特集:AIを活用せよ!欧州の取り組みと企業動向AI戦略策定へ向けて動く政府(ポーランド)
開発企業は大企業との連携も
2019年5月28日
ポーランドでは、2018年11月に人工知能(AI)戦略策定のためのアクションプランが公表され、国としてAIの活用促進・開発・支援にかじを切ろうとしつつある。成功しているAI開発企業は、米国など国外にも拠点を構えたり、世界的な大企業と連携したりする事例もある。
AI戦略の策定の重要性を強調
デジタル化省は2018年11月、ポーランドのAI戦略を策定するためのアクションプランを示したレポート(以下、アクションプラン)を公表した。ポーランドでAIに特化した政府の文書として初めてのもので、デジタル化省を筆頭に、産・学の有識者の協力を得てまとめられ、AI戦略を策定するに当たっての前提を詳説している。政府は2019年半ばごろまでに、このアクションプランを前提に具体的な政策を策定する。カロル・オコンスキ・デジタル化省副大臣は「AIに関する領域の現在の取り組みが次の数十年のポーランドの成長ペースに大きな影響を及ぼすと認識している。今、間違った取り組みをすれば、ポーランドは今後100年で全く別の国になり、ずっと発展度合の低い国になってしまうだろう」(2018年11月)と、AI領域の対応の必要性を指摘している。以下では、アクションプランで示されている方向性を紹介する。
まず、AI開発のための支援の方向性については、短期・中期・長期の3期間に分けて提示されている(表1参照)。
期間 | 主な活動 |
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短期 (2年まで) |
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中期 (6年まで) |
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長期 (12年まで) |
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注:2014~2020年の期間において、R&Dやイノベーション関連の支援を提供する優先分野を定義したもの。
出所:デジタル化省のAI戦略アクションプラン(2018年11月公表)
さらに、AI開発に関して4つの観点から提言をしている(表2参照)。
観点 | 主な提言事項 | 対象 |
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創出:AI開発をする専門家の育成 |
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実装:AIソリューションを共同開発・使用する専門家の育成 |
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使用:AIユーザーの教育 |
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適応:AIツールによって労働が置き換えられた労働者の雇用 |
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注:主に中小企業のイノベーションや研究活動を支援する政府機関。
出所:デジタル化省のAI戦略アクションプラン(2018年11月公表)
ポーランドは、AIを開発する世界の国々の中で上位20~25%に入ることを目標とする。これを達成するには、ポーランドのAI開発市場は2025年までに、現状の約24倍の83億ズロチ(約2,324億円、1ズロチ=約28円)規模まで拡大する必要があり、商業的なAI開発のために約95億ズロチの投資が2023年までに必要だとされる。ホライズン2020やデジタル・ヨーロッパ(2021年開始予定)などのEU基金のプログラムで賄うことができるのは、これら必要な投資額の約20%に満たないと試算される。AI開発やイノベーションで主導的な地位を占める国々では、主な資金源は公的資金ではなく、ベンチャーキャピタル資金などの民間資金だ。大規模な民間資金を効果的に活用するには、効率的なエコシステムの構築が必要だとして、エコシステムの5つのセクターを特定している。(表3参照)。また、AI適用を優先すべき産業分野としては、製造、医療、輸送・ロジスティクス、農業、エネルギー、行政(国家)、商業・マーケティング、建設、サイバーセキュリティーを挙げる。
セクター | 主導する機関(注1) | 役割 |
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ビジネス | 国家AIイノベーション基金 |
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スタートアップ | インキュベーター、アクセラレーター |
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技術 |
ポーランドAI技術プラットフォーム 国家データ統合ノード |
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科学 | AI研究センター |
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国 | 政府AI開発センター |
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注1:いずれの組織もまだ設立されておらず、アクションプランで設立が提案されているもの。
注2:体系的な分析に基づいて、新技術の開発のレベルを評価するために使用する基準。9段階であれば、TRL1 が最も基礎的な研究、TRL9が最も商業化に近い。
出所:デジタル化省のAI戦略アクションプラン(2018年11月公表)
AIの専門コースを設定する大学が相次ぐ
公的機関によるAI支援策としては、ポーランド単独でAIに特化した支援策はなく、EUのホライズン2020やコネクティング・ヨーロッパ・ファシリティー(CEF)、デジタル・ヨーロッパ(2021年~)を活用することになる。なお、AIに特化した支援ではないものの、ポーランド企業開発庁(PARP)が中小企業が研究開発を外部委託する際の資金補助プログラムを、科学・高等教育省が所管する公的研究機関NCBRが共同研究開発などに対する融資プログラムを設けており、AI分野で活用することも可能だ。公的資金を基にしたスタートアップのアクセラレーションプログラムで、AIをターゲット分野としているプログラムは、ヒュージシング(Huge Thing)のものだけだ。
デジタル分野でイノベーションを推進するためのさまざまなイニシアチブを実施するデジタルポーランドは2018年10月に、ポーランドのAI開発企業に特化した初めての調査(21.3MB) (注1)を実施した。ポーランドでAIを開発する企業はポーランド現地企業だけでなく、インテルなどの外資系企業のR&Dセンターも含むと、少なくとも260社以上あるとされる。最近では2018年9月に、中国の電気機器メーカーTCLがワルシャワにAI開発のためのR&Dセンターを開設し、100人規模のエンジニアと研究者を雇用する予定としている。
この調査では、外部資金を利用しているAI企業のうち、補助金を活用する企業は57%だった。他方、ベンチャーキャピタル(VC)から資金を獲得している企業は59%と、補助金活用の企業よりもやや多い。また、AI企業の34%には外資が入っているが、それはポーランドのVCはリスク回避の傾向があり、最新技術よりもむしろ典型的なEコマースビジネスに投資することを好む傾向があることによるのではないか、と指摘する。なお、同調査では、ポーランドでAI開発の障壁となるのは、資金の不足ではなく、AIを基にしたソリューションへの需要、あるいはその有効性についての認識の不足、技術ある人材の育成だと指摘する専門家の声も紹介されている。
AI開発においては、学術研究機関が大きな役割を果たす。デジタルポーランドの調査によると、ポーランドでAIを開発する企業のうち、77%が学術研究機関と連携している。例えば、AIを活用しマーケティングや販売活動を1つのプラットフォームでリアルタイムに管理するソリューションを提供するシンライズ(Synerise、2013年設立)は、ポズナン経済大学と連携してAI分野の博士課程の学生を育成している。AIの専門コースを履修できるのは、ワルシャワ工科大学とマリー・キュリー・スクウォドフスカ大学(ルブリン)の2大学とされていたが、この数年で、グダンスク工科大学やコズミンスキー大学(ワルシャワ)など、国立大学・私立大学ともに、コースを設定する動きが相次いている。
大企業との連携や米国での拠点設立も
デジタルポーランドの調査では、ポーランドで1990年代後半からAI技術を導入した企業はあったものの、ビジネスへの導入が広く進んだのは2010年以降で、ポーランドのAI開発企業のうち半数が、2017~2018年にAIソリューションを導入したとされており、新規参入の企業が多い。
ポーランドのAI開発企業が世界的なテクノロジー企業などと連携する事例も出てきている。医療分野では、測定データをクラウド上で医者とつなぐ遠隔治療ソリューションを提供するメドアップ(medapp、2011年設立)が、2018年2月にマイクロソフトからMR(複合現実、注2)技術開発の公式パートナーに選ばれた。同社はアルゴリズムによって致命的となりうる症状を検出し、医者による診断の効率化を図る。同社のソリューションはマイクロソフトのクラウドサービス・アジュール(Azure)を活用しており、患者のデータをマイクロソフトのMRデバイスである「ホロレンズ(HoloLens)」とつなぐことで、心臓専門医がリアルタイムでホログラムデータを基に患者の心臓を診断することができるソリューションも提供する。なお、2017年にマイクロソフトは、脳や肺などの3D画像を作成し機能拡大を図るため、メドアップに対し3万ドルを出資している。マイクロソフトのパートナーとなったことで、効果的な海外展開や、販売サイクルの大幅短縮につながったという。
バイオテクノロジー企業バイオアブリー(BIOAVLEE、2014年設立)は、データ分析のアルゴリズムを活用し、低コストで早くバクテリアの特定や微生物の群体の集計ができる機器を研究施設向けに提供する。1月には、中・東欧最大のアクセラレーターの1つであるMITエンタープライズ・フォーラム・ポーランドのアクセラレーションプログラムを修了したスタートアップの中でファイナリストに選ばれ、米国ボストンで1週間のブートキャンプに参加する権利を得た。4月には、スペイン、イタリア、オーストリア、スイスのディストリビューターとディストリビューター契約を結び、海外展開を本格化している。
成功しているAI開発企業は米国にも拠点を構えているケースも多い。メディックアルゴリズミクス(2005年設立)は、不整脈の診断や心臓病の遠隔リハビリの監督を可能にするアルゴリズム、ソフトウエア、デバイスを開発し、世界各地の2,000人の医師に使用されている。米国にも2拠点を構え、世界16カ国で販売されている。中・東欧地域で最大の創薬企業セルビータ(Selvita)のバイオインフォマティクス部門を2015年に子会社化して作られたアルディジェン(Ardigen)は、精密医療(注3)のためにバイオインフォマティク領域にAIを適用したソリューションを提供しており、米国カリフォルニア州にも拠点を構える。
医療分野以外でも、AIを活用して販売拡大やコスト削減などの問題解決ソリューションを提供するディープセンスAI(deepsense.ai、2014年設立)や、AIを活用した販売促進・新規見込み客開拓ソリューションを提供するグローボッツ(Growbots、2014年設立)は米国にも拠点を構え、世界的な大企業と連携するなど注目を集めている。
- 注1:
- 160社以上のポーランドでAIを開発する企業から回答を得た。
- 注2:
- Mixed realityの略。現実の世界と仮想の世界をつなぎ、実際に存在する物理的なものとデジタル上で作り出されたものを共存・相互作用させることができる技術。MRでは、あたかもそこに存在するかのようにデジタル上で作り出されたものを見て、それに対して操作をすることができる。
- 注3:
- Precision Medicine。個々の患者に合った適切な治療を適時に行うこと。

- 執筆者紹介
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ジェトロ・ワルシャワ事務所
深谷 薫(ふかや かおる) - 2015年4月、ジェトロ入構。海外調査部欧州ロシアCIS課を経て、2018年7月から現職。

- 執筆者紹介
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ジェトロ・ワルシャワ事務所
ジュリア・ポヤタ - 2018年7月よりジェトロ・ワルシャワ事務所勤務。