダーのアウトシステムズ(OutSystems)は、その代表例と言える。現在、本社は米国アトランタに置いているが、2001年にリスボンで創業された、ポルトガル発のユニコーン企業(注1)だ。アプリケーションの開発を、従来のプログラミングコードを書くことなく、アイコンなどを用いビジュアル化した環境でできるソフトウエアプラットフォーム「ローコード開発プラットフォーム」を提供している。既存のシステムと統合し、必要であればカスタマイズされたコードを追加することも可能で、AIと機械学習を使用した開発に積極的に取り組んでいる。
同社は2018年2月、リスボンにAI技術に特化したセンター・オブ・エクセレンス(CoE)(注2)を設立。また、同社の研究開発予算の20%をAIと機械学習に充てるとした。さらに、カーネギーメロン大学のルーベン・マルティンス博士やリスボン工科大学との産学パートナーシップを築き、ソフトウエア開発プロセスを構築するための新しい技術を研究している。同年10月には、後続プログラム「outsystems.ai」を導入、これはソフトウエア開発にAIと機械学習の力を使う、という同社の姿勢をより強く打ち出したものであり、AIを活用して、企業の新規、あるいは既存の複雑なソフトウエア開発を支援していくというものである。また、同社は同時に、アーリーアクセスプログラムという取り組みを発表した。これは、アプリケーション開発のための新しい共同試験プログラムで、より早期でより直感的な開発を可能とするものだ。参加者は、開発途上のアウトシステムズのソフトウエアを試用する。これにより、早期からのカスタマイズドや不具合の確認が可能となり、アプリケーション開発にかかる時間の短縮が可能となる。一方、アウトシステムズは、参加者からのフィードバックを受けることにより、同プロジェクトの精度を向上させ、プロジェクトの進路の決定を助けることが可能になる。
- 注1:
- 企業価値10億ドル以上の未上場企業。
- 注2:
- 部門を横断した研究開発施設。
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- 執筆者紹介
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ジェトロ・パリ事務所(在リスボン)
小野 恵美(おの えみ) - 2007年よりジェトロ・パリ事務所コレスポンデント(在リスボン)